2026年9月21日月曜日

第40回美交会展のことなど (On the 40th Bikōkai Exhibition and My Other Activity)

[The main text of this post is in Japanese only.] 写真1:美交会展会場での私と出品作品
Photo 1: Bikōkai Exhibition—myself and my works.

 私の出身高校(石川県立金沢菫台高校、現・石川県立金沢商業高校)の同窓会関西支部が発行する『一筆箋:関西そくさい便り』に今年も投稿した。以下は、同誌第5号(2026年8月発行)に掲載された私の文である。

×     ×     ×

 堺市民の手で毎年1回開催されている美交会展という名の美術展が、今年第40回の節目を迎えました。会員になれば出品料を払うだけで自由に出品でき、無審査で展示されるユニークな美術展です。私は定年退職年目となる2007年春の18回展から参加し、途中、海外旅行中などで不出品の年もありましたが、水彩画を出品し続けてきました(18回展の頃には、展覧会が年2回開催されていましたが、最近は年1回となっています)。今年も早くから出品用絵画の製作を続けていました。ところが、最近の私の描き方は、モザイク風にコンピューター変換した風景写真を参考にするもので、描くのにとても時間がかかり、5月19日の開会日までに完成できませんでした。そこで、一昨年の美交会展でもそうしたのですが、既成のスケッチ小品(F0サイズ;長辺180mm、短辺140mmで、両辺とも通常出品するF6サイズの約半分)3点を代わりに出品しました。

 写真1は、展示が完成したばかりの会場での作品と私で、作品の題名は左から順に「有馬温泉で」、「瀬戸内海の見える宿で」、「駐車場のある風景」です。3点とも、異なる場所にある旧かんぽの宿を利用して旅行をした際、宿の窓から見えた風景を描いたものです。1枚目を描いた宿の所在地は題名にある通りで、2枚目と3枚目については、それぞれ赤穂と富田林です。
写真2:『一物理学者の青春日記~戦後まもない高校生生活~』の表紙
Photo 2: Cover of "Youth Diary of a Physicist: Life of a Senior High School Student Shortly after WWII"
 昨年の『関西そくさい便り』より後の私のもう一つのささやかな活動について記しておきましょう。それは高校時代の日記を、『一物理学者の青春日記〜戦後まもない高校生生活〜』と題するデジタル本の形にまとめたことです。写真2はその表紙で、天徳院の山門の写真(数年前に撮影したものを絵画風に修飾)を使ったのは、高校1〜2年生頃に私がこの近くに住んでいて、日記中にもこの辺りを通って外出先から帰宅したことなどを記しているためです。ただし、当時の天徳院は「珠姫の寺」としての観光のための整備がまだされていなくて、山門付近の様子も現在とはやや異なった趣でした。

 ウエブページ http://ideaisaac.web.fc2.com/youthdiary.html 内の青文字の行「本書を読む、またはダウンロードする (3-MB PDF file)」をクリックしていただくと、デジタル本全体(全307ページ)をご覧になれます。題名中の「一物理学者の」という文字からは、堅苦しい日記を思い浮かべられるかもしれませんが、物理については高校2年生で選択した物理の授業やその科目の試験のことが少し書いてあるだけで、青春時代特有の悩みや、文学青年だったかのような暮らしぶりを、1950年代当時の金沢の街の様子や学校の雰囲気とともに綴ってあります。
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2026年9月6日日曜日

今なお噛み締めるべきゲーテの言葉 (Goethe's Words We Should Still Reflect Upon Today)

[The main text of this post is in Japanese only.]
『イタリア紀行(下)』のカバー
Cover of Goethe's "Italian Journey (Vol. 3)" (Japanese translation)

 23年前に妻とイタリアへのグループ旅行に参加した後で読み始めながら、途中で投げ出してあったゲーテの『イタリア紀行』(相良守峯・訳、岩波文庫、全3巻、第1刷は1942年)の続きを最近読んでいる。その下巻、p. 68の1〜2行に次の言葉がある。
 政界に漂う暗雲が散ればよいがと願っている。近代の戦争は、それが続いている間は多くの人を不幸にし、済んでしまっても誰一人をも幸福にはしない。
 「政界に漂う暗雲」について巻末に注があり、「1787年の9月から10月にかけてなされたプロイセンのオランダに対する遠征を指す。ワイマル公カール・アウグストもこれに関与した」旨が説明されている。プロイセンとは当時の数あるドイツ諸国中の強力な一国で、文芸のパトロン(ゲーテの友人・保護者)として有名なカール・アウグストは、当時は多くのドイツ諸侯の領主がそうであったように、軍人としてのキャリアや名声を求めてプロイセンという大国の軍事行動に身を投じたのである[この部分はグーグル AI に対する質問への答えとして知った]。
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2026年7月18日土曜日

