カスミソウ属(カスミソウぞく): 学名 Gypsophila、ナデシコ科の属の一つ。ラテン名のままギプソフィラやシプソフィラなどともいう。Gypsophilla とは、「ギプス(石膏)を愛す」という意味。ユーラシアの温帯地方を中心に100-150種程度が分布する。主な種にカスミソウ (G. elegans)、宿根カスミソウ (G. paniculata)、矮性カスミソウ(ヌカイトナデシコともいう) (G. muralis) がある(以上、 [1] を参考にした)。花言葉は「清い心」「切なる喜び」「無邪気」「親切」(ピンク)「切なる願い」「感激」[2]。
写真は2009年7月24日、わが家のプランターに咲いているものを撮った。矮性カスミソウかと思う。昨年、花期の終わりに近所から貰ったときは、葉がたくさん繁っていたが、間もなく枯れてしまい、どうなることかと案じた。最近、わずかながら葉が出て、プランターの片隅でしおらしく、いくつかの花を咲かせた。
文献
Random writings of a retired physicist
Continuation of "Ted's Coffeehouse" (now being restored in archives of this site)
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ページ
2009年7月31日金曜日
矮性カスミソウ (Low Baby's-Breath)
2009年7月30日木曜日
言葉と政治 (Words and Politics)
来日して19年になる詩人アーサー・ビナードさんは、日本で年々、言葉と現実のずれが深刻になっている気がすることを懸念している [1]。言葉のすり替えやごまかしが増加しているのである。言葉がむしばまれたとき、それを立て直すのも詩人の仕事だとして、ビナードさんは次のようなすり替えの例を挙げている。
民営化:「官から民へ」と聞くと身近になる感じがするが、「民」は市民のことではなく、民間企業のことで、「官」よりも遥かに遠い。
規制緩和:優しく響き、先によいことが待っているような雰囲気だが、大企業の利益のために規制を緩めた社会では、市民や自然環境が犠牲になる実態がある。
国益:アメリカでは大手石油会社と軍事関連企業をもうけさせようとするときに使われてきたごまかしの言葉。日本でもこれから盛んに利用されるだろう。
国際社会:日本の官房長官や外務大臣が使うときには、米政府のことを呼んでいるに過ぎない。
グローバリズム:一部の特権階級がいつでもどこでも何のしばりも受けないで、ぼろもうけする「ムサボリズム」。
サブプライムローン:低所得者たぶらかし餌食住宅ローン。
海賊:実は追いつめられた漁民。
海賊対処法:日本国憲法の生き血を抜いて形骸化する法律になりかねないもの。
私も上記の各政治語についてビナードさんと同様の解釈をしてはいたが、このように巧みに真実を突いていて、しかも分かりやすい表現をすることは難しい。胸のすく思いのするウソ指摘ぶりである。ビナードさんは「言葉は人をだます道具にもなるけれど、ウソを見破る道具も言葉」と述べて、市民の言葉の力で社会を変えていくことを勧めている。まずは、一カ月後の衆議院議員選挙において、「二大政党」マニフェストの裏に隠れているウソを見抜いて投票しなければならない。
文献
- アーサー・ビナード, 「言葉の力で社会を変える:"ウソ" 発見の能力高めよう」, しんぶん赤旗, 学問文化欄 (2009年7月28日).
2009年7月29日水曜日
二色のムクゲ (Two-Colored Rose of Sharon)
写真はさる7月18日に堺市・鳳公園で撮影したムクゲの花である。グーグルで「ムクゲ」の検索をすると、トップに「Image results for ムクゲ」という結果が出る。その文字をクリックすると、約168,000枚ものムクゲの写真を一度に20枚ずつ見ることが出来る。10ページ程度あるいはそれ以上見たかと思う頃、ようやくこの写真の花と同じような配色のものが現れた。このことから、かなり珍しい種類といえそうだ。
一本の木に白花と赤花の混じった梅や桃を源平梅、源平桃と呼ぶ。それらの中には、一つの花に白と赤の混じっているものも見られたりする。そうであれば、このムクゲは「源平ムクゲ」と呼んでよかろうと思い、「源平ムクゲ」で検索してみた。トップに出たのはコメント欄に「源平桃」の言葉のある「3色ムクゲ」というブログ記事 [1] だった。一本の木に、白、赤、紫の花が咲き、接ぎ木をしたものかも知れないという。
- 3色ムクゲ, ブログサイト「徒然に♪」(2009年6月26日).
