2005年7月3日日曜日

千早赤阪村への1日旅 (One-Day Trip to Chihaya-akasaka Village)


 イメージは、千早赤阪村のレストラン「山燈花」からのスケッチ。左上の屋敷は同レストランの経営者の住居。右に屋根つき白壁の、その屋敷の門の側面も見える。

The image shows a sketch from the restaurant Santoka in Chihaya-akasaka Village. The building at the upper left is the residence of the owner of the restaurant. On the right, the side of the roofed, white gate of the residence is seen.

 【概要 (Abstract in Japanese)】昨土曜日、妻とともに一日グループ旅行に参加した。JR天王寺駅の前でバスに乗車。1行35名。始めに河内長野の延命寺を訪れたが、そこのハス池のハスはまだツボミだった。次いで目的地の千早赤阪村山中のレストラン「山燈花」へ。レストランの経営者は先祖代々そこに暮らし、林業を生活の糧にしてきたという。いま、その所有地の一部はシャクナゲやアジサイの名所の一つとなっている。しゃれた料理の昼食をとった後、山すその遊歩道をアジサイその他の花々を見ながら歩いた。昼食を終えるまでは雨がかなり強く降ったが、午後は小降りとなり、林の中の涼しい空気を吸いながら、かなり快い散策ができた。スケッチは食後に、抹茶とともに出された菓子ののっていた懐紙に鉛筆で描き、帰宅後ペンと色鉛筆で仕上げたもの。【Read the main text in English.】

ノウゼンカズラ / 心の離反ではなく…


ノウゼンカズラ

 わが家から西へ少し歩くと堺市を出外れて高石市となり、等乃伎神社というのがある。昨年までは1万歩のウォーキングをしていたので、そこは目的地としては近過ぎた。しかし、最近は6千歩を超えればよし、と気軽にやっているので、この神社も目的地に入れられることになった。写真は等乃伎神社付近の民家で咲き誇っていたノウゼンカズラ(6月28日に写す)。漢字では凌霄花と書く。わが家の近くにもノウゼンカズラの大きな木のある家が2軒あるが、親しくはしていない近所の家の花の写真は撮り難い。

心の離反ではなく…

 高校時代の交換日記から

(Ted)

1952年9月21日(日)晴れ

 買っておけば何かの役に立つだろうと思って、岩波新書の『万葉秀歌』を求めて来る。歩きながら、道路や建物や空や用水の流れの色彩の麗しさに、恋を経験しつつある人が恋する女を見るときに抱くのはこんな感情かと思われる感情をもって、目を向けた。そして、それらに対してこんな感情をもつことに、はなはだしい疑問を感じた。新しい下駄を履いて行ったので、帰りは、仙女に声を渡して人間の足を得、王子に会ったが愛されず、鳩か何かになって昇天したアンデルセン童話の人魚の感じたような痛みを感じている足を引きずって来なければならなかった。Jack のところへ寄ったが、母堂を助けて店を出しに行ったようだった。

 心の離反という深刻な現象の上からではなくて、同一の問題を考え合うことが出来るという、接触に必要な方便の欠如から、彼を失った、いや、そのように見えるに過ぎない。――中学生のときは週末毎にあれほど足を運んだ Octoの ところへ、全然行く気がしなくなったことについてこう考えている。[1]

 ルソオの『懺悔録』を読んでいる。第三巻の始め辺りに、彼がわれわれの年代だった頃の心理が詳細に告白されているが、ところどころ難解だ。

(Sam)

 大掃除という仕事は午前のうちに済んでしまった。階下の坊やを連れて動物園へ行くことにした。児童生徒の学習参考とか実物材料とか、そんな目ではとうてい見られない。どの動物も幻滅を感じさせるに十分だった。狭い檻の中で、彼らはとても暮らしにくそうだった。雑食性だからといって、セルローズばかりのナマイモしか与えられないとは、ひどいものだ。カバやワニなどの水槽の水は汚くて臭いし、鎖につながれたサル公たちは、くさりに擦れて毛が抜けてしまっているし、動物たちの糞尿は始末されることなく檻の中に四散しているし、見られたものでない。
 明治キャラメルのアトラクションもスローモーで、興味は薄かった。それに、五分と間をおかないで、「場内はスリが横行いたしておりますから、懐中物にご用心下さい」というアナウンスがある。ただ、このアトラクションで付属小六年の種村なんとか子さんという女の子の木琴独奏は少し見ごたえがあった。日光東照宮模型などというものからも、十円の価値は受け取れなかった。が、子どもたちにとっては、十分楽しみと新しい知識の得られるものであっただろう。だが、知識の提供方法には問題がある。各動物の説明も大人向きで不親切だったし、案内係もいなかったようだ。


