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2005年2月18日金曜日

存命の喜び、日々に楽しむ

高校時代の交換日記から。

(Ted)

1952 年 2 月 18 日(月)晴れ

 『徒然草』93 段にいう「存命の喜び」を「日々に楽し」もうとする忙しさでいっぱいだ。昨日従兄の Y さんが来ていたとき、母は「私は不幸ということを考えない」といっていた。決意、実行、努力などという汗を発散させ、新鮮な空気を呼吸して走り続ける人生の駆け足は、愉快なスポーツではないか。

 習慣が性格形成の上に重要な役割を持っているという点を積極的に利用して行くように考え出したぼくの一つの考え [1] は、精神的な戒厳がつきまとうことを仮定するものなので、あまりこれを用いると神経質にならないかとも思われる。しかし、じょじょにやって行けば、けっして難しいことではなく、これが習慣となった頃のぼくは、いまより、はるかによいものを備えたぼくとなるに違いない。

(Sam)

1952 年 2 月 18 日(月)曇り

 「各所属クラブの今年度の活動報告」という、ちょっと派手な名でホーム・ルーム時を持ったが、内容は貧弱だった。これは課外のクラブについてであったが、ホーム全員のうち約十五名は課外のクラブに属していない。その他に、クラブに属してはいるが詳しい事情を知らないとか、あまり活動に参加しないという生徒が残りの半分ほどいた。加えて、同じクラブに何人も所属している場合もあるので、実際に発表したのは十二、三名であった。文化関係のクラブは新聞とタイプだけで、あとはすべて運動関係のクラブだった。


 引用時の注
  1. より具体的には翌日記している。

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