2013年10月9日水曜日

漱石『草枕』の主人公が唱える芸術の「非人情」7 ("Detachment" Advocated for Arts by the Hero in Soseki's Kusamakura -7-)

[The main text of this post is in Japanese only.]


ウキツリボク(アオイ科)、別名アブチロン・チロリアンランプ。
ウォーキング途中で、2013 年 9 月 25 日撮影。
Trailing Abutilon. The photo was taken on my way of walking exercise on September 25, 2013.

漱石『草枕』の主人公が唱える芸術の「非人情」7

 本シリーズの第 6 回では、夏目漱石の『草枕』の第九章で、主人公と、彼の部屋へ話しに来た宿の女、那美の間で「非人情」の言葉が何度も交わされるとともに、主人公が非人情の芸術製作を離れて、非人情の体験を積んでいることを述べた。

 第九章はなお続く。地震の影響で、「岩の凹みに湛えた春の水が、驚ろいて、のたりのたりと鈍(ぬる)く揺(うご)いている」ところへ、「落ちついて影をひたしていた山桜が、水と共に、延びたり縮んだり、曲がったり、くねったりする」のを主人公は面白いという。那美が「人間もそう云う風にさえ動いていれば、いくら動いても大丈夫ですね」といい、「非人情でなくっちゃ、こうは動けませんよ」「ホホホホ大変非人情が御好きだこと」と会話が展開する。会話の終りに「鏡の池」の話が出て、那美は「私が身を投げて浮いているところを――苦しんで浮いてるところじゃないんです――やすやすと往生して浮いているところを――奇麗な画にかいて下さい」という。

 第十章で、主人公は絵の具箱を持って鏡の池へ行ってみる。そこで、前にも会った馬子の源兵衛に出会い、志保田の昔の嬢様がこの池に身を投げたこと、志保田の家には代々精神病者が出ることなどを聞く。源兵衛が去ったあと、主人公は絵を描こうとし、水の中の影を描くことを考える。「影だけ眺めていてはいっこう画にならん。実物と見比べて工夫がして見たくなる。余は水面から眸を転じて、そろりそろりと上の方へ視線を移して行く。」そのとき、「緑りの枝を通す夕日を背に、暮れんとする晩春の蒼黒く巌頭を彩どる中に、楚然(そぜん)として織り出されたる女の顔」があって驚く。主人公が思わず飛び上がると、「女はひらりと身をひねる。帯の間に椿の花の如く赤いものが、ちらついたと思ったら、すでに向うへ飛び下りた。」

 第十一章で、主人公は観海寺の石段を上って、和尚を訪ねる。修業の話題から、和尚は、「志保田の御那美さんも、嫁に入(い)って帰ってきてから、どうもいろいろな事が気になってならん、ならんと云うてしまいにとうとう、わしの所へ法を問いに来たじゃて。ところが近頃はだいぶ出来てきて、そら、御覧。あのような訳のわかった女になったじゃて」と聞かせてくれる。(つづく予定)

2013年10月7日月曜日

トキワマンサクの戻り咲き (Re-blooming of Chinese Fringe Flowers)


 昨日ときょう、当地では最高気温が 32 °C ほどもあり、まだ、夏のような暑さである。それでも、鳳公園ではトキワマンサクの戻り咲きが秋を告げていた(写真)。他方、キンモクセイの開花は遅れているようだ。

Yesterday and today, the highest temperature here was around 32 ​​degrees centigrade, and it is still like the summer. However, second blooming of Chinese fringe flowers in Ōtori Park was telling the coming of the fall (see photo). On the other hand, flowering of sweet osmanthus seems to be delayed this year.

2013年10月5日土曜日

シュウメイギク (Chinese Anemone)


 春に植えたシュウメイギク(秋明菊)が花を咲かせた。この植物は、キンポウゲ科の一種。別名、キブネギク(貴船菊)。名前にキクが付くが、キクの仲間ではなくアネモネの仲間。

Chinese anemone (also known as Japanese anemone, thimbleweed, or windflower; botanical name, Anemone hupehensis) is a species of flowering herbaceous perennials in the Ranunculaceae family. The photo was taken in my yard on October 5, 2013.

2013年10月3日木曜日

バラが秋の見頃 (Roses in Full Bloom of Autumn Season)


 近くの中の池公園でバラが秋の見頃を迎えている。近くでいろいろなバラを春と秋に楽しめるようになったのは嬉しい。しかし、この公園のバラは、人家との境界のコンクリート塀の前に横一列に植えられていて、全体の美しい風景を撮影し難い。また、大きなバラ園のように品種名を書いた札が立っていないのも残念である。

Roses are now in full bloom of the autumn season in Nakanoike Park nearby. It is nice that it has become possible for me to enjoy varieties of rose flowers near my house in spring and autumn. However, it is difficult to take the picture of the entire landscape of full bloom here because the roses are planted in a narrow row, in front of the concrete fence. It is also a pity that there is no name plate showing each kind of roses as found in large rose gardens.


2013年10月1日火曜日

安倍政権批判二題 (Two Criticism of Abe Administration)

[Te main text of this post is in Japanese only.]


コスモス。2013 年 9 月 24 日、ウォーキング途中で撮影。
Cosmos. Photo was taken on my way of walking exercise on September 24, 2013.

