2012年8月30日木曜日

ある訳注にまつわる思い出 (Memories Related to a Translator's Note)



トルストイ著『幼年時代』(岩波文庫版)(アマゾンの当該書情報ページから)
Childhood by Leo Tolstoy (Iwanami version) (Taken from the information page
of this book at Amazon Japan Web site).



朝イヌを散歩に連れ出す L 教授夫妻。
Professsor and Mrs. L. taking their dogs out for a walk in the morning.

 先日、レフ・トルストイの自伝的小説の一つ『幼年時代』(1972年刊行の『新潮世界文学 16』所収、原卓也訳)を読んでいたところ、次の通りの訳注があった。

ロシヤでは旅行に出発する前、みんながドアを閉めた部屋に何秒間か坐って、静かに目をつむり、旅行の安全を祈る習慣があった(p. 43)

この注は私に次のような経験を思い出させてくれた。

 1998 年 5 月にウクライナのハリコフ大学の放射線研究室に招かれて、その研究室の L 教授や M 助手のアパートに合わせて数日間泊めて貰った。滞在も終わって教授の家を辞する日、研究室の全メンバーも集まっている中、この訳注にある通りの習慣が私のために実行された。静かに坐っていたあとで、L 教授が私に「何か忘れ物はありませんか」とロシヤ語で問いかけ、それを教授夫人が英語で通訳してくれた。

 私は携行品としての忘れ物はないと思った。しかし、滞在中の色々な親切に対するその都度の礼の言葉が必ずしも十分でなかったのは一種の忘れ物と思い、それをよい機会に、そのことを話し、あらためて一同に礼を述べた。続いて玄関へ出ると、突然、停電で真っ暗になった。その瞬間に、誰かが私の頬に別れのキスをし、それが終わるとすぐに電灯がついて、拍手が起こった。キスをしたのは教授夫人だった。「停電」も予定行事の一部だったのである。

While reading one of Leo Tolstoy's autobiographical novels "Childhood" (translated by Takuya Hara, in "Shincho Sekai Bungaku" Vol. 16, 1972), I found the following translator's note:

In Russia, there was the custom that everyone sits in a room by closing the door and shutting eyes and silently prays several seconds for the safety of the traveler before his or her departure. (Page 43.)

This reminded me of my experiences described below.

In May 1998, I was invited to the Radiation Laboratory at the University of Kharkov in Ukraine and stayed a few nights in the apartment houses of Professor L and Research Assistant M of the laboratory. When my stay in Kharkov ended, and I was leaving L's house, the custom as described in the above note was performed for me by all the members of the laboratory gathering there. After silently sitting, L said to me in Russian, "Isn't there anything you're unintentionally going to leave behind?" and L's wife translated these words into English for me.

I did not think of any object going to be left behind. However, I thought that my words of thanks on each instance of my getting kindness from them were not always sufficient and that this was a thing I should then pick up. So, it was an appropriate time for me to talk about it and to express my thanks to them for everything. Then, we went out to the hallway, and suddenly it became pitch-dark due to power failure. At the instant, I was given a goodbye kiss on the cheek by someone. Just after this additional event, the light came back, and hand clapping arose. The person who kissed me was L's wife. "Power failure" was part of the planned event.

2012年8月28日火曜日

夏休みの作品 (Works in Summer Vacations)


[Abstract] Browsing through old documents to do away with some of them, I found three certificates of commendation for my works in summer vacations during elementary and junior high school years. Those were the days just after the defeat of Japan in the World War II, so that each certificate consisted of a small piece of poor-quality paper. I got the certificates in different subjects of painting, mathematics and essays. It is amusing that all these are fields in which I have continued to be interested until now. Except for the essays, I do not remember the details of the works I handed in. (Main text is given in Japanese only.)

