2013年5月31日金曜日

5月下旬の花々 1 (Flowers in Late May -1-)


 写真は上から、(1) サボテンの一種*(名前をご存知の方、教えて下さい)、(2) モミジバゼラニウム*、(3) ニオイバンマツリ(わが家にもあるのだが、今年はちょっと元気がなく、よそで撮影。紫色で咲き、白色へと変わって行くところから名付けられた英語名—英文説明中に記載—が面白い)、(4) タイリンキンシバイ、(5) カシワバアジサイ。* 印はわが家で、他はウォーキング途中で撮影。

From top to bottom: (1) a variety of cactus* (If you know the name of this variety, please tell it to me), (2) dwarf stellar zonal geranium*, (3) yesterday-today-and-tomorrow (also called morning-noon-and-night or kiss-me-quick; I have this plant in my yard, but it is not blooming well this year. So, I took this picture elsewhere), (4) St. John's wort and (5) oakleaf hydrangea. Those with the symbol * were taken in my yard; and others, on my way of walking exercise.

2013年5月29日水曜日

遅起きでも三文の得 (The Late Bird Also Catches the Worm)



"花はどこへいった" を作ったピート・シーガー。
写真の出典と使用許諾は英文で記載の通り。
Pete Seeger who made Where have all the flowers gone?. The photo was taken at his age 88 on June 16, 2007, at the Clearwater Festival 2007 by Anthony Pepitone. The image was taken from a Wikimedia Commons page, licensed under the Creative Commons Attribution-Share Alike 3.0 Unported license.

 妻が一昨日から登山に行き、昨日の帰宅が 24 時近くだったので、私はけさ 8 時半過ぎまで寝てしまった。お陰で、いつもはテレビを見ない時間にテレビをつけて朝食をしていて、よい番組を見た。BS プレミアムのドキュメンタリー「ハイビジョンスペシャル・世紀を刻んだ歌・花はどこへいった~静かなる祈りの反戦歌」である。インターネットで調べると、最初に放映されたのは 2000 年 10 月 6 日で、次の概要が『NHK アーカイブス』のウェブページに記されている。
 アメリカのフォークシンガーで反戦を訴えたピート・シーガーが、ロシアの文豪ショーロホフの "静かなドン" の一節をもとに、1955年に作った名曲 "花はどこへいった" は、ベトナムへの代表的な反戦歌として広く歌われた。大女優マレーネ・ディートリッヒは、祖国ドイツへの思いをこの歌に託し、フィギュアスケート選手カタリーナ・ビットは、ボスニアへの反戦を込めて、この歌をバックにオリンピックで演技した。20世紀を通して広く反戦歌として歌い継がれてきたこの歌の魅力をさぐる。
 JCA-NET のウェブページに、この番組が「イラク侵略の真っ只中」(2003 年 4 月 6 日)に再放送されたとして、その機会に番組の詳細を紹介し、末尾に「花はどこへいった」の歌詞(原題 Where have all the flowers gone?)とその和訳を掲載している(文字化けする場合は、ブラウザのコードを「日本語 Shift JIS」に選び直すと読める)。

 また、こちらには、この歌のいろいろな録音が集められている。マレーネ・ディートリッヒが歌っている録音は、別途こちらにある。戦争放棄を決めた憲法9条をめぐる改憲論がやかましいいま、この静かな反戦歌が、またまた大いに広まって欲しいと思う。


