2020年5月18日月曜日

歌う催しとの出会い 2 (My First Experience of Singing Events -2-)

[The main text of this post is in Japanese only.]


にっぽん丸内での歌う催しの歌詞プリント
The lyrics print of the singing event in Nippon Maru

 2007 年に参加した、にっぽん丸による「ゴールデンウィーク日本一周クルーズ」中での歌う催しの歌詞プリントは、1 回につき B4 サイズ両面刷りのものが各 1 枚配布された。上掲の写真は各プリントの一部分を示している。写真から分かるように、可愛らしい挿絵が挿入されている。各プリントに収められている曲は次の通り。
第 1 回用:春と海に寄せて

 1 面
  1. 花
  2. 春の小川
  3. 春が来た
  4. おぼろ月夜
  5. 故郷
  6. 浜辺の歌
  7. みかんの花咲く丘
 2 面
  1. われは海の子
  2. 出船
  3. 浜千鳥
  4. こいのぼり(やねより たかい)
  5. 鯉のぼり(文部省唱歌)
  6. 茶摘み

第 2 回用:外国の名曲たち

 1 面
  1. ドレミの歌
  2. 大きな古時計
  3. ローレライ
  4. アニー ローリー
  5. エーデルワイス
  6. 幸せなら手をたたこう
 2 面
  1. 旅愁
  2. 夢路より
  3. 野ばら
  4. 子守唄(シューベルト・作曲、近藤朔風・訳詞)
  5. 子守唄(モーツァルト・作曲、堀内敬三・訳詞)
  6. ブラームスの子守唄
  7. 蛍の光

第 3 回用:なつかしい日本の名曲

 1 面
  1. 遠くへ行きたい
  2. 見上げてごらん夜の星を
  3. 早春賦
  4. 知床旅情
  5. すみれの花の咲く頃
  6. 四季の歌
 2 面
  1. さとうきび畑
  2. 切手のないおくりもの
  3. 若者たち
  4. 今日の日はさようなら
  5. 千の風になって
 プリントにあった歌を全部歌ったかどうかは覚えていないが、ほとんどが知っている歌で、それらを参加者一同と歌うことがいかに楽しいかを、この機会によく知ったのだった。

 ところで、にっぽん丸の船内で毎日貰った予定表を見ると、3 回とも 4 階のドルフィンホールという部屋で開催されたことになっている。私の記憶に残っている会場の感じは、前回掲載した写真のようではなく、もっと広く明るい部屋で、簡便な椅子が並行に並んでいるようなものである。ということは、妻と私はこれより先にもう一度、にっぽん丸の時と同じ商船三井客船が企画・実施したクルーズを体験しているので、その時にも皆で歌う催しがあったのかも知れないと気づいた。そこで、その時の写真や資料を妻とともに何日もかかって探し、ふじ丸によるクルーズの写真を収めたアルバムをようやく見つけた。次回はその時の歌う催しについて簡単に述べる。(つづく)

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2020年5月11日月曜日

歌う催しとの出会い (My First Experience of Singing Events)

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にっぽん丸内での皆で歌う催しの会場風景。船の写真屋さんが撮影。
Scenery of the singing event at Nippon Maru. The photo was taken by a ship photographer.

 歌を歌うことが好きではなかった私が、逆転して歌好きになったきっかけは、鮫島有美子による日本の歌曲の CD を聴きながら歌ってみたことにあったように思っていたが、それよりも少し先の出来事にあったと、このたび気づいた。

 その出来事とは、2007 年に妻と参加した、にっぽん丸による「ゴールデンウィーク日本一周クルーズ」中での催しへの参加だった。それは、日比野幸(みゆき)さんのリードで参加者の皆が歌う、歌声喫茶形式の催しだった。この催しは 10 日間の航海中に 3 回行われ、私たちは 3 回とも参加していた。