 古い書類を整理していたところ、小・中学校時代の夏休みの宿題作品に対する賞状が 3 枚出て来た。そういうものを保存していたことなどすっかり忘れていた代物である。ちょうど、児童・生徒たちが夏休みの宿題の完成に大わらわの時期でもあり、ここに紹介することにした。

 上掲のイメージの 1 枚目は小学校 6 年、2 枚目は中学 2 年、3 枚目は中学 3 年のときに貰った賞状で、表彰の対象はそれぞれ図画、数学、随想と異なっている。どれも、いまに至るまで興味を持ち続けている分野であることが、いかにも面白い。日本の敗戦後間もない頃だったので、どの賞状も小さな紙切れの粗末なものである。とくに 1 枚目は、わら半紙に謄写版刷りで作られた表彰用紙が使われている。しかし、刷られた文字や記入された氏名などは、この 1 枚だけが毛筆によるもので、最も立派である。

 6 年生の夏休みにどのような絵を描いて提出したのか記憶にない。野球のグラブとボールをその頃に描いた水彩画がいまも残っているが、それには氏名も書いてなく、提出した形跡がない。これは試作で、同様な絵をもう少し大きな画用紙に描いて提出したのだろうか。そういえば、大きく描いたのは力強さでは試作に劣っていたが、仕方なくそれを提出したような気もする。いや、それは間違いで、授業時間に大きな画用紙に描いたグラブの絵が気に入らなかったので、あとで家で再び描いたのが残っているのかも知れない。そうだとすると、夏休みには何を描いたのだろうか。間借りしていた家の二階の奥の部屋から、後ろの家を写生したことを覚えているが、あまりよい眺めではなく、満足できる絵になった記憶はない。——それでも、小学生ぐらいの自分が学校の宿題の写生をしている夢をたまに見ることがある。——

 中学 2 年の数学に対する賞状というのも、何を提出したのか、さっぱり思い出せない。藤原松三郎(この先生の『行列及び行列式』という岩波全書の本を、のちに大学生になってから学んだ)の『少年世界数学史』というような本をその頃愛読した記憶はあるが…。

 中学 3 年の随想というのは、何編もの作文を、わら半紙に上下 2 段に分けて書き、水彩画の表紙をつけて、本または雑誌のように綴じて提出したもののはずだ。中学 1 年のときにも、数編の作文をまとめて出したように思う。しかし、その年の賞状がないのは、新制中学がスタートしたばかりで、学校の態勢が整っていなかった(初めのうち教室数が不足で、二部授業という形式のとられた期間があった)ためかと思ったが、2 年のときの賞状に「本校第二回夏期休暇作品展」とあるのを見れば、 1 年では貰い損ねたようだ。

2012年8月26日日曜日

フルートアンサンブル Lynx のコンサート (Concert of Flute Ensemble Lynx)



Lynx コンサートのプログラム表紙。
Cover page of Lynx concert program.


 8 月 24 日の晩、わが家から近い西文化会館で開催された表記のコンサートを家内と聞きに行った。Linx は 4 人のフルート奏者からなるグループで、1997 年、東京芸術大学在学中に結成、国内外で活躍を続けており、2009 年にソニーミュージックダイレクトから,初のベスト盤 "re" を発売している。メンバーは、揃って幼い子をそれぞれ一人持つ若い母親でもある。

 プログラムは次の通り。

第1部
J.S. バッハ:トッカータとフーガ
J.S. バッハ:アリオーソ
J.S. バッハ:G 線上のアリア
J.S. バッハ:「管弦楽組曲2番」より
第2部
J.S. バッハ:「フーガの技法」より 抜粋
ラヴェル:ボレロ
Lynx: オリエンタル・ナビゲーション

 各曲の前にメンバーが代わるがわる述べる説明や自分たちの紹介も楽しく、またたく間に2時間が過ぎた。なお、アンコールの求めに応えて、3.11 大震災被災者のために Lynx が作曲した "Little Prayer" と、「ふるさと」の演奏があった。料金 2000 円も手頃で、楽しいコンサートだったが、会場に空席が多かったのは惜しいことだった。

 テーマ・メロディの音符を逆順にも用いるなどの、バッハの作曲技巧についても聞いたので、以前に買って読みかけたままになっている Douglas Hofstadter の Gödel, Escher, Bach: An Eternal Golden Braid*(初版 1979 年)を近日中にぜひ読みたいと思った。


* 和訳:ダグラス・R・ホフスタッター著; 野崎昭弘, 柳瀬尚紀, はやしはじめ訳,『ゲーデル、エッシャー、バッハ―あるいは不思議の環』20 周年記念版 (白揚社; 2005).


