2009年1月29日木曜日

力とは:斥力、引力、そして… (6)

 Mさんが紹介した武谷の言葉 [1] は次の通りである。

 湯川、坂田両氏は、最初のスカラー場を量子化し、この方法で陽子中性子のあいだの力を再度計算してみると、最初の論文で引力として出ていたものが、計算のまちがいであることがわかった。陽子と中性子の力はスカラー場では斥力しか出なかったのである。こうなると、陽子と中性子が引っぱり合ってできている重水素核が理論からは出てこないことになる。
 湯川氏が最初の論文で計算をまちがわなかったら、引力の重水素核の状態を出してくることができないので、最初の論文が発表できず、湯川理論は生まれなかったであろう。計算のまちがいが湯川理論を成立させたことになったのである。計算もときどきはまちがうことも悪いことではない。
 最初のスカラー場では、磁気能率やその他の核力の性質がでてこないだけではない。核力を引力に出してくることすらできないのである。これはなんとかしなければならいということになった。

 武谷の言葉の趣旨は、中間子論第2論文は、第1論文の誤りに気づいて書かれたということと思われる。計3回出て来る「スカラー場」は、ふたつ目のところで「斥力しか出なかった」とあるところから、「スカラー中間子による場」ではなく、「ベクトル中間子による場の第4成分」の意味と解釈すべきであろう。

 ところで、「最初の論文で引力として出ていたものが、計算のまちがいであることがわかった」という武谷の表現には疑問がある。第1論文の "The reason for taking the negaive sign in front of g will be mentioned later." という文からは、 g の前の符合は、Brown ら [2] が述べているように、「選択した」と取るのが正しいと思われる。そうすると、「計算のまちがい」でなく、「斥力になることに気づかないで、引力のポテンシャルを書いたつもりとしては、まちがった符合を選んだことがわかった」というべきである(のちの計算で分かったように、ベクトル中間子場の第4成分という意味では、選んだのは、たまたま、ちゃんとした計算と合う正しい符合であった)。

 さらにいえば、Pais [3] が述べているように、そもそも湯川が符合は選べると思ったのが、まちがいのもとであり、このまちがいは、相対論的ラグランジアンから出発する扱いを省略したことから来たものと思われる(これを「計算のまちがい」と呼んでもよいというならば、武谷の表現はそれでよいことになるが)。

 なお、私のこの記事の第4報において、デイビスの本にある「場の量子論の数学的計算をきちんとすれば、力が引力になるか斥力になるかは、交換される仮想量子のスピンによって決まることが分かる」という言葉を紹介したが、その「きちんとした計算」の紹介は私の手にあまるところである。興味のある方は、たとえば文献 [4, 5] を参照されたい。

(完)

  1. 武谷三男, 素粒子論グループの形成, 坂田昌一, 武谷三男『真理の場に立ちて』(毎日新聞社, 1951) [のちに『素粒子の探究—真理の場に立ちて—』として再出版 (勁草書房, 1965)] 所収.
  2. "This 'choice' was later found to be inconsistent with the original type of meson theory, leading subsequently to other types." L. M. Brown and H. Rechenberg, "The Origin of the Concept of Nuclear Forces," p. 108 (IOP, 1996).
  3. "Yukawa incorrectly believed to have the freedom of replacing g2 by −g2." A. Pais, "Inward Bound," p. 431 (Clarendon Press, 1986).
  4. J. J. Sakurai, Advanced Quantum Mechanics, Sections 1-3 and 4-6 (Addison-Wesley, Reading, Ma., 1967).
  5. A. Zee, Quantum Field Theory in a Nutshell, Section I-5 (Princeton University Press, Princeton, 2003).

