2005年6月7日火曜日

あまりに蒼白く



 写真は6月2、3日に小学校同級会の開かれた金沢犀川峡温泉「滝亭」の遠望。「滝亭」は平屋建ての建物が、美しい中庭を囲んで立つ料亭兼旅館。「金沢の奥座敷で、季を味わい、時にくつろぐ、清流山水の宿」と宣伝している。(2005年6月3日朝写す。)

 高校時代の交換日記から

(Ted)

1952年8月26日(火)晴れ

 今までに感じたことのない感じが周囲にあるような気のする日だった。白っぽい落ち着いた雰囲気が――。
 Sam がしてくれたのは、「夏空に輝く星」への感想の表明(ということばを使ってもよいほど、十分に思ったことを伝えてくれたかい?)と漫画映画の話で、われわれが一緒にしたのは、ことばの間隙の製造と漢字の尻取りで、ぼくがしたことは…、何もなかったのじゃないかな。

 M 嬢のお父さん [1] が病気で1週間ほど休まれるそうだ。われわれは、ゲルマンの大移動開始直前のところで、足踏みを続けなければならない。英語乙は、"Isaac Newton" の残りを最後まで進んだが、校長先生は先学期と同様に、mischief を第2音節にアクセントをおいて読んでおられた。授業が終り、鞄をさげて教壇の前を通るとき、黒板を拭いておられた先生に、よっぽど「"いたずら" ということば(word を "字" といわれる先生がよくある。校長先生もそうだ。これも "ことば" に改めて欲しい)は mischief でなく mischief です」といおうと思ったが、いわなかった。いうべきだった。
 放課後、廊下の、もう数メートルで昇降口へ折れるところで、Vicky と行き違った。彼女の顔はあまりに蒼(あお)白く、どう見ても愉快そうだとは思えない様子だったので、極端に顔をそむけてしまった。あたかも、あらゆる忌むべきものが彼女の顔からほどばしり出ていて、ぼくがそれを恐れるかのように。[2]

 引用時の注

  1. 世界史の MY 先生のこと。先生のお嬢さんは、この年にあったオリンピックの飛び込みの選手だった。

  2. Vicky はこの夏、体調がよくなかったようである。私の表現は、いくらかおおげさだったかも知れない。

2005年6月6日月曜日

ミドルネーム

Read in English.


 写真は小学校同級会の行われた金沢犀川峡温泉「滝亭」の入口
(2005年6月3日写す)。

 金沢の旧石引小学校同級会の連絡を貰って幾日か、私は出欠を決めかねていた。そこで、級友の一人で好ライバルだったカリフォルニア大学勤務の H・I さんに出席するかどうかをメールで尋ねた。しかし、そのメールは届かず、インターネット検索によって、大学のホームページで新アドレスをつき止めた。その際、彼女が新しくミドルネームの頭文字 G を名前につけ加えていることを知った。

 私は H・I さんの出欠を尋ねると同時に、ミドルネームが小学校時代のあだ名「がちゃ」(金沢の方言で「魅力的でない顔」を意味する)をとったものだろうという推量を書き記した。そのあだ名を彼女は自任していたので、ユーモア心からそれを利用したと思ったのだ。

 H・I さんからはすぐに返事があり、「同級会には妹を伴って出席します。ミドルネームは母の婚前の姓からとっています!」とあった。失礼な推量だっただろうか。彼女の名誉のために、私は彼女を決して「がちゃ」とは思っていないと付記しなければならない。彼女の強い意志と高い知性と健康にあふれた顔は、いわゆる美女のものではないが、立派な別種の美なのである。

[以下、最初の掲載サイトでのコメント欄から転記]

Y 06/06/2005
 彼女の名誉のために、"I have to write here" ここでだけ、彼女が魅力にあふれた女性であることを書かれたほうが、いいのかもしれませんね。H・I さん宛てのメールで、「あなたはこのような美しさを持っている…」と Ted さんが改めてお書きになっても、女性というのはなかなかまっすぐには受け取らないものです、そのような場合。
 同級生の H・I さんが今もカリフォルニア大学で教えていらっしゃるのですか。私も、予定通りなら来年から夫がアメリカ留学なので、短期留学はしようと思っています。主に福祉施設を見て回りたいのですが、アメリカの大学制度も事前に調べて、よく準備しないとな、と思っています。

Ted 06/06/2005
 Ha-ha. H・I さん宛てのメールに書くつもりはありません。私が何年かに一度は彼女に連絡をとったりすることで、私の彼女への評価は分かって貰っていると思います。
 アメリカのどのあたりへ留学されるのでしょうか。

