以下は、私がけさ「湯川秀樹を研究する市民の会」のメンバーへ送ったグループメール(一部修正)。
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皆さん、お早うございます。
昨1月31日付け朝日新聞夕刊にも湯川博士関連の記事がありました。「窓:論説委員室から」欄です。題名は「湯川さんは50点?」というもので、前半の文で、湯川博士のノーベル賞論文は、「強い力を説明する未知の新粒子によって、弱い力まで説明しようとしていた。見立ての半分は○、半分は×だった」旨を述べています。
これは決して湯川博士をおとしめようとする文ではなく、「物理学者は、多彩な自然界をできるだけ単純な理論で描こうと試みる」と説明し、あの論文がいろいろな点で不完全だったにもかかわらず、世界中の学者がとびついて、その理論を完全なものに整えようとした理由は、「湯川構想の大きさにある。文字通り開拓型の論文だった」との、佐藤文隆さんの言葉を引いています。そして、「科学は、大胆な構想と絶えざる試行錯誤で進んでいく。湯川さんの『50点』は、そのことを物語る」と結んでいます。
湯川博士は中性子と陽子が引き合う力の場として、U場のポテンシャル(湯川ポテンシャル)を導入しました。その符号が斥力に対応するものだった [1] ことを問題にすれば、中間子論文は、「○×式採点」では零点とさえいえます。○×式採点が科学論文の評価に不適当なことは勿論のこと、筆者の論説委員は述べていませんが、児童・生徒の能力評価においても大いに問題があることを、湯川論文は物語っているのではないでしょうか。
T.T.
益川敏英, 中間子論:独自の素粒子像追う, 朝日新聞夕刊「波」欄 (2006年6月30日).
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