2022年6月14日火曜日

水彩画『北岳』 (My Watercolor "Mt. Kitadake")

[The main text of this post is in Japanese only.]
水彩画『北岳』
My watercolor "Mt. Kitadake"

 私の出身高校は 10 年間「金沢菫台高校」の名だったが、その前の旧制中学時代には「金沢商業」で、後には「金沢商業高校」となった。そこで、同窓会は「金商菫台同窓会」の名を持つ。先日、その関西支部から、総会、懇親会、年会費徴収を廃止し、「一筆箋・関西そくさい便り(仮題)」を小冊子にまとめて会員に送付することで、会員交流のツールにしたいとして、議案書等の書類と返信用ハガキが送られて来た。コロナ禍が続いた影響である。ハガキ表面下部に議案への賛否回答欄があり、裏面が「一筆箋 . . . 」原稿記入欄になっているが、書類によれば、絵・写真などもよく、文章の長短も気にすることなく送って欲しいとのことだ。そこで、返信用ハガキとは別便の封書で、私が最近「美交会展」に出品した絵の写真とそれに関する文を投函した。以下は、その文を若干修正したものである。


 私は堺市内で毎年 1 回開催されているアンデパンダン方式の美術展「美交会展」に、不透明水彩画 1 点を出品することを趣味の一つにしている。この展覧会の開催時期は昨年まで秋だったので、作品を 7、8 月頃にゆっくり準備していた。現場での写生でなく、写真を参考にして細かく描くため、F6 サイズ(410 mm × 318 mm)という小さな作品ながら、制作に 1 ヵ月程度かかる。

 ところが、今年は開催期間が 6 月 7 日から 12 日までと急に変更になり、あわてて 4 月から取り掛かった。かねがね写実的な描き方から脱皮したいと思っていたので、「細部ポスター化手法」(私的命名。実は写真をコンピューター加工した結果の真似)を新しく試みた。その結果、例年より長い制作期間を要し、画材屋に額装を依頼する時間的余裕がなくなり、家に飾ってあった過去の作品の額に代入して出品することとなった。

 ここ数年は、山岳写真家たちが撮った日本百名山の写真の中から気に入ったものを選び、それをもとに描いている。妻が 2011 年に百名山の全山登頂を達成しており(妻の山行の日々、私はもっぱら留守番をしていた)、その苦労をせめて作画で味わいたいという思いと、彼女の思い出を助けたいとの考えもあってのことだ。

 上掲の写真は、今回の出品作『北岳』である。『朝日ビジュアルシリーズ 最新版日本百名山 No. 13 北岳 間ノ岳』(朝日新聞出版、2008 年)の表紙に使われている、中西俊明氏の写真をもとにした。ロシア軍のウクライナ侵攻や長引くコロナ禍による最近の暗い気持ちを吹き飛ばそうと、中西氏の写真よりも色彩をぐっと明るく変えた。画材としては、ホルベイン不透明水彩絵具とホルベイン ウォーターフォード水彩紙を使っている。

 着彩をしながら、「近くで見ると、色の塊の奇妙な並びのようだが、遠くから見れば、立体感が出ている」と思っていた。このたび美交会展の世話人代表役につくことになった H・T 氏からも、「遠くから見るのが良いという絵になっている」と評されたのは嬉しかった。
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2022年2月12日土曜日

抽象画と物理データの偶然の類似性 (Accidental Similarity between Abstract Painting and Physics Data)

[See here for the English version.]
図 1. 個展案内葉書に印刷されていた吉原彩子さんの作品 “DUET”
Copyright © 2015 by Saiko Yoshihara

 私の友人・吉原彩子さんは、私と大連の小学校での同期生であり、新象作家協会に所属するセミプロの画家である。彼女は 2015 年 12 月 3 日から 20 日まで岩手県花巻市で個展を開催した。そのイベントの案内葉書には、一つの抽象画作品のイメージがあった(図 1)。この絵で、彼女はジャクソン・ポロックが使用したのに似たドリップ技法を部分的に採用しているようだ。黒い点々は地震災害の影響を示しているかのようである。彼女は 2011 年に東日本大震災で被災した土地に住んでいるのである。しかし、この作品は、災害を克服するための脳と新しい生命のイメージも含んでいると見える。絵の明るく優しい色調は、未来への希望を発散している。私はこの絵がとても気に入った。

