2026年3月4日水曜日

「哲学における鏡像反転論」を読んで (On Reading "Mirror Reversal in Philosophy")

[The main text of this post is in Japanese only.]
本文の掲載誌『學士會報』No. 977 (2026) の表紙
Cover of the Gakushikaiho No. 977 (2026) in which this article was published

 以下は『學士會報』No. 977, pp. 90–91(「会員ひろば」欄)(2026) に掲載された拙文の転載である(一部修正)。

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 本誌第 975 号 32 ページ掲載の加地大介氏による表記題名の文を拝読し、次のことをお知らせしたいと思いました。心理学分野において 1998 年以降に幾つもの鏡像反転の謎(なぜ鏡は左右を反転し、上下を反転しないか。以下で「鏡の謎」と略称)に関する文献が発表され、それらの中に、この謎に対する決定打と言える「新しい直交座標説」があることです(従来の直交座標説は、加地氏の文にある「反転しているのは前後」とするもので、一つの認識あるいは特定の一直交座標系の適用としては正しいのですが、それをもとに左右反転の認識を否定し去るのは間違いだと私も思います)。
 幾つもの文献が出る発端となったのは文献 1(以下で高野説と呼ぶ)でした。高野説は鏡の謎について、複雑な説明をしています(実は、同説は左右反転以外の認識をも併せて説明する、いわば「広義の鏡像問題」を扱っていましたが、そのことが不明瞭でした)。これに対して鏡の謎(「狭義の鏡像問題」)はもっと簡単に説明できるとする、文献 2 及び 3 が、文献 1 と同じ心理学専門誌に同時掲載されました(後者の筆頭著者は私。これを以下で多幡説と略称)。少し遅れて、同じ謎を一部分で扱った文献 4 が出版されました。さらに、文献 5 も高野説を批判しました(小亀説。従来の直交座標説に似る)。この段階で、『認知科学』誌が文献 6 の小特集を組みました。それは小亀、多幡、高野各自による自説紹介、他説批判、批判への回答を掲載したものです。そこでの多幡説は、高野説の取り扱い範囲と合わせるため、吉村と共著の文献 7 の内容を含めています。
 以上の経過中に現れた「新しい直交座標説」は、文献 2、3、4 が独立・共通に述べているものです。加地氏の円柱座標説は上下が反転しないで、水平方向が反転することを説明していますが、同じ水平方向のうち、なぜ前後でなく(この点は鏡の謎の表現にはないものではありますが)、左右が反転するのかの理由が不明確です。他方、「新しい直交座標説」では、左右自体が逆と認識され得る理由を以下の通り明確に述べています。
 鏡は鏡面に垂直な軸方向を逆に映し出す結果、あるモノとその鏡像の形は、右手と左手のような対掌体という形同士となります。対掌体の一方は、必ずしも直交座標軸のどれかの軸についてでなく、任意の方向について逆にしても他方の形になります。このことは、右手をどの方向から鏡に映しても、鏡の中の手が左手同様の指の付き方になっていることからも分かります。鏡映によるこのような形の変化を見るとき、私たちは無意識にながら、モノとその鏡像(以下、両者を共にモノと略称)のそれぞれに対して、固有の上下・前後・左右からなる直交座標系を当てはめているのです。この座標系において、3 軸のうち上下と前後はモノの外見的特徴から先に決まります(上下・前後の両方または一方が決められないモノには、固有の左右軸も決められません)。左右方向のどちらが左で、どちらが右かは、上下・前後の 2 軸に依存して最後に決まるので、鏡映で逆になったと認識される方向は、最後に決まる軸に押しつけられることになるのです。
 なお、鏡の謎を含む広義の鏡像問題の十分なご理解のためには文献 8 をお勧めします。

