2018年11月15日木曜日

映画『アンナ・カレーニナ ヴロンスキーの物語』 (Film Anna Karenina: Vronsky's Story)

[The main text of this post is in Japanese only.]


左、今回の映画『アンナ・カレーニナ ヴロンスキーの物語』のチラシの一部。右、1967 年の映画『アンナ・カレーニナ』の小冊子表紙の一部。
Left, part of the leaflet of the film Anna Karenina: Vronsky's Story. Right, part of the cover of the booklet of the 1967 film Anna Karenina.

 さる 2018 年 11 月 14 日、大阪のシネ・リーブル梅田で、カレン・シャフナザーロフ監督によるロシア映画『アンナ・カレーニナ ヴロンスキーの物語』を見た。「有名なトルストイ原作小説の後日譚」と説明した新聞記事を読んだことが、私をこの映画に行かせたのだが、後日譚(あとで述べる理由で、「後日譚の現在進行形の部分」というのが正確である)は半分以下程度で、小説『アンナ・カレーニナ』の復習のような場面が多く、意外に思った。

 なぜこれが意外だったかといえば、私の読んだ紹介記事の見出しは、「ヴロンスキーの物語」の前で改行されていたが、改行後も同じ大きさの文字になっており、また、その本文では、カレーニナとヴロンスキーの間に全角スペースが入っているだけだったことが原因だと思う。(この映画のインターネット上の表記では、どれも「ヴロンスキー」の前が半角スペースになっているので、本記事の表題もそれに従った。)このような表現では「アンナ・カレーニナ」と「ヴロンスキーの物語」の関連が分かりにくい。

 他方、映画のチラシでは「ヴロンスキーの物語」の部分は改行して文字が小さくなっており、原題名ではカレーニナの後にピリオドがついており(ロシア語のラテン文字表記で、Anna Karenina. Istoriya Vronskogo)、英語題名ではコロンが入っている(Anna Karenina: Vronsky's Story)。これらのような表記を映画鑑賞前に見ていたならば、「ヴロンスキーが語るアンナ・カレーニナの物語」という意味がはっきりして、『アンナ・カレーニナ』の復習のような場面が多いことを意外には思わなかったはずである。ただし、それらの過去の場面は、アンナの息子セルゲイの求めでヴロンスキーが語ったという形だから、現在進行形の部分とともに後日譚であるには違いないのだが...。

 私が『アンナ・カレーニナ』の原作を中村白葉訳(岩波文庫、1935)で読んだのは高校 1 年生の春のことで、原作の筋を詳細に覚えてはいない(その後の岩波文庫版は白葉の娘婿、中村融の訳)。したがって、アンナについての物語で、「ヴロンスキーの」と断ったこの映画が原作と特に異なるのはどこかをはっきりとはいえない。ただ、ヴロンスキーと同棲している間にアンナが彼の誠意を疑い始め、小間使いとともに馬車を駆って駅へ急ぐことになるという、アンナの最期に近いあたりが詳しく描写されていることろに相違があろうかと想像する。私はかつて、アレクサンドル・ザルヒ監督による 1967 年のソ連映画『アンナ・カレーニナ』を見た。その時のアンナ(タチアナ・サモイロワ)に比べて、今回のアンナ(エリザヴェータ・ボヤルスカヤ、実生活ではヴロンスキーを演じたマクシム・マトヴェーエフの妻である)は自我がより強いようにも感じられた。演出がそうなのか、あるいは私が俳優の容貌から得た個人的な印象なのか分からないが(上掲のイメージ参照)。