 引用時の注

  1. Octo は高校卒業後、一流金融機関の金沢支店に就職した。大学へ進学した私は、休暇ごとに、また Octo と親しく交わった。のちに彼は東京へ転勤して、習志野市に居を構え、私は学会出張の折などに彼と会うことを楽しんだ。一昨年春、彼はオーストラリアに住む次男の近くへ移住したが、間もなく、急死を知らせる夫人からのメールを受け取った。彼はよい夫人と2人の息子たちに恵まれ、性格通りの穏やかな、そして幸せな人生を送ったと思う。

2005年7月2日土曜日

全開でないのがよい / 最小・最大目標


全開でないのがよい

 写真は堺市・中の池公園で(2005年6月28日)。ハスの花は全開でなく、この程度に開いているのがよい。

最小・最大目標

 高校時代の交換日記から

(Ted)

1952年9月20日(土)晴れ

 切迫、切迫。明日と23日の休みが邪魔になるほどの切迫。何もしないで1週間を送ることは、この仕事にとって莫大な損失だ。
 昨年の通り毎週クラブ活動だったならば、この切迫に際していくらかの助けとなっただろうと惜しまれる4限にあったアセンブリーは、金城高校校長加藤氏の講演だった。音楽に関する話で、音楽とは何ぞや、芸術なり、芸術とは何ぞや、文化の一つなり、文化とは何ぞや、とさかのぼり、人間の真善美および信仰の追求という活動を具体的に説き、それから音楽に戻り、それが身近にあるものだということや、メロディ、リズム、ハーモニーがどういうものかということを身振りとともに面白く話された。最後につけ加えられた音楽だけでなく会話においても必要な発声上の注意は、実にぼくなどの実行しなければならないことだった。きょうに限って、講堂の後ろの方で聞いたのだったが、氏の話はたいへん聞きよく、しかも退屈を感じさせないものだった。

 午後は大桑の仮橋を渡る。板の渡されていない丸太のところを TKS 君は馬乗りになって、少しずつ腰を前方へ運びながら進まなければならなかった。一歩一歩に足下の茂った草の中からバッタが飛び出すのに驚きながら、畦道を行く。Jack が取って投げてくれるイチジクの実をたくさん食べ、舌の先を痛くする。招待者の SN 君は身体の具合が悪くてちょっと元気がなく、そのことがわれわれに、与えるともなく一抹の淋しさを与えた。

(Sam)

 FJ 君と連絡がとれなかったが、帰宅後、一人だけで出かけた。もしかすると彼は先に行っているのでは、と思っていたのだが、二水からはぼくだけが出席したことになった。
 競技は、50字、75字、100字、150字、200字と行われた。参加者は、桜ケ丘からの二人とぼくの他は菫台の生徒ばかりで、全部で十五名くらいだった。50字のときは、ぼくともう一人を残した他はみんな0だったが、ぼくは「ホリョ」を「コレヲ」と聞き違えて-3。100字のときは、速記原稿では2200億円と書いておきながら、訳すとき二万二千億円として-2となり、0は一度も取れなかった。失点は-3、-2、-2、-22、-97という状態で、非常に欠陥があることを示している。菫台の M・T 君は最後まで0で通した。ぼくは、この競技の中では五位の成績だった(実際にはこういう順位は決めなかったのだが、成績表から判断して)。きょうの結果から、毎秒二字までは書けるという自信を得たが、現在の二倍の速さにすることを最小目標、三倍の速さにすることを最大目標にして努力しなければならない。

2005年7月1日金曜日

ゴッホ展 ("Van Gogh in Context")



 イメージは、ゴッホの「糸杉と星の見える道」を私が下手に模写したもの。
The image shows my poor copy from Van Gogh's "Road with Cypress and Star."

 【概要 (Abstract in Japanese)】さる6月21日、国立国際美術館へゴッホ展を見に行った。同美術館はExpo '70 の際に建てられた万博美術館を利用して1977年に開設されたが、昨年、大阪中之島へ移転して来たばかりである。ゴッホ展はオランダのゴッホ美術館とクレラー=ミュラー美術館の協力によるもので、暗い色彩の写実的な初期の絵から、後年の独特の輝かしい色彩の絵までをたどることができた。ゴッホが知り影響を受けたミレー、セザンヌ、モネらの作品や浮世絵、当時の本や雑誌も展示されているのが特徴でもあった。私は、ゴッホの「芸術家としての自画像」「夜のカフェテラス」「糸杉と星の見える道」の3点が気に入った。「夜のカフェテラス」は、友人 M・Y 君が最良の複製を選んで夫人の誕生日プレゼントとして買ったと聞いていたので、とくに注意して鑑賞した。【Read the main text in English.】

 [以下、最初の掲載サイトでのコメント欄から転記]

かわせみ 07/01/2005
 私も東京で見ましたが、Ted さんは展示順番で最後の絵(つまり Gogh が描いた最後の絵)を見て、どのように思われましたか。

Ted 07/02/2005
 「夕暮れの風景」ですね。これもいい絵だと思いましたが、間もなく自殺を図る気持が投影されているのか、いささかわびしい感じもして、好きな作品の中へは入れませんでした。

