2005年7月1日金曜日

ゴッホ展 ("Van Gogh in Context")



 イメージは、ゴッホの「糸杉と星の見える道」を私が下手に模写したもの。
The image shows my poor copy from Van Gogh's "Road with Cypress and Star."

 【概要 (Abstract in Japanese)】さる6月21日、国立国際美術館へゴッホ展を見に行った。同美術館はExpo '70 の際に建てられた万博美術館を利用して1977年に開設されたが、昨年、大阪中之島へ移転して来たばかりである。ゴッホ展はオランダのゴッホ美術館とクレラー=ミュラー美術館の協力によるもので、暗い色彩の写実的な初期の絵から、後年の独特の輝かしい色彩の絵までをたどることができた。ゴッホが知り影響を受けたミレー、セザンヌ、モネらの作品や浮世絵、当時の本や雑誌も展示されているのが特徴でもあった。私は、ゴッホの「芸術家としての自画像」「夜のカフェテラス」「糸杉と星の見える道」の3点が気に入った。「夜のカフェテラス」は、友人 M・Y 君が最良の複製を選んで夫人の誕生日プレゼントとして買ったと聞いていたので、とくに注意して鑑賞した。【Read the main text in English.

 [以下、最初の掲載サイトでのコメント欄から転記]

かわせみ 07/01/2005
 私も東京で見ましたが、Ted さんは展示順番で最後の絵(つまり Gogh が描いた最後の絵)を見て、どのように思われましたか。

Ted 07/02/2005
 「夕暮れの風景」ですね。これもいい絵だと思いましたが、間もなく自殺を図る気持が投影されているのか、いささかわびしい感じもして、好きな作品の中へは入れませんでした。

かわせみ 07/03/2005
 私は「これが Gogh の絵なのか?」と思ったくらい、勢いのない絵だと思いましたが、絵というものは気持ちを正直に表してしまうものなのだなぁ、ということで納得しました。

Ted 07/03/2005
 そうですね。かわせみさんの「これが Gogh の絵なのか?」と、私の「いささかわびしい感じ」は、共通した受け止め方で、そこには、描き手の精神が塗りこめられるという、絵の特質を見ることができるといえましょうか。

ポー 07/02/2005
ゴッホのその作品は本でしか見たことがないですが、重苦しい感じがしたような気がします。Ted さんのかかれたものは軽やかな感じでいいですね。

Ted 07/02/2005
 本物の作品では、空の上部はもっと暗いのですが、使用したパステル色鉛筆に黒っぽい藍色がなく、明るくなりました。

四方館 07/04/2005
 ゴッホ展へ行かれましたか。こちらは、ネット上で、30点ばかりの小さな小さな額縁でミニ鑑賞で我慢、我慢です。お笑い下さい。

Ted 07/04/2005
 30点もネットで見ることが出来るとは思っていませんでした。検索したところありました(後日の注記:その後リンク切れとなった)。そこの小さな写真でも、私の模写の下手さ加減がよく分かります。

アガパンサス / 応募者は一人残らず賞に入る


アガパンサス

 40年ほど前、金沢の伯母の家から一株貰って来たアガパンサスが、わが家の庭にずいぶん増えている。しかし、今年はなぜか、あまり花を咲かせていない。写真は近くの団地で撮影したアガパンサス。和名は紫君子蘭。

応募者は一人残らず賞に入る

 高校時代の交換日記から

(Sam)

1952年9月19日(金)曇り

 校内美術展は、職員余技展といった方がよさそう。M・K 先生は校舎の絵を、KN 先生は槍ケ岳の絵を出品している。大方の先生が何かを出している。美術部から先生方に画用紙を一枚ずつ分けたのだそうだ。生徒の作品はほんの数点である。応募者は一人残らず賞に入っている。銅賞の次が、残念賞で、残り全部ということになっているから――。昼食時に賞品授与式が展覧場の図書室二階で行われたそうだが、伝達を聞かなかったので行かなかった。放課後 MT 君が賞品を持って来てくれた。
* 「次回にも揮って(奮って、が本来だろう)御応募下さい。末広がりこそ、めでたしめでたし」と書いた紙がくっついていた。

 いつになったら、不名誉を挽回できるのだ! またも幾何の試験で大失策をした。一学期の通知簿ではどの課目よりも優れない評価がなされていたから、「今度こそは!」と思っていたのに、またもやである。

 この前の時間に勝った一班と三班がが試合をすることになった。三班には欠席者があったので、KN 先生が入って二塁手をやられた。王者同士の試合にふさわしく、攻守好打が出て、緊張したゲームだった。四回裏に二死後、ぼくの失策で KN 先生を一塁に生かし、集中打を浴びて二点を許し、三対三にこぎつけられた。しかし、五回表、二走者をおいてぼくが三塁手の頭上を抜くタイムリー・ヒットを放って、一点を加え、そのまま押し切って、四対三で一班に凱歌が上がった。

 生徒議会は集合状態が悪く、討論もまた不活発だった。開校記念行事を十月十四、十五の両日を使って行うということと、実施に当たっての特別委員会を生徒会会長、副会長、書記、会計と、議会側から五名、計九名で組織するということが決定されたのみである。


(Tedの欄外注記)* 何賞だったのだい?