 後日譚のうちの現在進行形部分は、中国東北部を舞台にした日露戦争が背景になっており、ヴィケーンチイ・ヴェレサーエフによるこの戦争に関する文学作品が使われているという。戦争といっても、成長して軍医となったセルゲイが負傷したヴロンスキーに偶然出会うのは、ロシア軍の野戦病院においてであり、本来ならば、国際条約(ジュネーヴ条約)によって攻撃されない場所である。しかし、そのバラック建ての病院は、守られるべき印の旗を失ってしまったため、最後の場面で日本軍の激しい砲撃にさらされ炎上する。このようなことが日露戦争で実際に起こったのだとすれば、なんとも痛ましい。野戦病院で歌を歌ったり小物を売ったりして暮らしている中国人孤児がヴロンスキーになつき、彼もその女児に優しくする。彼は砲撃が激化する直前、避難する軍の馬車にその女児を乗せて、助かるように計らう。彼とアンナとの間にできた娘が幼くして死んだとセルゲイから聞いたことが、彼をそうさせたということだろう。

 (2018 年 11 月 16 日修正)

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2018年11月12日月曜日

太宰治著『ろまん燈籠』を読んだ理由 (The Reason Why I Read Osamu Dazai's Roman Doro)

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太宰治著『ろまん燈籠』とそれを紹介した『図書』誌の記事。
Osamu Dazai's Roman Doro and the Article in Tosho That Introduced It.

 最近、太宰治著『ろまん燈籠』(新潮文庫、1983) を買って読んだ。そのきっかけになったのは、 『ニセモノの輝き——太宰治「ろまん燈籠」』と題した作家・柳広司氏の紹介記事(『図書』2018 年 10 月号、p. 44)を読んだことである。その記事は同氏による「二度読んだ本を三度読む」というシリーズの第 13 回だった。紹介記事を読んだだけでは、必ずしも読みたいという気持ちにつながらないが、今回の紹介作品の内容が、私の一つの思い出につながったため、読むにいたったのである。

 文庫本『ろまん燈籠』には、作品「ろまん燈籠」を含む 16 編の短編が収められている。『ろまん燈籠』を買った目的は、もちろん、「ろまん燈籠」を読むためである。この作品を紹介した柳氏の文には、まず、ロマンスが好きな兄妹五人が共同で一つの「お話」を順番に書き継いでいくというだけの小説、だと説明されていた。「お話」を順番に書き継ぐ——これが私の思い出を呼び起こしたのである。

 大学 3、4 年生の頃、私は冬休みの帰省時の新年早々に郷里の友人たち 5 名(うち 2 人は地元の大学へ通う女性、男性のうち 2 人はすでに社会人だった)を自宅に招き、夕食時間を挟んで正月らしい遊びをして過ごしたことがあった。(食事をもてなした母は大変だったことだろうと、いまになって思う。5 名全員を招くことができたのは 1 度だけだったか、2 度もあったか、あるいは修士課程 1 年の頃までも続いたかは記憶していない。)その時にした遊びの中に「リレー小説」というのがあって、まさに、「お話」を順番に書き継いだのである。

 「リレー小説」のルールは、 直前の一人が書いた部分だけを読んで、続きを書き、次へ回すというものである。これの単純化版が子供の遊び「誰が、誰と、いつ、どこで、何をした」になる(この子供の遊びでは、一つ前の部分さえも読まない)。「リレー小説」では、二つ前までを書いた人たちがどのように話を展開していたかが、しばしば分からなくなっているため、トンチンカンな結末になることが多く、それが笑いの種にもなる。この点では、「ろまん燈籠」の「お話」の書き継ぎとは大いに異なるのだが、私たちが作った「リレー小説」中に、一つだけ、いまでも記憶に残っている、優れたコントのような結末のものがあった。

 記憶にあるリレー作品中では、私を入れて 6 人中の 5 人までによる文は覚えていないが、おおよそ次のような内容だった。
 英夫と順子は K 市に住んでいて、良い友人同士だった。大学卒業後、英夫は他の市に勤務することになった。そこは K 市から遠いところだったので、英夫はそこへ引っ越さなければならない。順子は寂しくなることだろう。
実際に使われた名前までは覚えていなかったので、英夫と順子という名はいま適当に入れたものである。子供の遊びの「誰が、誰と...」では、参加している子供たちの名前を入れて笑い合うことが多いが、すでに成人していた私たちの「リレー小説」では、そういう俗っぽい笑いを求めなかったことは確かである。しかし、「大学卒業後、他の市に勤務」とは、参加者たちのうちのまだ学生だった者たちの近い未来を微妙に表しているようである。