My wife went for mountain-climbing from the day before yesterday and came home yesterday close to 12 pm. So, I slept until later than 8:30 this morning. Having a breakfast by looking at the TV during the time quite later than usual, I happened to watch a good program. It was a documentary program of NHK BS Premium entitled, "The memorable song Where have all the flowers gone? – An anti-war song of quiet prayer." After seeing the program, I made a search on the Internet and learned at a Web page of "NHK Archives" that the program was first aired on October 6, 2000. The following summary is given there.
Based on the passage from the famous Russian writer Sholokhov's Quiet Flows the Don, the American folk singer, Pete Seeger, made the famous song Where have all the flowers gone? in 1955. It was widely sung as an anti-war song in the period of Vietnam war. The great actress Marlene Dietrich sang this song with a thought to her homeland Germany, and the figure skater Katarina Witt did her performance to this song in the Olympic games, to represent her will against Bosnian war. The program explores the charm of this song that has been sung widely as an anti-war song through the 20th century.
On a Web page of the JCA-NET, they write, "Re-broadcast was made in the midst [April 6, 2003] of the invasion to Iraq," introduce the details of the program on that occasion and quote the lyrics of Where have all the flowers gone? as well as the translation of them at the end of the page.

Different recordings of this song are collected here. We find the recording by Marlene Dietrich separately here. Now many politicians in Japan are considering to amend Article 9 of Japanese Constitution that enunciates wars. So, I strongly wish this quiet anti-war song to spread widely again and again.

2013年5月27日月曜日

5月中旬の花々 2 (Flowers in the Middle of May -2-)


 写真は上から、(1) アマリリス*、(2) スモークツリー、(3) アヤメ、(4) ヘビサボテンまたはヒモサボテン*。* 印はわが家で、他はウォーキング途中で撮影。

From top to bottom: (1) amaryllis*, (2) smoke tree, (3) Siberian iris and (4) a variety of cactus*. Those with the symbol * were taken in my yard; and others, on my way of walking exercise.

2013年5月26日日曜日

5月中旬の花々 1 (Flowers in the Middle of May -1-)


 写真は上から、(1) バイカウツギ(別名サツマウツギ、異名サツキバイ。近所の家から大きな切り枝を貰い、幾つかに切り分けて挿し木した。うまく根づいてくれればよいが…)、(2) シシリンチウム・イエローストーン(直径 1 センチほどの花)、(3) 白花のムラサキツユクサ、(4) キショウブ。いずれもわが家の庭で。

From top to bottom: (1) sweet mock-orange (Philadelphus satsumi; I got big branches from a neighbor, cut some twigs from them and planted these in my yard. I am now wishing them to take roots successfully), (2) Sisyrinchium californium 'Yellowstone' (a flower of about 1-cm diameter), (3) Ohio spiderwort with white flower and (4) yellow Iris. All the photos were taken in my yard.

2013年5月25日土曜日

2013年4月分記事へのエム・ワイ君の感想 2 (M.Y's Comments on My Blog Posts of April 2013 -2-)

[This post is in Japanese only.]

2. 「ある尾行者」("Ted’s Archives" 5月19日掲載、Sam と Ted の高校時代の交換日記から)
Ted: 1951 年 9 月 16 日(日)曇り時々雨

 一つのコントの材料のようだった。夢中になって歩いた。天下る水の途切れるのを待って、午後 Jack の家へ行ってみた。戸はぴたりと閉まっていて、応じる者は誰もいない。来るときと反対に、木曽坂のコースを取ることにした。雨後の坂道はすごくぬかっていた。水を多分に含んだ泥と小石が、晴れた日のような響く音を立てないで…中略…その頃から何者かに尾行され始めていた。大学前の停留場の方へ出て、上石引町を歩いた。ついて来る。…中略…小路の角の寺の前を通るとき、尾行者は横へ添って来た。一歩先へも出た。道草もした。小さな褐色のイヌだ。…中略…道草をしては、また追って来る。「ベニー」の前から UT 医院の方へ。振り向く。尾行者は足を速める。とっさに、ある考えが浮かんだ。どこへでも行ける!…中略…下りて行く坂の近くへ来た。そこを下りる予定だった。ところが、向こうに一匹の大型の白いイヌがいるのを、尾行者も被尾行者も認めた。被尾行者にはほとんど眼中にない対象だったが、尾行者にとっては、それは大きな存在だった。尾行者はもはや、ぼくについて坂を下りようとはしないで、小立野新町をかの白い魅惑者に向かって直進した。いや、しようとしたのだ。ぼくは小さな彼を見た。もう、飽きちゃったのか? そのとき、目と目がぶつかった。小動物の黒みがかった茶色の目は、寂しそうだった。「ついて来る。」こう信じて、ぼくは振り返りもしないで坂を下りた。…中略…恐る恐る後ろを見た。誰もいない…中略…空は灰色で、地面は茶色だった。引き返した。いた、いた。走っている。ああ、一緒になった。戯れている、白と褐色と。ぼくは彼らに接近した。

