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2005年2月20日日曜日

空想的計画

 昨年の大晦日から始めた高校時代の交換日記の紹介は、おおよそ引用する日記の日付けの日に掲載する方式で進めてきたが、これでは紹介を完了するまでにまだ 2 年あまりかかってしまい、他の計画になかなか着手出来ない。そこで、きょうから掲載のスピードを少し上げることにした。読者の方がたには、面白そうなところだけを拾い読みして貰えれば幸いである。

高校時代の交換日記から。

(Sam)

1952 年 2 月 21 日(木)雪

 昨日の宿題の y = 10x のグラフは、みんなが、なかなかきれいに描いてきている。ぼくのグラフは線が太すぎる。滑らかな曲線にしようとするために、だんだん太くなってしまったものだ。
 第五限の静物の試験は完全に落胆した。オルガナイザーの問題がぜんぜんといってよいくらい出来なかった。


(Ted)

 If Nelson had been killed, then what would the map of Europe be like? というように表現することもあると読んでいながら、It rained last night, so the road is bad this morning. の if-clause を使ってのいい替えを、間違ってノートに書いていたではないか。こんなことでは、けさの空想的計画 [1] は遂行できたとしても、大きな顔では行けまい。

 アセンブリーは I 市長による英国の話。トウモロコシのような声を出すぞ、と誰かがいっていた。太く低い声である。失敗談を中心にしながら、ほんとうのデモクラシーはこうでなければならないということを、「政」を「シェイ」と発音しながら挟んで行かれた。アセンブリー後、展示されていた欧州の写真を見に、KJ 君らと再び講堂へ行った。少年と少女が数人肩を組んで立っている一枚の写真中の 2 人を、KJ 君が指して、フランコとミレラ [2] に似ているといい出した。取り片づけをしていた SM 君が「あの映画は … イタリアか。そして、これは?… ローマ、そしたらぜんぜん」危うく「その可能性がない」というところだったので、大笑いとなる。

 引用時の注
  1. 大連から金沢へ引き揚げて来てからの小学校から高校まで、私と同じクラスあるいは同じ学年にいつも 1 人はいた格別優秀な女生徒の誰かと、勉強その他のことを語り合いたいと空想していたようである。
  2. 先に学校推薦で見た映画『明日では遅すぎる』の主人公たち。

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