2005年7月1日金曜日

アガパンサス / 応募者は一人残らず賞に入る


アガパンサス

 40年ほど前、金沢の伯母の家から一株貰って来たアガパンサスが、わが家の庭にずいぶん増えている。しかし、今年はなぜか、あまり花を咲かせていない。写真は近くの団地で撮影したアガパンサス。和名は紫君子蘭。

応募者は一人残らず賞に入る

 高校時代の交換日記から

(Sam)

1952年9月19日(金)曇り

 校内美術展は、職員余技展といった方がよさそう。M・K 先生は校舎の絵を、KN 先生は槍ケ岳の絵を出品している。大方の先生が何かを出している。美術部から先生方に画用紙を一枚ずつ分けたのだそうだ。生徒の作品はほんの数点である。応募者は一人残らず賞に入っている。銅賞の次が、残念賞で、残り全部ということになっているから――。昼食時に賞品授与式が展覧場の図書室二階で行われたそうだが、伝達を聞かなかったので行かなかった。放課後 MT 君が賞品を持って来てくれた。
* 「次回にも揮って(奮って、が本来だろう)御応募下さい。末広がりこそ、めでたしめでたし」と書いた紙がくっついていた。

 いつになったら、不名誉を挽回できるのだ! またも幾何の試験で大失策をした。一学期の通知簿ではどの課目よりも優れない評価がなされていたから、「今度こそは!」と思っていたのに、またもやである。

 この前の時間に勝った一班と三班がが試合をすることになった。三班には欠席者があったので、KN 先生が入って二塁手をやられた。王者同士の試合にふさわしく、攻守好打が出て、緊張したゲームだった。四回裏に二死後、ぼくの失策で KN 先生を一塁に生かし、集中打を浴びて二点を許し、三対三にこぎつけられた。しかし、五回表、二走者をおいてぼくが三塁手の頭上を抜くタイムリー・ヒットを放って、一点を加え、そのまま押し切って、四対三で一班に凱歌が上がった。

 生徒議会は集合状態が悪く、討論もまた不活発だった。開校記念行事を十月十四、十五の両日を使って行うということと、実施に当たっての特別委員会を生徒会会長、副会長、書記、会計と、議会側から五名、計九名で組織するということが決定されたのみである。


(Tedの欄外注記)* 何賞だったのだい?

 [以下、最初の掲載サイトでのコメント欄から転記]

四方館 07/01/2005
 40年も前からお庭に。花の咲き方が少ないのは、雨の量と関係しているのでしょうかネ…。

Ted 07/01/2005
 少雨のせいではないと思います。近くの団地では、大いに咲いていましたから。うちの紫君子蘭たちがなにかつむじを曲げたようです。

Y 07/01/2005
 Ted さんのお庭の全体は綺麗でしょうねえ。うちは北向きベランダなので、育てられなくて、たまに買い物ついでに安い切花を買ってきます。
 先生の絵が見られる機会というのも、なかなかないでしょうから、こういう企画もいいのではないでしょうか。先生でも主治医でも先輩でも、習っている方の意外な芸術方面の技というのは見てみたいものです。

Ted 07/01/2005 17:25
 庭は狭くて、きれいというほどのものではありません。
 ゴッホ展を先日見に行った話をブログに書く挿絵として、ゴッホの絵の一枚を、展覧会のちらしと絵葉書を見て、ラフに模写しました。間もなく掲載の予定です。

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