題名『アナザーストーリーズ』の謎 (The Mystery behind the Title "Another Stories")

[The main text of this post is in Japanese only.]
イメージはNHKの関連番組紹介ページ https://www.nhk.jp/g/ts/VWRZ1WWNYP/ から
The image is from the NHK program information page: https://www.nhk.jp/g/ts/VWRZ1WWNYP/.

 NHK番組の『アナザーストーリーズ』という題名が以前から気になっていた。これについて、Google で尋ねてみると、再質問もした結果、納得のできる答えを得たので、その問答をここに紹介する。私の質問文は若干修正し、Google AI の回答中の引用文献は省略してある。また、回答中には随所に太字が使われていたが、ここでは、最後の結論の項中の太字だけを残した。



 問:NHK番組に『アナザーストーリーズ』という題名のものがあります。この題名は英文法的には間違いだと思いますが。

 答:英語の「another」の後に続く名詞は、文法上「単数形」が基本です。そのため「another stories」は一見すると文法上の間違いに思えます。
 しかし、この番組名は「別の複数の物語(another set of stories)」を意味する英語として許容されています。「another」は「an + other」が合わさった言葉ですが、日常会話やエンターテインメントの分野では、「複数形」の単語を修飾する使い方が定着しています。
 他にも、世界的に有名な作品のタイトル(例:映画『Another Stories』など)や日常会話でも、この表現が使われることがあります。したがって、間違いというよりも「慣用的な表現」として使われています。

 問:映画『Another Stories』は日本の作品のようです。英語圏で another + 複数名詞の著名な用例はありますか?

 答:英語圏において、数字などの修飾語を挟まずに another + 複数名詞(例:another stories)と直接つなげる表現は、文法的に明確な「間違い(誤用)」とみなされます。ネイティブスピーカーが日常会話やフォーマルな場でこれを使うことは基本的にありません。
 しかし、「特定の条件」を満たす場合、英語圏でも another の後ろに複数名詞が続く正しい用法が存在します。
1. another + 数詞 + 複数名詞(期間・金額・数量)
 another と複数名詞の間に具体的な数字や few などの数量を表す言葉を挟む場合、後ろに複数名詞を置くことができます。このとき、another は「もう一つの~」ではなく、「さらに~」「追加の~」という意味になります。
 • another two weeks(あと2週間)--Example: "The investigation will take another two weeks."(調査にはあと2週間かかる見込みだ。)
 • another ten dollars(あと10ドル)
 • another few days(あと数日)
 これらは「2週間という1つのひとかたまり(期間)」が「もう1つ追加される」というニュアンスになるため、another を使うことができます。
2. another + 集合名詞・単位(省略のニュアンス)
 「別の~の集まり」という意味で、本来あるはずの set of や group of などの単数名詞が省略され、結果的に複数名詞が続いているように見えるケースです。
 • another pair of shoes(もう一足の靴)--日常会話では省略されて another shoes と言ってしまう誤用が散見されますが、正しくは pair of が必要です。 
 結論:前述の通り、数字などを挟まない another stories や another pictures といった表現は、英語圏の著名な文学やメディアで「正しい表現」として使われることはありません。そのため、NHKの『アナザーストーリーズ』というタイトルは、英語圏の文法をそのまま持ち込んだものではなく、日本国内での響きの良さや「アナザー(別の)+ストーリーズ(複数の物語)」という意味を分かりやすく組み合わせた、日本独自の和製英語(造語)であると解釈するのが最も自然です。 

2026年6月28日日曜日

本ブログの紹介文 (Introductory Words to This Blog)

[The main text of this post is in Japanese only.]
本ブログの上部イメージ
Upper part image of this blog