In the evening of August 24, I went to Westy Hall near here to listen to the concert of the flute ensemble Lynx with my wife. Lynx consists of four flute players. It was formed in 1997 while they were students of the Tokyo University of the Arts, has continued activities at home and abroad, and released the best album "re" from Sony Music Direct for the first time in 2009. It is noteworthy that each member is a mother of a small child. The program was as follows:

Part 1
J.S. Bach, Toccata and Fugue
J.S. Bach, Arioso
J.S. Bach, Air on the G String
J.S. Bach, From "Orchestral Suite No. 2"
Part Two
J.S. Bach, Excerpts from "The Art of Fugue"
Ravel, Bolero
Lynx, Oriental Navigation

The members alternately talked about pieces they performed and about themselves, making us pleasant. So, two hours went by rather quickly. In response to the request of encore, they played "Little Prayer" and "Furusato (Native Place)." The former was an original piece composed by Lynx for the victims of 3.11 Earthquake. The concert was quite enjoyable with its affordable price of admission (2000 yen), but it was regrettable that there were many empty seats in the hall.

The performers also talked about such techniques in Bach's composition as the combined use of subject melody and the same in the reverse order of notes. This made me want to read in the nearest future Douglas Hofstadter's Gödel, Escher, Bach: An Eternal Golden Braid (first published in 1979), which I had bought many years ago and had not yet read.

2012年8月23日木曜日

金沢での同窓会 (Reunions in Kanazawa)



上:小学校同級会の行なわれた金沢・湯涌温泉の宿「やました」(宿のリーフレットから)。
下:中学校のミニ同窓会をした ANA クラウンプラザ金沢。

Upper, the hotel Yamashita in Yuwaku Spa, Kanazawa, where the reunion of our elementary school class was held (taken from the leaflet of the hotel); lower: the hotel ANA Crowne Plaza, Kanazawa, where we had a private mini-reunion of our junior high school.

[Abstract] On June 24, I attended the reunion of our class at Ishibiki-cho Elementary School. It was held in Yuwaku Spa, Kanazawa, to celebrate the ninetieth birthday of our teacher Mr. A and our age of about 77. A total of 20 persons including Mr. A participated in the meeting. The next morning, I visited the late Y.A.'s sister, R.S., and her husband in Kanazawa. That afternoon, I had a private mini-reunion of Shikindai Junior High School at the tea room of ANA Crowne Plaza, Kanazawa, together with two old girls and two old boys. I was able to make quite effective use of the two-day trip to Kanazawa. (Main text is given in Japanese only.)

 さる7月24日、金沢の湯涌温泉で石引町小学校6年2組の同級会があり、参加した。A 先生が卒寿、生徒がほぼ喜寿(どちらも満年齢で)を記念しての会で、生徒は女子10名、男子9名、先生を入れて合計20名が集まった。A 先生は私たちの卒業後間もなく、障害児教育の学校に移り、その道で多くの感謝状、表彰状、そして勲四等・瑞宝章の叙勲も受けていられる。感謝状や叙勲については、今回先生が配布された資料で初めて知った次第だ。カリフォルニア大学名誉教授になって神戸に戻っている H・I さんがパーキンソン病で歩行困難のため不参加だったのは残念だった。

 同級会の翌25日午前、一昨年亡くなった Y・A さんの姉君、 R・S さんの家(Y・A さんが亡くなるまで住んでいた家へ昨年移られたのである)を訪れた。R さんの夫君、S 氏は私より2歳年長で、松ヶ枝町小学校の出身と初めて知った。S 氏の卒業後のことになるが、松ヶ枝町小学校と私のいた石引町小学校は野球で県内1、2位を争う関係だったことを話すと、ご存知だった。新制高校に移る直前の中等学校野球大会で活躍した金沢三中の選手たちの名前を互いに思い出し合ったりもした。R さんは認知症になっているが、過去の記憶は確かで、大連で私と同じ家で過ごした日々のことをいくつか思い出して話された。ただ、「大連からいつ引き揚げたの?」と繰り返し尋ねられたりはしたが。