2009年7月28日火曜日
京大と台湾大の加速器 (Accelerators at Kyoto and Taiwan Universities)
戦後、GHQが日本にあった四つのサイクロトロンを廃棄した。京都大学にもそのうちの一つ、荒勝文策(1890–1973; この文に登場する各教授は私の間接・直接の恩師であるが、故人となって久しいので、歴史上の人物扱いとして敬称を略す)らによって建造中のものがあった。ところが、京都大学の総合博物館には廃棄をまぬがれたサイクロトロンの部品、ポールチップが残されていた。
どのような経緯でポールチップが廃棄をまぬがれ、誰の手によって京都大学の総合博物館に移設されたのかを調査したドキュメンタリー『よみがえる京大サイクロトロン』の上映会が、2008年3月26日に京都大学附属図書館で行われた [1, 2]。私は、戦後そのサイクロトロンの再建チームを率いた木村毅一(1904–1992)の研究室で学んだ関係で、その上映会に参加したかった。しかし、残念ながらその日は上京の予定があって行けなかった。
思えば私が木村研究室の大学院修士課程に在学したのは、京大サイクロトロン再建完成の1954年から間もない1958–1960年であり、同装置を使って実験を行う諸準備を手伝うため、実習を兼ねて何日か蹴上のサイクロトロン室へ通ったのだった。私は修士課程の修了も近い頃、サイクロトロン室の柳父琢治から、間もなく始める重陽子ビーム使用の実験チームに入らないかと誘われたが、すでに木村の建設した研究所 [3] に就職を決めていたので、断らなければならなかった。(柳父は私が博士課程に進学するものと思っていたようだ。のちに柳父は、私の学位論文を審査する副査の一人となった)。
荒勝、木村らは、これより先、1934年に台湾にあった台北帝国大学において、アジアで最初の加速器(コッククロフト・ウォルトン型)の建造に成功していた。私は二、三日前、インターネットのフリー百科事典『ウィキペディア』に「木村毅一」の項 [4] を執筆し、その中に「台北帝国大学」の名前を記した。その現在の名称が「台湾大学 (National Taiwan University)」であると知り、さらに同大学にはコッククロフト・ウォルトン型加速器が展示されていると聞いた。そこで、その詳細を知りたいと思い、インターネットで「台湾大学 荒勝文策」の検索を試みた。その結果、[5]、[6] のウエブページを見つけた。
どちらも展示館を実際に訪れた人が書いたもので、さらに [6] は『よみがえる京大サイクロトロン』の制作者・中尾麻伊香さんが、ここと同じ Blogger に開設しているブログサイトの一ページだった(同サイト内の [7, 8] も読んで、コメントを残した)。台湾大学に陳列してあるのは、荒勝らが部品を解体して日本へ持ち帰ったあと、戦後間もない1948年に台湾の研究者たちが再建した加速器である。荒勝、木村らの写真や関連史料もおかれているという。
なお、[6] には展示館パンフレットに載っている英文の説明文が引用されている。その中にコッククロフト・ウォルトン型加速器を "Cockcroft-Walton Linear Accelerator" と書いてあるのは、いささかおかしい。普通 "Linear Accelerator" と呼ばれるのは、高周波電場を使って加速するものであり、静電型のコッククロフト・ウォルトン型とは加速方法が基本的に異なる。
文献
- 京都大学イベント情報:「よみがえる京大サイクロトロン」上映会.
- 中尾麻伊香, 京大サイクロトロンの物語.
- 大阪府立放射線中央研究所, フリー百科事典『ウィキペディア (Wikipedia)』.
- 木村毅一, ibid.
- 台北のハイテクビル, 金子務の科学史の街角, 第1号 (2006年1月31日).
- 台湾訪問, ブログサイト『よみがえる京大サイクロトロン』のページ (2008年11月3日).
- 日本の原爆研究, ibid. (2008年11月21日).
- 科学技術映像祭入賞, ibid. (2009年3月11日).
2009年7月27日月曜日
カンナ (Canna)
2009年7月26日日曜日
クマゼミ (Cryptotympana facialis Cicada)
クマゼミ(熊蝉): 学名 Cryptotympana facialis、カメムシ目(半翅目)・ヨコバイ亜目(同翅亜目)・セミ科に分類されるセミの一種。分類学的にエゾゼミやコエゾゼミとはかなりの近縁である。日本特産種の大型のセミ。
ミンミンゼミとクマゼミの鳴き声は、人間の耳で聞く限りは全く違って聞こえる。しかし、両者の鳴き声のベースとなる音は全く同じであり、その音をゆっくりと再生すればミンミンゼミの鳴き声に、早く再生すればクマゼミの鳴き声となる。このように両種のセミの鳴き声には共通点があるため、クマゼミとミンミンゼミは互いに棲み分けをしているといわれる(以上、 [1] から抜粋)。
写真は2009年7月16日、堺市・鈴の宮公園で。セミが止まっている場所は、どれもサクラの木。
* * *
このところ毎日、インターネットのフリー百科事典『ウィキペディア』のお世話になっている。かねがね、自分でもこの事典の執筆に寄与したいと思っていた。そこで、さる7月22日に利用者登録をした。早速、昨日までに二つの項目について書き、他の一つの項目に加筆した。
文献
- クマゼミ, ウィキペディア日本語版 [2009年7月1日 (水) 09:47].