Ted: 1951 年 9 月 16 日(日)曇り時々雨[つづき]

 また、目と目がまともにぶつかった。わびしげな目——。「白」はそこで引き離された。水たまりをよけながら、尾行者——もう尾行者ではなくて、従者だ—…中略…幼児の群れに行き会った。彼らの声によって、ぼくがまだ従者を従えていることが分った。「あの子犬、バンビみたいや!」と言う声があった。バンビ! もっともっと、ついて来い。…中略…キチョッ、キチョッ、キチョッ、キチョッという足音は、直ぐ後ろに続く。道路の右へ行き左へ行きして、バンビは長い距離を歩いている。ぼくの持っている傘の先に餌でもついているかのように、一定の時間をおく毎に、すり寄って来る。——上菊橋へ出た。
 この文章を読んで私は、筆者が高校 2 年生の時、夏休みの国語の宿題として書いた創作「夏空に輝く星」のウェブの版への序文を思いだしました。ここには「主な筋は全くの創作であるが、細かい挿話や詳細な描写には、日記にあった記述を縦横に活用し、ジグソーパズルのようにはめ込んだ」と、日記に書かれた生活体験が活用さていること述べ、さらに次のように、「夏空に輝く星」は、卒業後も友人から話題にされていた様子が書かれています。
 高校 3 年生の 3 学期初め頃、2 年のときの国語の担任だった桑山先生から、この作品を『新樹』に載せてはどうかと訊かれた。『新樹』は、毎年その年の卒業生を記念して発行されていた生徒会編集の雑誌である。…略…
 大学生になってから、親友の K 君(本作品中の登場人物、野間繁行のモデル)と高校時代の思い出を語り合っていたとき、彼が「こんなこともあったなぁ」といって話し始めたのが、この創作中の一場面だったのには大笑いした。もう一人の親友 M 君(里内敏夫のモデル)は、原稿を一読後、「多分に理想化してあるな」といったが、それは「日常的な日記という素材を駆使して、なんとか創作らしいものをでっち上げたな」ということの、簡略化した表現だったのだろうと解釈している。M 君は数年前に死去し、ウェブ版で再読して貰えなかったのが遺憾である。…略…
 宏子の手帳に記されていた読書の感想メモは、私自身の読書メモを利用している。このことは、次のような面白い誤解を紹介するため、また、読者の方がたに同様な誤解のないようにしていただくため、あえて記しておく。大学生時代からの親友 A 君がこの作を読みながら、「こんな感想を書くとは、宏子のモデルは大した女性だなぁ」といったのである。
 この創作「夏空に輝く星」の序文に「前期青年期の、それ以前の時代における自己中心観を破壊しなければならないときに生ずる内省、そのときに必要とされる客観的なものの見方、この転機を通じても動揺させてはならない自己高揚への努力、そのための苦悩、そして、そのために必要な真摯な沈黙……これらのまとまりのない小説化」と説明してあります。難解なところもありますが、まとまりのない小説化というのも文章上の一つのすぐれた技術でもあります。もちろん小説の主人公稔のモデルは筆者自身であります。この小説は、前期青年期の筆者を、自己分析し、上記の趣旨に沿って描かれた傑作だと思います。