 午後は、金沢駅前の ANA クラウンプラザの喫茶室で紫錦台中学のミニ同期会を持った。急な連絡にもかかわらず、声をかけた一同、K・T さん、T・M さん、T・K 君、T・TK 君*が集まってくれて、1時間半ばかり和やかに話し合った。私の好みで集めた人たちだが、私以外はみな中学3年のときは同じクラス(4組、私だけ7組)にいた人たちで、上記の名前の順に、書道、水墨画、油絵、植物細密画を趣味としている芸術好きの人たちでもある(そして私は水彩画を趣味とする)。出身小学校が、T・TK 君と私が同じである以外、みな異なっていたのも面白い。——有効に活用出来た一泊二日の金沢行きだった。

 後日、電話で小学校同級会の様子を H・I さんに伝えた。その折に彼女は、私の自費出版書の英語が日本人離れしていて、また分かりやすく書かれていると褒めてくれた。それに対して、受験勉強で長文の英文和訳を学んだせいで、就職早々の頃は長いセンテンスで書いていたが、英文科学論文の書き方を学ぶうちに短い文で分かりやすく書くのがよいと心得たことなどを話した。さらに、大江健三郎の文が分かり難い理由(先に本ブログに書いた話)を持ち出すと、彼女は、大江の文を教材に使い、その理解度によって学生の日本語の上達度が分かったことや、大江は話すときにドモルようなクセがあり、彼の文もドモッているのだという辛辣な見解などを話し、話題が尽きない。一時間ほど話したところで、「また電話します」といって、半ば強引に切らなければならなかった。

* 「T・T 君」としたのでは私の頭文字と同じになるので、仮名書き2文字目の頭文字 K を加えた。

2012年8月21日火曜日

続編を成功させる条件 (Factors to Make Sequels Excellent)


Read in English.

 [概要 (Abstract in Japanese)]スウェーデンに住む友人 M・C さんが、英語のクラスの先生から、リスト中の一冊の本を選び、その登場人物が原作とは全く異なることをする物語(平行の物語)を書く課題を出されたことをフェイスブックに記していた。これをきっかけに、平行の物語も続編も原作と同じ登場人物を扱うという共通性、私が不要になった水村美苗著『続明暗』(漱石の『明暗』の続編)を2年前に M・C さんに上げたこと、つい先日ニューヨーク・タイムズ紙の読書欄で続編を書くことについてのエッセイ(A. Motion 氏による)を見かけたことなどから、私は続編の性質や『続明暗』について考えさせられた。『続明暗』を私が興味深く思った理由からすれば、Motion 氏のいう最良の続編の特徴の他に、原作の作風を巧みに再現していることも、それ自体、続編を成功させる別の条件であるような気がするのだが…。 [本文(英文)へ]

2012年8月18日土曜日

オランダ、ベルギー運河の船旅 53 (Cruise on Canals in the Netherlands and Belgium -53-)


 4月24日、KLM オランダ航空の 14:40 発の便で帰国の途についた。上の写真は、KLM 国際線のビジネスクラス乗客へのプレゼントで、オランダの家々をデルフト焼きでかたどったもの。屋根の後方の煙突が蓋をしたような形になっているのは、中にオランダのジン(Jenever または Genever の名でも知られている)を入れてあるためである。往きの便では、オランダ人の客室乗務員が私たち夫婦に2個を黙って差し出した。私が "What are these?" と言うと、彼女は小さなカタログをまた黙って差し出した。それで私は、彼女がそれを売ろうとしているのかと思って、"No, thank you." と言ってしまい、貰い損ねた。旅行中、同行の人たちから、あれはプレゼントだと聞き、残念に思っていた。

 帰りの便で同じプレゼントを私たちの座席へ配りに来たのが日本人乗務員だったこともあって、往きの便で貰い損ねたことを話すと、親切にその分も渡してくれた。これらの家のミニチュアは、すべて実在の家を表していて、カタログにはそれぞれのミニチュアのモデルとなった家のある都市名も記してある。近年、このミニチュアは収集家たちの格好の興味対象にもなっているという。国際規則では 75 セント以上のプレゼントを乗客に渡してはいけないことになっているが、ミニチュアの家は提供する飲み物の容器(それを乗客が勝手に持ち帰るということか)なので、規則にふれないらしい(KLM のウェブページ Discover all our houses で "About KLM houses" のボタンをクリックするとこのような説明が出る)。

