岩波『図書』誌 2019 年 6 月号表紙。
Cover of the Magazine Tosho, June 2019 issue, published by Iwanami.
岩波『図書』誌の編集ぶりには、最近不満が目立ち、昨年 12 月にも「校閲さん、しっかりして!」というブログ記事を書いたばかりである。今回気になったのは、2019 年 6 月号の第 24 ページから掲載されている村松太郎氏の文と、同号に記載されていない件の 2 点である。
まず、村松氏の文についてであるが、以下に指摘する点は氏自身の不注意であったかもしれない。しかし、読者の私が一読しただけで感じ得た不親切さであり、編集部でも当然気づくべき問題である。その文の題名は、
ドナルド・トランプの[...]
となっている。ここで、[...]の部分はあえて伏せておく。なぜならば、大抵の読者は必ずしも[...]の部分まで頭にきちんと入れてこの文を読み進むことはしないだろうと思うからである。実際、私はドナルド・トランプの政治姿勢あるいは政策について著者自身が批判を展開するエッセイだろうと思って読み始めた。
ところが、この文の 3 ページ目第 1 行に「本書は」という言葉が出てくる。「本書」に相当する書名は、そのセンテンスの近くはおろか、前ページ全体にさえも見当たらない。この文の最初のページである前々ページの最下段(3 段組みのうちの)までさかのぼると、ようやく、「『ドナルド・トランプの危険な兆候』の著者の一人が」という記述があり、それ以前にも書名は登場しない。『ドナルド・トランプの危険な兆候』は、著者が自分の考えを述べる一つの参考資料として引用したものかと思って読んできたのだが、これだけの検討をしてみて、ようやく「本書」とは『ドナルド・トランプの危険な兆候』であり、この文はこの本を話題にしているのだろうと推定することになる。
これを「本書」と呼ぶのであれば、... とさらに思いめぐらして、この文の表題までさかのぼると、なるほど、それは
ドナルド・トランプの危険な兆候
であった(これで、先に「危険な兆候」の部分を伏せておいた理由が、このブログ記事の読者に分かるだろう)。書名を意味しているこの表題には、『』をつけておくべきである。そうすれば、「本書」の意味するところがもっと分かりやすかったに違いない。
『図書』誌は岩波書店の宣伝誌の性格を持っている(全ての記事が岩波書店発行の本の宣伝ではないが)。村松氏が『ドナルド・トランプの危険な兆候』という本について書いた文を載せているということは、この本が村松氏も関係して岩波書店から最近刊行されたのだろうと思い、本号末尾にある同書店の新刊・既刊書の広告を見たが、この本は見当たらない。「アマゾン」で検索して、ようやくそれが 2018 年 10 月 26 日に村松氏の訳で出版されたものと分かった(原書は Bandy X. Lee, et al. The Dangerous Case of Donald Trump: 27 Psychiatrists and Mental Health Experts Assess a President)。とんだ手間を取らせる編集ぶりといわなければならない。
もうひとつの「記載されていない件」というのは、加藤典洋氏の死去のことである。同氏は本誌の「大きな字で書くこと」というコラムにエッセイを連載中であったが、さる 5 月 16 日に肺炎で死去した(71 歳)。コラムの原稿は何回分かすでに届いていたようで、6 月号にも掲載されている。『図書』誌には「こぼればなし」と名付けた編集後記のページがある。5 月 16 日の出来事(朝日新聞デジタルの訃報掲載は 5 月 20 日付け)をそこで扱うことは印刷の都合上きわめて困難だったかも知れないが、6 月号の発行を多少遅らせてでも、なんとかならなかっただろうかという思いがする。
後日の追記:せっかくこの記事をご覧になった方々のために、本『ドナルド・トランプの危険な兆候』(岩波書店、2018)について、村松氏の文から分かる範囲での内容を簡単に紹介しておく。
米国精神医学会は、直接診察していない有名人について精神科医が意見を述べてはならないという規定を作っている(ゴールドウォーター・ルール)。しかし、この本に寄稿した精神科医たちは、トランプ氏を診断せずに、インタビュー、演説、ツイッター発言などから分析した結果を、これはゴールドウォーター・ルールの適用外だと、冷静かつ理知的に判断し、職業的義務感にかられて発表したのである。村松氏は無頼派という言葉から書き起こし、宮沢章夫の文から坂口安吾や太宰治を例として挙げている。そして、彼らの行く先は自己破滅だったことを文末近くで述べ、無頼派の一人というべきアメリカ大統領がもし破滅すれば、それは核戦争による地球の破滅につながることを、本書のエピローグでのノーム・チョムスキーの指摘を引用して述べている。本書には、トランプ氏のいろいろな精神疾患の可能性が述べられているそうだが、これは精神疾患の診断書というより、上記のような危険性の警告書であり、アメリカでベストセラーになっている。
なお、原書の改訂版として、新たに 10 名の精神医学者が著者に加わった The Dangerous Case of Donald Trump: 37 Psychiatrists and Mental Health Experts Assess a President—Updated and Expanded with New Essays (Thomas Dunne Books, 2019) が出ている。(2019 年 6 月 3 日)
まず、村松氏の文についてであるが、以下に指摘する点は氏自身の不注意であったかもしれない。しかし、読者の私が一読しただけで感じ得た不親切さであり、編集部でも当然気づくべき問題である。その文の題名は、
ドナルド・トランプの[...]
