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2013年9月7日土曜日

漱石『草枕』の主人公が唱える芸術の「非人情」2 ("Detachment" Advocated for Arts by the Hero in Soseki's Kusamakura -2-)

[The main text of this post is in Japanese only.]


キキョウ。わが家の庭で、2013 年 9 月 7 日撮影。
Balloon flowers. Taken in my yard on September 7, 2013.

漱石『草枕』の主人公が唱える芸術の「非人情」2

 本シリーズの初回では、小宮豊隆の「解説」から、『草枕』の「非人情」は、これを執筆した当時の漱石としてはまだ到達し切れていなかったが、晩年に到達した境地である、と知ったことを述べた。また、そうとなれば、私は、『草枕』初読および再読の結果としての、「漱石の非人情説」への感想をどうまとめるか、という課題を自らに課さなければならない、とも述べた。その課題へ入る前に、今回は、『草枕』の中で、「非人情」の境地に主人公の達する道筋が、どのように描かれているかを見ておきたい。

 『草枕』の第一章において、主人公は「山路を登りながら」次のように考える。
[…]自身がその局に当れば利害の旋風(つむじ)に捲き込まれて、うつくしき事にも、結構な事にも、目は眩くらんでしまう。したがってどこに詩があるか自身には解げしかねる。
 これがわかるためには、わかるだけの余裕のある第三者の地位に立たねばならぬ。
ここに「非人情」の本質がすでに述べられており、その少しあとで、「非人情」の語が早くも登場する。すなわち、次の箇所である。
こうやって、ただ一人絵の具箱と三脚几を担いで春の山路をのそのそあるくのも全くこれがためである。淵明、王維の詩境を直接に自然から吸収して、すこしの間でも非人情の天地に逍遥したいからの願。一つの酔興だ。
そして、「もちろん人間の一分子だから、いくら好きでも、非人情はそう長く続く訳には行かぬ」と思いながらも、「まるで人情を棄てる訳には行くまいが、根が詩的に出来た旅だから、非人情のやりついでに、なるべく節倹してそこまでは漕ぎつけたいものだ」と決心する。

 第二章では宿へ着くまでの旅中の出会いが描かれ、主人公は「非人情」を味わい始める。
[…]自分の見世を明け放しても苦にならないと見えるところが、少し都とは違っている。返事がないのに床几に腰をかけて、いつまでも待ってるのも少し二十世紀とは受け取れない。ここらが非人情で面白い。その上出て来た婆さんの顔が気に入った。
その婆さんは、「源兵衛が覊絏(はづな)を牽」く「青馬(あお)」に乗って「城下へ御輿入」した「志保田の嬢様」の話をして、その嬢様は「今でも御覧になれます。湯治場へ御越しなされば、きっと出て御挨拶をなされましょう」という。主人公は「非人情の旅にはこんなのが出なくては面白くない」と思う。この嬢様が第三章以下に本作品のヒロインとして登場し、主人公の「非人情」が鍛えられる場面が展開することになる。——このように「非人情」の語をたどってみると、漱石の作品構成の巧みさがしみじみと分る。

 (『草枕』からの引用は、青空文庫版によった。)(つづく)

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