 4月25日、8:50 頃、関西空港へ無事帰着した。家へたどり着いてみると、この旅のメイン・イベントだった観光の目的地「フロリアード 2012」に、密度としては負けないくらい*、わが家の庭にも春の花々が咲き誇っていた。「わが家もフロリアード状態!」と言って、妻と笑い合った(英文のあとの写真参照)。(これらの写真は、それぞれの花の見頃に撮ったものを選んだので、撮影日は帰国当日から5日後の4月30日までに及んでいる。例年は、これらの花が咲くにつれて写真を1〜4枚ずつ掲載していたが、今年は4ヵ月ほども遅れて、まとめて載せることになった。これらは旅行中の写真ではないが、無事帰国と留守中のわが家の安泰への安堵感を表す写真も旅行記の一部になろうかと思ってここに含める次第である)。

* フロリアードの会場は広大だったため、花が一杯あふれているという感じではなかった。

On April 24, we made the return trip home by the 14:40 flight of KLM Royal Dutch Airlines. The photo above shows Delft Blue miniature traditional Dutch houses, which are gifts to world business class passengers on KLM. The chimney at the rear of each house has a cap. This is because each house contains Dutch gin (also know as Jenever or Genever) inside. On the forward flight, a Dutch flight attendant held out silently two miniature houses to my wife and me. I said to her, "What are these?" She handed me a little catalog, again without saying anything. So, I thought that she wanted to sell them to us and said, "No, thank you." Thus, we failed to get the gifts. During the tour, some members of our group told us that those were gifts, making me regret the failure of getting them.

On the backward flight, a Japanese attendant came to deliver the gifts. So, we told her that we had missed getting them on the forward flight. She kindly brought us two more for compensation. Each miniature house depicts a real Dutch house, and the name of the city where the corresponding real house is located is written in the catalog. Over the years, the miniature houses have become an attractive collectors' items. According to international rules, only gifts with a maximum of 75 cents could be given to passengers. However, these miniature houses are not gifts but servers of drinks (is it assumed that passengers bring them back without permission?). So, this does not seem to constitute a departure from rules. (You can find a description like this by clicking the button "About KLM houses" on one of the Web pages of KLM, Discover all our houses.)

Around 8:50, April 25, we arrived safely at Kansai International Airport. Coming back home, we found that, in our yard, spring flowers were in full bloom much like, or much more densely than*, in the "Floriade 2012," the visit to which was the main event of this tour. I said, "Our home is holding Floriade, too!" and laughed together with my wife (see photos below). (Here, I chose the photos taken at the best time of each flower. So, the dates of shot range from the day of our coming back to the five days later, i.e., April 30. Past years, I posted one to four pieces of pictures of these flowers as each of them blooms. This year, however, I post these photos at once belatedly by almost four months. These are not photos taken during the trip but are included here from the thought that photos representing the sense of relief caused by our safe coming back and the sound presence of our home during our absence would also belong to photos related to the tour.)

* The site of the Floriade was quite large. So, we did not feel that it was full of flowers everywhere.

 簡単な旅行記にするつもりだったが、撮った写真をなるべく多く使いたいと思って書いているうちに、53回もの連載になった。付き合って読み通して下さった方々や親切にコメントを下さった方々にお礼申し上げる。

Initially I thought to write about this tour only briefly. Wile writing, however, I wanted to use as many photos as possible among those taken during the tour. As a result, this series has grown to consist of as many as 53 posts. I would like to thank to those who read through this series and those who wrote kind comments.

(完)(End)

2012年8月15日水曜日

オランダ、ベルギー運河の船旅 52 (Cruise on Canals in the Netherlands and Belgium -52-)

 ザーンセ・スカンスでの写真の続き。上から3枚は、この地に特徴的な家々と街角の様子。一番下は、ザーンス博物館(内部は見学しなかった)。青文字で表記された地名「ザーンセ・スカンス」の「ザーンセ」部分が、水面に映ったような逆さ鏡文字になっているのが面白い。この地の観光は旅程外だったので、地名は旅行社の案内書などになく、添乗員さんから聞いただけではうろ覚えだったが、帰国後この写真で確認出来た。

Continuation of photos taken in Zaanse Schans. Three photos from the top show houses and street corners peculiar to this area; and the bottom photo, Zaans Museum (we did not enter here). It is amusing that the "Zanse" part of the blue letters showing the place name "Zaanse Schans" is given like a reflection in water. Because our visit to this place was not in the schedule, we had only a vague memory of the place name told by tour conductors. After our returning home, this photo helped me to confirm the name.