 私はこの絵の、ある特徴に驚いた。それは左下から右上にかけての一連の黒い点々である。これらは、私が物理学の論文中の図にプロットした実験データに似ているのである。まず、電子の外挿飛程(物質層を通過する電子の透過度の目安)についての論文[文献1]の図を思い出した。それは、外挿飛程と電子エネルギーの関係(簡単に「飛程・エネルギー関係」と呼ぶ)を、物質がアルミニウムと銅の場合について対数目盛で示したものである。私は横軸の全領域を 2 分割して図を描いた(注 1 参照)。すなわち、下部と上部に異なる横軸の目盛を使用して、二つの部分を一つのグラフに結合したのである。その結果、素人の方が関係の全体的な傾向を一目で把握することが困難な形になっている。

 そこで、類似性を分かりやすくするため、元の図の二つのコピーを組み合わせて新しいグラフを作成した。図 2 では、横軸は考慮した領域全体に自然な形で広がっている。図 2 の幅と高さの比率は、図 1 中の絵と同じにした。これで、彼女の作品の一連の点と、図 2 の左下から右上へ伸びる 2 本の隣接する曲線に沿った点の並びの類似性をはっきりと見ることができる。

図 2. 両対数スケールで表した、アルミニウムと銅の中での電子の飛程・エネルギー関係。点は実験データ、曲線は私たちが提唱した経験式

 彩子さんの絵には、さらに、右に行くにつれて最上部の点々から大きく外れる他の点々の並びもある。この傾向は、原子番号が大きい場合の電子の飛程・エネルギー関係にも見られるが、ずれ方は絵の場合のように大きくはない。このことを考えていて、電子の後方散乱についての私の別の論文[文献2]中にあるグラフを思い出した。そのグラフについても、幅と高さの比率が彼女の絵と等しくなるように変更を加えて、図 3 に再現した。これは、電子の後方散乱係数(入射表面から逆戻りして出て来る電子の数と入射電子数の比)を、吸収体物質の原子番号を入射電子のエネルギーで割った値の関数として示している。異なる物質についてのデータは、彼女の複数の点々の並びと同様に、次第にずれて行く曲線上にある。

図3. 電子の後方散乱係数の、原子番号を入射電子エネルギーで割った値に対する依存性。いろいろな記号の点は実験データで、黒塗りの記号は私自身の実験結果、
曲線はデータを滑らかにつないだもの

 私の論文の図を見たこともない彩子さんが、なぜそれらの物理データのように配置された点々を描いたのだろうか。彼女の点々や、私の図の実験データの並びが表す曲線は、「S 字型曲線」あるいは「ロジスティック曲線」と呼ばれ、自然現象でよく見られるものである。また、大きな画布の上で、筆を持った右手を左下から右上に向かって自然に動かすと、その流れの一つは、そのような曲線を生み出すと思われる。こう考えると、このような類似性が生じるのは、それほど妙ことでもない。

  1. 文献 1 と 2 の論文を発表した頃には、パソコンがまだなかった。そこで、B4 サイズのトレーシングペーパーに図を手描きしたのである。
参考文献
  1. T. Tabata, R. Ito, and S. Okabe, “Generalized semiempirical equations for the extrapolated range of electrons,” Nucl. Instrum. Methods 103, 85 (1972). [私の最もよく引用されている論文の一つ]
  2. T. Tabata, “Backscattering of electrons from 3.2 to 14 MeV,” Phys. Rev. 162, 336 (1967).[私の学位論文]
改訂版への注
  1. この記事は最初、2015 年 11 月 14 日にこちらに英文で掲載したもので、私のブログ記事中、最もよく閲覧されているものの一つである(約 1690 ビュー)。今回、 干の変更を加え、また、文章を改善した英文改訂版を作成し、同時にこの邦文版も作った。
  2. 改訂版を作成している時、ここで使用した彩子さんの絵は、『吉原彩子画集:Dairen & Fukushima』(自費出版、2015 年)に完全な形で、“DUET” という題名とともに掲載されていることを知った[画集のサブタイトル中の “Dairen” は、大連(Dalian)の日本語読みローマ字表記]。絵の正しい向きは、図 1 のものを反時計回りに 90 度回転した形だった。また、元の作品は四つの側面共にもう少し広がっていた。ただし、本エッセイで言及した類似性は、私のグラフも反時計回りに 90 度回転して比較することによって、絵の本来の形についても当てはまる。その場合、最後の段落で、「S 字型曲線」と「ロジスティック曲線」の前に「回転した」という言葉を付け、「左下から右上へ」という表現を「左上から右下へ」に変更しさえすればよい。
  3. “Fukushima” の語は東日本大震災の関連では、福島第一原子力発電所事故を象徴するものである。したがって、彩子さんの画集の副題は当時の彼女の絵がその事故の影響を大きく受けたことを意味しているように見える。しかし、彼女が大連と福島を並べたのは、彼女の居住地が、かつては大連であり、生まれたその地から引き揚げによって離れたのちは、主に福島県であったからであろう。
  4. 作品の題名 “DUET” は、震災には無関係であり、私のその作品についての感想は画家の意図以外のものだった。ただ、その題名は、本エッセイで彼女の作品と私のグラフが相並んだことを考えると、妙に予見性を備えたものだったと言える。
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2022年1月1日土曜日