 そのクルーズのことを帰宅後ブログに書いたのだが、当時使っていたブログサイトはプロバイダーのコンピューター事故で消滅してしまった。私の記事はパソコン上に控えを残してあったので、幾分かは今使っているこのサイトに復元した。しかし、全部復活させるのは大変で、その作業は途中の、クルーズ参加まで行かない年月ところでやめていた。

 クルーズ中の歌う催しについて最近ふと思い出したものの、その時使用した歌詞プリントを保存しておかなかったことも残念に思っていた。ところが、妻がクルーズの資料一式を保存してくれていて、その中には幸いにも歌詞プリントも含まれていた。それを見つけたのは、ちょうどコロナウィルス19 で外出自粛要請の出ている今年のゴールデンウィーク前だったので、この機会にと思い、「ゴールデンウィーク日本一周クルーズ」のブログ記事を、このブログサイトに復活させた(こちら)。

 上記の復活記事の中から、皆で歌う催しの部分をここに引用する。
4 月 29 日(日)
 まる一日航海が続く。[...]10 時 45 分から 45 分間、4 階メインホールでの「みんなで歌いましょう~春と海に寄せて~日本歌曲」に参加。講師・日比野 幸さん、ピアノ伴奏・相田久美子さん。[...]

5 月 2 日(水)
 船はもっぱら日本海を北進する。[...]操舵室を見学したあと、11 時から「日比野 幸と皆さんで歌いましょう part 2」に顔を出す。「外国の名曲たち」として、「エーデルワイス」「アニーロリー」「野ばら」など。坂本九が歌って有名になった「幸せなら手をたたこう」の原曲がスペイン民謡だとは知らなかった。[...]

5 月 5 日(土)
 航海日。9 時 15 分からフィットネス教室。11 時から「日比野 幸さんと皆さんで歌いましょう part 3」で、「見上げてごらん夜の星を」「四季の歌」「千の風になって」などを歌う。日比野さんが「早春賦」と「知床旅情」の曲が似ているという話をして、この 2 曲を続けて歌った。[...]
 なお、日比野さんはこのクルーズ中に 2 回のソプラノコンサートも行っている。コンサートの内容や詳しい感想は記してないが、1 回目の時に日比野さんの紹介を書いているので、合わせて引用しておく。
4 月 30 日(月)
 [...]21 時 15 分から 1 時間のメインショーは「日比野 幸 ソプラノコンサート part 1」。日比野さんは、イタリアでの第 5 回 TITTO GOBBI 国際声楽コンクール最高位受賞、2005 年に第 6 回藤沢オペラコンクール第 1 位と福永賞受賞の経歴を持ち、二期会会員。その表現力豊かな歌声を楽しむ。

5 月 4 日(金)
 [...]20 時に[青森]出港。夜のメインショーは「日比野 幸 ソプラノコンサート part 2」。
 次回に、3 回の皆で歌う催しにおいてそれぞれ 1 枚配布された歌詞プリントにある曲目を紹介したい。(つづく)

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2020年4月15日水曜日

カミュの『ペスト』を読み始める (Started reading Camus's "Pest")

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『新潮世界文学 48:カミュ I』(1968) 冒頭のカミュの写真。
The photo of Albert Camus at the beginning of "Shincho Sekai Bungaku 48: Camus I" (1968).

 新型コロナウィルスの影響で、カミュの小説『ペスト』がよく売れているというニュースを見た。そこで、私も先日、まだかなりの部分が応接間の本棚に積読になっている『新潮世界文学』中のその作品が入っている 1 冊を取り出して来た。