2009年7月25日土曜日
モミジアオイ (Brilliant Hibiscus)
2009年7月24日金曜日
キキョウ (Balloon Flower)
2009年7月23日木曜日
サルスベリ (Crape-myrtle)
サルスベリ(百日紅=ヒャクジツコウ): 学名 Lagerstroemia indica、中国南部原産のミソハギ科の落葉中高木。タネから栽培する「あすか」という一才物*の矮性種もある。サルスベリの名は、幹の肥大成長に伴って古い樹皮のコルク層が剥がれ落ち、新しいすべすべした感触の樹皮が表面に現れて更新して行くことによる。つまり、猿が登ろうとしても、滑ってしまうということで、猿滑と表記することもある。英語名 Crape-myrtle はミルテの花に似て花弁が縮れていることから(以上、 [1] から抜粋)。花言葉は「雄弁」「愛敬」「活動」「世話好き」[2]。
写真は2009年7月3日、ウォーキング途中で。円錐型の花序全体にわたって花が開くと、個々の花の様子が分かりにくくなるが、この写真では、まだほとんどがツボミで、一つの花の姿がよく分かる。
* 園芸の用語で、本来は高性で開花・結実に数年またはそれ以上かかる植物を、タネまきや挿し木・接ぎ木から1年以内に観賞できるように改良した品種のこと [3]。
文献
2009年7月22日水曜日
ファインマンのマンガ的手法 (Feynman's Cartoon-Like Method)
[概要]フィジカルレビュー・フォーカス・サイトが最近紹介した歴史的論文はリチャード・ファインマンのものである。その論文でファインマンは初めて、いわゆるファインマン・ダイアグラムを使用して量子電気力学の困難な問題を解き、1965年に朝永振一郎、ジュリアン・シュヴィンガーとノーベル物理学賞を分け合った。[本文(英文)へ]
サフランモドキ (Rosepink Zephyrlily)
2009年7月21日火曜日
ノウゼンカズラ (Chinese Trumpet Vine)
2009年7月20日月曜日
マツバギク (Trailing Ice Plant)
マツバギク(松葉菊): 学名 Lampranthus spectabilis、ハマミズナ科の多年草の種のひとつ(マツバギク属 Lampranthus の植物の総称でもある)。南アフリカ原産。葉は多肉質で茎を這わせる多年草である。花は春から夏にかけ長期間開花を繰り返す。花は花弁が紫色で、やや光沢があり日中だけ開いて夜は閉じている。高温や乾燥に非常に強い(以上、 [1] を参考にした)。花言葉は「心広い愛情」「のんびり気分」「愛国心」「無為」「怠惰」「勲功」「忍耐」[2]。
写真は2009年6月27日、ウォーキングの途中で。今年、わが家のプランターのひとつに芽を出した。10年近く前に植えていたものの種が、いまごろ芽吹いたのだろうか。ときおり花を咲かせているが、写真に撮るほどの姿にならない。
文献
ファインマンの講義がウエブに(Feynman's Lectures on the Web)
[概要]マイクロソフトのウエブサイトでファインマンの講義を見ることが出来る、と physicsworld.com が伝えている。講義は彼が朝永博士らとともにノーベル賞を受賞する前年の1964年に、BBCによって収録されたものである。[本文(英文)へ]
2009年7月19日日曜日
少年野球 (Boys' Baseball Play)
この季節の週末にウォーキングの足を泉北スポーツ広場へ向けると、少年野球チームが練習や試合をしているのを見ることが出来る。写真は2009年6月27日、同広場で撮影したものである。試合をしているのは同じユニフォーム同士なので、一つのチームが二組に分かれて、実戦形式の練習をしていたようだ。
打者が打った瞬間を写そうとしたが、一瞬遅れて、バットをおいて走り出そうとしている。打球は二塁右へ飛び、二塁手は取れない。右翼手がそれを知ったときには、一塁カバーに走っていたため、捕球の間に合わない。ボールはてんてんと外野の芝へ抜けて、ランニングホームランになった。もう少し写真を撮ってみたいと思ったが、間もなく試合終了となった。
長女の次男・S君が野球部に所属する高校が、さる13日、全国高校野球大会・大阪南地区予選の1回戦に勝ち、きょう2回戦に出場する。対戦相手は昨年度大阪大会のベスト4の一つだそうだ。S君は一年生で、まだ控え選手でもないが、同校チームの健闘を祈る。
[追記]7月20日づけ朝日紙によれば、S君の学校は4回に1点を先取しながら、8回に同点にされ、さらに9回に2点を取られて惜敗した。進学校のスポーツでの善戦を称えよう。
M.Y. 君からの感想(2009年6月分)
M.Y. 君から "Ted's Coffeehouse 2" 2009年6月分への感想を7月16日づけで貰った。同君の了承を得て、ここに紹介する。青色の文字をクリックすると、言及されている記事が別ウインドウに開く。
× × ×
1. 『アラバマ物語』
