2005年1月5日水曜日

世界物理年

 国連が 2005 年を「世界物理年」(World Year of Physics 2005) と定めた(国連が採択・宣言した正式名称は「国際物理年」であるが、国際純粋・応用物理学連合の決めた「世界物理年」の名称が先行していた)。2005 年は、アインシュタインが、従来の時間と空間の概念を改めた特殊相対論、量子力学の一つの先駆となった光電効果の理論、分子の存在をはっきりさせたブラウン運動の理論、という三つの偉大な論文を発表した「奇跡の年」から 100 年目に当たる。

 日本物理学会では「世界物理年日本委員会」を設け、岡山県立光量子科学研究所主催「物理チャレンジ 2005」(8 月)、物理学会年会においての「ジュニアセッション」の開催(東京理科大学、野田、3 月)、物理学会誌への「日本の物理学 100 年とこれから」連載などを企画している。

 元旦の朝日新聞の「DO 科学」と名付けた第 3 部も、「世界物理年」に触れている。「奇跡の年」の舞台ベルンを歩く、アインシュタイン年表、アインシュタインのひ孫チャーリーの談話、エベリット教授が率いる「時空のゆがみ」測定の人工衛星実験計画、身の回りのアインシュタイン、等の記事を掲載した努力を多としたい。

 前記「日本の物理学 100 年とこれから」の第 1 回は「量子力学:その基礎への日本の寄与」と題して、日立基礎研の外村彰が書いている [1]。その優れた解説は、「"科学技術創造立国" を目指す日本は、今こそ、長期的視点で日本の学術研究を進展させ、50 年、100 年後で良いが、自称でなく他の国からも "科学技術創造立国" と言われる国になってほしい」と結ばれている。これは、政府や文部科学省の人びとにぜひ読んで貰いたい言葉である。

 ただ、外村の解説の文頭近くにある「究極理論を作り上げたノーベル賞の S. ワインバーグ」という言葉は、気になる。ワインバーグは「究極理論」という言葉が題名に入った本を著してはいる [2]。しかし、その書名全体が示す通り、そのような理論は、まだ物理学者にとって夢なのである。ワインバーグと A. サラムが成し遂げたのは、電磁相互作用と弱相互作用の統一であり、「標準模型」と呼ばれているものの一部である。査読者もこの誤りを見落としたとは、お粗末だ。著者の業績が立派でも、解説文に単純ミスがないとは限らないのだから、念入りに精査すべきである。このシリーズの企画が、「物理学の尽きない興味とその魅力を社会に語りかける」[3] というものであるから、その正確さはいっそう重要である。

  1. 外村彰、日本物理学会誌 Vol. 60, No. 1, p. 3 (2005).
  2. S. Weinberg, Dreams of a Final Theory (Pantheon, New York, 1992; paperbound, Vintage, 1994).
  3. 大橋隆哉、久保謙一、日本物理学会誌 Vol. 60, No. 1, p. 2 (2005).

 翌日の追記:上記のミスについて、著者にメールを送ったところ、早速、「確かにその表現は正しくありません。この文章は、編集委員会からも高校生向けにも理解できるようにというご指導を得て、大分訂正しましたので、編集委員とも相談して対応したいと思います」という旨の返事を貰った。


コメント(最初の掲載サイトから若干編集して転載)

テディ 01/06/2005 00:18
 自然界に存在する4つの力、「強い力」「弱い力」「電磁気力」「重力」を全て一つの力として説明しようとする「大統一理論」のさきがけとなった「弱い力」と「電磁気力」を統一したのが、「ワインバーグ・サラム理論」でしたよね。それを「究極理論」と称するのはシロウトのわたしでも "?" ですねえ。

Ted 01/06/2005 08:08
 日本物理学会誌の論文の著者の所属にはメールアドレスも記されていることを思い出し、きょう(6 日)、次号に訂正を掲載することを勧めるメールを外村さんへ送りました。

2005年1月4日火曜日

専門家の「読み」

 『図書』2005 年 1 月号掲載の竹西寛子著「読みの行方」を読む。著者・竹西は 1929 年生まれの作家、評論家である。私が初めて彼女の作品に触れたのは、随筆集『哀愁の音色』(青土社、2001)であった(拙評 [1] 参照)。

原稿用紙 9.5 枚程度の随筆「読みの行方」は、ほぼ同じ長さの三つの部分に分かれている。最初の部分では、ポリーニのピアノ演奏について、その特徴が、「ひたすら原曲の事実に近づこうとする」楽譜の「読み」から来る正確さであることが述べられる。これは本論への導入部をなす。