Y 06/06/2005
 それが、研究所まで教授は決めてあったのでしょう、私の知らない地名だったので、アメリカの東側だということだけは確認しました。その後、何度か夫に確認しているのですが、確かにものすごく多忙な教授に、ゆっくりその件について尋ねることはできないのでしょう。
 目の前の多くの仕事に忙殺、いや圧倒されて、どうすればいいのか、という共通課題については夫とよく話すようになりました。

Ted 06/06/2005
 東側ですか。はっきり分かったら、またお知らせ下さい。
 共通課題についてご夫君とよく話されるようになったとのこと、嬉しいニュースです。

Y 06/06/2005
 今、夕食を一緒に食べた夫に確かめましたら、ペンシルバニアでした。知らない地名というのもさすがにおかしいと思い…。夫は教授から任されている仕事がたくさんあるので、なかなか「僕の留学は…」という落ち着いた話が教授に切り出せないのもわかる気がしました。5年任期中の早いうちにどこかに留学しなければならないのは確かなようです。
 私が研究者に戻ってから、共通の課題について話せることが多くなり、またこんなにお互い、大変なら楽しみも大事にしてよいだろうということで、今日は以前のように週末に寺社めぐりをしたいという話をしていました。Ted さんのように写真をアップもしたいと思って、結婚以来撮りためた写真を再度 PC に入れなおしています。

2005年6月5日日曜日

伯母に漢詩和訳を習う



 写真は2005年6月2、3日、旧金沢市立石引小学校同級会の行われた金沢犀川峡温泉「滝亭」脇を流れる犀川(3日朝撮影)。

 高校時代の交換日記から

(Ted)

(続)1952年8月25日(月)晴れ

 伯母にこうも、ぺしゃんこにされるとは思わなかった。漢文の宿題を見て貰ったのだ。伯母は中国の方ぼうを実際に見て来ているから、その経験を生かし、相当な地理と国語の蘊蓄をここぞとばかりに傾けて、ぼくには一言もいわさないで(ときどき「先生はどう解釈しなさったの?」とは聞いたが)、細いが聞きよい声で、とうとうと説明した。

 雲乳色の白帝城 朝(あした)いとまを告げ出でて …

とぼくが訳したのは、伯母によれば次の通り。

 五彩の雲たなびける晨 暇を告げて白帝城を辞す
 三峡の険を下れば 右岸左岸にましらの声を聞く
 そのいまだやまざるうちに 我が舟ははや幾山々をよぎりたり [1]

これは、まだ驚く程でもなかったが、

 はるばるたどる山みちは 石多くして斜めなり

とした「山行」の詩の起句に対して、伯母は、

 喘ぎ喘ぎのぼる山径は ともすれば石にまろぶ

という範を示し、

 そよ風吹きて水晶の すだれかすかに動きなば

とした「山亭の夏日」の転句には

 微風至れば水晶の簾 和する如くに揺れて

という訳を与えた。伯母の文学性豊かな訳を参考に、もう一度作り直さねばならない。

 序でながら、ぼくが「科学的な考え方をする心」を最初に教えて貰ったのは、学校の先生や父母からではなく、この伯母からだったということができる。それは、小学校3年生で大連へ移り、祖父母や伯母の家族と一緒に住むようになった頃のことだった。

 引用時の注

  1. 李白の次のような詩、「早(つと)に白帝城を発す」を易しく意訳したのであろう。日記には承句の訳を写し落としたようである。
      朝に辞す 白帝 彩雲の間
      千里の江陵 一日にして還る
      両岸の猿声 啼いて住(とど)まらず
      軽舟 已に過ぐ 万重の山
       [荘 魯迅『漢詩 珠玉の五十首』(大修館書店、2003)による]

 
[以下、最初の掲載サイトでのコメント欄から転記]

四方館 06/06/2005
 ああ、この伯母様はたいしたものですね。具象的にきっかりと押さえていらっしゃる解ですね。こういう方が身近におられた Ted さんの幼少年期が羨ましい。大連では同居もされていたのだから、ご自身仰るように、影響を受けない訳はないですね。

Ted 06/06/2005
 伯母(母の姉)は身体が弱かったですが、その分、他の人より読書を多くしたのでしょうか。母と私の間で、「文学少女」とあだ名していました。

2005年6月4日土曜日

金沢駅の新構造物 (The New Structure of JR Kanazawa Station)