 結末部分を書くことになったのは、先に「すでに社会人」と書いた中の一人、高校時代に私と交換日記を書きあっていた M 君で、頭の良い青年だった。彼は次のように結んだ。
 引越しを済ませた日、英夫は順子からのハガキを受け取った。それには「私もこのたび引っ越すことになりました。新しい住所は、 T 市 S 町 1-2 です」とあった。英夫は引越し仕事の疲れをいやすため、少し散歩をして来ようと家を出た。出がけに新しい家の門をちょっと振り返ってみた。そこには「S 町 1-2」の表札がかかっていた。
M 君はすでに故人となり、この思い出を話し合うこともできない。彼に続いて、この時の仲間の男性一人、女性一人も亡くなった。

 ところで、「ろまん燈籠」で書き継がれた作品は、西洋のおとぎ話風のものである。この小説で興味深いのは、出来上がった「お話」よりもむしろ、兄妹たちが筆をとるにあたっての思考や行動、そして、それぞれの性格を表した書きぶりであろう。

 なお、柳氏の文の題名に「ニセモノの輝き」という言葉があるのは、次のところからである。柳氏は太宰が小説を書き始めた前提にあるのは「ホンモノなんてない。あるのはニセモノの輝きだけだ」という考えだと推定している。そして、「ホンモノなんかない!」とストレートに絶叫している『人間失格』のような作品を読むことは若い人たちに任せて、「ろまん燈籠」のような「ニセモノの輝き」を目指した諸作品を愛読する大人が出てきても良い頃だ、と文末で述べているのである。

 私は『ろまん燈籠』を愛読するとまでは至らなかったが、その中の他の短編についても、ひとまとめにした簡単な感想を気が向けば書くであろう。


 【注】リレー小説の思い出については、約 15 年前に英文で記したことがある("Relay Composition")。ここに和文でおおよそ書いてから、その英文を見ると、それを記した時よりも記憶がおぼろげになり、いささか不正確に書いていることが分かった。そこで、私たちの作ったリレー小説の途中までの概要と結末部分は、英文のものを参考にして書き直した次第である。

 (2018 年 11 月 13 日一部追加・修正)

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2018年11月11日日曜日

ツルゲーネフ生誕 200 年 (Bicentenary of Ivan Turgenev's Birth)

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ツルゲーネフ著『父と子』岩波文庫版の扉と口絵。
Japanese translation of Ivan Turgenev's "Fathers and Sons", Iwanami-Bunko Edition.

 2018 年 11 月 9 日はイワン・ツルゲーネフの生誕 200 年ということで、その日の朝日紙「天声人語」は彼の作品『あいびき』に関わる話から始めて、『父と子』『初恋』『煙』『貴族の巣』と作品名を並べていた。私が 1970 年前後に丸善大阪支店に予約し職場へ配達してもらって集めた『新潮世界文学』にツルゲーネフの巻はなかっただろうかと、応接室の本箱へ見に行った。「天声人語」の記事から、まだ読んでいないツルゲーネフのどれかの作品を読んでみたいという気にさせられた文学青年ならぬ文学老年である。しかし、ツルゲーネフの巻は含まれていなかった。

 この文学全集に挟んであるリストを見ると、「集中的に選ばれた世界の文豪 24 人」という標語で売り出していたことが分かる。全 49 巻あっても、作家数は巻数の約半分に絞られていたのだ。この全集のケースとカバーを伴った一つの巻の写真がこちらにある。私は書棚に並べた時に荘厳な眺めとするためケースとカバーを廃棄したので、ケースとカバーの写真を見ると懐かしい思いもする。この全集中には未読の巻がまだ多い。全集として買った本は、読むのがどうしても後回しになるもののようだ。——話がツルゲーネフからそれてしまった。

