2007年11月15日木曜日

クラシック・ギター・コンサート

 昨11月14日、松田晃演(まつだ あきのぶ)氏によるクラシック・ギター・コンサートの招待状を貰っていたので、妻と聞きに出かけた。招待状を貰ったのは、姫路市に住む親友A氏が近年、同じく同市に住む松田氏と親しくなっていた関係によるが、つい先日、私も松田氏と SNS "mixi" で友人関係を結ぶに至ったところである。

 A氏夫妻と、その夜ともに宿泊する予定の三宮ターミナルホテルで午後4時に落ち合い、同ホテルの11階で、A氏得意の聖書の話などに耳を傾けながら(A氏の「聖書が描く無限の命を含む宇宙とは、物理学的にはどういうものだろうか」という意味の質問に応えて、私は多世界仮説などについて簡単に述べた)、早めの夕食をすませ、6時頃に会場へ向かった。会場はJR神戸駅近くの、神戸市産業振興センター・リサイタルホールである。

 コンサートは「アンドレス・セゴビア没後20周年記念」となっていた。セゴビア(Andrés Segovia, 1893-1987)は、現代クラシック・ギター奏法の父といわれるスペインのギタリストである。松田氏は、セゴビアの遺産を引き継ぎ発展させるために尽力している多くの門人たちの中でも、有名な一人に数えられている。コンサートのプログラムは「古典派」「『献呈』をテーマに」「スペインの曲集」の三部構成になっていた。

 第一部のあと、一つ前の最前列中央に陣取っていたA氏の知人で姫路でコーヒー店を営むY氏夫妻が、親切にもA氏と私に席を譲ってくれたので、第二部と第三部は最上等席で演奏を堪能することになった。会場の舞台は低めでもあった。そこで、アントニオ・デ・トーレスが1894年に製作したという松田氏愛用の名器が、すぐ近くの、私の目や耳とほとんど同じ高さのところで巧みに奏でられるのを聞くという、まさに至福の時間を味わうことができた。

 第二部には、特にセゴビア没後20周年を記念する曲が集められたのであろう。マリオ・カステルヌオーヴォ・テデスコ作曲の「先生への捧げもの」、セゴビアの「祈り(ポンセの魂の為に)」、そして再びテデスコの「ボッケリーニ讃歌より」の三曲が演奏された。テデスコ(Mario Castelnuovo-Tedesco, 1895-1968)はイタリアの作曲家で、1932年にセゴビアと出会ったことをきっかけとして、20世紀のギター音楽作曲の大家という名声を得るに至ったそうである。「先生への捧げもの」の曲は、ゴヤの版画集『ロス・カプリッチョス』中の同題名の作品をテデスコが見た印象を音楽にしたものだという。

 美しい絵が音楽を生みだすのに似て、美しい音楽とその優れた演奏は、物理学上の美しい方程式を連想させもする。私は松田氏の演奏を聞きながら、湯川博士のノーベル賞受賞論文に登場する次の方程式を、何度も頭に浮かべさせられた。

   (□-λ) U = 0

「□」はダランベルシャンといって、時空を記述する四つの座標 x、y、z、ict のそれぞれによる2階微分を足しあわせた演算子を表わしている。

 この「□」をサウンドホールとして、( ) の部分がボディに、=がネックに、0 がヘッドに相当し、式の視覚的な形がクラシック・ギターに似ているという事実だけに、私の連想はとどまるのではない(この類似は、むしろコンサートのあとで気づいたものである)。この方程式は、電磁場を表わす方程式の相対論的表現の第4成分にλの項を入れたに過ぎないにもかかわらず、核力の働き具合を表わす、いわゆるユカワ・ポテンシャルという関数を導くもとになり、さらに、未知であった中間子の質量が電子の質量の約200倍という予想をも可能にし、素粒子物理学の始まりを画したという、深い意義と美しさを持っている。

 松田氏によるクラシック・ギターの名演奏と、管弦楽団による交響曲の演奏との関係は、湯川博士の方程式と、最近の100名を超える共著者たちによる素粒子実験の論文との関係にも似ている。二つの関係においての、それぞれの後者にも、もちろん特有の美や意義はあるのだが、それぞれの前者には、比較的単純な中に無限に奥深い美や意義が秘められているという共通性を、私はこのコンサートから感じ取ったのである。

 コンサート後、ホテルオークラにおいて、A氏から松田氏夫妻に引き合わせて貰い、コーヒーを飲みながら歓談するという、楽しいひとときを思いがけなく持つこともできた。松田氏は、コンサートのちらしの写真で想像していたよりも優しい感じの方であった。氏の座右の銘は「尽善尽美」だそうである。

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