2005年2月28日月曜日

ヨセンカイ

高校時代の交換日記から。

1952 年 3 月 8 日(土)雨

(Ted)

 ヨセンカイとは何だろうと思っていたら、予餞会。といっても、この疑問が解けたのは、きょうではない。きょう、これが行われたのだ。芸術? [1]
 『新樹』が発行される。誤字が多い。"Lt is imperquect. But . . ." だって。A・U 君の文章は、うま過ぎるように思えてならない。「目はばらだった」というのは、国語甲の時間に、新感覚派の表現の例として聞かされた文だ。構成と理論ががっちりしている。FJ 君の小説もみごとだ。どうしてこんなものが書けたのだろう。[2]
 『週刊朝日』3 月 16 日号に、先週 S・T 先生に聞いた話が載っている。
夢声:これは漱石の話ですがね。教室でふところ手をしている生徒がいるんで、漱石が怒った。「お前、ひとが講義しているのに失礼じゃないか」「先生、ぼく片手ないんです」これにゃ参ったけれども即座に「おれだって、ない知恵をしぼって講義してる。お前もない手を出してきいたらいいじゃないか」これは本洒落ですな。
「読者と編集者」欄に「新カナづかいに一言」として、前号の夢声の発言についてぼくが 3 月 1 日に書いたのと同じ意見が載っている。

(Sam)

 九時からというのが二十分遅れて始まった。一年の執行委員は正面玄関で卒業祝いの記念品を贈るための仕事をしていたので、始めの方は見られなかった。午前中の出し物の中では、馬術部のトンチンカン音楽が最も面白かった。
 昼食時に CIE と体協から借りてきた映画をする。題名は「美しきアメリカ」「空の威力」「ヘルシンキへの道」。「美しきアメリカ」は、ひじょうに断片的なものだった。その他は、よく見ていられなかったから、分からない。
 演劇部の「早春」は動作より言葉の方が主な劇だったが、声がよく通っていなかったので、大して成功だとは思われなかった。舞台装置はなかなか大がかりなものだった。「私は誰でしょう」で問題が余り、会場から解答者を求められた時、ぼくがすたすたと出ていき、第二ヒントで「リンゴに関係があるんだ」と二回繰り返したあと、「ウイリアム・テル!」と答え、一箱二十円のキャラメルを二箱貰っちゃった。
 他にも面白いものがあったが、それはプログラムを見て貰うことにしよう。その時、話すことがあったら話す。今夜は書こうとすることがぜんぜんまとまらない。
 予定の時間より大分遅れて、六時にやっと全部終った。後始末をして帰ったら九時だった。


 引用時の注
  1. 予餞会で、1 年生の NS さんが「カルメン」をあまりにもアクロバチックに、また妖艶に踊ったことについて、「芸術?」としか書けなかったようである。これだけでは何のことだったか思い出せなかったが、翌 9 日の日記がヒントとなった。
  2. A・U 君も FJ 君も新聞部の 2 年生。

2005年2月27日日曜日

青大将君がいっそう青く

高校時代の交換日記から。

1952 年 3 月 7 日(金)曇り

(Sam)

 ズックを脇に、弁当を右手にぶら下げて、下駄をはいて学校へでかける。明日の送別会の準備をしなければならないのである。まず、各ホームおよび水泳部の部室から教壇を運んでステージを組む。各学校から借り集めて来た暗幕を張り、天井へ上がって舞台の幕を張る。これだけのことが午前中にできた。これらの準備をしたのは、執行委員と馬術、陸上競技、山岳、篭球各部の部員および各ホームから一人ずつの準備委員である。彼らがすべて出席扱いにされることはいうまでもない。
 ぼくは二限だけ授業に出てきた。英語は一日でも欠かせば困ると思ったから。
 荷車を引いて、スポーツ会館へ映写機を取りに行く。これは大した労働だった。済んで家へ帰ったのは八時。詳しいことを書いているのはおっくうだ。


(Ted)