 [以下、最初の掲載サイトでのコメント欄から転記]

四方館 07/01/2005
 40年も前からお庭に。花の咲き方が少ないのは、雨の量と関係しているのでしょうかネ…。

Ted 07/01/2005
 少雨のせいではないと思います。近くの団地では、大いに咲いていましたから。うちの紫君子蘭たちがなにかつむじを曲げたようです。

Y 07/01/2005
 Ted さんのお庭の全体は綺麗でしょうねえ。うちは北向きベランダなので、育てられなくて、たまに買い物ついでに安い切花を買ってきます。
 先生の絵が見られる機会というのも、なかなかないでしょうから、こういう企画もいいのではないでしょうか。先生でも主治医でも先輩でも、習っている方の意外な芸術方面の技というのは見てみたいものです。

Ted 07/01/2005 17:25
 庭は狭くて、きれいというほどのものではありません。
 ゴッホ展を先日見に行った話をブログに書く挿絵として、ゴッホの絵の一枚を、展覧会のちらしと絵葉書を見て、ラフに模写しました。間もなく掲載の予定です。

2005年6月30日木曜日

タイムトラベル (Time Travel)



ムクゲの花。堺市内の団地で、2005年6月26日写す。

 【概要 (Abstract in Japanese)】先般アメリカの USA・トゥデイ紙が、マサチューセッツ工科大学の学生アマル・ドレイの企画していたタイムトラベラー会議について報じた。最近それを受け、ニューヨークタイムズ紙がタイムトラベルについての物理学者たちの見解を概説した長文の記事を掲載した。物理学者たちは、ベルンの特許局へ行きアインシュタインを昼食に連れ出すようなことは不可能だと考えているが、タイムトラベルの関わる極端な状況の理論的研究が、いまの物理学の基礎にあると思われる逆説や矛盾を明らかにし、新しいアイデアを指し示すことにつながると期待している。(Read the main text in English.)

 [以下、最初の掲載サイトでのコメント欄から転記]

Y 06/30/2005
 タイムトラベルの理論的研究によって、物理学のどんな基礎が覆されることになる可能性があるのか、少しお教えいただけると興味深いです。タイムトラベルという発想・構想自体が、物理学の成立の基礎に関わることだろうとは想像できます。実践分野だけでなく、理論分野に強い物理学者の方々の趨勢としても、こういう見方・態度になっているんですね。むしろ、理論の再構築に貢献する研究・会議であるかもしれませんね。

Ted 06/30/2005
 基礎が覆されることになる、というより、現在の基礎にもっと何かをつけ加える、あるいはそれをもっと進化させることにより、たとえば、いろいろな素粒子の質量や物理定数、さらにまた、宇宙誕生のごく初期の様子などが説明できないという現状を打開する道を見出せる可能性がある、ということです。USA Today に紹介された会議自体は、学生主体の半ば冗談を楽しむ目的だったかも知れませんが、Overbye の記事によれば、多くの物理学者たちの考えもメールで寄せられたようで、よい brainstorming の機会になったと思われます。

交換試合を1インニングだけ見た



 写真は、日曜日の午前に試合を楽しんでいる少年ソフトボール・チーム。
2005年6月26日、堺市・泉北スポーツ広場で。

 高校時代の交換日記から

(Ted)

1952年9月19日(金)晴れ

 君の学校との野球の交換試合を1インニングだけ見た。1回裏、2塁右を襲う安打で出た1年生で短躯の OM を、3番 SK が遊撃左を破り左翼手を誤らせて迎え入れ、捕逸で SK も帰り、2点を先取した。[1]

 来年の君は解析 II を取るのだろうね。それとも、今年の Octo のように、数学を取らないことになるのかい。そうだとすると、とても残念だね。ある関数の任意の点での変化率を示す関数である導関数を求める操作、すなわち微分、の概念はまったく面白いものだ。

 同じ頃に同じ場所で同じようなことが起こるとは、どうしたことだ。編集室での一対一の紛争だ。昨年のいまごろは、Jack と3年生の KD 君との間でそれがあったのだが、きょうは TKS 君と3年生の UE 君との間でだった。どちらも、怒り出したのが3年生であるということも、意味がありそうだ。編集室の庭球コートに面している金網の張られた出窓に腰かけて弁当を食べていた3人の3年生を見て、「どれが一番サルに近いかな。真ん中の奴だ」と TKS 君がいったことが原因だったのだろう。弁当を食べ終った UE 君は、いきなり TKS 君の帽子を奪い、いつもは優しさをたたえている顔を変形させて、それを水道の蛇口の下に置いた。「冗談でないぞ」というのが口癖の TKS 君は、思うようにならない右手を突っ張らせて、何をするか、とつめ寄った。それから彼らは、紛争を解決するために外へ出ていった。後のことは知らないが、沈着な UE 君としては、何と変わった、そして、つまらない行動だっただろう。しかし、TKS 君もいい過ぎだった。