近くの市立図書館に暮らしの手帖社発行の『アラバマ物語』(菊池重三郎訳)がありましたので、ページをめくってみますと、映画のスチール写真が所々に入れてあり、グレゴリー・ペックや子役のメアリー・バダムを見ました。表紙の裏には、「この美しい小説を世のすべての親たちに捧げる。舞台はアメリカ南部の古い町、母なきあと父と兄妹の心にしみる愛情をヨコ糸に、婦女暴行の罪をでっちあげられた黒人の若者をタテ糸に、見事に織りなした人生のメロドラマ…」と書いてあります。
アラバマ州といえば、南北戦争前に合衆国から脱退して創られたアメリカ連邦に属し、その首都となったモントゴメリーがあります。人種差別意識の強烈なこの州を舞台に小説が書かれ、ピューリッツァー賞が与えられたことは意義深いことです。この時代から、人種差別で虐げられた人に対して正義をなすことを賞賛する良心が生きつづいていたからこそ、オバマ氏が大統領に選ばれる時代を迎えたのでしょう。
2. 『天使と悪魔』
私は『ダ・ヴィンチ・コード』の方は読みました。この小説がベストセラ-ランキング1位になり、シリーズ第1作の『天使と悪魔』が同時に売れ始めたということです。『ダ・ヴィンチ・コード』では死体がダ・ヴィンチの最も有名な素描(ヴィトルウィウス的人体図)を模した形に横たわっていたのに対して、『天使と悪魔』では胸にガリレオ・ガリレイ時代の秘密結社の名が烙印されていた。フィボナッチ数列とアナグラムに対し、アンビグラム。秘密結社シオン修道会(ニュートン、ボッティチェルリ、ユーゴ、ダ・ヴィンチなどの名が含まれる)に対し、ガリレオ・ガリレイ時代の秘密結社。探す物が聖杯(伝説)に対し、反物質(先端科学)。…というように、類似した道具立てと構成になっているようです。
暗号が導く時間と場所的な広がりの中、犯人を追いながら核心に迫るストーリを、映画で見ながら理解するには、頭の回転を速めそのテンポに合わせ追っかける敏しょうさと勘が必要でしょう。筆者は「科学と宗教の対立を描いたように宣伝されているこの映画の最後に、両者の和解が見られるのはよいことである」「ローマのいろいろな名所からは、イタリア旅行の記憶が呼び覚まされた。…危機が迫る場面では思わず身を乗り出さんばかりにしながら、楽しく鑑賞した」との感想をまとめ、「CERNは考えられる三つの選択肢の中から、研究の真の姿を伝える好機にする、というものを選び、思い映画の作成に協力した」という旨の朝日紙記事を紹介しています。機会があったら見ようと思います。
3. 中国との交流記 (2)
「中国との交流記 (1)」は2008年12月に掲載されています。ネイチャー誌2008年10月2日号にモハメド・ハッサン氏による「北京 1987年」という文が掲載され、それには、この年に中国が初めて国際会議を開催し、鄧小平が北京で各国からの参加者たちを歓迎し、中国科学界の国際化が始まった、とあったのを筆者は見つけました。筆者は、訪問記のもとになった中国の科学者たちとの接触は同じく1987年に始まっており、日中国交回復の年から見て遅かった思っていたが、それは中国科学界の「国際化元年」で、むしろ、大いに早かったのである、とコメントしています。
受け入れ側の中国科学者たちの国際交流に対する熱意と期待が、これらの訪問記から感じ取られましたが、その理由が今わかり、そういうことだったのかと肯けました。当時の中国の文化と社会事情や個人的に感じられた問題点がよく描かれており、また、フェン教授と街を歩きながらの様子の記述と会話の内容も興味あるものでした。
2009年7月18日土曜日
高岡と氷見へ 3 (Visit to Takaoka and Himi 3)
氷見祇園祭りの夜景。写っている山車は「提灯山」と呼ばれるもの。
前方に「提灯山」。手前に「太鼓台」
13日午後9時頃にS子さんと私たち夫妻は、またまたY君の車の世話になり、氷見の「中の橋」付近で下車。氷見祇園祭りの豪華な曳山(ひきやま)が見えないかと、町を歩いたが、提灯山という山車を一台見かけただけだった。S子さん宅へ戻ると、先に車で到着していたY君が、裏通りに提灯山や太鼓台という山車が多く出ていたというので、夜道を再び歩いた。上の写真はそのときに撮ったものである。
曳山が盛大に巡行するのは、本祭りにあたる翌14日だそうだ。その模様を伝える記事が中日新聞のオンラインサイトに掲載されていた [1]。なお、氷見祇園祭りの詳しい紹介は、[2] において動画つきで見ることが出来る。それによれば、祭り初日の夜、提灯山としてそれぞれの町内を練り回ったいくつかの曳山は、祭り二日目には花笠曳山となって回るという。また、太鼓台は「中の橋」に来ると「イヤサーイヤサー」のかけ声とともに大きく揺らされたり、他の太鼓台とぶつけあいをしたりするとのことである。
高岡駅南側のホテルへY君に送り届けて貰ったのは、午後10時過ぎだった。Y君とS子さんにずいぶん世話になって楽しんだ一日だった。
(完)
- 方向転換に歓声 氷見 祇園祭り本祭り中日新聞 (2009年7月15日).
- 氷見祇園祭, ウエブサイト 我楽多家.