 虹彩と書くべきところへ網膜と書き、尿のうを中胚葉からとし、エビの眼の再生に関する問題で二つとも間違った。力の使い方を知らないものに等しいような有り様だ。どうして、こう抜かっているのだろう。
 ホームで弁当を食べているとき、廊下が騒がしくなり、YMD 君が 3 日前の夕刊にあった地震の名前を持ちだしたのだったが、放課後、編集室で校正をしていると、ほんとうに地震が来た! あだ名が青大将の FJ 君がいっそう青くなって、庭球場へ飛び出した。TK 君、HN 君、それにぼくも続いた。(KJ 君らは帰宅して、いなかった。)講堂で明日の準備をしていたものたちも、外へ出てきて、木の下に黒くかたまっていた。近くにある KS 君の家の犬がほえ続け、それが周囲にこだました。この騒ぎに、ぼくは TK 君が誰かに借りたのだという赤鉛筆をどこかへやってしまった。1 回の揺れが終ってから、火鉢に火が残っていたことに気づいたわれわれでもあった。

告白性と虚構性(2)

S さん

 題名がすでに登録済みということを想像しないではなかったのですが、前回は取りあえず、いいたいことをいわせて貰いました。きょうは、おっしゃったように題名はそのまま、という条件のもとで、目次以下のやや詳細な点について提言します。

(1) 目次について

   三島由紀夫と『仮面の告白』の「私」との相違

という節があれば、

   三島由紀夫と『仮面の告白』の「私」との類似

という節も欲しいところです。「告白」という言葉を含む作品を中心にする論文である以上、類似を先に持って来たい気がしますが、それはどちらでもよいでしょう。類似の節の中身は、『仮面の告白』中の告白的特徴を持つ部分として、いまの草稿案第二部がそのまま入るでしょう。そうすれば、第二部の題名として上記の二番目の題名を用いて、現在の第二部の題名を、次のように副題にすることが考えられます。

   三島由紀夫と『仮面の告白』の「私」との類似
    ―「私」に芽生えた同性への執着―

 これらの節との関係で見るとき、いまの第三節はどういう意味のものか、が気になります。三島の正常な家庭生活を考えると、ここに紹介してある部分は、『仮面の告白』の中で、創作性の強い部分といえないでしょうか。そのせいか、私はその辺りを読んだとき、それ以前の部分よりも強烈さが乏しく、メロドラマ風だと感じたのでした。この見方がよければ、第三節の題名を

   『仮面の告白』の「私」の創造的部分
    ―思春期における対象―

のようにすることが考えられます。
 なお、上記のように、私の語には「」をつけるのがよいと思います。

(2) 序論について

 序論に考察がかなり入り込んでいる感じがします。いつか「論文はどんな論文でも、問題と答えである。レトリックの問題としてとらえる。」とは、どういう意味かとお尋ねでしたが、まさにこの文が教えているように、序論には、結論を導くための「問い」をしっかり書いておくべきです。たとえば、

 『仮面の告白』の「私」は、どこまでが三島自身の告白であり、どこからが三島の創作・脚色だろうか。『仮面の告白』の「私」は三島自身の性格の二面性(一般性と特殊性の共存)を示唆するといえるだろうか。本論文ではこれらの点について考察してみたい。

というように。そして、考察的な部分は「結論」の前に「考察」というような節を設けて、そちらにまとめてはどうでしょうか。

(3) 『仮面の告白』の自伝性(告白性)の一論拠

 新潮文庫版巻末の佐伯彰一の解説は、「自伝的小説と受けとる方がいい」と述べています(p. 234 半ば)。この前後の文は『仮面の告白』の自伝性の一論拠として有用でしょう(指導教官氏は、作者と主人公は別物とお考えだそうですが)。

(4) 参考文献の利用

 参考文献が沢山挙げてありますが、それらの中から、関連する有用な記述をできるだけ引用するのがよいと思います(各引用毎に、出所を明記して)。私のある文系の友人は、文系の論文を書く仕事は、参考論文をよく調べ、よく利用することがほとんどすべてだ、というようなことをいっていました。

