2009年11月10日火曜日

ナンテンの実 (Fruits of Heavenly Bamboo)

 ナンテン(南天): 学名Nandina domestica、メギ科の常緑低木。中国原産。日本では西日本、四国、九州に自生しているが、古くに渡来した栽培種が野生化したものだとされている。先端の葉の間から、花序を上に伸ばし、初夏に白い花が咲き、晩秋から初冬にかけて赤色(まれに白色)の小球形の果実をつける。(以上 [1] による)。

 花言葉は機知に富む」「福をなす」「良い家庭」[2]。

 写真はナンテンの実。2009年11月3日、ウォーキング途中で撮影。

文献

  1. 「ナンテン」, ウィキペディア日本語版 [2009年10月28日 (水) 11:49].

  2. 「ナンテン」, 花言葉事典.

2009年11月9日月曜日

益川氏の勘違い (Maskawa's Wrong Guess)

 さる4日づけの私の記事に益川敏英氏の講演要旨を引用した。その中に、湯川秀樹が中間子第1論文中で符号の誤りをおかしたことに対して、湯川が坂田昌一と共著した第2論文では気づいて訂正したとして、次のように述べたところがあった。

 「間違えました。ごめんなさい」ではなく、「前のこの何行目の文章は、こう読まれるべきである」という表現になっています。実はこういった表現方法は、我々の分野の論文の特徴の一つでもあるのです。

しかし実際には、第2論文中に上記の表現での訂正文はない。

 私はこの点について、「第2論文では結果の相違を客観的に述べただけで、解決は先送りした」旨の解説を記した。これに対し、その記事のコメント欄で「議論の先送りを訂正といえることは、この分野ではよくあるのか」との質問があった。私は「論文の発表時点で間違いだと分かるような単純な間違いであれば、論文掲載誌に正誤表を掲載して貰うのが普通だが、湯川の間違いは、当時としてはそれほど容易に分かる間違いではなかった。第1と第2論文の間で符号が一致しないという問題を見つけて、それを記したことは、いまから見て一種の訂正になる(かなり特殊な場合である)」旨の答えをした。

 このとき「正誤表」にふれたことが、私に益川氏の説明の一つの不思議な点をふと理解させてくれた。「前のこの何行目の文章は、こう読まれるべきである」とは、英語の出版物に対する一般的な正誤表の上欄にある言葉の、いささか間違った(英語嫌いの益川氏らしい)和訳なのである。正誤表には、まずページと行を書き、ついで間違っていた表現(「誤」)と訂正表現(「正」)を記す。「誤」に相当する英語表現は "Now reads" であり、「正」に相当する英語表現は "Should read" である。この場合の "read" は「読む」という意味の他動詞ではなく、「〈文章が〉(…と)なっている、書いてある」という意味の自動詞である。

 ところが、益川氏は "read" を多くの場合にそうである「読む」という他動詞と見て、 "Should read" を "Should be read" のように解釈し、読者の側に責任を半ば押しつけるような冷たい訂正の仕方であり、日本の新聞などで見る「訂正し、おわびします」にくらべて、いかにもそっけなく、理論物理学専門誌ないしは自然科学方面の専門誌に特有の表現だと思ったようである。そこで氏は、もしも湯川が訂正文を書いたとすれば、そういう表現になっているはずだという「推測」を述べ、「こういった表現方法は、我々の分野の論文の特徴の一つでもあるのです」とつけ加えたのであろう。

2009年11月8日日曜日

松井秀喜が MVP (Hideki Matsui Won MVP)

 [概要]米大リーグのワールドシリーズで、ヤンキースの27回目の優勝に貢献した松井秀喜選手(35歳)が MVP に輝いた。彼のこの最も幸福な瞬間は、かつて甲子園で一試合五個の敬遠四球に見舞われながらも、泰然として一塁へ歩いたような心の広さと、たゆまない努力によってもたらされたものに違いない。[本文(英文)へ]

2009年11月7日土曜日

エム・ジュニア (M Junior)

 私の大親友の一人だった M 君は、1997年に他界した。クラスが隣同士だった中学3年生のときに親しくなり、高校は別になったが、高校の3年間には日記の交換を続けた(その大半をブログ "Ted's Coffeehouse" に掲載したが、プロバイダーの障害によりアクセス出来なくなっている)。彼がしっかりした文字で書き、文学的香りも漂っていた文章からは、学ぶところが多かった。