2009年7月17日金曜日
高岡と氷見へ 2 (Visit to Takaoka and Himi 2)
氷見市脇方の海岸近くにいたカモメ。
脇方の港の情景。
同上の景色を5年前に撮影して、それを参考に描いた水彩画。Y君への土産とした。今回の写真に見える防波堤は前回の写真にもあったが、絵では省略している。
7月13日の午後、Y君の車で彼の家へ向う途中、私たち一行は氷見の旧市内に住むS子さん夫妻の家で一服した。S子さんは私より4歳年長の従姉で、Y君の叔母にあたる。彼女の夫君は短期間、認知症状態だったが、いまは回復しているとのことだった。S子さん宅で談笑している間に雨もやみ、同宅の近くで毎年7月13、14日に行われるという氷見祇園祭りの出店や山車をS子さんの案内で見て回った。祭りの中心である日吉神社に参拝し、「中の橋」付近から再び車でY君の家のある宇波を目指した。S子さんも同行した。
宇波で妻と私はY君の母君に挨拶し、仏壇に参ったあと、宇波から脇方へかけての海岸沿いに30分あまり散歩した。5年前に写真に撮って帰り、それを参考に描いたのと同じイカ釣り船が停泊していたが、ペンキが塗り替えられ、赤い線のデザインが入ったり、ランプが大きくなったりして、様子がいささか変わっていた。
Y君の家の基本部分は築100年以上になるという。その座敷の前の土間に張り出した縁(紅茶色に塗られていたのが、いまは一部を残して、はげている)のところで、S子さんと私は昔、ピンポンのまねごとをして遊んだことがある。彼女は私が当時まだ幼かったので、そのことを覚えていないだろうと思っていたそうだが、覚えていたと知って喜んでくれた。
(つづく)
2009年7月16日木曜日
高岡と氷見へ 1 (Visit to Takaoka and Himi 1)
瑞龍寺の山門(国宝)。建立は1645年。1746年に火災で焼失。現在の建物は1820年竣工。当時としては珍しく、和算によって設計されている。
瑞龍寺の仏殿。近世工匠の中でも一流の域に達した名工の一人、山上善右衛門嘉広が最も心血を注いだ力作の一つで、総ケヤキ造り。屋根は鉛板で葺かれている。これはほかに全国でも金沢城石川門に例があるだけである。本尊として釈迦、文殊、普賢をまつる。(写真説明は瑞龍寺のリーフレットを参考にした。)
さる7月12日、妻と恒例の金沢での墓参に出かけた翌日、足を延ばして氷見の親戚を訪れた。私は氷見へ5年前に一人で行っているが、妻と一緒に行くのは16年ぶりである。氷見市といっても郊外の浜辺に近い宇波という町に住むY君(亡き従兄の長男)が、車で高岡まで迎えに来て、午前中は観光案内をしてくれた。
まず訪れたのはJR高岡駅にほど近い瑞龍寺 [1]。高岡城を築城した加賀二代藩主前田利長の菩提をとむらうため、三代藩主利常が建立した寺である。利長の五十回忌の1663年まで約二十年の歳月をかけて造営されたという。1997年に山門、仏殿、法堂が国宝に指定された。中心に総門、山門、仏殿、法堂を一直線に配列し、左右に禅堂と大庫裏をおき、四周を回廊でつないだ左右対称の構成になっている。案内ボランティアの人たちが詳しく興味深い説明をしていた。たとえば、回廊の窓の閾には水抜きの穴が作られている、また、壁と土間の間にも湿気抜きのわずかな隙間が設けてある、など。
続いて射水市の海王丸パーク [2] を訪れたが、あいにく定休日で、帆を張った姿も内部も見ることが出来なかったばかりか、急に激しい雨が降り出し、ずぶぬれになりながら駆け足で車へ戻った。
(つづく)
2009年7月15日水曜日
"HAYABUSA: Back to the Earth"
さる7月8日、「湯川秀樹を研究する市民の会」に毎月行く大阪市立科学館へ、同館のオリジナル映像作品 "HAYABUSA: Back to the Earth" を見に行って来た。週日用の招待券を貰っていたのである。題名は英語だが、ナレーションや字幕は日本語である。小惑星「イトカワ」探査衛星 「はやぶさ」(2003年5月打ち上げ)が、地球を出発して、同惑星に到着し、岩石採取を行って地球へ帰る道をたどるまで(帰着は明年6月の予定)を探査衛星の実物や模型を使っての撮影、小惑星や星空の映像、軌道のコンピュータ・グラフィックスなどを組み合わせて描いている。
プラネタリウムの映写に使用される場所で「全天周映像」として見るので、迫力満点である。ストーリーは一度の着地失敗、それによる部分的損傷、二度目の着地の試みの成功、信号の途絶えと回復などを含み、ナレーションも探査衛星を命あるもののように扱って、「はやぶさ、はやぶさ!」と呼びかけながらの、感動的なものだった。上映時間43分。関東でも府中市郷土の森博物館などで上映中とか(詳しくは [1] 参照)。
2009年7月14日火曜日
ブーゲンビリア (Bougainvillea)
ブーゲンビリア :オシロイバナ科ブーゲンビリア属に属する熱帯性の低木。和名イカダカズラ(筏葛)。原産地は、中央アメリカ・南アメリカの熱帯雨林。ブーゲンビリアという名前は、1768年にブラジルで木を見つけたフランス人の探検家ブーガンヴィルに由来する。花の色は赤から白まで変化に富み、ピンク、マゼンタ、紫、橙、黄のものもあるように見える。しかし、実際の花はいわゆる花の中央部にある小さな三つの白い部分 (写真では、まだ一つしか開いていない)である。色づいた花びらに見える部分は花を取り巻く葉(包葉)であり、通常3枚または6枚ある。俗に魂の花とも呼ばれている。代表的な種として、Bougainvillea buttiana、Bougainvillea glabra、Bougainvillea peruviana、Bougainvillea spectabilis がある。(以上、[1] を参考にした)。花言葉は「情熱」「あなたは魅力に満ちている」[2]。
写真は2009年6月27日、近隣で撮影した Bougainvillea glabra。
文献
- ブーゲンビリア, ウィキペディア日本語版 [2009年6月16日 (火) 07:43].