 なお、私がアマゾンへ投稿した『仮面の告白』の書評を下に引用しておきます。ご利用できる部分があれば、適当に使って貰って結構です。

【華麗な漆絵のように描かれた性の悩み】

 主人公「私」の出生から 23 歳にいたるまでが、性に関する告白の形で述べられている。幼年期の「私」の経験には、少なくない男性が多少なりとも共通した記憶を呼び覚まされるであろう。…(中略)…作者 24 歳のときの、最初の書下ろし長編である。巻末の解説にいう「自伝的小説と受けとる方がいい」に賛成する。[1]

  1. このレビューの全文はこちらでご覧になれます。

コメント(最初の掲載サイトから若干編集して転載)

Y 02/27/2005 13:23
 私の意見を忌憚なく述べさせて頂きますので、ご友人の参考にして頂ければ、と望みます。
 卒論題目は「三島由紀夫と『仮面の告白』の「私」との相違」という目次を主内容とした題目でしょうか(語感がよくないです。)。『仮面の告白』における「私」を「」書きにするのは当然ですが、そもそも、三島由紀夫というのは作家名でして、実物の三島由紀夫(平岡公威)とは別人でして、三島由紀夫は、『仮面の告白』他の大変な独自性の高い小説を生み出すために、人生のかなりの部分を生きたわけです。その作家・三島由紀夫(こちらは作家のプロ)と、『仮面の告白』中の「私」(こちらは主人公のプロ)との相違、類似、といったテーマで論文を書かれる発想が、作家・小説家が何者であるのか、彼らはなぜ「作品を通して」、実人物ではないけれども作家としての彼ら(三島由紀夫ら)、そして実人生の苦しみや悲しみなどを生きた彼らが、読者におのずと伝わってくるのか、小説を読んだ感動にとどまらず、三島作品でも次々と読んでいけば、そのような「心の連鎖」が「読者」の中に生まれるはずです。
 つまり、『仮面の告白』の「私」と三島由紀夫に注目した卒論を書かれるなら、客観的にこの作品の何々の相違とか、類似性とかを述べるのではなくて、この小説を読まれた「読者」(卒論執筆者)の心の連鎖を論理構成してゆくほうが、「主観的世界を生かし切った論文」として評価されるのでは、と思います。
 さらに、「序論には、結論を導くための『問い』をしっかり書いておくべきです」と書かれていますが、これは間違いだと思います。文科系で、始めから解っている結論を導くための「序論」を置く、という論文の書き方は、「拝啓 敬具」のお手紙や受験数学と違うのですから、実に文科系論文執筆の創造性に欠ける書き方です。京大でも大学院でも、私は、結論などなくてもよい、ぶっとんでいてもよいという研究者教育でしたが(せめて「今後の課題」にとどまりませんか? これは定番すぎますが)。このような地点に自らの感性と一体となった思考が到達するであろう「予測的発想・思考」は、卒論においても生じえますが、書いているうちに必ずどんどん裏返され、章立て変更、書き直し、削除だらけの作業です。そして論文執筆者の「生きる・生きた体験」=この場合は読書の主観的体験を深めてゆく中で、どのような論理や創造的批判点が見出せるか…ここまでくれば、自然にこれらの論述は実現可能です。
 まず、読者さんなのですから、三島由紀夫の処女長編の、このとんでもない独自芸術の文章、男性性への憧憬や執着と、男性としての自己の脆弱さ、それがどのように作品中で「告白」されているか、「仮面」はなぜ、どのように「告白」し、それが読者の心にどのような影響を及ぼすのか、といったことについて書かれたらよいのに、…等などと思います。
 また、続きの意見を書かせて頂いてよいなら、空いている時間に書きますので、ご参考になさってくださいね。