となっている。ここで、[...]の部分はあえて伏せておく。なぜならば、大抵の読者は必ずしも[...]の部分まで頭にきちんと入れてこの文を読み進むことはしないだろうと思うからである。実際、私はドナルド・トランプの政治姿勢あるいは政策について著者自身が批判を展開するエッセイだろうと思って読み始めた。
ところが、この文の 3 ページ目第 1 行に「本書は」という言葉が出てくる。「本書」に相当する書名は、そのセンテンスの近くはおろか、前ページ全体にさえも見当たらない。この文の最初のページである前々ページの最下段(3 段組みのうちの)までさかのぼると、ようやく、「『ドナルド・トランプの危険な兆候』の著者の一人が」という記述があり、それ以前にも書名は登場しない。『ドナルド・トランプの危険な兆候』は、著者が自分の考えを述べる一つの参考資料として引用したものかと思って読んできたのだが、これだけの検討をしてみて、ようやく「本書」とは『ドナルド・トランプの危険な兆候』であり、この文はこの本を話題にしているのだろうと推定することになる。
これを「本書」と呼ぶのであれば、... とさらに思いめぐらして、この文の表題までさかのぼると、なるほど、それは
ドナルド・トランプの危険な兆候
であった(これで、先に「危険な兆候」の部分を伏せておいた理由が、このブログ記事の読者に分かるだろう)。書名を意味しているこの表題には、『』をつけておくべきである。そうすれば、「本書」の意味するところがもっと分かりやすかったに違いない。
『図書』誌は岩波書店の宣伝誌の性格を持っている(全ての記事が岩波書店発行の本の宣伝ではないが)。村松氏が『ドナルド・トランプの危険な兆候』という本について書いた文を載せているということは、この本が村松氏も関係して岩波書店から最近刊行されたのだろうと思い、本号末尾にある同書店の新刊・既刊書の広告を見たが、この本は見当たらない。「アマゾン」で検索して、ようやくそれが 2018 年 10 月 26 日に村松氏の訳で出版されたものと分かった(原書は Bandy X. Lee, et al. The Dangerous Case of Donald Trump: 27 Psychiatrists and Mental Health Experts Assess a President)。とんだ手間を取らせる編集ぶりといわなければならない。
もうひとつの「記載されていない件」というのは、加藤典洋氏の死去のことである。同氏は本誌の「大きな字で書くこと」というコラムにエッセイを連載中であったが、さる 5 月 16 日に肺炎で死去した(71 歳)。コラムの原稿は何回分かすでに届いていたようで、6 月号にも掲載されている。『図書』誌には「こぼればなし」と名付けた編集後記のページがある。5 月 16 日の出来事(朝日新聞デジタルの訃報掲載は 5 月 20 日付け)をそこで扱うことは印刷の都合上きわめて困難だったかも知れないが、6 月号の発行を多少遅らせてでも、なんとかならなかっただろうかという思いがする。
後日の追記:せっかくこの記事をご覧になった方々のために、本『ドナルド・トランプの危険な兆候』(岩波書店、2018)について、村松氏の文から分かる範囲での内容を簡単に紹介しておく。
米国精神医学会は、直接診察していない有名人について精神科医が意見を述べてはならないという規定を作っている(ゴールドウォーター・ルール)。しかし、この本に寄稿した精神科医たちは、トランプ氏を診断せずに、インタビュー、演説、ツイッター発言などから分析した結果を、これはゴールドウォーター・ルールの適用外だと、冷静かつ理知的に判断し、職業的義務感にかられて発表したのである。村松氏は無頼派という言葉から書き起こし、宮沢章夫の文から坂口安吾や太宰治を例として挙げている。そして、彼らの行く先は自己破滅だったことを文末近くで述べ、無頼派の一人というべきアメリカ大統領がもし破滅すれば、それは核戦争による地球の破滅につながることを、本書のエピローグでのノーム・チョムスキーの指摘を引用して述べている。本書には、トランプ氏のいろいろな精神疾患の可能性が述べられているそうだが、これは精神疾患の診断書というより、上記のような危険性の警告書であり、アメリカでベストセラーになっている。
なお、原書の改訂版として、新たに 10 名の精神医学者が著者に加わった The Dangerous Case of Donald Trump: 37 Psychiatrists and Mental Health Experts Assess a President—Updated and Expanded with New Essays (Thomas Dunne Books, 2019) が出ている。(2019 年 6 月 3 日)
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