 いままでに掲載された交換日記にもこの創作に活用されものがありましたが、たまたま昨日読んだ上記の交換日記に書かれた「ある尾行者」は「夏空に輝く星」の本文の第十章に次のように、詳細な描写が日記から取り上げられていますので紹介します。
 一学期の終った七月十五日、稔は雨のやむのを待って、敏夫の家ヘノートの交換に行った。敏夫は祖母と墓参りに出かけるところだったので、交換をしただけで、長い話はできないままに帰らなければならなかった。稔は電車に乗らないで、濁ってとうとうと流れる水面を見ながら、川沿いに歩いた。彼は明日から文雄の家で絵を描くことを考え、それと一緒に文雄の性格を解剖して考えた。その考えは次第に大きくなって焦点の位置を変え、彼が傘を振って歩きながら練って行くうちに、次のように発展した。…略…
 この頃から稔は何者かに尾行されていた。小刻みな足音が彼の後を離れない。川縁から折れて細い道へ入ったとき、尾行者は横へ寄り沿って来た。小さな褐色の犬だ。ちょっと先へも出た。道草もした。それでもついて来る。稔は気味が悪くなった。直接に見るのが恐ろしいかのように、彼は後から来るヤツの店のガラス戸に映る姿を眺めた。
 稔は〈どこまでもついて来る! よし、どこへでも行ける!〉…中略…そこへ、白い大きな犬が向こうから現われた。尾行者も被尾行者も、それを認めた。稔は何とも思わなかったが、彼の尾行者にとっては、この出現者は大きな存在だった。褐色の彼は、白い魅惑的な彼…略…の方へ行こうとした。稔は〈もうこのご主人様には飽きたのか?〉と、小さな彼を見た。すると目と目がかち合った。四本足の動物の目は寂しそうだった。こう信じて、稔は振り向きもせずに坂を降りた。…略…
 子供たちが数人いるのに出会った彼は、「あの子犬、バンビに似てる!」という叫びを聞いて、振り返らないままに従者がおとなしくついて来ることを知った。〈バンビか。これは愉快だ。バンビ! もっともっと、ついて来い。でも、何を思って、何を求めて、どこまで来る気だろう。…略…〉
 〈——ところで、自分のひそかに期待している奇跡に出会ったらなんといおうか。「おや、こんにちは。」「可愛いらしい犬ね。」「はぁ、それが不思議なんですよ。この犬がぼくにこちらの方へ来させたのです。そしたらここで、あなたに会うことができたんですから、こいつはまったく天使かも知れません。」それからぼくは Vega に何をいわなければならないか。——彼女に聞こうとしたことが、自分で相当、分かってきたということだ。どういうふうにいい出せばよいだろうか。——だが、この奇跡はとうてい起こりそうにない。そこがもう彼女の家のある小路じゃないか。犬は? 聞こえる、キチョツキチョツという彼の足音が。呪われているようだ。こいつめ、忠実な従者か執拗な追跡者か分からなくなったぞ。〉…略…〈Vega には会えない。もう用はない。〉…略…
 と、彼の意が通じたものか、道の右へ行き左へ行きジクザグに歩いていた子犬は、すっと彼の先に出て、宏子の家のある小路には目もくれずに真直ぐに走った。…中略…犬の後を追って醤油屋のところへ向けられた稔の目は、何かアズキ色のものが落ちているのを見つけた。〈なんだろう?〉彼もそこまで走った。〈手帳だ。〉拾い上げて見ると、地面に接していた表紙に湿った土が少しついていたが、他は汚れていなかった。彼はパラパラと中を見た。…略…これは、なんということだ!…… H. Kikuchi とある……。稔は脇に挾んでいた傘をとり落としたのにも気づかないで、穴のあくほどそのローマ字を見つめた。目を疑ってもみた。だが、事実そう書いてある。
 〈お前はやはり天使だった〉と彼は思って、あたりを見回したが、子犬の天使はすでにいなかった。
 このくだりは、稔が宏子に単独で会うには心理的に高い閾があったが、そこに子犬の天使が現れて、宏子に会う機会を授けた名場面です。

2013年5月23日木曜日

2013年4月分記事へのエム・ワイ君の感想 1 (M.Y's Comments on My Blog Posts of April 2013 -1-)

[This post is in Japanese only.]