文献
  1. Takano, Y. Psychonomic Bulletin & Review, Vol. 5, pp. 37–55 (1998).
  2. Corballis, M. C. ibid., Vol. 7, pp. 163–169 (2000).
  3. Tabata, T. and Okuda, S. ibid., Vol. 7, pp. 170–173 (2000).
  4. McManus, C. Right Hand, Left Hand: The Origins of Asymmetry in Brains, Bodies, Atoms and Cultures (Wiedenfeld & Nicolson, London, 2002).
  5. 小亀淳. 『認知科学』, Vol. 12, pp. 320–337 (2005).
  6. 小特集-鏡映反転. 『認知科学』, Vol. 15, pp. 496-558 (2008).
  7. Yoshimura, H. and Tabata, T. Perception, Vol. 36, pp. 1049–1056 (2007).
  8. 吉村浩一. 『鏡の中の左利き:鏡像反転の謎』 (ナカニシヤ出版, 京都, 2004).
(京大・理博・理・昭33)
転載時の追記

 本文において「新しい直交座標説」と呼んだものを、高野は「左右軸劣後説」と名付けています[高野陽太郎『鏡映反転:紀元前からの難問を解く』(岩波、東京、2015)p. 204]。左右軸が後から決まることを特徴とするものではありますが、「劣」の文字が入ることを私は好みません。なお、左右軸が上下・前後が決まって初めて決まることを最初に述べた文献は意外に新しく、Miller, G. A., & Johnson-Laird, P. N. Language and Perception (Belknap Press of Harvard University Press, Cambridge, MA, 1976) p. 401 のようです。鏡の謎が長らく解けなかったのも無理はありません。
 鏡の謎について上下・前後・左右の直交座標系を使って説明する際に、私は一つの向きが逆になる意味で「反転」という言葉を使いたくなく、自らこの問題を論じる際には「逆になる」あるいは「逆転」という表現をします。3 次元直交座標系が出てくる文中で「反転」と言えば、右手座標系の一軸が逆向きになった結果、左手座標系になることを意味するからです。座標系のこの反転と同様に、実物とその鏡像は 3 次元的な反転関係にあると言えます。しかし、本文中では、加地氏が一つの向きが逆になる意味で「反転」を使っておられたので、やむなく、そのまま「反転」を使いました。
 なお、転載にあたっての変更点は、「鏡は鏡面に垂直な軸方向を...」の前(現第 4 段落先頭)で改行したこと、第 3 段落にある「円柱座標説」の前に「加地氏の」を付け加えたこと、第 4 段落で「モノとその鏡像のそれぞれ(以下、モノと略称)に対して」とあったところを「モノとその鏡像(以下、両者を共にモノと略称)のそれぞれに対して」に変えたこと、の 3 点です。
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2026年1月1日木曜日

2026年初めのごあいさつ (Greetings for the New Year of 2026)

[The main text of this post is in Japanese only.]妻の年賀状の挿絵として、彼女が登った思い出の山の一つである八ヶ岳(標高2,530m)を私が描いたもの。『週刊 日本百名山』No. 2(朝日新聞社、2001)の表紙写真を参考にした。
A picture I made for my wife's New Year card, showing Mt. Yatsugatake,
one of the mountains she climbed.

新年おめでとうございます

 「帰馬放牛」という熟語は 戦争で使った馬や牛を野に帰し放つことから 二度と戦争はしないということも表しているそうです

 我が国は自衛の名の下に大幅な軍備拡張をすることをやめ 憲法第九条に沿ったこの熟語の順守をこそ続けて行かなければならないと思います

 皆様のご健康とご幸福をお祈りいたします

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2025年9月4日木曜日

2025年の美交会展 (Bikokai Exhibition 2025)

[The main text of this post is in Japanese only.]写真1. 水彩画『赤沢岳』。不透明水彩絵の具を使用。F6サイズ(409mm×318mm)。
Watercolor painting "Mt. Akazawa." Gouache. F6 size (409 mm x 318 mm).

