2011年2月28日月曜日

前立腺がんシンポジウム (Symposium on Prostate Cancer)

Abstract: Yesterday, I attended the symposium "All of prostate cancer" held in Osaka. The sponsor of the symposium was NPO J-Cap (Japan Study Group of Prostate Cancer). They recently opened the Web site "The point of contact for patients." This site can be reached from the home page of J-Cap. I strongly recommend the patients of prostate cancer in Japan (or their families) to become members of this site. (The main text of this blog post is given in Japanese only; Related News, in English.)

 昨27日午後、ホテルモントレグラミアス大阪で行なわれたシンポジウム「前立腺がんのすべて」を聞きに行った。主催は NPO 法人 J-Cap 研究会。まず、「前立腺がんとはどんな病気ですか?」「前立腺がんの検診とはどんなものですか?」「前立腺がんの治療にはどんなものがありますか?」と題する講演があった。これらについては、すでにこの病気の放射線治療を受けた私にとって、とくに目新しいことはなかった。続いて、放送タレントで自らも前立腺がんを治療中の永六輔氏による「がん 3分の1」という講演があった。

 永氏は、前立腺がんから離れて、「よい患者であるための10カ条」などをユーモアたっぷりに話した。氏はパーキンソン病も患っており、また、最近交通事故にもあったという。そのどちらのためだったか忘れたが、病院でリハビリをする折に、うつむき加減になって歩いていると、外国人看護師が「上ヲ向イテ歩キマショウ。患者サンハ『上ヲ向イテ歩コウ』ノ歌ヲ知ッテイマスカ。知ッテイタラ、ソレヲ歌イナガラ歩イテ下サイ」といったそうである(永氏はその歌の作詞者ですぞ)。

 その後の永氏と J-Cap 研究会理事長・赤座英之教授の対談(司会は TBS ニュースキャスター・膳場貴子さん。シンポジウム全体の司会も同じ)も面白く、最後の「Q&A セッション」はいくらか参考になった。なお、J-Cap 研究会は「患者様のための健康窓口サイト」を開設している。前立腺がん患者あるいはその家族の方々には、同研究会のホームページからアクセス出来る同サイトを、メンバー登録して利用されることをお勧めする。

関連情報:将来の前立腺がん治療法開発への明るいニュースなど (Related News)

"Genes that mutate in prostate cancer identified." The Telegraph (November 15, 2010): A major discovery of a cause of prostate cancer could pave the way for new treatments, scientists claim.

"Scientists find protein that may help control prostate cancer." Cancer News published online by CancerCompass (December 3, 2010): A protein that regulates prostate stem cell self-renewal and also plays a role in the transformation of healthy cells into prostate cancer cells has been identified by U.S. scientists.

"Genetic map of prostate cancer cracked." The Telegraph (February 9, 2011): The genetic code of one of the most deadly cancers has been mapped by scientists for the first time in a breakthrough that could "transform" our understanding of the disease.

"Prostate guideline causes many needless biopsies, study says." New York Times (February 28, 2011): Current guidelines for the early detection of prostate cancer recommend a biopsy for men whose P.S.A. rises rapidly, no matter what the initial level. But a new study says that the practice does not help patients find aggressive cancers and results in many unnecessary biopsies.

2011年2月27日日曜日

シューベルトの墓 (Schubert's Grave)


 ウィーン中央墓地にあるフランツ・ペーター・シューベルトの墓。[オーストリア旅行の写真 2; 2004年6月17日]

Franz Peter Schubert's grave in the Central Cemetery in Vienna. [Photo 2 of Austria tour; June 17, 2004]

2011年2月26日土曜日

ベートーヴェンの墓 (Beethoven's Grave)


 先に2004年1月のニュージーランド旅行の写真を連載したのに続いて、同年6月のオーストリア旅行の写真を連載する。旅行は JTB による「世界の旅情:大自然 オーストリア周遊」という企画のもので、関西空港を10時10分にOS 056便で出発した。ウィーンへは時差の関係で同日の15時25分に到着し、早速、ウィーン中央墓地を見学した。ここは、オーストリア=ハンガリー帝国崩壊前に人口400万を想定して建設された巨大な墓地で、著名な作曲家の墓が一カ所に集められている [1]。写真はルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェンの墓。[オーストリア旅行の写真 1; 2004年6月17日]