 M・Y 君から "Ted's Coffeehouse 2" 2013 年 4 月分への感想を 2013 年 5 月 22 日付けで貰った。同君の了承を得て、ここに紹介する。



 このブログは、同じ筆者による他のブログ("IDEA&ISAAC: Femto-Essays""Ted’s Archives""福泉・鳳「憲法9条の会」"など)と相互に連結され、また、文中の引用資料は原資料にリンクされる構造になっています。したがって、読者は、"Ted’s Coffeehouse 2" を出発点にして、これらに縦横に移行出来、利用しやすくなっています。このように作り上げ運用されているご努力に敬意を表します。花や風景の写真も見た人が感動するものが多くあります。例えば、右欄の「人気の投稿(最近30日間)」中に「竹田城跡と立雲峡へのバス旅行2」(2010 年 4 月 9 日掲載)が挙げられていますが、そこをクリックするとその記事が現れ、Chiara さんが「この写真で見ても美しいが、雲に浮かぶ時には素晴らしいでしょう」と想像豊かなコメント(原文は英語)をしています。それに対し筆者は雲に浮かぶ幽玄な写真を引用して応えています。

1. "Ted’s Coffeehouse 2" について

 「学士会関西茶話会」「行事続き」「東京で、2013 年春」などを読むと、いろいろお出かけになり、交友や楽しいひと時を元気にお過ごしの様子がうかがわれます。「学士会関西茶話会」と 4 月 18 日の「春の歌声喫茶 in ウェスティ」(以下の三つの行事とともに「行事続き」中に記載)では、よい雰囲気中で、なつかしい歌を合唱されています。4 月 5 日には、「大阪・ヒルトンウェスト内の桃谷楼で関西嶺前会(大連嶺前小学校同窓会関西懇親会)。参加者 45 名、うち 1948(昭和 23)年卒予定の同期生は私を入れて 6 名」とあります。4 月 13 日には落合恵子さんの「I love 9 条さよなら原発」の話を聴講されています。当地では、5 月 31 日に「鎌倉・九条の会発足 8 周年 憲法のつどい 原発と日本国憲法」が開催されます。落合恵子(同上と同じ演目)、内橋克人(憲法に逆風 守る力を信じて語る)、金子勝の各氏が講演されます。私も聴講する予定です。4 月 17 日には「妻と京都市美術館で『ゴッホ:空白のパリを追う』と『リヒテンシュタイン:華麗なる侯爵家の秘宝』の二つの展覧会を見る。後者では『キリスト哀悼』、『クララ・セレーナ・ルーベンスの肖像』などのルーベンスの作品が、とくに素晴らしかった」と書かれています。私は、最近 BS 朝日テレビの「ルーベンス 愛と平和の祈りを絵筆にこめて」を見ました。ルーベンスの多くの絵について説明があり、業績と時代背景がよく分りました。

 「東京で、2013 年春」においては、筆者は「金沢菫台高校 5 期生(1954 年卒)・関東同窓会に参加するため、2 日(火)に上京した。到着時から同窓会終了まで、あいにくの雨で、とくに 3 日午前中は風も強かった。それでも,会場のビルの玄関や窓から、また帰途の JR 駅で、四谷周辺のサクラの見える風景の写真を撮ることができた」と、桜の写真を掲載しています。東京付近では桜の満開は例年よりかなり早く 3月 23 日頃でした。その後、曇天で寒い日が続き4月初めまで満開の桜がもちこたえられました。2 日、3 日の雨と強風で桜も散ってしまうだろうといわれていましたが、写真を見ると、まだもちこたえていたようでした。「3 日、同窓会の参加者は 9 名(うち女性 1 名)。正午から食事をしながら、談論風発。終りに校歌「古城の東 菫台(すみれだい)」を斉唱し、われわれ一同が 80 歳になる 3 年後まではこの会を続けようと誓い合って散会した」とのことです。私の高校同期の同窓会も 80 歳までは続けたいという願望で運営しています。

