2010年1月31日日曜日

キーウィの模型 (Models of Kiwis)

  旅の11日目、2004年1月14日、午前8時50分ホテルを出発し、9時にクライストチャーチ空港到着。10時20分発のニュージーランド航空機(66人乗りプロペラ機)で北島へ向う。12時にロトルア空港到着。チョップスティック・レストランで中華料理の昼食、シーフード・スープ、アワビ、チキン、イカなど6品。13時40分からレインボー・スプリングスの動植物園を見学。写真は、そこで見たキーウィの模型。実物は撮影禁止になっている。[ニュージーランド旅行の写真 131; 2004年1月14日]

 キーウィ(キーウィー、キウィ、キウイなどとも記す。英語では kiwi)は、ニュージーランドに生息し、ニワトリくらいの大きさの飛べない鳥類のグループ。ニュージーランドの国鳥とされている。オスが巣作りや子育てをすることから、ニュージーランドでは家事に協力的な夫をキーウィ・ハズバンド (kiwi husband) と呼ぶ。

 マオリ族に次のような寓話が伝わっている。森の王タネマフタは、彼の子である木々が地面で暮らす虫たちによって食べられてとても病んでいるのを見て、兄であり空の王であったタネホカホカに相談をした。「このままでは森が死んでしまう」と。タネホカホカは空に住む鳥たちを一堂に集め、地上に降りて虫を食べて森林を守ってくれる鳥を募った。すると、キーウィだけがこの要請に「参ります」と応じた。二人の王はこれを喜び、地上で暮らすには、キーウィが持っていた美しい翼を失い、強い脚を持つ必要があるがどうかと確認した。それでもキーウィは「参ります」といった。こうして、キーウィはいまのような姿となった。

 以上、[1] から要約。マオリ伝説の詳しい英語版は [2] に見られる。

文献

  1. 「キーウィ (鳥)」, フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 [2009年12月15日 (火) 17:15].

  2. "How the Kiwi lost his Wings," the Web site of KiwiNewZ.

2010年1月30日土曜日

再度のクライストチャーチ (Christchurch Again)

  バスの中で大きなサンドイッチ、ジュース、フルーツ、クッキーの昼食をとり、グレイマウス駅へ13時10分に到着。13時45分発のトランツ・アルパイン号で列車の旅を楽しむ。クライストチャーチ駅へ18時35分に到着し、バスでホテルについたのは18時50分。ホテルはこの旅行の最初に泊まったのと同じクラウンプラザ・クライストチャーチ。上の写真は、ホテルの窓から翌朝撮ったもの。[ニュージーランド旅行の写真 130; 2004年1月14日]

 車窓からはよい写真が撮れないと思ったせいもあるだろうが、車中で腹具合がいささかよくなかったためもあってか、列車に乗って以後のその日(1月13日)の、私のデジカメによる写真はない。列車の途中の停車駅、アーサーズ・パスで私が妻のアナログカメラで撮った列車の横に立つ妻の写真や、終着駅での、参加者一同7名とバスの運転手さんの集合写真(添乗員さんが撮って帰国後に送って下さった)はあるのだが。

2010年1月29日金曜日

湯川とファインマンの裏返しイメージ (The Backwards Image of Yukawa and Feynman)

 昨年、私のウェブサイトに載せてあるファインマンについての随筆を自費出版書に入れるにあたって、かつて Physics Today 誌に裏返しに印刷されていた湯川やファインマンらが並んでいる写真を、AIP(アメリカ物理学協会)の許可を得て利用したいと思った。…[本文(英文)へ]

2010年1月28日木曜日

フランツ・ジョセフ氷河 (Franz Josef Glacier)

 フランツ・ジョセフ氷河。ニュージーランド南島、西海岸のウェストランド国立公園内にある。同じ公園内にあるフォックス氷河とは氷河の大きさが似ており、距離的にも近くに位置することから、双子の氷河といわれている [1]。[ニュージーランド旅行の写真 129; 2004年1月13日]

文献

  1. 「フランツ・ジョセフ氷河」, フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 [2010年1月12日 (火) 20:48].

2010年1月27日水曜日

故エリック・ロメール監督 (Eric Rohmer, 1920–2010)

 先日の朝日紙に、私が昨年2月に見た映画『我が至上の愛 アストレとセラドン』を作った監督で、ヌーヴェル・ヴァーグの重要人物だったエリック・ロメールを悼む文が掲載されていた [1]。彼はさる11日、89年の充実した生涯を閉ざしたのである。上記の映画は87歳のときのもので、遺作となった。

 追悼文の著者は上記の映画を「優雅な卑猥さともいうべきものが漲っている」と評している。私は一向に卑猥とは思わなかった。そもそも「卑猥」という言葉は「いやしくてみだら、下品でけがらわしい」(『広辞苑』)を意味し、「優雅」と一緒に使うのは矛盾している。言葉の遊びをてらっただけの、不正確な表現に過ぎない。評において「優雅」が形容語で、「卑猥」のほうが主体的な名詞であることにも注意されたい。

 イギリスのガーディアン紙の追悼文 [2] 中の『アストレとセラドン』の批評には、"the combination of the intellectual with the sensual," "sumptuous hedonic settings," "tantalizingly erotic" という表現はある。しかし、「卑猥」を意味する語 indecent, obscene, salacious, lewd, immoral, nasty, coarse, broad, dirty, ribald, smutty ("Kenkyusha's New Japanese-English Dictionary") のどれも使われてはいない。

 篠山紀信氏が霊園でヌード撮影をしたとして公然わいせつの疑いで書類送検されたというニュースも、私には警察庁の行き過ぎと思われる。日本人にはおおらかさが欠けているか、あるいは、芸術的なものを見ても「卑猥」と感じる心が強過ぎるのではないだろうか。

文献

  1. 蓮實重彦, 優雅な卑猥さ生んだ「軽さ」: 映画監督エリック・ロメールを悼む, 朝日新聞 (2010年1月23日).

  2. T. Milne, Obituary: Eric Rohmer, The Guardian (January11, 2010).