 ところで、私の蔵書中のツルゲーネフの作品としては、『父と子』だけが中学 3 年から読み始めた岩波文庫のコレクション中にあるが、読んだ記憶は薄れてしまった(原題は父も子も複数形であるが、邦題ではそのことが分からない)。その本は金子幸彦訳、1959(昭和 34)年発行の第 1 刷である(上掲の写真)。高校時代に読んだ桑原武夫著『文学入門』(岩波新書、1950)の巻末の「世界近代小説五十選」に入っている作品なので、岩波文庫として新しく出たという新聞広告でも見てすぐに買ったのだろう。

 天声人語子紹介の『あいびき』は、インターネット上の青空文庫に二葉亭四迷訳が収められており、無料でダウンロードして読むことができる。『岩波文庫解説総目録 1927–1996(上)』p. 335 には、二葉亭四迷訳『あひびき/片恋/奇遇(他一篇)』として、かつて岩波文庫版が出版された記録があり、その解説中に「原作の妙味を新鮮な文体に移し、日本の近代文学に大影響を与えた。鷗外訳の『即興詩人』と並んで明治の二大訳業とたたえられる」とある。『あいびき』は短い作品だが、二葉亭の訳がそういう名訳ならば、まずは、これをゆっくり楽しんでみたい。

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2018年11月9日金曜日

過去記事 2 編への訪問数急増の怪 (Strange, Abrupt Increase of Visits to Two of Old Posts Here)

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堺市・八田荘公園の秋色。2018 年 11 月 2 日撮影。
Autumn colors in Hattasho Park, Sakai; taken on November 2, 2018.

過去記事 2 編への訪問数急増の怪

 当ブログへの全期間ページビューのベスト 5 は以下の通りである(2018 年 11 月 9 日現在、ブログ・プロバイダー Blogger による集計)。
「鑑みる」の用法 2863
戦争だけはやっちゃダメ:いまよく読まれているブログ記事「96 歳の遺言」 1608
交換力の本質 1418
苦手 1293
日本国憲法第 9 条について 1291
これらのうち、3 位と 4 位の記事は、最近になってページビューが急増してベスト 5 入りしたものである。

 3 位の「交換力の本質」(2006 年 12 月 11 日付け)では、ノーベル賞受賞の物理学者・益川敏英博士の著書にあった説明を少しばかり丁寧にして、交換力で引力が生じることを解説している。交換力について学んだばかりの理系の学生たちの参考になるのだろうか。交換力について調べよという宿題でも出されているのだろうか。その記事中に、「2 つの状態の混合効果」について、益川博士の著書にあった数式を使っての説明を筆者が紹介した PDF へのリンクを記したが、そのリンク先を後に変えながら、今まで訂正していなかったと気づき、あわてて訂正を書いた。記事中の文献 2 のリンク先も変わっていて、ついでに修正した。

 4 位の「苦手」(2005 年 2 月 1 日付け)は、筆者とその親友の高校時代の交換日記の 1952 年 2 月 1 日付けのものを、2 箇所に注をつけてはあるものの、単に書き写して紹介した記事である(交換日記は 2005 年前後に断続的に連載していた)。タイトルは、筆者(Ted)の方の日記に体育実技を苦手としたことを抽象的に書いてある(注 1 で説明してある)ところから付けたものだが、苦手克服法を述べた記事でもなく、読者に特に参考になりそうなところはないように思われる。

 ただ、筆者の方の同じ日記に、英語の時間に進み方が遅くて退屈だったので、a、b、c、d、e の文字をこの順でそれぞれ先頭に含む単語を並べて一つの文を作る遊び(換言すれば、答えが一義的には決まっていない課題の回答模索)をして過ごした旨が書いてある。自分でもすっかり忘れていたことだ。これが読者の興味を引いたのだろうか。しかし、この遊びのキーワードになるような言葉は記事中になく、同一あるいは同類の遊びの検索にはひっかかりそうもない[注 1]。この遊びは何かの本で知ったものだったか、あるいは友人から出された課題だったか、いまとなっては思い出せない。その時、文は二つしか作れなかったとして、それらの文を書いてある。本記事を読まれた方々も試みられてはいかが? 注 1 に紹介したウェブページが示唆しているように、アルファベットから 1 文字ずつ取った各種の 5 文字で同様の試みをするのも面白いかもしれない。冠詞などが入れにくくて、文法的に正しい文は必ずしも作れないだろうが。