 本ブログは『人気ブログランキング』サイト(文献1)に登録してある。参加カテゴリーは、「本、書籍」、「生活・文化(全般)」、「絵画」、「学問一般」、「物理学」の五つで、参加ブログの比較的少ない、後の三つのカテゴリーでのランキングは一桁台であるが、全体ランキングは、なんと四桁の数字である。ただし、これは更新頻度が最近極めて減っていることから考えて、不思議ではない。

 この度、上記のサイトでは各ブログについて、「このブログのここがポイント」という囲み記事が作られていることに気づいた。文章表現がいささか奇妙で、AI が作成したものらしく思われる。しかし、我がブログはこういうふうにまとめられるものかと、興味深く読んだので、ここに引用しておく。
自己表現と出身校のつながりを大切にした内容
作者の絵画活動や故郷の思い出、平和への願いを静かに綴る印象を与えます。写真や資料を通じて、個人の成長や芸術への情熱を伝え、伝統や未来を見つめる気持ちに温かさをもたらします。
 「出身校とのつながり」とあるのは、近年、出身高校同窓会関西支部の『一筆箋 関西そくさい便り』に掲載した文などをいくつも引用していることからきているだろう。「個人の成長」とあるのは、特に「抱いた大志に悔いなし (No Regrets for Unfulfilled Ambitions)」(文献2)の記事に関連していると思われる。「平和への願い」について最近特に書いた覚えはないが、上記記事の写真説明中にはその思いが出ており、また、古い記事には多く書いていたように思う。

 後日の追記:元日のブログ記事には、毎年「平和への願い」を書いていたのだった。年賀状に実際に使った文を載せていたので、ブログ記事として「平和への願い」を特に書いたという気がしていなかった。

文献
  1. 『人気ブログランキング』、ウエブサイト https://blog.with2.net
  2. 「抱いた大志に悔いなし (No Regrets for Unfulfilled Ambitions)」、本ブログの記事(2024年5月29日)https://ideaisaac2.blogspot.com/2024/05/i-dont-regret-my-not-completely.html

2026年3月4日水曜日

「哲学における鏡像反転論」を読んで (On Reading "Mirror Reversal in Philosophy")

[The main text of this post is in Japanese only.]
本文の掲載誌『學士會会報』No. 977 (2026) の表紙
Cover of the Gakushikaiho No. 977 (2026) in which this article was published

 以下は『學士會会報』No. 977, pp. 90–91(「会員ひろば」欄)(2026) に掲載された拙文の転載である(一部修正)。

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 本誌第 975 号 32 ページ掲載の加地大介氏による表記題名の文を拝読し、次のことをお知らせしたいと思いました。心理学分野において 1998 年以降に幾つもの鏡像反転の謎(なぜ鏡は左右を反転し、上下を反転しないか。以下で「鏡の謎」と略称)に関する文献が発表され、それらの中に、この謎に対する決定打と言える「新しい直交座標説」があることです(従来の直交座標説は、加地氏の文にある「反転しているのは前後」とするもので、一つの認識あるいは特定の一直交座標系の適用としては正しいのですが、それをもとに左右反転の認識を否定し去るのは間違いだと私も思います)。
 幾つもの文献が出る発端となったのは文献 1(以下で高野説と呼ぶ)でした。高野説は鏡の謎について、複雑な説明をしています(実は、同説は左右反転以外の認識をも併せて説明する、いわば「広義の鏡像問題」を扱っていましたが、そのことが不明瞭でした)。これに対して鏡の謎(「狭義の鏡像問題」)はもっと簡単に説明できるとする、文献 2 及び 3 が、文献 1 と同じ心理学専門誌に同時掲載されました(後者の筆頭著者は私。これを以下で多幡説と略称)。少し遅れて、同じ謎を一部分で扱った文献 4 が出版されました。さらに、文献 5 も高野説を批判しました(小亀説。従来の直交座標説に似る)。この段階で、『認知科学』誌が文献 6 の小特集を組みました。それは小亀、多幡、高野各自による自説紹介、他説批判、批判への回答を掲載したものです。そこでの多幡説は、高野説の取り扱い範囲と合わせるため、吉村と共著の文献 7 の内容を含めています。
 以上の経過中に現れた「新しい直交座標説」は、文献 2、3、4 が独立・共通に述べているものです。加地氏の円柱座標説は上下が反転しないで、水平方向が反転することを説明していますが、同じ水平方向のうち、なぜ前後でなく(この点は鏡の謎の表現にはないものではありますが)、左右が反転するのかの理由が不明確です。他方、「新しい直交座標説」では、左右自体が逆と認識され得る理由を以下の通り明確に述べています。
 鏡は鏡面に垂直な軸方向を逆に映し出す結果、あるモノとその鏡像の形は、右手と左手のような対掌体という形同士となります。対掌体の一方は、必ずしも直交座標軸のどれかの軸についてでなく、任意の方向について逆にしても他方の形になります。このことは、右手をどの方向から鏡に映しても、鏡の中の手が左手同様の指の付き方になっていることからも分かります。鏡映によるこのような形の変化を見るとき、私たちは無意識にながら、モノとその鏡像(以下、両者を共にモノと略称)のそれぞれに対して、固有の上下・前後・左右からなる直交座標系を当てはめているのです。この座標系において、3 軸のうち上下と前後はモノの外見的特徴から先に決まります(上下・前後の両方または一方が決められないモノには、固有の左右軸も決められません)。左右方向のどちらが左で、どちらが右かは、上下・前後の 2 軸に依存して最後に決まるので、鏡映で逆になったと認識される方向は、最後に決まる軸に押しつけられることになるのです。
 なお、鏡の謎を含む広義の鏡像問題の十分なご理解のためには文献 8 をお勧めします。