かわせみ 07/03/2005
 私は「これが Gogh の絵なのか?」と思ったくらい、勢いのない絵だと思いましたが、絵というものは気持ちを正直に表してしまうものなのだなぁ、ということで納得しました。

Ted 07/03/2005
 そうですね。かわせみさんの「これが Gogh の絵なのか?」と、私の「いささかわびしい感じ」は、共通した受け止め方で、そこには、描き手の精神が塗りこめられるという、絵の特質を見ることができるといえましょうか。

ポー 07/02/2005
ゴッホのその作品は本でしか見たことがないですが、重苦しい感じがしたような気がします。Ted さんのかかれたものは軽やかな感じでいいですね。

Ted 07/02/2005
 本物の作品では、空の上部はもっと暗いのですが、使用したパステル色鉛筆に黒っぽい藍色がなく、明るくなりました。

四方館 07/04/2005
 ゴッホ展へ行かれましたか。こちらは、ネット上で、30点ばかりの小さな小さな額縁でミニ鑑賞で我慢、我慢です。お笑い下さい。

Ted 07/04/2005
 30点もネットで見ることが出来るとは思っていませんでした。検索したところありました(後日の注記:その後リンク切れとなった)。そこの小さな写真でも、私の模写の下手さ加減がよく分かります。

アガパンサス / 応募者は一人残らず賞に入る


アガパンサス

 40年ほど前、金沢の伯母の家から一株貰って来たアガパンサスが、わが家の庭にずいぶん増えている。しかし、今年はなぜか、あまり花を咲かせていない。写真は近くの団地で撮影したアガパンサス。和名は紫君子蘭。

応募者は一人残らず賞に入る

 高校時代の交換日記から

(Sam)

1952年9月19日(金)曇り

 校内美術展は、職員余技展といった方がよさそう。M・K 先生は校舎の絵を、KN 先生は槍ケ岳の絵を出品している。大方の先生が何かを出している。美術部から先生方に画用紙を一枚ずつ分けたのだそうだ。生徒の作品はほんの数点である。応募者は一人残らず賞に入っている。銅賞の次が、残念賞で、残り全部ということになっているから――。昼食時に賞品授与式が展覧場の図書室二階で行われたそうだが、伝達を聞かなかったので行かなかった。放課後 MT 君が賞品を持って来てくれた。
* 「次回にも揮って(奮って、が本来だろう)御応募下さい。末広がりこそ、めでたしめでたし」と書いた紙がくっついていた。

 いつになったら、不名誉を挽回できるのだ! またも幾何の試験で大失策をした。一学期の通知簿ではどの課目よりも優れない評価がなされていたから、「今度こそは!」と思っていたのに、またもやである。

 この前の時間に勝った一班と三班がが試合をすることになった。三班には欠席者があったので、KN 先生が入って二塁手をやられた。王者同士の試合にふさわしく、攻守好打が出て、緊張したゲームだった。四回裏に二死後、ぼくの失策で KN 先生を一塁に生かし、集中打を浴びて二点を許し、三対三にこぎつけられた。しかし、五回表、二走者をおいてぼくが三塁手の頭上を抜くタイムリー・ヒットを放って、一点を加え、そのまま押し切って、四対三で一班に凱歌が上がった。

 生徒議会は集合状態が悪く、討論もまた不活発だった。開校記念行事を十月十四、十五の両日を使って行うということと、実施に当たっての特別委員会を生徒会会長、副会長、書記、会計と、議会側から五名、計九名で組織するということが決定されたのみである。


(Tedの欄外注記)* 何賞だったのだい?

 [以下、最初の掲載サイトでのコメント欄から転記]

四方館 07/01/2005
 40年も前からお庭に。花の咲き方が少ないのは、雨の量と関係しているのでしょうかネ…。

Ted 07/01/2005
 少雨のせいではないと思います。近くの団地では、大いに咲いていましたから。うちの紫君子蘭たちがなにかつむじを曲げたようです。

Y 07/01/2005
 Ted さんのお庭の全体は綺麗でしょうねえ。うちは北向きベランダなので、育てられなくて、たまに買い物ついでに安い切花を買ってきます。
 先生の絵が見られる機会というのも、なかなかないでしょうから、こういう企画もいいのではないでしょうか。先生でも主治医でも先輩でも、習っている方の意外な芸術方面の技というのは見てみたいものです。

Ted 07/01/2005 17:25
 庭は狭くて、きれいというほどのものではありません。
 ゴッホ展を先日見に行った話をブログに書く挿絵として、ゴッホの絵の一枚を、展覧会のちらしと絵葉書を見て、ラフに模写しました。間もなく掲載の予定です。