Finishing the photo series of the New Zealand tour (January 2004), I start to post another photo series of the Austria tour in June 2004. The trip was organized by JTB under the name of "Travel with Heart: Excursions of Austrian Great Nature." We left Kansai Airport at 10:10 by the flight OS 056, and arrived in Vienna at 15:25 of the same day because of the time difference. Then, we immediately visited the Central Cemetery in Vienna. This is a huge cemetery built before the collapse of Austria-Hungary by assuming 400 million population, and the graves of famous composers are collected in one place [1]. The above photo shows Ludwig van Beethoven's grave. [Photo 1 of Austria tour; June 17, 2004]

  1. 「ウィーン」, フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』[2011年2月5日 (土) 06:52].

2011年2月24日木曜日

幼友だちが逝く (A Childhood Friend of Mine Dies)

Abstract: Ms. Y. A. was a good friend of mine from our childhood in Dalian. I heard from a common friend of ours that she died on January 11. This blog post is dedicated to her. (Main text is given in Japanese only; Note Added Later, in English.)

写真は昨日、Aさんを偲んで「故郷を離るる歌」を口ずさみながら歩いた、鳳神社前へ北から通じる道。この辺りの昔の写真が最近ツイッターの友人 yakuruma 氏のブログに掲載された。

The photo shows the street where I walked yesterday singing "The song of leaving home" as a tribute to Ms. Y. A. This road leads to the entrance of Otori Shrine from the north. An old photo of this area was recently posted by a Twitter friend of mine, yakuruma, on his blog site.

 日本の敗戦後、私が小学校5年生で大連にいたとき、中国が支配することになった同市の政府は、日本人住居の半数を中国人向けに明け渡すことを求めた。その一環として、近所のAさん一家が、わが家の2階に引揚げ前の3ヵ月間ほど同居することになった。お陰で、私と同学年(クラスは異なっていた)だったA家の三女Y子と私は親しい友だちになった。日本への互いの引揚げ先も近く、彼女が独身を通したこともあって、その友人関係はずっと続いていた。

 昨年9月半ばにたまたま金沢在住の彼女に電話したところ、かなり進行した肺がんを治療するため、翌日から入院すると聞いた。私は驚いて慰めただけで、病院名を聞き忘れた。すぐに、彼女と私の共通の友人K・Tさん(以下、Tさんと書く。彼女は、Y・Aさん—以下、Aさんと記す—と高校・大学が同じで、私と中学が同じ)に電話して、そのことを伝えた。Tさんは、それを受けて、その日のうちに何度かAさんに電話したが、応答がなかったという。そして、Tさんからの年賀状に、Aさんの様子が分かれば教えて欲しいとの書き込みがあった。Aさんからは珍しく年賀状も来なかったので、2月になってから2日にわたって電話してみたが、誰も出なかった。

 私は約20年前にAさんの長姉の住所を聞き、それを住所録に書き留めておいたことを思い出し、鎌倉のその住所へAさんの近況を尋ねる葉書を出した。だが、その葉書は「あて所に尋ねあたりません」の判を押されて、戻って来た。私はこれらのことをTさんに葉書で知らせた。

 それに対するTさんからの返信で、Aさんが1月11日に亡くなっていたことを昨日知った。Tさんは、Aさんの家の近くに住む高校時代の友人から葬儀のことを聞きながらも、あいにくその前夜、雪道で滑って転び、腰を痛めていたので、参列出来なかったそうだ。以下にTさんからの知らせに対する礼状を書き写して、Aさん追悼の一端とする。




 Aさんが亡くなられたとのご丁寧なお返事をいただき、ありがとうございました。彼女から私には年賀状も来なかったので、相当よくない状態だろうとは思っていました。入院の前日、たまたま電話で話すことが出来たのは不幸中の幸いといわなければなりません。私にとって、兄妹のように心おきなく話し合える人でした。若い頃に格別元気だった友人たちは、みな人生を急いで駆け抜けて行くかのようです。

