水素分子イオンというものがある。いま流行の怪しげな「健康」飲料の一種ではない。1個の陽子と1個の電子が結びついた水素原子に、もう一つの陽子がくっつき、電子が陽子2個に共有された状態のもので、プラス1の電荷をもっている。湯川博士は原子核の中で陽子と中性子がどのようにして結びついているかについて、中間子の交換で核力が生じているという理論を提唱したが、それより先に、ドイツのヴェルナー・ハイゼンベルクが、この水素分子イオンをモデルにして、陽子と中性子は、中性子が含む(と想像した)電子を交換して結びついているという説を唱えた。また、『ファインマン物理学 (5)』(量子力学編) [1] には、2状態系という近似で理解できる系の一例として水素分子イオンが取り上げられ、続いて核力の説明がある。したがって、私たち「湯川秀樹を研究する市民の会」(湯川会)にとって、水素分子イオンは重要な話題である。
湯川会の会長の T.H. さんは、かねがね、中間子の交換で核力が生じるという湯川博士の考えを分かりやすく説明する方法はないものかと思っていて、先日の7月例会で、水素分子イオンが安定であることのファインマンの定性的な説明が参考にならないかと、紹介した。その紹介には、少しばかり誤解があったようで、分かり難かった。そこで私は翌日、『ファインマン物理学』の原書 [2] の、その部分を読んでみた。T.H. さんは、水素分子イオンの安定性に、クーロンポテンシャルと不確定性原理による効果の「せめぎ合い」が関係していると紹介したが、ファインマンの説明はそうではなく、次のようなものであった。
ファインマンが「せめぎ合い」(balance) といっているのは、単一の水素原子(1個の陽子と1個の電子)についての話である。電子が陽子に近づけば、位置エネルギーは下がる。しかし、近距離内に閉じ込められる(位置の不確定さが減少する)と、不確定性原理によって、運動量の不確定さが増大する。これは、電子がより大きな運動量、すなわち、より大きな運動エネルギーを持ち得ることを意味する。そこで、全エネルギーを小さく保つように、両者がバランスするところに安定状態が存在することになる。
次いでファインマンは、不確定性原理を水素分子イオンへ応用することを、水素原子の場合との比較で行っている。2個の陽子が近くにあるときには、陽子が1個のときと同程度に低い位置エネルギーをとり得る電子の存在範囲が広がる。したがって、電子の運動エネルギーの全エネルギーへの寄与は下がることになる。つまり、1個の水素原子と陽子がばらばらに存在するよりも、水素分子イオンを作る方が全エネルギーのより低い状態になり得ることが、これによって理解できる、というのである。
しかし、これだけでは完全には理解できない。陽子間の位置エネルギーは、水素原子と陽子がばらばらに存在するときと、水素分子イオンを作っているときでは、後者の場合の方が高くなっているはずである。電子の運動エネルギーの減少分が、この位置エネルギーの増大分を上回っていることを詳細な計算で確認しなければ、水素分子イオンを作る方が全エネルギーのより低い状態になるとはいえない(ファインマンはこのことを、上記の説明に先立って別途述べている)。しかし、水素分子イオンが安定に存在するからには、電子の運動エネルギーの減少分の方が上回っているはずだとして、その原因を不確定性原理を使って定性的に理解できる、というのがファインマンの説明であろう。
「せめぎ合う」の語は、1970〜80年代頃から流行し始めたように思う。「せめぐ」は、漢字で書けば、「鬩ぐ」である。「鬩ぎ合う」の語が、漱石そっくりの文体で書かれた水村美苗著『續明暗』の一カ所で使われていたのには、ちょっと首を傾げた。しかし、最近の流行語だからといって、昔全く使われなかったということはないのだから、一カ所でのみ使われていたのは、問題ないというべきであろう。私には、"balance" を「せめぎ合い」と訳す発想はし難いが、『ファインマン物理学 (5)』の訳者は、流行語を敏感に取り入れたのだろうか。
- ファインマン著, 砂川重信訳, ファインマン物理学 (5) (岩波, 1986).
- R. P. Feynman, R. B. Leighton and M. Sands, The Feynman Lectures on Physics, Vol. III, Quantum Mechanics (Addison-Wesley, 1965).
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