Ted 02/27/2005 15:28
 本記事にアクセスしていただいた時点では、前編へのアクセスが不能の状態だったかと思います。記事公開の選び方が間違っていました。ご不便をおかけし、すみませんでした。
 私も、卒論は主観的構成がよいとは思います。しかし、S さんはどちらかといえば論理構成を得意としない人であり、原稿用紙 100 枚程度書かなければならないと聞いて、自己の主観でそれだけ書くのは難しいと考えたと思います。それで、S さんは過去の評論同士の比較を多く盛り込もうと、いろいろ参考書を読みあさっており、すでに指導教官のアドバイスも一、二度受けています。そういう時点での私の助言は、あまり大きく方針を覆す形では出せなかったことをご理解下さい。
 「『序論』に結論を導くための『問い』を書いておくべき」というのは、確かに間違いかも知れません。私がいいたかったのは、始めに「緒言」があって、そこに「問い」が書かれているべきだということです。これは論文の読者に論文の見通しを与え、その理解を容易にするためのサービスとして必要と思います。「緒言」は「結論」あるいは「今後の課題」を書いたあとで書いて、前に置けばよいのです。「章立て変更、書き直し、削除だらけの作業」があっても、その結果としてでき上がった論文は読みやすい形に整えるべきです。S さんに大学から与えられた卒論執筆の指導書に「論文はどんな論文でも、問題と答えである。レトリックの問題としてとらえる」という言葉があったということを以前に聞いていましたので、私は、それを尊重する意味でも、レトリックとしての問いを先に書くことを S さんに注意すべきだと思いました。
 続きのご意見を歓迎します。

Y 02/27/2005 17:47
 Ted さんの先のブログにある論文題目への提案、「三島由紀夫の作品における告白性と虚構性――『仮面の告白』を通して」に私も賛成です。もちろん、出来上がった論文は、読みやすい、説得力のある、そしてこう言うべきなのですが、格好の決まったものでなければならないのですが(題目、章立てひとつとっても)、もうひとつ、やはり文学も教育学も哲学も、人間学としての精神病理学でも、文科系論文は「芸術的な思考・感性作品」でなければならず、そのための章の入れ替え、書き直しなどの作業であるわけです。ですので、大学の通信教育で卒業するのはいかに大変か、多くの体験者が言っているのですが(仏教大学でも、8 年在籍して退学、などの多い世界です。難関そうに言われている大学の通信は、卒業率3%など)、S さんが指導教官から、論文は問題と答えであり、レトリックである、と教えられているのは、(過去の研究をふまえたうえで)「問題」をまず提示せよ、という部分以外は、「違いますね」と、私の受けてきた学者教育から、言うことができます。
 それで、先行研究ですが、本当の文学研究を調べないと、文芸評論というのは、文学そのものとはかなり一線を画しているという問題があると私は思っていますから、そうして、参考文献をふまえるのは当然でして、だいたい、卒論レベルだと、大物一冊(ご友人の場合だと『仮面の告白』で十分です)を相手にして、体当たりで執筆するのであって、先行研究や参考文献を大いに引用しても、それで「飾りつけ」をしてはいけない、ということです。「緒言」「問題」は最後に書く、という人は多いですよ。とにかく、私が前にブログで哲学というものについて一般の方に語りましたように、「知的に操作的に書いた、あるいは他の誰かの影響を引きずった、自分自身のものでない」卒論は、全部見破れるのが、本場の教官というものなのです。これは大学院でもそうでしたので。なので、大物一冊にちっぽけな自分が体当たりするためには、論文執筆作業でいろいろな組み換えや、卒論執筆者「自身」がそれまで生きてきた範囲をこえて、人間的に変わらなければならない…これが、私がまず学部レベルで教え込まれたことです。
 いろいろな重要文献・名著を多彩にあやつって、自分の言いたいことを論文体裁で書けるようになるのは、私のいたような大学の助手・助教授以上になってから、の話です。ですので、ご友人が『仮面の告白』一冊に絞っておられるのは、大変正解でした。
 流派がまったく違っても、私が個人的に指導を再びお願いしようとしている東京の哲学者が書かれた一般向けの本のタイトルをご覧になっても、論文を書くということと彼の一般向け著書の執筆とが切り離せないということで、上記の私の論文にかんする方針がおわかりいただけるのでは、と思います。