(つづく) (To be continued)

2012年8月13日月曜日

2012年7月分記事へのエム・ワイ君の感想 (M.Y's Comments on My Blog Posts of July 2012)

[This post is in Japanese only.]

 M・Y 君から "Ted's Coffeehouse 2" 2012年7月分への感想を2012年8月11日付けで貰った。同君の了承を得て、ここに紹介する。




1. 7月4日はヒッグスの日

世紀の物理実験結果の報告を視聴された様子が次のように書かれています。

 素粒子に質量を与える原因と考えられる仮説上の素粒子「ヒッグス粒子」を探しているジュネーブの欧州合同原子核研究所(CERN)が、7月4日の午前9時(現地時間)から、超大型粒子加速器 LHC による実験の報告会を行なった。会の様子はウェブで放映されたので、高エネルギー物理学の熱心なファンである私は、丸2時間、パソコンに釘付けになって見ていた。[…]
 最初に CMS 実験グループを代表して、カリフォルニア大学の J. Incandela 氏が、続いて ATLAS グループを代表して CERN の F. Gianotti さんが報告した。両者それぞれの高精度の結果が示された瞬間には、聴衆から大拍手が巻き起こった。どちらの発表もまだ予備的なものだが、質量領域 125〜126 GeV のところに新しい粒子の存在する可能性が十分高くなったということであった。この粒子の存在を理論的に予言したピーター・ヒッグス氏が会場に招かれていたが、「このようなことが私の生きている間に起こったとは信じ難い」と語った。
 ウェブ放映に平行して、その放映を見ている専門家たちのツイートも、私はパソコンの別ウィンドウで眺め、ときどきリツイートした。[…]

 昨年12月14日付けの「昨夜は聖夜気分」にも、両実験チームがこれまでに得た結果をセミナーで発表した内容のメディア・ニュースを楽しみにして、サンタクロースが枕元に置いて行ったプレゼントを期待する子どもさながらの気持ちで床に入った、と書かれています。今回は高精度の実験結果の報告に対する聴衆の反応が臨場感豊かに描写されています。今年中にデータを積み重ねて発見を確定すること、CERN の巨大加速器には日本企業の先端技術がつめ込まれていること、世界的な発見は日本の技術力なしでは実現しなかったこと、などが新聞に報道されました。

2. 大津で

筆者ご夫妻と女医Nさんとの再会について、次のように書かれています。

 さる7月15日、2007年に日本一周クルーズで知り合った埼玉の女医・Nさん(83歳)が、一昨年に続いて大阪で行なわれた高野山大学主催の講演会を聴講に来られた。高野山大学はNさんの夫君が2008年秋に最後の日々を過ごした場所だったのである。Nさんは15日の晩、京都の都ホテルに泊まられたので、翌日、妻と私はそこへ会いに行き、大津へご案内した。[…]
 大津プリンスホテルの36階和食堂で、琵琶湖の風景を見ながら昼食。次いで、ホテルの前の大津プリンスホテル港(におの浜観光港)から、外輪船「ミシガン」に乗り、90分の湖上遊覧をする。[…]ミシガン号は南湖を一周して、大津港へ。[…]再びホテルへ入り、ロビーラウンジでコーヒーを飲みながら、しばしくつろいだ。

さり気なく書かれた短編ですが、優しい物語です。

 Nさんの夫君の最後の日々については、2008年11月25日の「見舞う」、30日の「祈る」に書かれています。私はこの時、次のような感想を書きました[引用者注:両ブログ記事は、目下リンク切れ]。「クルーズで邂逅した老夫妻とのわずか1年余という短い期間に起こったこの物語は以下の理由で、現代離れした宿縁的な感じがします。昨年クルーズで知り合い、その後メールで付き合っていただけで、住所も知らなかったのに、ご主人が晩秋の高野山での大学院のスクーリングに参加される出発前に、体調を心配された奥様から、筆者宛てに万一のことがあれば相談にのって下さいと、あたかも虫の知らせでもあったようなメールが届きました。万一のことはないだろうと思いながら、ご心配なくと返事を出した後、その万一が起こり、奥様から電話があり、筆者ご夫妻は行ったことのない方面の病院に電車とバスを乗り継いで出かけました。その数日後にご主人は亡くなられました。」