 私が最近まとめた自費出版書 "Passage through Spacetime" の巻末に収めた短編小説 "Vicky" には、Sam という名が出て来る。そのモデルは M 君であり、小説の冒頭には彼への献辞が記してある。そこで、先月その本を一冊 M 夫人へ送ったところ、アメリカ在住の息子さんが来月帰国する折に読んで貰う旨を記した礼状が届いていた。

 さる4日、その息子さん、 M Junior との面会が実現した。彼は在米すでに約10年、目下、南西部のある大学でナノテクノロジー関係の研究をしている学者である。 M Senior からは、M Junior が乳母車に乗っている赤ちゃん時代の写真を1枚貰っていただけだった。M Junior から当日の朝届いたメールには、昨年のクリスマスに家族で撮った写真を添付するとあったが、添付し忘れで、予め彼の顔を知ることは出来なかった。

 面会の場所は JR 新大阪駅、時間は18時10分。会ってみると、M Junior は父親に似て背が高く、元気な壮年(45歳)だった。顔は、私の高校の1年後輩である母親のほうに似ていて、話し好きである点も母親似かも知れない。かつて M Senior と私が二人で話していたときには、ふと話が途切れて、互いにしばらく沈黙していることもあったが(寡黙さからというより、われわれがどちらも、ありきたりの世間話をすることをいさぎよしとしなかったせいでもある)、M Junior とならば、その心配がない。

 M Junior と食事をしながらの1時間20分間には、主に M Senior の思い出を話しあった。M Senior は、家庭の事情のため高卒で JTB に就職したのだが、晩年には東京の大学で旅行業務関係の科目の非常勤講師をしていた。その前に通信教育で大卒の資格を取っていたとは、M Junior に聞いて初めて知った。私は M Senior が就職した当時、大学へ進学しなかったことをたいへん残念に思いながらも、日本の実社会にはまことに優秀な高卒の人もいるということをむしろ誇るべきだという理屈を考えて、残念さを慰めていた。しかし、その彼が、年をとっても向学心を捨てないで大学を卒業していたことに、改めて敬服の念を抱いている。

 M Junior は最近、もう故人となった中学同窓生もいることを聞き、出会いの機会を大切にしたいと思うようになったとのことである。それで、翌日に東京での国際学会に参加して、すぐにアメリカへ帰るという忙しい中にもかからわず、会ってくれたのだった。

2009年11月6日金曜日

柿 (Persimmon)

 カキノキ(柿の木): 学名 Diospyros kaki、カキノキ科の落葉樹。東アジアの固有種で、特に長江流域に自生している。雌雄同株で、5月ごろに白黄色の地味な花をつける。果実は柿(かき)と呼ばれ、秋に橙色に熟す。

 日本から1789年にヨーロッパへ、1870年に北アメリカへ伝わったことから、学名にも kaki の名が使われている。英語で柿を表す "Persimmon" の語源はアメリカ合衆国東部の先住民であるアルゴンキン語族の言葉で「干し果物」を意味する名詞「ペッサミン」であり、先住民がアメリカガキ (Diospyros virginiana L.) の実を干して保存食としていた事実に基づく。

 「柿」・「熟柿」・「木守柿」は秋の季語である。なおこの木守柿とはカキノキになった柿の実をすべて収穫せず、木になったまま残しておく数個の柿の実のこと。「こもりがき」、「きもりがき」、「こまもりがき」、「きまもりがき」と読む。この風習は来年の豊作への祈願であるとも、野鳥のために残しておくともいわれる。(以上 [1] による)。

 花言葉は「慈愛」「自然美」「美しい自然の中に私を埋めよ」「広大な自然の中で私を永遠に眠らせて」[2]。

 『ウィキペディア』の「カキノキ」の項 [1] は、柿の成る季節となって見直されたばかりのようで、昨日の日付がある。写真は2009年11月3日、堺市・鈴の宮公園の近くで。

文献

  1. 「カキノキ」, ウィキペディア日本語版 [2009年11月5日 (木) 11:37].

  2. 「カキ」, 花言葉・Floword.