 引用時の注

  1. 1インニングしか見なかったのは、公式戦でなかったからだろう。この年、わが菫台高校(現・金沢商業高校)の野球部はかなり強く、もう少し後の日記にも記されているかと思うが、秋の北信越大会では惜しくも準優勝だった。優勝校は翌年春の選抜大会で甲子園出場がかなうので、まことに残念だった。

2005年6月29日水曜日

靖国についての米国新聞記事 (US Newspaper Articles on Yasukuni)



写真は、近くの笠池公園(堺市)で咲いていたカンナの花。
2005年6月26日写す。

【概要 (Abstract in Japanese)】最近ニューヨーク・タイムズ紙と USA・トゥデイ紙が相次いで、わが国の靖国問題を取り上げた。前者は、アメリカが真珠湾攻撃を日本に強要したとする靖国神社の主張を紹介し、この史観はほとんどのアジア人やアメリカ人には受け入れられないもの、と批判している。さらに、靖国問題に対するアメリカの沈黙を指摘し、その理由は、中国の台頭が、1940年代の共産主義の台頭と同程度にアメリカを警戒させ、日本人が靖国をどう思うかにかかわらず、日本が再軍備した強い国であることを望ませていることにある、と述べている。USA・トゥデイ紙も靖国神社の戦争観と「A級戦犯は殉難者」とする見解を紹介し、合わせて、小泉首相の靖国参拝は、郵政民営化を初めとする彼の政策に右翼政治家の支持を得るため、という評論家の意見を紹介している。私はむしろ、右翼思想は小泉首相や多くの自民党政治家に深く根を下ろしているものだろうと危惧する。日本の国民は、次の国会議員選挙でよい選択をするため、米紙が伝えるこのような事実をよく知っておくべきだろう。(Read the main text in English.)

 [以下、最初の掲載サイトでのコメント欄から転記]

Y 06/29/2005
 一度コメントを消してしまいまして。私は靖国問題が苦手で。というのは政治に疎いうえに、a sham-like tribunal?などの訳のわからない史実や史観が出てくるため、さらには今現在の政治の目論見と密接にかかわってきて、中立的な見方をしたいにも私にはよくわからないためなんですね。
 少し思うのは、郵政民営化など、個別な政策への支持を得るために、靖国参拝という行動を選択すると、ここの重たい歴史に小泉氏自身が今現在関与していることを対外的に知らせることになり、郵政民営化自体について、それこそ中立的に論議されにくくなるだろう、ということでしょうか。また適宜お教えください。

Ted 06/29/2005
 靖国神社のリーフレットには、A級戦犯について、「戦後、日本と戦った連合軍の形ばかりの裁判によって一方的に "戦争犯罪人" という、ぬれぎぬを着せられ、むざんにも生命をたたれた」と書いてあるということで、"sham-like tribunal" は、ここにある「形ばかりの裁判」に該当します。
 USA Today 紙が紹介している小泉首相の靖国参拝と郵政民営化政策の関わりについての Michael Cucek の見解は、私には皮相的と思われます。日本が始めた戦争を侵略戦争と認めないで、逆に美化するという歴史観を持っている靖国神社に首相が参拝するということは、外国から見れば、日本が過去を全く反省していないということになります。このようなことをし続ける小泉首相や、それをいさめるどころか、むしろ肯定している自民党の政治家たちには、まったく国際政治感覚が欠如しているということが、私としては問題だと思います。

Michael Cucek 06/30/2005
Ted -
I would like to think that I understand the Prime Minister's thinking--but he remains a cipher, a black box. He acts not according to a fixed set of rules but more from a loose set of constantly reconfigured concepts. Ask his inner circle what his philosophy of governance is and you hear a range of contradictory opinions reflecting the prejudices of the speakers rather than the core beliefs of the man. When Paul Wiseman asked me what the PM's motives could be for continuing to go to Yasukuni, I gave an answer that ignores the PM's feelings. It was the only intellectually honest route.

Ted 06/30/2005
Hi Michael,
Thanks a lot for your kind comment. Sure, Koizumi-san is a black box. However, I cannot at least judge him to be the man who sincerely repents Japan's aggressive wars in the past.

ODA ウォッチャーズ 07/01/2005
 次のコメント、全く同感です。⇒「外国から見れば、日本が過去を全く反省していないということになります。このようなことをし続ける小泉首相や、それをいさめるどころか、むしろ肯定している自民党の政治家たちには、まったく国際政治感覚が欠如しているということが、私としては問題だと思います。』

Ted 07/01/2005
Hi ODA Watchers,
Thanks for your kind comment.

創氏改名中の名無し 07/02/2005
 USA TODAY 紙の該当記事を読むと「多くの日本人にとって靖国神社はアメリカ人にとってのアーリントン国立墓地と異ならない」とあるのですが…。まあ史観は政治的なものがふくまれるんですけどね。

Ted 07/02/2005
 靖国神社の史観がもっとよく知られ、その意味がもっと理解されるならば、「靖国神社はアメリカ人にとってのアーリントン国立墓地と異ならない」と考える日本人は減るだろうと思います。私は、そうなるべきだと考えます。