 まだ少ししか読み進んでいないが、次のような言葉が出て来て、その通りと思った。
戦争が勃発すると、人々はいう——「こいつは長くは続かないだろう、あまりにもばかげたことだから」。そしていかにも、戦争というものは確かにあまりにもばかげたことであるが、しかしそのことは、そいつが長続きする妨げにはならない。愚行は常にしつこく続けられるものであり、人々もしょっちゅう自分のことばかり考えてさえいなければ、そのことに気がつくはずである。
ペストという、未来も、移動も、議論も封じてしまうものなど、どうして考えられたであろうか。彼らは自ら自由であると信じていたし、しかも、天災というものがあるかぎり、何びとも決して自由ではありえないのである。[宮崎嶺雄・訳]
 初めの引用文は、世界に何人もいる戦争好きの政治家たちに読ませたいものである。二番目の引用文は、「ペスト」を「新型コロナウィルス」に、「彼ら」(小説の舞台であるアルジェリアの要港・オランの人々を意味している)を「世界の人々」に置き換えると、いまの現実に当てはまりそうだ。

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2020年4月3日金曜日

歌記事へのコメントから -5-:終戦直後の流行歌 (From My Comments on Song Articles -5-: Popular Songs Just after the End of the WWII)

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チューリップとスミレ。ウォーキング途中で、2020 年 3 月 26 日撮影。
Tulips and violets; taken on March 26, 2020 during walking exercise.

歌記事へのコメントから -5-:終戦直後の流行歌

 本記事は、ブログ記事「ちょっと休憩 ~ ♪」[1] へのコメントをもとにした文である。ブログ makuragakayogakudan のその記事は、更新を 1 週間ほど休む代わりに、コメント欄へ「皆さんの書き込みは、是非、たくさん~お待ちしております!」と述べたものである。その期待に応えるため、本ブログの先の記事にした「花」の思い出中の「[私が小 6 の時、]休み時間に流行歌を盛んに歌っていた児童もいた」ことに関して書いたものである。



 私が小学校 6 年生だったのは、戦後 2 年目で、休み時間に歌われていた歌といえば、♪ 赤い花なら曼珠沙華/阿蘭陀屋敷に雨が降る ... ♪ と始まる『長崎物語(「じゃがたらお春」の唄)』がある(下掲の YouTube 動画参照)。徳川幕府が 1636 年に出した混血児の海外追放令でジャガタラ(現在のジャカルタ)へ追放になった 14 歳の少女「お春」を歌ったものだそうだ [2]。小柄な N 君が得意げに歌っていたのがいまも目に浮かぶ。作詞=梅木三郎、作曲=佐々木俊一で、由利あけみが歌ったレコードが 1939 年に発売されたという [3]。1930 年代の歌といえば、いかにも古いようだが、1939 年は私たちが 6 年生の時から 8 年前で、戦争中には流行歌などはほとんど作られなかっただろうから、当時はまだ新しい歌だったのだ。戦争中のいろいろな束縛から解放されて、この歌などがラジオからよく流れていたものと思われる。



 もう一つ「ジープでハロー」というような語句のある歌を、青い学生服(当時はまだ戦争中の名残で、国防色といわれた黄土色の学生服を着ている児童が多かった中で、その色は目立った)を着て「色男」のあだ名をつけられていた K 君が歌っていた記憶がある。いつかの同窓会の折にそのことを思い出し、K 君にその歌の題名を尋ねたが、彼はそんな歌を歌っていたことさえも覚えていなかった。いまインターネット検索してみると、それらしい歌(「ジープ」と「ハロー」は出てくるが、「ジープでハロー」とつながった語句はない)に、作詞=吉川静夫、作曲=上原げんと、歌=鈴村一郎、レコード発売 1946 年の「ジープは走る」があった[4]。♪ スマートな可愛いボデイ/胸のすくよなハンドルさぱき ... ♪ と、進駐軍のアメリカ兵が乗り回していた小型トラック「ジープ」、あるいはアメリカ兵自体を讃えた歌である(下掲の YouTube 動画参照)。K 君が歌っていたのはこれだったようだ。彼は「ハロー、ハロー」のところで手を上げる所作をしていたものだ。



  1. 「ちょっと休憩 ~ ♪」、ブログ makuragakayogakudan 記事(2020 年 3 月 29 日)。
  2. 「長崎物語」、ウェブサイト『懐かしのメロディー』所収。
  3. 長崎物語「じゃがたらお春の唄」、国立国会図書館デジタルコレクション。
  4. 「ジープは走る」、国立国会図書館 歴史的音源

