2007年10月5日金曜日

中間子第1論文が論じたボナーの実験

図はボナーの実験結果

 湯川博士は中間子論第1論文の第3章に、中性子衝突断面積についてのボナーの実験を引用し、その実験で見出された断面積のエネルギーと標的核原子番号に対する依存性が自説と矛盾しないことを述べている。そこで、ボナーの実験とはどういうものだったのかが気になるので、原論文をひもといて簡単に紹介する。

 ボナーの論文は "Collisions of Neutrons with Atomic Nuclei" の題名で、Physical Review Vol. 45, pp. 601-607 (1934) に掲載された。著者 T. W. Bonner は アメリカ・テキサス州ヒューストンの Rice Institute 所属となっている。

 実験は中性子断面積の速度依存性を調べる目的で行われたもので、ポロニウムからのアルファ粒子でベリリウム、ホウ素、フッ素を衝撃して得られる中性子が使用されている。断面積という述語は現在、英語では "cross section" であり、湯川博士もこれを使っているが、この論文では "target area" となっているところが面白い。

 まず、断面積の説明をしておこう。粒子 a を原子核 X にぶつけて、粒子 b が放出され、原子核が Y に変化したとする。この反応は

   a + X → b + Y

と書き表される。単位時間の入射粒子数が i 個、単位時間の放出粒子数が j 個、単位面積当たりの原子核 X の数がN だったとすれば、

   σ = j / (i N)

は、原子核1個当たりについての反応の起こりやすさの目安を与える。σは面積の元をもつので、この反応に対する X の断面積と呼ばれるのである。

 ボナーの実験では、a は中性子 n であり、標的としての固体物質の有無あるいは気体物質の圧力変化による中性子数の変化を観測しているので、二つの反応

   n + X → n + X   (1)
   n + X → X'     (2)

を合わせた断面積が測定されていると思われる。反応 (1) は入射中性子の向きが変えられる「散乱」であり、反応 (2) は入射中性子が原子核 X に取り込まれる「吸収」である。

 論文のアブストラクトは、実験の結果、次のことが分かったと報じている。水素の断面積は中性子速度の減少とともに、速やかに増大する。炭素と窒素の断面積も同様の傾向を示すが、水素ほど速い増大ではない。他方、鉛による中性子の吸収は速度の増大とともに増大する。この異常な吸収は、速い中性子ほど、原子核と多くの非弾性散乱をすると仮定することによって説明でき、宇宙線バーストもこの仮定をもとに説明できる。また、フッ素からの中性子はホウ素からのものより遅く、それによる反跳陽子の平均飛程は空気中で約2cmと推定される。この遅い中性子はベリリウムやホウ素からのものより、鉛に対して透過性が大きいことも分かった。(最後の文は、先に述べられている「鉛による中性子の吸収は速度の増大とともに増大する」と内容が重複している。)

 実験方法は、中性子がいろいろな気体中で陽子の反跳を経て作るイオン電流を測定するもので、その結果から、計算によって断面積を求めている。前年に発表したベリリウムからの中性子を使った実験 [T. W. Bonner, Phys. Rev. 43, 871 (1933)] では、ベリリウムからのガンマ線の影響が残っていたので、今回の実験では、それを完全に除いた、としている。

 中性子の発見者であるチャドウィックも、前年に水素の断面積を測定し [J. Chadwick, Proc. Roy. Soc. A142, 1 (1933)]、ホウ素からの中性子に対する値が、ベリリウムからのより速い中性子に対する値の約2倍であることを見出しており、ボナーの実験はこれを再確認したものでもある。

 実験方法を少し詳しく見れば、次の通りである。イオンチェンバーは長さ24cm、直径14cmの円筒形で、壁は厚み1cmの鉄からなる。イオン電流の測定には、補償用コンデンサーとリンデマン電位計を使用している。中性子は、スライド上のベリリウム、ホウ素またはフッ化カルシウム層を約7mCiのポロニウムからのアルファ粒子で衝撃して得ている。イオン電流はスライドを置いたときと、はずしたときに測定し、両者の差を中性子による電流としている。スライドから生じるガンマ線は、ベリリウム・スライドの場合には6cmの鉛でほとんど完全に吸収することができ、中性子はこれによって約40%減少するのみであった。ホウ素とフッ化カルシウムのスライドからのガンマ線を吸収するには、3cmの鉛で十分であった。

 ベリリウムからの中性子の速度は、チャドウィックによれば、2.8x109cm/sと 4x109cm/sの二つの主なグループ(前者の方が強度がより大)がある。この実験で使用したような厚いベリリウム層の場合には、多分、平均3x109cm/sであろう、としている。ホウ素からの中性子の平均速度は、チャドウィックが「2x109cm/s以下」としており、この上限値を使っている。フッ素からの中性子の平均速度は、この実験で1.3x109cm/sと推定している。

 湯川博士の議論に使われているこの実験の主要な結果は、表3として数値的に示されている。それを図示したのがページトップのイメージである。

 なお、これよりものちに発表された実験や理論を見ると、ボナーの実験の示す中性子断面積の傾向は必ずしも正しくはなく、したがって、これについての湯川博士の議論も有意義なものではなかったことになる(詳細は別に述べる予定)。

 (この記事は、湯川会2007年9月例会で話した内容に手を加えたものである。)

0 件のコメント:

コメントを投稿