 6月2日、小学校の同級会に出席のため金沢行きの列車に乗った。ちょうどその日の朝日新聞に、北陸新幹線富山・金沢間着工の記事があり、金沢駅東口に7年間と172億円をかけて今春完成した、ガラス張りの巨大屋根を備えた「もてなしドーム」の航空写真が掲載されていた。ドームには鼓を模した高さ13.5メートル幅24メートルの木造の「鼓門」(写真)がある。全体の構造は市民の間では必ずしも好評を得ていないようである。私も建設途中では、感心しなかったのだが、でき上がったのを見ると、まんざらでもないと思った。

I took a train to Kanazawa to attend the reunion of our Elementary School class on June 2. The Asahi-shimbun of that day just carried an article about the start of constructing the new JR line for bullet trains between Toyama and Kanazawa. The article included an air photo of the huge glass dome, "Motenashi (Welcome) Dome," at the East Entrance of the Kanazawa Station completed this spring by spending seven years and 17.2 billion yens.

The dome has a wooden gate (13.5 m high and 24 m wide; see the above photo) symbolizing traditional Japanese instruments called tsuzumi (hand drums). It is named Tsuzumi-mon ("mon" means gate). The whole structure does not seem popular among all the citizens of Kanazawa. During construction I thought it not so good, either. Looking at it as completed, however, I felt it not so bad after all.

[以下、最初の掲載サイトでのコメント欄から転記]

ヨハン 06/04/2005
 大衆の税金を無駄に使ってほしくないとの思いと、一部の地方建設業界への還元や地域へもたらされる経済効果等、公金の使われ方は本当に難しいです。東京の都市博中止が本当に正しかったかどうか今でも疑問が残ります。浮いた資金で都民に何が還元されたか等々。政治は結果論の世界なのかもしれませんね。ところで Ted さんのブログは英文訳つきなので私の妻(一応外国人)も一緒に拝見させていただき理解出来るのでうれしいです。

Ted 06/04/2005
You're right. Construction of the Hokuriku-Shinkansen line and new station buildings for it would bring general public both merits and demerits, and the latter might not be small.
Where does your wife come from?

ヨハン 06/05/2005
 北陸のみならず、新幹線の駅と言う言葉に躍ってしまう在来線沿いの地域も多々あります。目新しさに惹かれてしまうのは日本人気質なのでしょうか。恥ずかしながら、my wife は資本無き資本主義国と呼ばれて久しい国の出身です。(次回は英文でコメント?してみようかと迷うところですけど…)

Ted 06/06/2005
Capitalism country without capital? Does your wife come from our next neighbor country? Whichever country it may be, it's wonderful that you have an international family.

Y 06/04/2005
 すっかり見慣れた金沢駅ですが…本当にお金のある都市だと思うのですが(金沢の建設業界の力が大きいのですか? 財源をよく知らないもので)。文化都市と言われるような都市は、一つ一つの文化的建造物を建てるたびに「どのような文化性を形づくっていくか」という観点から検証されねばならないだろうと思っています。郷土性を出すのはもちろんなのですが、都市文化としての統一性がないと、目新しさだけでは、対外的にも都市全体の評価の向上にはたやすくつながらないでしょう。
 私の大学時代まで、長く大工事中であった JR 京都駅も、建設途中までは「古都・京都というスタイルを守れていない」との批判が多かったようですが、地元民としても、世界から人々を迎える立場から見ても、非常に良いアイデアと完成度を得ていると今では思います。
 金沢駅のバスターミナルなど、バスの整備がよくなされている点には感心しています。駅前の石川県立音楽堂も、実に多彩な演奏会が開催されていて、ホールの構想の良さは京都コンサートホールより、斬新であってはるかにすぐれているように思うので、うらやましいです。

Ted 06/05/2005
 私も財源は知りませんが、新幹線関連整備事業の一環として、国庫からの補助が相当出ているのではないでしょうか。
 鼓は金沢で盛んな能楽を象徴し、郷土性を出すものとして、また、ガラスのドームは駅周辺の高層ホテル群の現代性とマッチするように作られているようです。建築中は、巨大な木製の門がグロテスクに見えましたが、大きな松の木々も前に植えられて完成した後は、周囲と比較的溶け合ってきたように思われます。

四方館 06/05/2005
 なかなかの偉容ですね。このドームはまだ建設中? プロ野球やサッカーの開催が可能な規模?