Ted 02/27/2005 19:59
 「論文は問題と答えであり、レトリックである」と教えられているのではないのです。原文は「論文はどんな論文でも、問題と答えである。レトリックの問題としてとらえる」です。これは、もっと丁寧にいえば、「論文はどんな論文でも、問題と答えである、ということができるが、これは、論文のレトリック面をいっているのである」ということでしょう。論文の内容について、レトリックであれ、といっているのではないのです。この点を理解して貰えば、S さんの教えられたことが、間違いということにはならないと思います。
 「大物一冊を相手にして、体当たりで執筆するのであって、先行研究や参考文献を大いに引用しても、それで『飾りつけ』をしてはいけない」は、よい言葉と思います。S さんに伝えましょう。ありがとうございました。

Y 02/27/2005 20:49
 なるほど、指導教官の方のお言葉の趣旨など、よくわかりました。その意味での論文のレトリックをまず身につけるのが最初にするべきことですし、「問題」を提示しておいて、それに自分なりに立派に「答え」ようとしない執筆者は認められませんから、その通りです。
 そのような基本的体裁・技術を身につけたうえで(参考文献の表記方法、一マス・三行空けなど、校正はすべて、執筆者がしなければなりませんしね)、ご友人には、私が上に書かせて頂いたような内容を、Ted さんのご判断でお伝えください。

Ted 02/27/2005 21:57
 はい。Y さんの貴重なご意見を参考にして、もう一度助言をしておきましょう。

2005年2月26日土曜日

二百円の広告

高校時代の交換日記から。

(Sam)

1952 年3 月 4 日(火)曇り

 クラブ活動の時間には、第十七号の広告を取りに行った
[1]。YM 君と尾張町付近の商店へ行って、頼んで歩いた。正直のところ、こんなことは経験がなくて、苦手で、嫌いだ。最初の目的の店の前で、長い間ちゅうちょしていたが、これでは始まらないからと、勇気を出して中へ入った。そこは、主人が病気のため駄目、次の店は主人が留守、といった具合で、五軒目まで、一件の収穫もなし。六軒目、その店は南陽堂だった。もう断られることには慣れてしまって、断られるのを覚悟で行ったのだが、交渉もうまくなっていた上に、案外すらすらといき、予期に反して二百円の広告を出していただくことになった。それで、やっとわれわれの面目がたったという次第。

(Ted)

1952 年 3 月 4 日(火)雨

 「八郎君、試験も近づいたが、元気で最後の仕上げに励んでいる事だろうね。東京から来る君ならば、金沢大学ぐらい何でもないだろうが…。所で、君がこちらへ来る時、伯父さんに頼んで写真機を借りて持って来てくれ給え。」
まだ 8 字ほど使えるのだから、何か挨拶を書けばよいか、写真機を持って来て貰うことが主目的なのだから、「東京から来る君…」という激励をもっと短くして、頼み方を丁寧にした方がよいか、「所で、…くれ給え。」は少し変か、などと思ったのに、これで合格だとさ。先週から病気欠勤中の HR 先生に代わって国語甲の時間に来ておられる S・T 先生が、昨日の夕刊に出ていた金沢大学入試の作文問題をわれわれに試されたのだ。先生は 20 分で集めて、1 枚 1 枚答を読み上げながら、「これはぜんぜん落第。これは、まあ、ここだ。」などと順位をつけて教卓へ並べて行かれた。「伯父さん」という言葉を使うことに気づいたのがほとんどなく、ピントはずれのものや、自分が太郎の立場になって書かなければならないのを逆にしたものや、余分なことをもったいないほどの名文で書いたのや、こっけいなくらいくどくどしいのや…という調子で、時間の終りまでに、最初に読まれたぼくの文の右に出るのはなかった。
 このあと、S・T 先生のところへ KJ 君を連れて、いろいろ質問に行った。昼食後は、逆に KJ 君 につき従って、Y・S 先生のところへ行った。1 限に指数関数から昨日習ったところまでの試験があったのだ。SNN 君が次のような問題を始め、多くの難問を持ち込んでいた。
 「m、x、y が正の整数の時、次のようなことがあるか。
  log(xm + ym) = log(xm) + log(ym)」

