2019年1月13日日曜日

「欲しいといったのでない本を貰うことは嫌いです」 ('I Don’t Like Being Given Books I Haven’t Asked for')

[The main text of this post is mostly in Japanese.]


わが家の植木鉢に咲いたロウバイの花。2019 年 1 月 13 日撮影。
Wintersweet blossoms that bloomed in the flower pot of my home; taken on January 13, 2019.

「欲しいといったのでない本を貰うことは嫌いです」

 2019 年 1 月 11 日付けのオンライン The Guardian 紙、"The Books that Made Me" 欄に表記のようなタイトルがあった(記事はこちら)。イギリスの小説家で 2018 年の Geoffrey Faber Memorial prize 受賞者(受賞作品は First Love)、Gwendoline Riley の言葉である。私も日頃からそう思っており、よくぞいってくれたと感じて、はたと膝を打った。

 その言葉は「私が贈り物にする本」という項目に対しての回答であり、"People should follow their own lights with their reading, I think." という言葉に続いて述べられている。さらに、直接的な答えが、"That said, recently, and with his prior consent, I sent a friend a copy of Reading Chekhov: A Critical Journey by Janet Malcolm." と続く。友人に本を贈るにも、ちゃんと許しを得ているのである。私も自分から読みたいと思ったのでない本を贈られたり貸して貰ったりすることは好まないから、他の人に贈ったり貸したりする時も大抵は許しを得る。

 「最も早い時期の読書の記憶」についての Riley の回答も興味深い。"I can remember reading my first book. It had one word per page: apple, ball, cat and so on. I was about 18 months old." とある。1 歳半でアルファベットを覚えるための絵本を見ていたということだ。私が片仮名や平仮名を覚えたのは、6 歳年長の兄が 9 歳で死亡した後ぐらいに、母が作ってくれた五十音表によってだったから、3 歳頃のことになる。

 そして、私が字を覚えてから読み始めたのは、兄が遺した講談社の絵本(昭和初期に発行されたもの)だった。自分で本を読み始める前に、母が読み聞かせてくれた分厚い童話集のことも記憶にある。布張りのような白っぽい表紙で、左上にユリの花の真ん中が人の顔になっているような絵があったと思うが、本の題名は覚えていない。イソップ物語の「卑怯なコウモリ」や「オオカミ少年」の話がその中にあった。日本の昔話「おむすびころりん」も好きな話で、何度も繰り返して読んで貰った。小学校へ入る何年か前には、その本を自分で読むことが出来るようになって、通読したと思う。

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2019年1月10日木曜日

S・K 君へ:デジタル論文集作成のこと (To S. K: Making Digital Collection of My Works)

[The main text of this post is in Japanese only.]


筆者のデジタル論文集第 18 巻表紙。
The cover of The Collected Works of Tatsuo Tabata Vol. 18.

2019 年 1 月 2 日

K 君

 […略…]パソコンはメールの他に何に使っておられますか。

 私は、ご覧いただいたブログを書いている他に、フェイスブックでの交流、ツイッターでの発信(主な使用目的は、欧米の科学雑誌サイトなどで見たニュースや記事のURLのメモのようなことになっています)、そして、研究者のフェイスブックといわれる ResearchGate での海外の研究者たちとの交流と同サイトへの過去の論文掲載などです。

 ウェブサイトへの論文掲載は、ポストプリントの形にしないと、出版社の著作権に対する侵害になりますので、デジタル・ポストプリントの作成が必要です。ポストプリントとは、採用になった論文の最終原稿のことで、本来は「作る」必要はないのですが、われわれの現役時代はまだデジタル投稿ではなかったので、印刷された論文をスキャンして、デジタル版原稿を逆に作る必要があります。この仕事は目下打ち切って、次に記す仕事で置き換えています。

 最近一番力を入れているのが、過去の論文のデジタル論文集作成です。論文集は、各論文のポストプリントと同様 ResearchGate サイトに置いておくために、私の私設ヴァーチュアル研究所 IDEA のテクニカルレポートの形でまとめています。

 デジタル論文集作成の作業としては、各論文のポストプリントが多くの論文については出来上がっていたので、それらを冒頭部分の形を揃えてまとめたり、新しくポストプリントを作って取り込んだりして、各巻に表紙、目次、前書きをつける、ということになります。

 1 巻の容量をなるべく 10 Mb 以下に抑えるために、1 巻といってもたかだか 4、5 編(中にはわずか 2 編のものも)の論文を載せるだけにしています。したがって、英文で査読のある雑誌に発表した論文 92 編が 全 20 巻(正編)になる予定で、目下、第 19 巻を編集中です。編集には LaTeX を使用しています。できれば、大放研年報などに掲載した論文中の主なものや、和文で発表したものも続編としてまとめておきたいと思っています。

 長くなりましたが、ブログにはあまり表されていない近況をお知らせしました。分かりにくいところがありましたら、ご容赦ください。

 T. T.


 注:The Collected Works of Tatsuo Tabata の各巻はこちらで閲覧あるいはダウンロードできます。(2019 年 1 月 10 日追記)

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2019年1月7日月曜日

賀状の添え書きに返信する (Write a Reply to the Message of a New Year Card)

[The main text of this post is in Japanese only.]