文献
  1. Takano, Y. Psychonomic Bulletin & Review, Vol. 5, pp. 37–55 (1998).
  2. Corballis, M. C. ibid., Vol. 7, pp. 163–169 (2000).
  3. Tabata, T. and Okuda, S. ibid., Vol. 7, pp. 170–173 (2000).
  4. McManus, C. Right Hand, Left Hand: The Origins of Asymmetry in Brains, Bodies, Atoms and Cultures (Wiedenfeld & Nicolson, London, 2002).
  5. 小亀淳. 『認知科学』, Vol. 12, pp. 320–337 (2005).
  6. 小特集-鏡映反転. 『認知科学』, Vol. 15, pp. 496-558 (2008).
  7. Yoshimura, H. and Tabata, T. Perception, Vol. 36, pp. 1049–1056 (2007).
  8. 吉村浩一. 『鏡の中の左利き:鏡像反転の謎』 (ナカニシヤ出版, 京都, 2004).
(京大・理博・理・昭33)
転載時の追記

 本文において「新しい直交座標説」と呼んだものを、高野は「左右軸劣後説」と名付けています[高野陽太郎『鏡映反転:紀元前からの難問を解く』(岩波、東京、2015)p. 204]。左右軸が後から決まることを特徴とするものではありますが、「劣」の文字が入ることを私は好みません。なお、左右軸が上下・前後が決まって初めて決まることを最初に述べた文献は意外に新しく、Miller, G. A., & Johnson-Laird, P. N. Language and Perception (Belknap Press of Harvard University Press, Cambridge, MA, 1976) p. 401 のようです。鏡の謎が長らく解けなかったのも無理はありません。
 鏡の謎について上下・前後・左右の直交座標系を使って説明する際に、私は一つの向きが逆になる意味で「反転」という言葉を使いたくなく、自らこの問題を論じる際には「逆になる」あるいは「逆転」という表現をします(英語では reversal が使われる)。3 次元直交座標系が出てくる文中で「反転」と言えば、右手座標系の一軸が逆向きになった結果、左手座標系になることを意味するからです(英語の inversion)。座標系のこの反転と同様に、実物とその鏡像は 3 次元的な反転関係にあると言えます。しかし、加地氏が一つの向きが逆になる意味で「反転」を使われていたので、本文中では私もやむなく、その意味で「反転」を使いました。
 なお、転載にあたっての変更点は、「鏡は鏡面に垂直な軸方向を...」の前(現第 4 段落先頭)で改行したこと、第 3 段落にある「円柱座標説」の前に「加地氏の」を付け加えたこと、第 4 段落で「モノとその鏡像のそれぞれ(以下、モノと略称)に対して」とあったところを「モノとその鏡像(以下、両者を共にモノと略称)のそれぞれに対して」に変えたこと、の 3 点です。
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