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2020年4月1日水曜日

歌記事へのコメントから -4-:「花」の思い出 [From My Comments on Song Articles -4-: Memories of "Hana (Cherry Blossoms)"]

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 以下は、ブログ記事「花」[1] へのコメントをもとにした文である。この記事には、鮫島有美子による歌唱とタンポポ児童合唱団による歌唱の YouTube 動画が埋め込んであった。もとのコメントには前の記事へのコメントの間違いの修正を記してあったが、本ブログ内ではその修正は先の記事で済ませたので、その部分を省略するなどの修正をした。



 先の記事「卒業式シーズン」のコメントとして「『仰げば尊し』の思い出」を書いたが、その思い出の場面である、2011 年 8 月の旧金沢市立石引町小学校 6 年 2 組の同窓会で「仰げば尊し」に続いて歌ったのが、奇しくも今回の記事で取り上げられた「花」だった。ドイツ語でクラシックの歌を歌う合唱団に入っている元同級生のリードで、まず私の提案した「仰げば尊し」を歌ったあと、彼女自身の発案で「花」を歌ったのだ。ところが、彼女は 2 番の歌詞を途中で間違えて、そこで合唱は終わりとなった。私がその同窓会のことを書いたブログ記事 [2] には、「『花』は私の愛唱歌の一つであり、私が彼女からマイクを貰って続きをリードすればよかったのだが、...」と記している。

 ところで、同じ 6 年 2 組の同窓会の別の機会にも「花」を歌ったのだが、そのことはブログに書いてなく、2010 年以前のことだっただろうという不確かなことしかいえない。以下の記述にも事実とは相違があるかもしれない。2011 年の時と同じく、会場は石川県のどこかの温泉旅館だった。早めに到着した私は他の男性元同級生 2 人ばかりと温泉に入り、ここならば声がよく響きそうだと思い、「花」を、1 曲全部ではなかったかもしれないが、浴槽中で独唱した。そのあとの宴会の途中で、女性の参加者たちが、申し合わせたように「花」を歌い始めた。途中から、男性では私だけがそれに合わせて歌った。私だけではなかったにしても、熱心に歌った男性は私だけだったといってよいだろう。

 女性たちは先に男湯で歌っていたのが誰かを確かめようと図り、私はまんまとそれに乗せられたのだったかもしれない、といまになって思う。その時は、女湯まで聞こえるほど大きな声で歌った気はしていなかったので、彼女たちが「花」を歌ったのは偶然だと思っていた。しかし、偶然にしては出来すぎていないだろうか。

 私は小学生時代の 2 度の転校で言葉の相違を含むカルチャーショックを受け続け、そのため、6 年生の時は極めてシャイな児童になっていた。休み時間に流行歌を盛んに歌っていた児童もいた中で、私は歌など歌ったことは全くなく、雑談の輪の中にいても、もっぱら聞いているばかりだった。雑談時に自らはあまり話さないという性癖はいまも大して変わらないが、歳を取って歌うようになった私を見た元女児たちは興味深く思ったことだろう。

 なお、このコメントを投稿した元記事中には、鮫島有美子の「花」の動画を「お手本」として紹介してある。最近の私は多くの曲で鮫島有美子の歌唱を手本にしており、この曲も例外ではない。そして、偶然にも元記事と同じく 3 月 26 日付けで掲載された「ねこじゃらしうたチャンネル」(私はチャンネル登録して毎晩聴いている)の曲も「花」だった。ここにそれを引いておく。



 「休み時間に流行歌を盛んに歌っていた児童もいた」という思い出に関連して、それらの流行歌について追加したいが、長くなるので、次回に回すことにする。

  1. 「花」、ブログ makuragakayogakudan 記事(2020 年 3 月 26 日)。
  2. 「小学校同級会」、ブログ Ted's Coffeehouse 2 記事(2011 年 8 月 29 日)。

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