2009年1月28日水曜日

力とは:斥力、引力、そして… (5)

 湯川は力の符合について、のちに次の通り語っている [1]。

 第1論文では中間子はベクトルなんです。4次元的な意味でのベクトルなんです。ベクトルのスカラー成分だけ取るというつもりでやってる。だから力の符合が普通のスカラーと逆になるわけです。negative energy と positive energy の逆転です。第2論文ではスカラー中間子を取りあつかっています。

 ここで、中間子がベクトルというのは、スピン1の量子という意味で、スカラー中間子とは、スピン0のものである。講演を収録した『自然』誌には、森田正人氏による解説 [2] がついており、上記の部分については、スカラー量、ベクトル量などのローレンツ変換について説明したのち、次のように記してある。

 4成分を持ったベクトル中間子の第4成分だけを取り出して考えてみると、その性質は1成分しかないスカラー中間子の振舞いとほぼ同じようにみえる。しかし、核子と中間子の相互作用の結合定数をおのおの gV、gS とおくと、相互作用の相対論的不変性の要求から、ベクトル型には虚数単位 i が必要で、igV となるので、核力を計算するときこれらの自乗がきき、核力ポテンシャルは −g2VU(r) および +g2SU(r) となる。すなわち、エネルギーの符合は逆転し、一方が引力なら他方では斥力となる。

 このブログ記事の第1報からここまでに記したようなことを、湯川秀樹を研究する市民の会の1月例会で話したところ、質疑応答の中で、Mさんから中間子論第1論文と第2論文に関連した武谷三男の言葉が紹介された。

(つづく)

  1. 湯川秀樹, ベータ崩壊の古代史 (1974年, 京都大学基礎物理学研究所での講演), 自然 1981-11 増刊, p. 204 所収 (1981).
  2. 森田正人, 「ベータ崩壊の古代史」解説, ibid. p. 214 (1981).

2009年1月27日火曜日

力とは:斥力、引力、そして… (4)

 以上に紹介した南部、ポリツァー両氏の対談には、「電磁気力」と「弱い力」が出てきた。紹介の途中で、湯川が中間子を仮定して考察した核力の話をカッコ内に挟んだ(第1報の最終パラグラフ)。現在、核力は陽子や中性子を構成するクォークの間でグルーオンを交換して生じる力(「強い力」)がもれ出した効果と理解されている。自然界にはもうひとつ「重力」があり、基本的な力はこれらの4種類である。重力は重力子(グラビトン)という粒子の交換によって生じると考えられているが、この粒子を実験的につかまえることは、まだできていない。

 ところで、同じように粒子(仮想量子)を交換しても、ある場合には斥力が発生し、またある場合には引力が発生する。この相違はどこからくるのだろうか。ふたつの粒子の間の力の場を距離の関数として表すポテンシャル関数の符号が仮想量子の種類によって異なるといわれれば、分かったような気はするが、その符合の相違が仮想量子の何に起因しているかが知りたくなる。A〜D図を描く参考にしたP・C・W・デイビスの本 [1] には、次のように説明してある [2]。

 場の量子論の数学的計算をきちんとすれば、力が引力になるか斥力になるかは、交換される仮想量子のスピンによって決まることが分かる。スピンが1の光子は同符号の荷電粒子同士を反発させる。スピン2の仮想量子の交換に基づく重力は引力となる。引力に対する最も簡単な選択はスピンを0とすることである。これが湯川の選択であった。

 スピンとは、素粒子または素粒子から構成される量子力学系のもつ基本的な量のひとつで、力を媒介する仮想量子となる素粒子は0、1、2などの整数値のスピンをもつ。デイビスは、湯川は中間子(湯川の論文中ではU量子)のスピンを0と仮定したことを述べているが、中間子論第1論文ではそのように仮定してはいなかった。第1論文ではポテンシャルの符合が間違っていて、原子核の中で中性子と陽子を結びつける引力の原理について提唱したはずの理論が、斥力について書いていたといわれる由縁である。

(つづく)

  1. P. C. W. Davies, The Forces of Naure, 2nd ed. (Cambridge University Press, Cambridge, 1986; 1st ed. published in 1979).
  2. ibid. p. 91 (和訳は筆者).