3. オランダ、ベルギー運河の船旅

 オランダ、ベルギー運河の船旅は、完結に近づきました。多くの立派な写真とスケッチ入りで簡潔にまとめられた中には、新たに知ったこと、私の過去の経験の認識を深めたこと、将来の持続社会に示唆的な生活様式など、多くのことがあり、興味深く読ませていただきました。完結を待って感想をまとめます。

2012年8月12日日曜日

火星探査機「キュリオシティ」が無事着陸、そして私の名前も (Mars Rover Curiosity Successfully Landed, and My Name Too)


Read the main text in English.

 [概要 (Abstract in Japanese)]火星探査機「キュリオシティ」がさる8月6日、火星のゲール・クレーターに無事着陸した。私の名前も、世界の他の1246444名分と合わせてマイクロチップに記され、火星に到着したはずである。詳細はこちら(英文)。

オランダ、ベルギー運河の船旅 51 (Cruise on Canals in the Netherlands and Belgium -51-)

ザーンセ・スカンスでの写真の続き。
Continuation of photos taken in Zaanse Schans.


左から、油風車 "De Zoeker (the seeker)"、ペンキ風車 "De Kat (the cat)"、木挽き風車 "De Gekroonde Poelenburg (the crowned poelenburg)"。
油風車は木の実や種子を挽いて油を作る風車。
From left; oil Mill "De Zoeker (the seeker)," paint Mill "De Kat (the cat)" and wood sawing mill "De Gekroonde Poelenburg (the crowned poelenburg)."
The oil mill grinds nuts and seeds to make oil.


上の2枚の写真は同じ家を側面と正面から撮ったようだ。最初の写真中の橋は隣家のもの。どちらの橋も中央に扉がついているのが面白い。橋が門の役割をしているらしい。
The two photos above seem to show the front and side views of the same house. The bridge in the first photo belongs to the neighboring house. Interestingly, the bridge in each photo has a door at its center, probably serving as a gate.


ザーンセ・スカンスの街並。
A street of Zaanse Schans.

(つづく) (To be continued)

2012年8月10日金曜日

オランダ、ベルギー運河の船旅 50 (Cruise on Canals in the Netherlands and Belgium -50-)

ザーンセ・スカンスでの写真の続き。
Continuation of photos taken in Zaanse Schans.


ザーン川沿いの家々。
Houses along the Zahn river.


ペンキ風車 "De Kat (the cat)"。昔ながらの方法で原材料を粉砕して、
ペンキ用顔料を作るのにいまも用いられている。
Paint Mill "De Kat (the cat)," which is once again grinding raw materials
to make pigments for paints in the traditional way.


緑色の壁、白色の屋根の縁取り、そして白色の窓枠が特徴的な家々。
Houses characterized by green walls, white edges of roofs and white window frames.


再びザーン川沿いの家々。
Houses along the Zahn river again.

(つづく) (To be continued)

2012年8月8日水曜日

オランダ、ベルギー運河の船旅 49 (Cruise on Canals in the Netherlands and Belgium -49-)

 4月24日の5時頃「セレナーデ II 号」はアムステルダムに入港。6:00 からの朝食のあと、9:00 に下船し、バスでスキポール空港へ向う。14:40 発の KLM 便には時間の余裕があり、添乗員さんたちの配慮で、途中、企画になかったザーンセ・スカンスの観光が挿入された。

 ザーンセ・スカンスは、アムステルダムの北約 15 km にあり、オランダらしい風景に出会える場所である。歴史的な風車と家々を集めてよく保存されていて、野外博物館の感があるが、ウェブサイト "Zaanse Schans" によれば、美しい生活と労働の場だということだ。最後に訪れたため印象に残りやすかったせいもあるかも知れないが、この特別観光先が、この旅で最も気に入った場所の一つとなった。

Around 5:00, April 24, Serenade II arrived at the Amsterdam port. After having breakfast from 6:00, we got off the ship at 9:00 and moved by bus toward Schiphol Airport. There was much spare time before the KLM flight of 14:40. So, the tour conductors kindly provided us an extra plan to visit Zaanse Schans.