Ted 06/05/2005
 ドームは完成していますが、この写真は、「鼓門」(「もてなし」はドーム全体の名称でした。訂正します)の構造がよく見えるように近くから撮り、さらに明度を明るい方へ修正しましたので、ガラス屋根の見え方が少なく、また写った部分も白っぽくなって、はっきりしなくなっています。駅ビルとその前の広場を覆うもので、球技などをする空間はありませんが、全体の規模は球技場に匹敵するかと思います。

四方館 06/05/2005
 ハイハイ、成程、駅ビル全体をドーム状で設計したという訳ですか。

Ted 06/05/2005
 以前からある普通の四角い駅ビルをドームが覆っているので、そのあたりは無駄なような気もします。

ポンタ 08/04/2005
 ドームは駅ビルを覆っているのではないですよ。駅ビルの手前、駅東広場の中央部分にある歩行者空間の上を覆っています。

COMMENT:
08/04/2005
 ポンタさん、間違いのご指摘ありがとうございました。あまり大きいので勘違いしました。朝日新聞石川版のウエブサイトの記事を見たところ、「東広場を覆う」とありました。ただし、奥へ行って、中央部分にある歩行者空間よりも左右に拡がっているようですね。

盆踊り



 写真は彦根の玄宮園で、2005年5月24日。

 高校時代の交換日記から

(Sam)

1952年8月24日(日)晴れ

 暑い。暑い。一日中、このことばの連発だった。もしも、数人で「暑い!」と一言いうたびに十円罰金として徴収するシステムでも作っておけば、数百円の金が集まったであろう。風呂へ行ったら、浴槽の湯まで熱かった。そして、そこで、きょうの気温は最高三十三度で、今年の最高記録だということをラジオがいっているのを聞いた。

 盆踊り。それは、健全なダンスであるとともに、妖艶な社交場でもあり得る。そして、この両面を持てばこそ、踊りの輪は回るのであろう。色彩電球の輝く下に、踊り跳ねる腕、手、指、浴衣姿の着物の袖から足の先まで、みな動いている。それに見入る人びとの顔もまた楽しからずや。


(Ted)

 とんだ「文学の研究」をやったね。途中で Sam が「どこかで読んだような…」といったところが、昨日 Jack のためにぼくが書かなければならなかったことの原因の一つなのだ。――新しいものを生み出すことは、非常に愉快なことだ。――とだけ書いたのでは、きょうの午後のどんなときにこう感じたのか分かるまい。Sam が Jack の作品(私小説に属するものだね。ぼくのも多分にそんな向きがあるが)の最後に「彼女のまばたきのように――」と付け加えたときに感じたのだ。ぼくも自分で一応満足の出来る、もっと新しいものを作るべきだった。しかし、そのためには、夏休みの宿題であるために受けた時間的制約のないことが必要だ。Jack の小説の上に四つの目を注ぎながら、われわれは何だか沢山のユーモアを飛ばしたね。あんなふうに楽しく古典的な文学についても話し合えたら、「また楽しからずや」だ。

 Sam の考え出すことは、しばしば、コント的で民謡的な渋味のあるユーモアだね。正月に Octo と3人でしたリレー小説の遊びでも、「こけし」を持ち出したり、駅で別れた女性から男性のところへ、近日中にそこへ移る、と手紙でいってきた番地が、彼の新しい家の表札にあるものだった [1]、としたりして、われわれを喜ばせたが、Jack の創作の題名として Sam が提案した「弥次さんと京人形」も、それらに似た趣のものだ。表紙に千代紙でも貼ったら似つかわしいような題名だ。Jack が自分のあだ名を題名に含む小説を作って来たことが知れれば、少なからず笑いの種になるだろう。[2]

 Sam が最近の3日間に書いたことは、どれもこれも、ぼくの見聞外にある事柄ばかりで、われわれの通信帳の利点を改めて感じさせられた。

 引用時の注

  1. 私は長年、Sam がこの結末を与えたリレー小説遊びをしたのは、私が大学生、Sam が社会人のときだったと記憶違いしており、そういう記憶違いのままで、短い英文随筆にも書いていた("Relay Composition" 参照)。

  2. "Jack" はわれわれの日記をブログで紹介する上だけでのあだ名であり、学校で本当に使われていたあだ名は「弥次さん」だったのである。

 
[以下、最初の掲載サイトでのコメント欄から転記]

四方館 06/05/2005
 この時期なら、関西でいうと地蔵盆の盆踊りですね。観光名物と化してしまった越中八尾のおわら盆に行ったことがありますが、あの踊りは幽明の境をゆく感があります。

Ted 06/05/2005
 なぜ8月24日に盆踊りなのだろうと思いながら書き写していました。なるほど、地蔵盆というのは8月23、24日なのですね。私は音楽と体操が苦手でしたから、両者を結合した盆踊りを Sam のように楽しむことはありませんでした。大学1回生のときの学園祭でのスクェアダンスや、40歳台のときの小学校同窓会での社交ダンスを、いい加減な動きで楽しんだのが、数少ない踊りの機会となっています。