【注】
  1. 試しに「アルファベット作文」で検索すると、「診断メーカー」というウェブページが見つかった。そこには「アルファベット作文ったー」という、ふざけた見出しと「表示されたアルファベットから始まる文を作ってみよう!」の言葉に続いて、ABCDE の場合の一作例(C を K とみなした和文)が示してある。しかし、そのページ上に続いて展開するのは「名前診断」のことばかりで、アルファベットが表示される場所や作った結果を入力する場所などは見当たらない。ページの役割が変わってしまったようである。

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2018年11月8日木曜日

J・M 君へ、読書のことなど 2 (To J. M.: On Reading etc. -2-)

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紅葉が進行中の堺市西区・笠池公園のサクラの木々。2018 年 11 月 6 日撮影。
Cherry trees whose autumn leaves are turning to autumn colors; taken in Kasasike Park, Kami, Sakai, on November 6, 2018.

J・M 君へ、読書のことなど 2

2018 年 10 月 24 日

J・M 君

 返信へのご返信、ありがとうございました。貴君がお読みの『入唐求法巡礼行記』は深谷憲一氏訳でしたか。私がインターネットで見つけた東洋文庫版は、足立喜六、塩入良道両氏の訳でした。深谷氏の序文抜粋を書き送っていただき、勉強になりました。この本がご母堂様のお勧めというのも興味深く存じました。私は母から勧められた本はなかったと思いますが、母が晩年に全巻を揃えて途中までしか読まないうちに他界することになった谷崎訳の源氏物語[母が買ったのは単行本、他方、リンク先は文庫版の巻 1]に、一度挑戦しかけ、途中で挫折したままになっています。

 私もミチオ・カクが紹介している、地球外文明をエネルギー消費の程度によって分類した Type I(惑星規模)、II(太陽系規模)、III (銀河系規模)の説明が不十分だったり、間違っていたりしました[注 1]。改めて彼の本のその箇所を開いてみると、その分類を提唱したのは、ロシアの天文学者、ニコライ・カルダシェフでした(先に、アメリカの物理学者、フリーマン・ダイソンの本でも読んだので、彼の提唱かと思い違いしていました)。各タイプは、それ以前のタイプよりエネルギー消費が約 100 億倍(10 の 10 乗倍)程度大きいもの、ということです。ミチオ・カクが詳しく論じているのは、現在 Type 0 である人類がいかにして Type I に到達し得るかで、その部分をまだ読んでいる最中です。

 ところで、美交会展の私の絵の前では、参考にした写真との相違などを私が懸命に説明して、貴君のご感想を聞きそびれたように思います。昨年は、ご来観後のメールで、「全体にふんわり」した感じだったとお聞きし、参考にした写真のギザギザ感が出せていなかったのは失敗と悟ったのでした。そこで、次回に山を描くときはギザギザ感を出したいと思いましたが、今回の燕岳の岩は、紹介誌によれば、比較的滑らかなのだそうで、また、大部分が雪に覆われている光景でもあり、その実験はできませんでした。今回の絵のイメージは、ブログ記事にも掲載しております。ご感想がありましたら、ぜひお聞かせいただければ幸いです。

 T・T


【メールをブログ記事にした際の注】
  1. このセンテンスが「私も」で始まっているのは、次のことによる。私たちの会話時に、円仁の旅行記についてライシャワーが世界の三大旅行記に入ると称賛している旨を J・M 君は述べた。しかし、その旅行記の一つ、マルコポーロの『東方見聞録』の著者名も書名もその時は全く思い出せなくて、残念だった、と J・M 君からのメールにあった。彼は、ライシャワーが深谷憲一氏に対して、円仁の日記はポーロの見聞録よりずっと信頼できると絶賛していた(深谷氏訳の本の序文にある)ことを述べたかったのだが、それができなかった自分を情けなくさえ思ったのである。お互いに、名前などを思い出すことが難しい高齢者となった。

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