2009年1月26日月曜日

力とは:斥力、引力、そして… (3)

 南部さんが、始めのふたつの粒子が消えて、新しいのが現れる場合も、やはりふたつの粒子の間の相互作用だといったのを受けて、ポリツァーさんは「ときにはひとつが入ってきて、みっつがでてくることもある」と発言している。南部さんは、「その通り。それも『力』と呼ばれる。ひとつの粒子がみっつに崩壊する場合です」と答える。これはまさにポリツァーさんが始めに述べた「弱い力」のことである。

 C図は中性子(n)が陽子(p)と電子(e−)と反ニュートリノ(νの上に反粒子であることを示すバーがついている)に崩壊するファインマンダイアグラムで、弱い力による現象のひとつを表している。このときに負電荷のWボソンという媒介粒子が放出・吸収されるが、これも先のA図(前報参照)中の光子と同じく仮想粒子であり、現実には出てこない。それで、この崩壊はポリツァーさんのいう「ひとつが入ってきて、みっつがでてくること」に相当する。

 力はふたつのものの間で働くと考えると、このような崩壊になぜ力がかかわっているのかと、学生時代のポリツァーさんのように理解に苦しむことになる。しかし、B図(前報参照)のところで、バーテックスから粒子が出て行くのは、反粒子が入ってくることと同じと考えた。ここでもその考えを適用すれば、C図の右側のバーテックスから出て行っている反ニュートリノは、そこへニュートリノ(ν)が入ってきていることと同等ということになる。そういう見方でC図を描き換えると、D図となる。これは、荷電粒子同士の斥力による散乱を表すファインマンダイアグラム A図と同じ形をしている。したがって、ポリツァーさんが最初にいっていたように、崩壊も「現代的な意味での力」ということになるのである。(A〜D図を描くにあたっては、文献 [1] を参考にした。)

 (つづく)

  1. P. C. W. Davies, The Forces of Naure, 2nd ed. (Cambridge University Press, Cambridge, 1986; 1st ed. published in 1979).

2009年1月25日日曜日

力とは:斥力、引力、そして… (2)

 南部さんはポリツァーさんに対して、「ところが、これをひっくり返すと、前の部分が消えて、新しいのが現れる。この場合もやはり、ふたつの間の相互作用と呼ぶんですね」と言葉を続けている。「これ」というのは、南部さんがホワイトボードに描いたであろうA図のことである。そして、「これをひっくり返す」というのは、A図を90度回転することであろう。右回りに回転すると、B図のようになる。

 ただし、右下と左上の直線についている矢印は、下向きになり、粒子が過去へ向って運動しているかのようである。この場合、ファインマンダイアグラムでは、反粒子が矢印とは逆向きに運動していることを表すと解釈する。電子の場合、その反粒子とは陽電子(e+)のことである。したがって、下側のバーテックスに集まっているふたつの直線は、電子と陽電子が近づいてきていることを意味する。

 そして、バーテックスから上に延びている波線は、電子と陽電子が衝突したとき、それらがなくなって、代わりにひとつの光子が発生することを意味している。南部さんの言葉の「前の部分が消えて」に相当する。このときに発生した光子は、消えてなくなった一対の電子と陽電子の静止質量の和に相当するエネルギーをもっていて、A図の仮想光子とは異なり、実在の光子として観測にかかるものである。ここまでの現象は、電子対消滅と名づけられている。

 B図には示されていないが、電子と陽電子は衝突して消滅する前に仮想光子を交換し続け、それらの光子が、いまの場合近づいてきている粒子同士の電荷が互いに異符号であるとの情報を伝え、粒子間に引力を発生させているのである。

 Bのファインマンダイアグラムをさらに上へたどると、発生した実在の光子は、ある程度飛行したのち、ふたつ目のバーテックスが示す時空点で消滅し、代わりに一対の電子と陽電子が発生することが表されている。この現象は電子対生成と呼ばれる。南部さんの言葉の「新しいのが現れる」に相当する。光子の発生の前にあった電子と陽電子はなくなってしまい、新しい電子と陽電子が誕生したのであるから、かかわっている粒子は合わせてよっつあることになりそうだが、南部さんは「この場合もやはり、ふたつの間の相互作用と呼ぶ」と説明している。原理的には、Aのファインマンダイアグラムをひっくりかえしたに過ぎない現象だからである。

 対談のこれまでの「力」という言葉の代わりに、南部さんはここで「相互作用」という表現を使っている。素粒子間の現象としては、両者は同じ意味に使われるのだが、「ふたつの間の力と呼ぶんですね」といって貰えば、もっと面白味が出たと思われる。

(つづく)