返信ハガキにプリントしたイメージ:2018 年 1 月 5 日付けの私のブログ記事のトップ部分。
The image printed on my reply card: the top part of my blog post dated January 5, 2018.

 賀状中の添え書きに対して、わざわざ返信を送るという珍しいことが必要になった。相手は中学同期で郷里に住む女性、K・T さんである。昨年の彼女の賀状に、私たちの母校の旧校舎が「なんとかかんとかの遺産」に指定されたというニュースが添え書きしてあった。それに対して、私は今年の賀状に、「昨年は母校のニュースをありがとう」というような添え書きをして送った。驚いたことには、先方からの今年の賀状への添え書きも、再度そのニュースに関わることで、「... 遺産」は「重要 ...」(「...」も、そのままの引用)だったという訂正が書いてあった。

 私は昨年インターネットでそのニュースを検索し、正確な指定の名称を知り、「母校の旧校舎が国重要文化財に」というブログ記事を書いてもいた。しかし、自分の添え書きとして、そこまで述べるスペースはなかった。私の賀状には、1 月 1 日付けブログ記事で紹介した文をプリントしてあったからである。

 今年の私の感謝は指定の間違った名称に対するものと先方が考えて、来年まで私を気の毒がられては、当方としても気の毒である。ややこしい書き方になったが、言い換えれば、双方で共に添え書きした件について、さらに 1 年後の賀状で情報交換をしたのでは、間延びしすぎるだろう、ということである。さらに、不十分さがなお残る可能性もある。

 そこで、下記のような文をしたためたハガキを送った。文は狭いスペースにうまく収まるように添削を重ね、上掲のイメージと合わせてプリントした。文中、「K、M 両君」とあるのは、関西在住の、同じ中学の同期生たちである。
 前略
 御賀状に昨年の訂正をしていただき、ありがとうございました。実は、インターネット検索で昨年 1 月 5 日、指定の正確な名称を知り、ブログ記事(上のイメージはそのトップ部分)を書き、K、M 両君に読んで貰いました。私の賀状にこのことを書きたかったのですが、スペース不足だったので、ここに改めて、お礼とお知らせを申し述べる次第です。
 早々

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2019年1月1日火曜日

2019 年初めのごあいさつ (Greetings for the New Year of 2019)

[The main text of this post is in Japanese only.]


妻の年賀状の挿絵として、彼女が登った思い出の山の一つである幌尻岳を私が描いたもの。『週刊 日本百名山』No. 35(朝日新聞社、2001)の表紙写真(撮影・伊藤健次)を参考にした。
A picture I made for my wife's New Year card, showing Mt. Horoshiri-dake,
one of the mountains she climbed.

新年おめでとうございます

暁闇を (しし)やおおかみが通る
         ——金子兜太『海程』1999 年 2 月

 98 歳まで生きた金子さんは 2015 年に安保関連法案の反対運動が盛り上がったとき プラカードの「アベ政治を許さない」という文字を揮毫しました
引用した句は許せない政治の出現を予想したかのようです
戦争する国づくりに猛進する猪やおおかみを政界にはびこらせてはなりません

 皆様のご健康とご幸福をお祈りします

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2018年12月31日月曜日

校閲さん、しっかりして! (Proofreaders, Be Careful!)

[The main text of this post is in Japanese only.]


『図書』誌 2018 年 12 月号と 2019 年 1 月号の表紙。
Covers of the December 2018 and January 2019 issues of the magazine Tosho.

 岩波書店が発行する月刊 PR 誌『図書』を私は長年愛読している。しかし、その連続する二つの号で、1ヵ所ずつだが、拙い日本語に出会った。各号の記事を全部読んでいるのではないが、このようなまずさに気づいたのは初めての経験である。

 気づいた 1ヵ所目の拙い日本語は、2018 年 12 月号 64 ページの「こぼればなし」と名付けられた編集後記の冒頭にあった次の文である。
年の瀬の慌ただしさのなかで本誌を手にとられていらっしゃる方も多いかと思います。
「とられていらっしゃる」は二重敬語という種類の、敬語の誤用である。

 2ヵ所目の拙い日本語は、2019 年 1 月号 6 ページから始まる磯田道史氏の記事「『伊丹十三選集』刊行に寄せて」中、9 ページ中段から下段にかけての次の文である。
やはり、伊丹さんの好奇心が的を得たところに向かっており、聞き手として非凡なのであろう。
「的を得た」は、しがちな間違いで、「的を射た」が正しい。

 これらが誤植でないとすれば、原文を書いた本人にも責任は当然あるが、校閲段階で容易に発見できるような間違いでもある。『校閲ガール』というシリーズ小説があり、それが 2016 年にテレビドラマ化して放映されたのを見た。校閲とはなかなか大変な仕事のようだが、それだけにやりがいもあろう。校閲の徹底ぶりはその出版社の品格にさえ関わる。「岩波の校閲さん、しっかりして!」といいたい。

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