 「同窓会のあと、宿泊している学士会館で大連嶺前小学校の同期生 O 君と同館のレストラン中華料理の『紅楼夢』で 8 時半頃まで、ビールと料理を楽しみながら歓談した。彼の力作『天界航路:天野芳太郎とその時代』を貰った。彼には、他にも『恐るべき空白:死のオーストラリア縦断』と『駐米大使野村吉三郎の無念:日米開戦を回避できなかった男たち』 の著書があることを、帰宅後にアマゾンのウェブサイトで知った。彼はいままで、これらについて吹聴することもなかった」と書いています。謙虚で有能な作家と文学に造詣の深い筆者は、静かに密度の高い歓談をして楽しまれたことと拝察いたします。4 日は快晴で、私たちは東京駅で 10 時前に待ち合わせ、久しぶりに再会しました。これについては、「東京で、2013年 春 -3-」に、簡潔に余すところことなく書かれています。「美術館前の明るいレストランで M・Y 君と昼食をともにしながら語り合ったあと、東京駅で別れた。楽しい 3 日間の記憶を胸に、ひかり 513 号で 15 時 30 分に新大阪帰着」と、めでたしめでたしでした。(つづく)

2013年5月22日水曜日

グランフロント大阪 (Grand Front Osaka)


 昨日、妻と用事があって大阪へ出たついでに、さる 4 月 26 日 JR 大阪駅北側に開業した「グランフロント大阪」を覗いた。写真は上から、地下一階入口付近にある階段状の滝とその下のレストラン、北館テラスガーデンからの眺め、同ガーデンから見た大阪駅ビルの北側。同ガーデンに植わっている背の高い木。最後の写真は、わが家の庭に近年ひとりでに生えて来た木と同様の葉を持っている木だったので撮った。説明板に「私の名前はシマトネリコといいます。南の国の出身なんだ。葉っぱに光沢があってきれいなのと、枝が風になびくのもいい感じらしくて、最近よく植えられてるよ。あんまり見る機会はないと思うけど、実(み)は平べったくて、ちょっと独特な形かな」とあった。

Yesterday, my wife and I went to Osaka and visited "Grand Front Osaka," which was opened at the north of JR Osaka Station on April 26, 2013. Photos above show from top: the staircase waterfall and the restaurant under it located underground near the entrance of "Grand Front Osaka," the landscape viewed from the North Building terrace garden, the north side of the Osaka Station building also seen from the terrace garden and tall trees on the same garden. I took this last picture because leaves of these trees seemed to be similar to those of the tree that grew by itself in my yard in recent years. The explanation plate says, "My name is evergreen ash (Fraxinus griffithii). I am a native of a southern country. Because of my shiny, beautiful leaves, and a good view of my branches waving in the wind, I am much welcomed for planting these days. You may seldom have a chance of seeing my fruits, but they have a unique, flat shape.")

2013年5月20日月曜日

5月初旬から中旬の花々 (Flowers from Early to Middle May)


 写真は 5 月 7 日と 13 日に撮影。上から、ルピナス、オオツルボ(シラー・ペルビアナ)*、シラン(ピンク)*、同(白)*、シャクヤク*、シャリンバイ(* 印はわが家の庭で)。

Pictures taken on May 7 and 13, 2013. From top to bottom; lupine, Cuban lily (Scilla peruviana)*, Hyacinth Orchid (pink)*, Hyacinth Orchid (white)*, Chinese peony* and Japanese hawthorn (those with the symbol * were taken in my yard).