- ブーゲンビレア(ブーゲンビリア), 花言葉事典.
2009年7月13日月曜日
ネジバナ (Chinese Spiranthes)
2009年7月12日日曜日
バーベナ (Verbena)
バーベナ: 学名 Verbena、クマツヅラ科クマツヅラ属(バーベナ属)の総称。約250種の一年草および多年草を含む。高さは芝のように地面を這うものから1mを超すものまである。葉はたいてい単葉で対生し、細かく裂けるものもある。花は小型で花弁は5裂し、色は白、ピンク、紫、青など、総状花序になる。大部分はアメリカ大陸原産で、一部はユーラシア大陸などに自生する。園芸用に栽培される雑種が多数あり、ヴァーベナと表記されたり、ビジョザクラ(美女桜)の名でも呼ばれる(以上、[1] から抜粋)。
花言葉は「家族の和合」「忍耐」「勤勉」「魅了する」「魔力」(赤)「一致協力」(白)「私のために祈ってください」(紫)「迷信」(バーベナ・ハクタタ・ピンクスピアーズ)「どうせあたいは田舎者、街の女にゃなれないの」(バーベナ・ボナリエンシス、2008年10~12月放送のドラマ「風のガーデン」に登場、脚本家・倉本聰氏の創作花言葉)「夏の終わりのコンペイトウ」[2]。
写真は2009年6月20日、ウォーキング途中で。「宿根バーベナ」の立て札があったので、多年草種である。
文献
2009年7月11日土曜日
日本の科学の明暗 (Good and Bad News about Japan's Science)
Institute of Physics Publishing のウエブサイトは、さる7月6日、東京で開催された J-PARC 加速器コンプレックスの完成記念式典の模様について、同社発行の Physics World 誌編集長 Michael Banks 氏が記したブログ記事 [1] を掲載した(和文のニュースは [2])。そこでは、J-PARC が、中性子とミューオン源、陽子を 50 GeV まで加速できる装置、ニュートリノ源、これらのすべてを一カ所にまとめた、世界をリードする施設であるとして紹介されている。永宮 J-PARC センター長が「世界は中性子とニュートリノの新しい施設を作る方向に動いており、われわれがその先鞭をつけたことは喜ばしい」と Banks 氏に語ったことも述べられている。
なお、J-PARC は高エネルギー加速器研究機構 (KEK) と日本原子力研究開発機構 (JAEA) が共同で、2001年から約1500億円をかけて建設を進めてきた研究施設で、原子核物理、素粒子物理、物質科学、生命科学、原子力工学の各分野での最先端の研究に役立てられる予定である。
他方、Nature 誌7月9日号の社説は、文部科学省が先月発行した『科学技術白書』からの詳しい数字をもとに、日本が科学研究の盛んな国のランクづけ上位から転落しかけていることを論じている。白書が掲げている活性化策に反して、近年、日本の科学界で国際化や女性の進出が進んでいないこと、政府からの研究費支出の割合が少なく、それも一部の応用研究につぎ込まれるという傾向であること、などを挙げ、若手研究者への刺激と支えの欠如が日本の科学に曲がり角をもたらしている、と社説は分析し、警告を発している。この社説は、わが国の科学政策立案者たちにとくと読んで貰いたいものである。
文献
- Accelerator complex officially opens, physicsworld.com Blog (July 6, 2009).
- ここから始まる新しい世界!〜J-PARC完成記念式典〜, News @ KEK (2009年7月9日).
- Japan's Tipping Point (Editorial), Nature Vol. 460, p. 151 (July 9, 2009).