 以下は私の出身高校(石川県立金沢菫台高校、現・石川県立金沢商業高校)の同窓会関西支部が発行する『一筆箋:関西そくさい便り』第4号(2025年8月発行)に掲載された私の文である。

×     ×     ×

 毎回その年に描いた趣味の水彩画作品の写真を投稿するつもりでしたが、昨年は本誌への投稿締切日のみでなく、原作を出品する予定の美交会展(素人・玄人を含む、油彩、水彩、切り絵、書、写真、工芸など美術多分野の会員によって、堺市内で毎年1回開催されている無審査の展覧会)にも、作品の完成が間に合いませんでした。その作品は、昨年9月になってようやく完成し、今年の展覧会に出しましたので、今回はそれをご覧に入れます(写真1)。

 この作品は、『最新版 週刊日本百名山、No.15』(朝日新聞出版、2008年)の表紙になっている赤沢岳の写真(中山秀幸氏撮影)を参考にして描きました。赤沢岳は赤石山脈の長野県と静岡県にまたがる標高3,120.5mの山です。上記の冊子は、この山を、「威厳と風格を兼ね備えた南アルプスの宗家」と紹介しています。山名の由来は、同冊子に引用してある深田久弥の『日本百名山』の文に、「この山の南面から発して東流する沢に、赤褐色の岩石が大崩壊して押し流された。そこでその沢が赤石沢と呼ばれ、それが頂の山の名になった」と述べられています。深田はまた、その山頂の姿について、「私の記憶にあるあらゆる頂上のなかで、赤石岳のそれほど立派なものはない」とも書いていて、この山は百名山中でも格別容姿の優れた山のようです。私の絵は、写真をコンピューター加工したものを真似る手法を使い、元の写真よりいくらか明るく描きました。
写真2. 今年の美交会展会場内の、私の水彩画と長女のキルト作品が取り上げられた特別展示場所。(展示設定直後の、観覧者のまだいない時間に撮影。手前の台上にある作品は別の会員のもの)。
The special exhibition area in this year's Bikokai Exhibition featured my watercolor paintings and my eldest daughter's patchwork quilts. (The photo was taken just after the exhibition was set up, when there were no visitors yet. The work on the platform in the foreground belongs to another member.)

 なお、美交会展では数年前の展覧会以来、毎回一人の会員の過去からの作品を集めた特別展示コーナーを設けています。私は、本誌前号に記しましたように、長女(私と一緒に美交会会員になっています)のパッチワークキルト作品と合わせた親子作品集を昨年作りました。その一冊を美交会会長に進呈してあったことも影響して、今回は、私と長女の作品が合わせて特別展示の対象に選ばれました。そこで、写真1の作品の他、私の過去の水彩画5点と、長女のキルト作品(壁掛けの5点と壁際の卓上に置いた小物2点)が、さる5月20日から25日まで堺市立文化会館内の2室を使って開催された美交会展の一部を飾りました(写真2)。4月17日に卒寿を迎えた私にとって、良い記念行事ともなりました。

2025年7月27日日曜日

親子作品集や高峰賞のことなど (About "Collected Works of Father and Daughter," the Takamine Prize, etc.)

[The main text of this post is in Japanese only.]
写真1. 親子作品集表紙
The front cover of "Pictures and Patchwork Quilts: Collected Works of Father and Daughter," published by me together with my first daughter

 以下は私の出身高校(石川県立金沢菫台高校、現・石川県立金沢商業高校)の同窓会関西支部が発行する『一筆箋:関西そくさい便り』第3号(2024年7月発行)に掲載された私の文である(転載が1年遅れとなった)。

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 今回も、堺市内で毎年開催されている美術展「美交会展」に本年出品した水彩画の写真を載せて頂くつもりでした。しかし、不手際にも、新しいF6サイズの作品が展覧会に間に合わなくて、代わりにスケッチブックに描いてあった小さな水彩画(F0サイズ)3点を出品しました。従来の大きさの絵は、展覧会終了後もまだ着彩を少しずつ続けているという状況です。そこで、まずは、私が昨年米寿を迎えた記念に、長女と私とで今年の初めに作り上げた『絵画とキルト〜親子作品集〜』の表紙写真をご覧に入れ(写真1)、その冊子の紹介をします。同作品集はB5サイズ、66ページのもので、「かんたんプリント・カンプリ堺店」で少数部のみ印刷・製本して貰った非売品です。しかし、私のウエブサイト内のページ
  http://ideaisaac.web.fc2.com/picquilt.html
から、7分割されたPDFファイルの形でダウンロード・ご覧いただけます。第1部に私の水彩画28点、第2部に私の海外旅行でのスケッチ18点、第3部に私の国内の旅でのスケッチ34点、第4部に長女のパッチワーク・キルト作品16点を、それぞれ若干の説明とともに掲載してあります。