2022 年初めのごあいさつ (Greetings for the New Year of 2022)

[The main text of this post is in Japanese only.]
妻の年賀状の挿絵として、彼女が登った思い出の山の一つである北岳(山梨県南アルプス市にあり、標高 3,193 m)を私が描いたもの。『最新版 週刊 日本百名山』No. 13(朝日新聞社、2008)の表紙写真を参考にした。
A picture I made for my wife's New Year card, showing Mt. Kitadake,
one of the mountains she climbed.

新年おめでとうございます

わが湖(うみ)あり日蔭真暗ながあり
            ——金子兜太

 兜太はこの句について「虎は待機の姿勢を充実させて 黒黒と伏せていた」と書いています 想像上の虎は自らの心境を表していました 私たちもコロナ終息後の飛躍に備えて待機したいものと 歳も忘れて考えています

 皆様のご健康とご幸福をお祈りします

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2021年10月20日水曜日

水彩画『大山』 (My Watercolor "Mt. Daisen")

[English text comes after Japanese one.]
水彩画『大山』
My watercolor "Mt. Daisen"

 来たる 2021 年 11 月 3 日(水祝)から 6 日(土)まで、堺市立東文化会館ギャラリーで開催される『美交会展・35』(主催・堺市文化芸術応援事業実行委員会)に出品する予定の水彩画を、10 月 16 日に完成した(上掲の写真)。作画にはホルベイン不透明水彩絵具とホルベイン紙 F6 を使用した。文献 1 の表紙写真を撮影して、その下部をカットした形でパソコン画面に表示したものを参考にして描いた。文献 1 の目次ページにある説明によれば、その写真は、内田良平氏の撮影による、弥山(みせん)側から望んだ大山(だいせん)の最高峰・剣ヶ峰(けんがみね、1729 m)で、11 月の風景である。剣ヶ峰に至る縦走路が通行禁止とされていることや、古くから第二峰の弥山(1,709 m)で祭事が行われたことから、一般には弥山を大山の頂上としているそうである。従って、妻がかつて日本百名山の一つの大山として登頂したのは、この風景を見ることの出来る弥山の方だったのである。

剣ヶ峰山頂には雪がないにもかかわらず、手前の、より低い部分は雪景色のような白さである。よく見ると、白いものは木の枝々の上側に積もっているのでなく、垂れ下がるように付着している。写真でよく見る蔵王の樹氷とは様子が異なるが、樹氷の仲間だろうと思い、インターネットで調べると、粗氷というものだと分かった。樹氷も粗氷も濃霧が地上のものに凍結して出来るが、樹氷は白くて柔かいものを指し、粗氷は半透明で硬いもので、木の枝に着く時は翼のようになるそうである。参考にした大山の写真の白いものは、まさに翼のような着き方をしており、部分的に淡青色に見えるのは透明性によるのであろう。画面左から中程にかけての中距離領域は、雪が積もっているような描き方になったが、参考にした写真では、ごく細かく枝状になっているのが見て取れ、そのあたりも全部、粗氷なのである。— 実は、この絵のイメージを、神戸在住の親友 K 君宛の手紙に掲載し、説明文を書こうとして、上記の調べが出来たのであり、絵の完成後に描いたものの理解が深まったという次第である。

文献
  1. 『週刊 日本百名山』No. 44(朝日新聞社、2001)。

I completed the above watercolor on October 16th for "Bikokai Exhibition 35." The exhibition will open at the gallery of East Cultural Center, Sakai, from November 3rd (Wed) to 6th (Sat), 2021. Its sponsor is Sakai City Cultural Arts Support Project Executive Committee. I used Holbein Artists' Gouache and Holbein Artists' Watercolor Paper F6. The basis of this work was the cover photo of Ref. 1. For this purpose, I made its copy and displayed it on the computer screen by cutting off its lower part. The explanation on the table of contents page of Ref. 1 makes me learn these: The photo shows the November scenery of Kengamine, the highest peak (1729 m) of Mt. Daisen, seen from the Misen peak side, and taken by Ryohei Uchida. Generally, they regard the Misen peak (1,709 m) as the summit of Mt. Daisen for the following reasons: The path leading to Kengamine is closed, and they held the festival at Misen, the next highest peak, from ancient times. Therefore, it was Misen, from which one could see this scenery, that my wife once climbed as one of 100 famous Japanese mountains.