 引用時の注
  1. Sam はタイプ部以外に、私と同じく新聞部にも入っていたようだ。

告白性と虚構性

 大学の通信教育を受けている友人が、卒論を準備するところまで漕ぎ着けた。卒論のテーマとしては、三島由紀夫の『仮面の告白』を取り上げている。指導教官に草稿案を見て貰ったところ、友人とは意見が異なり、また、「論拠」はどこにあるかをはっきりさせるようにいわれたとのことで、どうすれば、論理的な論文になるか助言して欲しい、といってきた。私は次のような返信を送った。


S さん

 速達拝受。『仮面の告白』は私も新潮文庫版を持っていましたので、送って貰わなくてもよかったのですが。

 指導教官が三島と『仮面の告白』の「私」が別物だというお考えならば、「三島由紀夫における〈二面性〉——『仮面の告白』を通して」という題でまとめようとすれば、真っ向から対立することになり、なかなか OK が出ないような気がします。

 本当の学術論文ではなく卒論なのですから、少し妥協して「三島由紀夫の作品における告白性と虚構性——『仮面の告白』を通して」という題にしてはどうでしょうか。あるいは「三島由紀夫」の代わりに『仮面の告白』を中心に据えてもよければ、もう少し簡潔に「三島由紀夫の『仮面の告白』における告白性と虚構性」とすることも考えられます。

 このようにしても、三島の二面性に言及できることは同じです。ただ、同性愛者という可能な一面を結婚以前の若い時代の経験に限定し、しかも作品上は、告白を含みながらも文学的脚色が大いになされている(虚構も大いに入り込んでいる)だろう、ということを述べれば、指導教官と真っ向から対立する程ではなくなるでしょう。「結論」に書かれている「三島は実生活においては、申し分のない良家の夫であった」ということとも矛盾しません。

 少年時代の一時期、格好いい、あるいは逞しい同性に惹かれるということは、少なくない男性が経験することと思います(私にも、そのような時期がありました)。しかし、三島の場合は、彼の感受性の豊かさも手伝い、その経験がかなり強烈で永続的なものだったと想像されます。

 草稿案の p. 2 に引用されている三島の二つの叙述(どこから取ったかを記入しておくとよいと思います)は、この作品が彼の体験に根差していることを示しており、そこに告白性を主張できる「論拠」があるでしょう。また、三島がこの作品の続編のような『禁色』を書いていることも、三島の同性愛への関心の深さを裏付けるものでしょう。

 しかし、他方、草稿案 p. 3 の始めに引用されている三島の二つの文は、『仮面の告白』が完全な告白ではないこと、つまりそこには虚構性があることの「論拠」になります。

 その他、『仮面の告白』の文章と、三島の実生活に関する記述のいくつかの比較も、告白性あるいは虚構性のどちらかの「論拠」に振り分けることが出来るでしょう。

 新潮文庫版末尾にある福田恆存の解説でも、——この解説は高尚な表現で書かれていて、論旨の把握がやや困難ですが、——この作品には告白性と虚構性の両面のあることが述べられていると思います。

 論文の題名を変えては、という大胆な提言をしましたので、面食らわれたかも知れませんが、指導教官のお考えを尊重するとともに、『仮面の告白』を中心にして三島について言えることを考えるとき、三島の生涯を通じて、愛情における一般性と特殊性(同性愛)の二面性があったと論じ切ることは困難かと思い、上記のような提案を書いてみました。

Ted