2013年5月18日土曜日

堺市・大仙公園で:日本庭園の花など (At Daisen Park, Sakai: Flowers, etc. of Japanese Garden)


 さる 14 日に大仙公園内の日本庭園で見た花と鳥の写真。上から、カキツバタ(紫;この植物はこれから見頃になる)、同(白)、ボタン(ピンク;この植物の花は盛期を過ぎ、いくつかの残り花だけを見た)、同(白)、 タニウツギ、カルガモ親子(日本庭園ニュースサイトの 5 月 1 日付け記事によれば、その日、12 羽のヒナがデビューしたとのこと)。

Photos above show flowers and birds we see at Japanese Garden of Daisen Park on Tuesday. From above: rabbit-ear iris (purple; this plant was becoming full bloom), rabbit-ear iris (white), peony (pink; this plant ended their best season, and we saw only some remaining flowers), peony (white), Japanese weigela and grey ducks (according to the article dated May 1 on the news site of the Japanese Garden, twelve chicks debuted on that day).

2013年5月15日水曜日

堺市・大仙公園で:カメラの高さを変える (At Daisen Park, Sakai: Shots at Different Heights)


 昨日、妻と約 3 年ぶりで大仙公園を訪れた。主に見たのは園内にある日本庭園だが、去り際に公園入り口付近から見た園内の新緑の様子を写真に撮った。最初は、しゃがんで、低いカメラ位置で撮った。トリミングする前の映像をカメラのモニターで見ると、道の手前部分が大きく写っていたので、これではまずいと思い、立ち上がって、もう一枚撮った。今度は、手前の木々の上部が黒っぽく大きく写った。

 両方にほぼ共通する部分をトリミングで取り出してみると(上掲のイメージ)、1 枚目の方が、空や道が露出過剰になっていなくて、全体として美しい色調である。遠景の木々については、2 枚目の方に新緑らしい明るさがあるが…。また、1 枚目の構図の方が、奥行き感もある。そこで、2 枚目をボツにしようと思った。しかし、2 枚並べると、子ども目線と大人目線の相違が分る面白さもあると思い直し、両方を掲載することにした。(日本庭園内の花の写真などは、次回に掲載の予定。)


Yesterday, I visited Daisen Park with my wife after about three years since my last visit there. We mainly saw the Japanese garden in the park. When we were going to leave the park, I took two photos of the scenery of the fresh green trees seen near the entrance of the park. First, I made a shot at a low camera position. Looking at the shot before trimming on the camera monitor, I thought it a failure because its large portion was occupied by the road nearby. So, I took the next one by holding a camera at a high setting. This time, the upper part of trees in the foreground appeared large and blackish.

I got the images, as posted above, of the portions of the scene almost common to both photos by trimming. Then, the first piece was found to have a better color tones as a whole, without overexposure to the sky and the way, though the second piece shows brighter and fresher colors as for trees at the distance. The first piece also gives a better feeling of perspective. So, I first did not thought to post the second one. However, I changed my mind to post both, because doing so would show an interesting difference between viewpoints of children and adults. (Pictures of flowers taken in the Japanese garden will be shown in the next post.)

2013年5月12日日曜日

4月末から5月初旬の花々 2 (Flowers and Blossoms from the End of April to Early May -2-)


 写真は 4 月 29 日から 5 月 7 日の間に、ウォーキング途中、あるいは、わが家の庭(下記の名前に * 印のもの)で撮った花々。上から、チャボハシドイ*(ヒメライラック)、ベニバナトチノキ、スパラキシス、スイレン(赤)、同(白)。

Photos of flowers and blossoms above were taken on my way of walking exercise or in my yard (those marked with * among names below) from April 29 to May 7. From the top, littleleaf lilac*, red horse chestnut, wandflower, water lily (red) and water lily (white).