Zaanse Schans is located about 15 km north of Amsterdam, and there we can see a typical Dutch landscape. It has a collection of well-preserved historic windmills and houses, which seem to make up an open-air museum but actually is a colourful living and working neighborhood, according to the Website "Zaanse Schans." This extra destination became one of our most favorite places on this tour, probably owing to the additional effect that the site visited last was easy to stay in our mind.


「セレナーデ II 号」での最後の朝食後、なおレストランでくつろいでいる
「ある乗客夫妻」。四国から母君と参加の M・M さんが撮影。
"A couple of passengers" yet at ease at the restaurant after the last breakfast on board Serenade II. This photo was taken by Ms. M. M. participating the tour from Shikoku together with her mother.


ザーンセ・スカンスの風車群。
Windmills of Zaanse Schans.


塔が緑色で、上部に顔のようなデザインのある可愛らしい木挽き風車、その名は
De Gekroonde Poelenburg (the crowned poelenburg)。
A wood sawing windmill, whose tower is green and has the design like a lovely face at its top. The name of this windmill is de Gekroonde Poelenburg (the crowned Poelenburg).


『ウィキペディア』(英語版)の "Zaanse Schans" のページには5基の風車が一列に並んでいる写真があるが、私の撮った写真の中では、この1枚にかろうじて4基が写っている。
On the page of "Zaanse Schans" in Wikipedia, there is a photo in which five windmills in a row are seen. Among photos I took, this one shows a maximum number of four windmills, including one at a far distance on the left.


左の風車は、2枚上の写真の風車 De Gekroonde Poelenburg を
ほとんど真横から見たもの。
On the left is an almost side view of De Gekroonde Poelenburg
in the previous photo but one.

(つづく) (To be continued)

2012年8月6日月曜日

オランダ、ベルギー運河の船旅 48 (Cruise on Canals in the Netherlands and Belgium -48-)

 4月23日の18:30 から、お別れ夕食会が船の2階レストランで開催される。
From 18:30, April 23, a dinner-party for farewell was held in the restaurant on the second floor of the ship.


お別れ夕食会での、レストランの裏方さんたち紹介の場面。右端は1日に何千枚かの
皿洗いをこなす皿洗い職人。
The scene of introducing the workers of the restaurant. The far right is the specialist of dishwashing, who washes thousands of pieces per day.


お別れ夕食会のデザート。
The dessert of the dinner-party.


夕食会も終わる頃の窓外の眺め。
A view from a restaurant window near the end of the dinner-party.


また、「ある乗客夫妻」。北海道から母君と参加の Y・S さんが撮影。
"A couple of passengers" again. This photo was taken by Ms. Y. S., who came from Hokkaido with her mother.

(つづく) (To be continued)

2012年8月4日土曜日

オランダ、ベルギー運河の船旅 47 (Cruise on Canals in the Netherlands and Belgium -47-)

 4月23日の18:00 から、お別れのドリンク・パーティが船の3階ラウンジで開催される。
From 18:00, April 23, a drink-party for farewell was held in the lounge on the third floor of the ship.


ドリンク・パーティでの「すべての船員紹介」の場面。
Scenes of "introducing all the members of the ship" in the drink-party.


カクテルを楽しんでいるある乗客夫妻。
A couple of passengers enjoying a glass of cocktail.


パーティ後、夕食までのひととき船室へ戻ると、沿岸の草地に鳥のいるのが
窓から見えた。カワウだろうか。
After the party, we went back to the cabin to stay there until dinner and saw from the window a bird on the coastal grassland. Is this a cormorant?

(つづく) (To be continued)

2012年8月2日木曜日

オランダ、ベルギー運河の船旅 46 (Cruise on Canals in the Netherlands and Belgium -46-)


4月23日15時半頃、「フロリアード 2012」会場と別れ、16時頃に帰船。間もなく
アムステルダムへ向けて、最後のクルーズが始まる。
Around 15:30, April 23, we bade farewell to the venue of Floriade 2012 and came back to our ship at about 16:00. The last cruise towards Amsterdam soon began.


運河沿岸の風景。17時30分頃。以下も同様。
Coastal landscape of the canal, taken around 5:30 pm. Similar photos are also shown below.


(つづく) (To be continued)