ネムノキ (Persian Silk Tree)
ネムノキ(合歓木): 学名 Albizia julibrissin、ネムノキ科(広い意味でマメ科)の落葉高木。別名、ネム、ネブ。葉は2回偶数羽状複葉。花は頭状花序になり夏に咲く。淡紅色のおしべが長く美しい。果実は細長く扁平な豆果。イラン・インドから東南アジアを経て日本の東北地方北部まで自生する。陽樹であり、荒れ地に最初に侵入するパイオニア的樹木である。河原などで見ることも多い。観賞用に栽培もされることもある。和名のネム、ネブは、夜になると葉が閉じること(就眠運動)に由来する(以上、[1] を参考にした)。花言葉は「歓喜」「胸のときめき」「創造力」[2]。写真は2009年6月20日、堺市・鳳公園で。
文献
2009年7月10日金曜日
アザミ (Thistle)
2009年7月9日木曜日
ビワ (Loquat)
ビワ(枇杷): 学名 Eriobotrya japonica、バラ科の常緑高木およびその果実。中国南西部原産。英語の "loquat" は広東語「蘆橘」(ロウクワッ)に由来する。日本には古代に持ち込まれたと考えられている。インドなどにも広がり、ビワを用いたさまざまな療法が生まれた。中国系移民がハワイに持ち込んだほか、日本からイスラエルやブラジルに広まった。トルコ、レバノン、ギリシャ、イタリア南部、スペイン、フランス南部、アフリカ北部などでも栽培されている。花期は11~2月、白い地味な花をつける。初夏に卵形をした黄橙色の実をつける(以上、[1] を参考にした)。花言葉は「温和」「治癒」「あなたに打ち明ける」[2]。
写真は2009年6月17日、ウォーキング途中で。「白い地味な花」には、ほとんど気づかないが、「黄橙色の実」はよく目につく。
文献
2009年7月8日水曜日
キダチチョウセンアサガオ (Angel's Trumpets)
キダチチョウセンアサガオ属:学名 Brugmansia、ナス科の属のひとつで、低木または高木。学名のカタカナ表記で、ブルグマンシア属と呼ぶこともある。また、園芸名でエンジェルストランペット、エンジェルトランペット(Angels Trumpet、Angel Trumpet)と呼ばれることが多い。花言葉は、愛敬、偽りの魅力、変装、愛嬌(以上、[1] から抜粋)。
写真は2009年6月17日、ウォーキング途中で。個人の家の庭によく見かけるが、写真を撮りやすい場所ではなかなかお目にかかれない。
文献
- キダチチョウセンアサガオ属, ウィキペディア日本語版 [2009年6月14日 (日) 10:07].
『愛を読むひと』(The Reader: Film)
さる6月23日、2008年のアメリカ・ドイツ合作映画『愛を読むひと』(原題 "The Reader")を見た。原作はベルンハルト・シュリンク (Bernhard Schlink) のベストセラー小説 "Der Vorleser"(朗読者)で、"The Hours"(めぐりあう時間たち)のスティーブン・ダルドリー (Stephen Daldry) 監督が映画化したものである。第81回アカデミー賞では作品賞を含む5部門にノミネートされ、ケイト・ウィンスレット (Kate Winslet) が主演女優賞を受賞している。
以前、近くのシネマコンプレックスにおいてあったチラシを持ち帰ってちらっと見たときには、たんにロマンチックな物語の映画かと思ったのだが、重いテーマが潜んでいた。法律家ミヒャエル・バーク(Ralph Fiennes が演じる)がティーンエージャーだった(David Kross)1950年代の末、年長の女性ハンナ・シュミッツ (Kate Winslet) と交際するが、彼女はとつぜん姿を消してしまう。そして、8年後に、ハイデルベルク大学の法学生としてナチスの戦犯裁判を傍聴したミヒャエルは、その被告席の一つにハンナの姿を見る。彼女は姿を消してから、アウシュヴィッツ強制収容所の看守をしていたのである。ハンナは自分の刑が軽くなるはずの筆跡鑑定を拒否する。交際の間にハンナに『オデュッセイア』や、チェーホフの『犬を連れた奥さん』などを読み聞かせていたミヒャエルは、彼女の鑑定拒否は自らの個人的な秘密を守るための行為と気づき、別の形で再度彼女への朗読者となる決心をする。…
原作は1995年、英語版は1997年に出版され、ドイツの小説としては初めて New York Times のベストセラー・リストの1位になっている。さらに、37の言語に訳され、大学のホロコースト文学、ドイツ文学の教材にもなり、日本語版(現在、文庫版 [1] で入手できる)も海外文学としては異例のミリオンセラーを記録したという。私も多分、この本の英語版の紹介をイギリスで発行されている "Good Book Guide" あたりで読んだことがあるのだろう。前半でミヒャエルが朗読するエピソードのあらましを知っていたような気がするのである。それはともかく、この作品に潜んでいる重いテーマとは、ナチスによるホロコーストの歴史を後世に正しく伝える重要性を訴えていることといえよう。わが国においても、太平洋戦争の歴史を歪めて教えられるようなことがあってはならない。
この記事を書くにあたって、文献 [2〜4] を参考にした。
文献
- ベルンハルト シュリンク・著, 松永美穂・訳, 朗読者 (新潮社, 2003).
- 愛を読むひと, ウィキペディア日本語版 [2009年7月4日 (土) 12:13].
- The Reader (2008 film), Wikipedia, the free encyclopedia (4 July 2009 at 16:09)
- The Reader, ibid. (6 July 2009 at 22:35).