2013年5月11日土曜日

4月末から5月初旬の花々 1 (Flowers and Blossoms from the End of April to Early May -1-)


 写真は 4 月 29 日から 5 月 7 日の間に、ウォーキング途中、あるいは、わが家の庭(下記の名前に * 印のもの)で撮った花々。上から、黄色のモッコウバラ、ゲラニウム*、ブローディア*(トリテレイア・ヒアシンシナ)、キリ、ナガミヒナゲシ。

Photos above of flowers and blossoms were taken on my way of walking exercise or in my yard (those marked with * among names below) from April 29 to May 7. From the top, banksia rose (with yellow blossoms), geranium*, Triteleia hyacinthina*, blossoms of empress tree and long-headed poppy.

2013年5月9日木曜日

湯川の「うつしえ」(Yukawa's Utushi-e)

【Read in English.】

 私はかつて湯川秀樹の自伝『旅人』の英訳に間違いが沢山あることに気づき、訳者の一人であるブラウンさんに正誤表を送った。その中には「うつしえ」の訳 "shadow pictures" を "transfer pictures" に直した一項を含めていた。旅人の中の「うつしえ」は、湯川が子どもの頃、祭りの店で売っていたものの一つとして書いてあり、"shadow pictures" といえば、売るというより実演するものだと思ったからである。また、私が子どもの頃には、「うつしえ」といえば、いろいろな絵を特殊な方法でプリントしてある紙を裏からこすって、絵を別の紙に転写する「移し絵」を意味した。しかし、湯川の子どもの頃には、幻灯で「写し絵」をして遊ぶための、セロファン紙に絵を描いたような、いまのスライドに相当するものが売られていたのかもしれないとも思い(このことも注記しておいた)、この修正には自信がなかった。

 この、湯川の「うつしえ」は「写し絵」か「移し絵」かという問題に答を与えるような記述を先般、夏目漱石の自伝的小説『道草』の中に見出した。漱石自身をモデルにした主人公・健三の子どもの頃について記した第四十章に次の文があったのである。
 「彼の望む玩具は無論彼の自由になった。其中には写し絵の道具も交っていた。」
この「写し絵」について、巻末の「注解」は次のように記している。
 「暗いところで、光線の作用によって、ガラスに描いた絵などを布や紙の幕に映し出すもの。幻灯。」

 漱石の子どもの頃には、「写し絵」の道具がやや高級な子どもの玩具だったのである。生年は、漱石が 1967 年、湯川が 1907 年で、どちらも子ども時代は明治時代の中に入る。私は 1935 年生まれで、湯川との生年の隔たりは、漱石と湯川の隔たりより少ない。しかし、東京市内に電灯がほぼ完全普及したのが 1912 年であり(文献 1)、電灯の全国的普及が日本の文化環境を大きく変えたであろうことを考えると、漱石と湯川の子ども時代は、湯川と私の子ども時代より、共通点がはるかに多かったに違いない。(実際、私の子どもの頃には、幻灯に取って代わる 8 ミリフィルムの自家用映写機を使って、近所の家で映画を見せて貰ったことさえある。)以上のことから、『旅人』の英訳における "shadow pictures" は正しかったと認めなければならない。

文 献
  1. 大正から昭和へ:電気の歴史年表, 電気事業連合会ウェブサイト.

2013年5月7日火曜日

中の池公園のバラ (Roses in Nakanoike Park)

 わが家に近い「中の池公園」にいろいろな品種のバラの苗木が植えられたのは一昨年だったが、今年はかなり生長して、下に掲載する写真のような花を沢山咲かせている。このようにいろいろなバラが見られるのはどんなに広いバラ園かと思われるかもしれない。ところが実際は、最後の写真に見られるように、公園の遊歩道と公園の境界のコンクリート壁(その上には隣接する民家の敷地がある)との間の細長い土地に植えられているだけである。

Two years ago, seedlings of roses of different varieties were planted in Nakanoike Park near my house. They have now grown considerably and have a lot of flowers as can be seen in the photos below. From those pictures, you may suppose that there is a large rose garden in the park. In fact, the roses grow in a narrow space between the promenade of the park and the concrete wall of the park boundary as shown in the bottom photo.