 昨年の『一筆箋』では、私の投稿に因んで『菫台時報』掲載の私の高峰賞受賞記事を掲載して頂き、恐縮でした。これに関連して、高峰賞のことと同賞受賞先輩のお一人のことを少し記します。この賞はご存知の通り、金沢が生んだ偉大な科学者・国際人である高峰譲吉博士の功績を顕彰し、また科学教育の振興を図ることを目的として作られた「高峰譲吉博士顕彰会」が行っている事業の一つです。第1回高峰賞授与は1951年度に行われ、当時は石川県内の中学・高校生から、それぞれ理科・化学に優れた生徒各10名(正賞・準賞各5名)が選ばれていました。しかし、1971年度の第21回から、個人賞に加えて学校賞が制定され、代わりに高校生は対象から外されました。そして、理科好きで同賞受賞という中学生が金商高校へ進学してく来る可能性も極めて少ないでしょうから、この賞は今やわが同窓会には縁遠いものになったと思います(同窓生の家族が受賞という可能性はあるでしょうが)。
写真2. 上埜武夫博士
Dr. Takeo Ueno

写真3. 上埜博士が撮影した筆者
The present author taken by Dr. Ueno

 菫台時代に第1回高峰賞正賞を受賞された菫台3期の上埜武夫先輩は、私と近しかった方です。彼の当時の住まいは母校の隣にある盲学校の正門前付近でした。大連から引き揚げて来て住む家のなかった私たち母子は、私の中学生時代にその家の2階1室を間借りさせて貰っていたのです(私の生家もその付近でした)。その頃の年齢差二つは大きなものに思えて、一緒に遊ぶことはほとんどなかったのですが、菫台のグラウンドで一度キャッチボールをしたこと、映画『シベリア物語』を見に連れて行って貰ったこと、中3の夏休みの宿題で化学関係の分からなかった問題について教えて貰ったこと、高3の時の修学旅行で東京の宿に滞在した折に東大生だった彼が先生方に会いに来られ、私にも声をかけて貰ったこと、などの記憶があります。彼は東大工学部で学び、山陽パルプ(株)[現・日本製紙(株)]に就職、その後、静岡大学農学部教授をされました。長らく没交渉でしたが、互いに定年退職が近くなった頃に再会の機会があり、それ以来、親しくEメールや賀状の交換をしました。近年体調を崩され、音信不通・ご消息不明なのが残念です。彼の学位論文となった放射線関連の実験的研究と同様の問題を、そうとは知らないまま、私が後にコンピューター計算で扱う研究をしていたのも不思議なご縁です。写真2、3は、2010年4月初めに私が上京した折に彼に合い、靖国神社のソメイヨシノ標本木を案内して貰い、その前で撮り合った上埜先輩と私です。先輩にカメラを向けられた私は緊張している面持ちです。

2025年1月1日水曜日

2025年初めのごあいさつ (Greetings for the New Year of 2025)

[The main text of this post is in Japanese only.]妻の年賀状の挿絵として、彼女が登った思い出の山の一つである槍ヶ岳(標高3,180m)を私が描いたもの。『最新版 日本百名山』No. 2(朝日新聞社、2008)の表紙写真を参考にした。
A picture I made for my wife's New Year card, showing Mt. Yari,
one of the mountains she climbed.

新年おめでとうございます

壁に沿ひ真直ぐに進み行く
          ——山口誓子

戦争は人類進歩の上での逆行です 上の句に詠まれた蛇のように人類が真っすぐに進むには 政府は戦争の準備でなく 平和の準備をこそすべきでしょう

皆様のご健康とご幸福をお祈りします

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