2009年7月7日火曜日
カラー (Arum Lily)
カラー(Calla)またはカラーリリー(calla lily): サトイモ科オランダカイウ属(サンテデスキア属ともいう。学名 Zantedeschia)。南アフリカが分布の中心。仏炎苞(肉穂花序を包む大きな苞で、変わった形の花弁に見える)や葉が美しいものがあり、観葉植物として栽培される。(紛らわしいことに、サトイモ科にヒメカイウ属(学名 Calla)というものがあるが、日本語で植物の「カラー」という場合は、オランダカイウ属の植物を指すのが普通である。)(以上、[1] を参考にした)。花言葉は「素敵な美しさ」「清浄」「壮大な美」「乙女のしとやかさ」「夢のように美しい」(色つき)「情熱」[2]。
写真は2009年6月17日と20日、わが家の庭で。よく見かけるのは白い仏炎苞のカラーだが、昨年、長居植物園前の売店で買って来てわが家の庭に植えたものはピンクである。ただし、咲き始めは1枚目の写真のように白く、次第にピンク色をおびてくる。1枚目の写真の二つの仏炎苞は、2枚目の写真の奥の二つの仏炎苞に相当する。2枚目で中央にあるピンクの仏炎苞が一番先に出たものである。次に出て来た一番奥の仏炎苞は、それよりも大きく成長したが、ピンク色は、このときまだ周縁部に薄く見られるだけである。
文献
2009年7月6日月曜日
ムクゲ (Rose of Sharon)
2009年7月5日日曜日
ハス (Indian Lotus)
ハス(蓮): 学名 Nelumbo nucifera、ハス科の多年性水生植物。原産地はインド亜大陸とその周辺。インドの国花。1951年3月、千葉市にある東京大学検見川厚生農場の落合遺跡で発掘され、理学博士の大賀一郎が発芽させることに成功したハスの実は、放射性炭素年代測定により今から2000年前の弥生時代後期のものであると推定された(大賀ハス)。他にも中尊寺の金色堂須弥壇から発見され、800年ぶりに発芽に成功した例(中尊寺ハス)や埼玉県行田市のゴミ焼却場建設予定地から、およそ1400年から3000年前のものが発芽した例(行田蓮)もある(以上、[1] から抜粋)。花言葉は「雄弁」「休養」「沈着」「神聖」「清らかな心」「離れゆく愛」[2]。写真は2009年6月15日と7月2日、堺市・中の池公園で。
文献
2009年7月4日土曜日
辻井喬さんの講演会
ウチワサボテン (Prickly Pear)
ウチワサボテン(団扇仙人掌) : サボテン科の属のひとつの名としてオプンティア属(Opuntia spp.)を意味するように扱われている場合があるが、「ウチワサボテン類の中で典型的な種の多くがオプンティア属に属する」という関係のようである [1]。花言葉は「熱情」「偉大」「内気」「暖かい心」「風刺」[2]。写真は2009年6月15日、ウォーキング途中で。
「サボテン」は16世紀後半に南蛮人によって日本に持ち込まれたのが初めとされており、彼らがウチワサボテンの樹液をシャボン(石けん)として使っていたため「しゃぼてん」と呼ばれるようになったとする説が有力だという [3]。
文献
- オプンティア, ウィキペディア日本語版 [2009年6月29日 (月) 08:37].
- ウチワサボテン (団扇仙人掌), 花々のよもやま話 (2009年7月1日).
- サボテン, ウィキペディア日本語版 [2009年6月6日 (土) 06:06].
2009年7月3日金曜日
アメリカデイゴ (Cockspur Coral Tree)
アメリカデイゴ(亜米利加梯梧): 学名 Erythrina crista-galli、マメ科の落葉低木。南アメリカ原産。和名はカイコウズ(海紅豆)。カイコウズの名はあまり使われず、アメリカデイゴと呼ばれることが多い。また、「アメリカデイコ」と「コ」が濁らないこともある。(デイゴは別種で沖縄県の県花。)鹿児島県の県木。アルゼンチン、ウルグアイの国花。(以上、[1])。花言葉は「夢」「童心」[2]。
私は数年前、撮って来た写真の花の名を調べるために、文献 [3] を見て、カイコウズの名を先に覚えた。そして、それ以後、毎年この花の写真をその季節に撮り、カイコウズの名でブログに掲載して来たが、今年から現今の多数派に従うことにした。上に掲載の写真は2009年6月15日、ウォーキング途中で。
文献
2009年7月2日木曜日
アガパンサス (Lily of the Nile)
アガパンサス属 (Agapanthus) : 単子葉植物の属のひとつで、南アフリカ原産。日本では園芸用に球根が販売される。主な種としてムラサキクンシラン (Agapanthus africanus) があり、単に「アガパンサス」というと通常は本種のこと(以上、[1])。「アガパンサス」の名は、ギリシャ語の「愛」と「花」を語源とする [2]。アガパンサス(ムラサキクンシラン)の花言葉は「恋の訪れ」「知的な装い」「実直」[3]。
写真は2009年6月15日、堺市・中の池公園で。わが家の庭にも多くのアガパンサスの株があるが、今年はまだ、一つの株から花茎が伸びて来ただけである。少なくともわが家の庭では、この植物はよく花咲いた翌年はあまり咲かないようである。
文献
- アガパンサス属, ウィキペディア日本語版 [2008年12月6日 (土) 13:56].
- 湯浅浩史・文, 矢野勇, 平野隆久, 茂木透・写真, 愛蔵版・花おりおり その三 p. 51 (朝日新聞社, 2004).
- アガパンサス, 花言葉事典.