安倍政権批判二題

 最近、ブログサイト「平和の浜辺:福泉・鳳地域『憲法9条の会』」に掲載した二つの記事に若干手を加え、以下にまとめて転載する。


ナチスと安倍政権の類似:赤川次郎さんが指摘

 『図書』誌、2013年10月号 p. 48 に掲載の「禁じられた大人の遊び」というエッセイで、作家の赤川次郎さんが、「ナチスの手口に学べという麻生副首相の発言は、原発事故に匹敵する『大惨事』」と呼んで、ナチスと安倍政権の類似性を指摘し、安倍政権を鋭く批判している。

 赤川さんは、まず、ナチスの占領下のフランスで作られたナチスに協力的なヴィシー政権が、フランスの国是「自由・平等・博愛」に替えて「労働・家庭・祖国」をフランスの目標にしたが、このヴィシー政権の三つの柱は、そのまま安倍政権の目指す「美しい日本」に重なる、と述べている。

 次に赤川さんは、ヒトラーが経済的苦境への人々の不満を吸収して人気を高め、暴力への恐怖で人々を黙らせた点でも、「アベノミクス」という内容のない言葉で支持を受けた安倍政権はよく似ているとし、「人々を黙らせる」を思わせる、選挙演説中のプラカード没収事件についても述べている。

 上記の事件について、インターネットで検索してみると、2013年7月14日付け『東京新聞』朝刊「こちら特報部:ニュースの追跡」欄の「首相の考えを聞けないの? 参院選演説で聴衆のボード没収」と題する記事で報道されていたことが分った。その記事のリード部分は次の通り。
「原発廃炉に賛成?反対?」。安倍晋三首相の街頭演説で、女性(40)がこんな質問ボードを掲げようとして、没収された。掲げる前に、自民党スタッフや警察官を名乗る男性4人に取り上げられた。この様子の動画はインターネットで公開され、「言論封殺か」と疑問の声が噴出する騒ぎになっている。[記事全文はこちらに引用されている。]
この事件は「安倍政権の素顔をさらした出来事として、もっと問題にされるべきだった」と、赤川さんは述べ、「思想・信条の自由」を警察が自ら否定したもの、と批判している。

 赤川さんは最後に、「汚染水の膨大な流出に何の手も打てずにいる原発事故への無責任な」姿勢の安倍政権が、「この現実を無視して他国へ原発を売り込むのは正に『禁じられた遊び』」と、厳しく非難している。

 ここで、赤川さんのエッセイの題名を思い出してほしい。そして、エッセイの前半に、ルネ・クレマン監督の代表的映画『禁じられた遊び』のブルーレイ版には、「存在すら知らなかった別のオープニングとエンディングが収録されていて驚かされた」という話があったことを付記して初めて、読者には、題名から結語までのつながりを理解していただけるだろう。——推理小説家のエッセイを推理小説風に紹介してみた。


「積極的平和」のはき違え

 安倍首相が先日、アメリカの保守系のシンクタンク「ハドソン研究所」が開いた会合で英語で演説し、集団的自衛権の行使を容認する憲法解釈の見直しに理解を求めた上で、「積極的平和主義」の立場からアメリカと連携して世界の平和と安定に貢献していく決意を示したことが報道された( 9月26日付け NHK ニュース「首相 『積極的平和主義』で世界に貢献」など)。

 報道によれば、首相のいう「積極的平和主義」とは、わが国が集団的自衛権を容認し、アメリカとの軍事的連携を強めていくことである。このような、武力に頼る政策は、「平和主義」の名に値しないのではないだろうか。

 平和学が専門の立命館大学名誉教授・安齋育郎さんの「今、『平和』はどうとらえられているか?」という説明によれば、「戦争のない状態」という意味での平和は、「消極的平和」と呼ばれ、こんにちでは、「平和」の概念はもっと広くとらえられ、「構造的暴力のない状態」を「積極的平和」と位置づけるようになっているということである。そして、「構造的暴力」については,次のように説明されている。

 ノルウェー出身の平和研究者であるヨハン・ガルトゥング博士は、人間の能力が全面的に開花するのをさまたげている原因を「暴力」と呼び、それが、社会のありように根ざしている場合には、「構造的暴力」と呼んだ。飢餓・貧困・社会的差別・不公正・環境破壊・差別・教育や医療政策の遅れなどによって人間の能力の開花が妨げられるならば、一人ひとりが豊かに自己実現を遂げることができない。

 現在、多くの平和研究者が、このような「自己実現が妨げられている状態」は「平和ではない」と考えるようになってきており、現代平和学は、「直接的暴力」だけでなく、「構造的暴力」のない社会、すなわち「積極的平和」の保たれる社会を実現するための実践的な研究だと考えられている。

 平和学のこのような「積極的平和」の意味からいえば、安倍首相の「積極的平和主義」発言は、「積極的平和」の意味のはき違えといわなければならい。

 なお、首相の発言は、マスコミがその危険な狙いを報道していない、日本国際フォーラムの提言「積極的平和主義と日米同盟のあり方 」(2009年10月)に基づいていることが、インターネット上で指摘されている。

 (安倍首相の「積極的平和」の誤用については、フェイスブックの友人 A・Y さんの指摘で気づかされた。ここに記して、感謝する。)