 昨秋、近くの会館で「うた声喫茶」の催しに参加しました。その折に知った歌集の中に、Aさん姉妹が大連での同居時代によく歌っていたドイツ民謡「故郷を離るる歌」の日本語歌詞を見つけました。最近それを覚えて、ウォーキングの際に歌っています。きょうも哀悼の意を込めて歌って歩きました。

 痛められた腰はその後よくなられましたか。お大事になさって下さい。




 なお、高校時代の友人で母校の教員をしていたU君の年賀状に、例年になく、私についての思い出などいろいろと手書きしてあったので、1月末頃に、彼に礼の電話をした。そのとき、Aさんも彼と同じ頃に私の母校に勤めていたらしいことに気づき、U君がAさんを知っているか聞いてみた。彼は、「Aさんは、正義感の強い人で頭もよく、近寄り難かった。君の幼友だちと知っておれば、話をするきっかけにもなったのに」と話してくれた。Aさんは、石川県高教組の役員として活躍し、その後、住基ネット訴訟の原告団に参加した。2年半ほど前に会ったときには、同人誌に短編を書いたり、憲法九条を守るための「九条の会・石川ネット」の仕事をしたりしていると聞いた。

Note Added Later: On my Facebook wall, where this blog post is linked, I got a message from Mary Ellen Goree, "I am very sorry for your loss." In reply to this, I wrote, "Thanks, Mary Ellen, for your kind words. Ms. Y. A. worked as a high school teacher at my home town, was active in a local labors union of teachers and was recently writing short novels in a literary coterie magazine and working for the group to keep Article 9 of the Japanese Constitution that declared the renunciation of wars. She didn't get married and kept a good relationship with me like a sister and a brother. She lived her life like the road in the photo linked here, not so broad but straight."

2011年2月23日水曜日

「うがった」の用法 (The Use of the Japanese Word "Ugatta")

Abstract: In the Wednesday issue of the Asahi Shimbun, I have found that the Japanese word "ugatta" is used to mean "wrong," and regard this as erroneous. The correct use of the word is discussed by quoting explanations from three dictionaries.

 きょう、2月23日付け朝日新聞の金融情報面「経済気象台」欄に次のような文があった。

[…]イギリス病と同様、日本病は二大政党制にも責任ありといえるのではないか。
 でも、それはうがった評価だろう。このところの日本では[…]。[…]過去のイギリスのような、ある意味で高いレベルの対立とは全く次元を異にする。

ここでは、「うがった評価」という言葉が「核心を見ない間違った評価」というような、否定的な意味で使われている。続くパラグラフが、前のパラグラフの内容に対する異論であることから、そう判断される。

 しかし、辞書を見ると「うがつ」には、ここで使われているニュアンスでの否定的な意味は見当たらない。『大辞泉』(増補・新装版、1998)には、

人情の機微に巧みに触れる、物事の本質をうまく的確に言い表す。「うがった見方」「彼の指摘は真相をうがっている」

とあり、『新明解国語辞典』(第4版、1997)には、

人情の機微や事の真相などを的確に指摘する。「穿った事を言う」

とある。どちらも、推察が正しい方向であることを意味する肯定的な使い方を例示している。『広辞苑』(私の持っているのは少し古く、第3版、1983 であるが、インターネット上にある引用から、第5版でも同じ説明が採用されていることを確認した)には、

せんさくする。普通には知られていない所をあばく。微妙な点を言い表わす。浮世床二「人情のありさまをくはしくうがちて」。「うがったことを言う」

とある。「せんさく」や「あばく」には、行為としてよくない面(否定的な面)があるが、うがった結果として得た内容が間違っていることを意味するというような説明は、ここにもない。したがって、「経済気象台」欄の「うがった」の使い方は間違いといえよう。

 「経済気象台」欄の執筆者は「第一線で活躍している経済人、学者など社外筆者」とのことだが、このような誤用には新聞社の編集部にも責任があるだろう。