There is no snow on the summit of Kengamine, but the lower part in the foreground seems to be a snowy landscape. Looking closer, however, we see that the white thing is not piled up on the tree branches but is hanging down from them. It looks different from Mt. Zao's soft rime, which we often see in photos, but I thought the white one to be something similar to it. From a search on the Internet, I found that it was hard rime. Both soft rime and hard rime consist of frozen fog sticking to materials on the ground. However, the former refers to white and soft ones, and the latter is translucent and stiff, and when the latter attaches to a tree branch, it becomes like a wing. The white things in the photo of Daisen look like wings, and the parts of pale blue are probably due to their transparency. I draw the middle-distance area from the left to the middle of the picture like snowy scenery, but in the photo of Ref. 1, we can see fine branches. Thus, all of the white things in this part are also hard rime. — The understanding of the above facts happened as follows: I copied the image of my work in a letter addressed to one of my best friends in Kobe and tried to write its explanation. I am happy about this, though I understood part of what I had drawn only after completing the watercolor.

Reference
  1. "Japan 100 Famous Mountains: Weekly Publication" No. 44 (Asahi Shimbun, 2001).
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2021年8月18日水曜日

『太陽の子』の一場面 (A Scene of Gift of Fire)

映画『太陽の子』の測定室場面の参考にされた写真の 1 枚。故・岡野事行氏が撮影したコピーを筆者が持っていたので、政池明氏を介して NHK に提供した。
One of the photos taken by the late Kotoyuki Okano and used as a reference for the laboratory scene of the movie "Gift of Fire"
I had copies of them and provided them to NHK via Akira Masaike.
Photo: Copyright © 1960 by Kotoyuki Okano.

 1944〜45 年に京都帝国大学理学部・荒勝文策教授の研究室において、海軍の資金で原子爆弾に関わる初歩的研究が行われていた。このことに基づいて作られたドラマ『太陽の子 (Gift of Fire)』が、昨 2020 年 8 月 15 日に NHK で放送され、その映画版が今年 8 月 6 日から上映されている。配役は同じで、インターネット上に見られる説明では、主に異なるのは最後のシーンだけのようである。

 『荒勝文策と原子核物理学の黎明』の著者・政池明氏と私は共に荒勝教授の後任・木村毅一教授の下で学んだ。政池氏は先年、NHK の人から荒勝・木村研究室関連の資料を求められているとして、私にも相談があった。私はその時、木村研究室の実験室写真のコピー 2 枚を彼に送っておいた(故・岡野事行氏が撮影したもので、上掲の写真はその1枚)。その後、NHK からそれが参考になったという連絡があったと、彼から聞いた。

 写真が参考にされた場面は、ドラマでは気づかなかった。しかし今回、YouTube で紹介されている "映画『太陽の子』研究室の一幕編" を見て、それが分かった。下掲のビデオの 26〜28 秒目は、コッククロフト・ウォルトン型加速器の下にある測定室の場面で、ビーム導管や電磁石が見える。それらの配置が上掲の写真に似ているのである。ただし、写真と映画の場面では左右が逆に見えている。

 測定室場面の中央にいる研究者は、三浦誠己が演じる木戸貴一助教授で、若い時代の木村毅一教授をモデルとしている。

From 1944 to 1945, in the laboratory of Professor Bunsaku Arakatsu, Faculty of Science, Kyoto Imperial University, they conducted rudimentary research on the atomic bomb with the funds of the Navy. The drama "Gift of Fire" based on this matter was broadcast on NHK on August 15, 2020, and its movie version has been screened since August 6 this year. Casting is the same. From the explanations found on the internet, the main difference between the two versions seems to be only in the last scene.

Both Akira Masaike, the author of "Bunsaku Arakatsu and the Dawn of Nuclear Physics," and I studied under Professor Kiichi Kimura, the successor to Professor Arakatsu. A few years ago, Masaike consulted with me, saying that NHK asked him materials related to the Arakatsu/Kimura laboratory. Then, I sent the copies of two photos of the experimental room in Kimura Laboratory to him (the late Kotoyuki Okano took them, the image of one of which is shown above). After that, I heard from Masaike that those were helpful to NHK.

In the drama version, I did not notice which scene was based on the photos. Recently, however, I saw the video (quoted below) about the partial story in the laboratory of Gift of Fire on YouTube and was able to identify it. The cuts in the 26th to 28th seconds of the video show the inside of the measurement room. The room is under the Cockcroft-Walton accelerator and includes beam ducts and an electromagnet. The arrangement of them is similar to that in the above picture. Note that the left and right are reversed in the photo and movie scene.

The researcher at the center in the scene of the measurement room is Assistant Professor Kiichi Kido, played by Masaki Miura and modeled on Professor Kiichi Kimura in his young days.


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