 第二の部分で本論が始まる。それは、著者が仕事の一つとしている和歌の評論においての「読み」に関するものである。まず大切なことは自分が「直観的に反応できるかどうか」である、という。次いで、「反応に客観性が与えられるかどうか」を問題にする。そして、「テキストへの反復接近」の重要性を述べる。反応の客観性は、評論をする専門家としての「読み」の厳しさに関わるものであり、一般読者には必ずしも求められるものではないであろう。

 最後の部分で、歌集の中での歌の位置が、その歌を単独で鑑賞したときには得られない「読み」を与えることに言及する。このことは、与謝野晶子の歌集『草の夢』の巻頭歌「劫初より作りいとなむ殿堂にわれも黄金の釘一つ打つ」の鑑賞から、著者が最近自ら学んだのである。そして、それは「読み」の新たな領域であり、「読みに限りはない」と述べる。

 ピアノ演奏においての「原曲の事実」といい、和歌の評論における「反応の客観性」といい、芸術分野の専門家が対象に取り組む仕方は、科学者の自然への取り組みに共通するものがあることを悟らせてくれる一文である。そしてまた、「直観的に反応できるかどうか」も、科学研究の動機と異なるところはない。
  1. 日本の伝統をふまえた名随筆集:竹西寛子「哀愁の音色」 (2003).

コメント(最初の掲載サイトから若干編集して転載)

Y 01/04/2005 09:47
 和歌に対して「直観的に反応」できるかどうか、とありますが、「直感」なのか、哲学用語としての「直観」なのか、どちらだと Ted さんは判断されますか、竹西さんにきくわけにいかないので。私なら和歌という芸術にまずじかに接するなら、「直感的に反応」のほうだと思うんですが。
 「テキストへの反復接近の重要性」は、これは「オリジナルなもの(原典、原書)に繰り返し向き合うことの重要性」と言い換えられるでしょうね。もちろん重要なことです。科学研究で、オリジナルなデータに丁寧に向き合う重要性と、共通した部分があるかもしれませんね。たえず新しい発見があり、より真髄の部分があとでみえてくるかもしれませんし。
 では、最初の「直感的な反応」と、この「反復接近」の重要性、とは、何もプロセス的に関連づけられていないのですか。だとしたら、随筆としてその点に何か物足りなさを感じるというか、それ自体を読んでいないのでなんともいえませんが。
 歌集の中での歌の位置、は、それこそ歌集としての芸術を創るなら、当然重要になってくるわけです。なので、原文を読んでいないですし、Ted さんからご紹介いただくこの機会に、この随筆について再度、Ted さんの思われることを、上記を元に、付記していただければ。

Ted 01/04/2005 16:22
 竹西さんの随筆では、「直観的に反応できるかどうか」の言葉が出てくる前のパラグラフに、「先人の鑑賞は出来るだけ多く読んでおきたい。無知のための誤読と独断は出来るだけ避けたい」とあります。したがって、著者は、明言はしていないものの、評論家としての歌の読み方を問題にしており、直感より少し進んだ、哲学的直観に、誤植でなく言及していると思います。
 「直観的反応」は、「その歌を読んだときまでの自分の知識と経験、それに想像力のすべてがかかってい」て、「相対的なものでしかない」と著者は述べ、そこへ絶対性を付与する意味で、「客観性」と「反復接近」の重要性へと話を進めています。これが Y さんがお尋ねの「プロセス的関連」になっていると思います。
 私は竹西さんの随筆を、相当短くして紹介したので、Y さんがおっしゃるように「歌集の中での歌の位置、は、それこそ歌集としての芸術を創るなら、当然重要」で、なぜそれが「『読み』の新たな領域」か、と疑問に思われて当然です。
 紹介を略しましたが、与謝野晶子の歌についての話の前に、「さまざまのかたちで作られている和歌の集の中から、任意の一首を取り出して鑑賞するのは読者の自由である。本来ならば、…(略)…。しかし、…(略)…和歌一首、独立して読めないというものでもないので、読者の自由は大幅に行使される。それに、例外はあるものの、勅撰集、準勅撰集、私撰集、私家集など、基本の単位はおおむね独立した一首である」という記述があります。そして、問題の晶子の歌も「よく単独で引かれる一首」で、「汎く晶子の歌人としての自負と覚悟を詠んだものと見られ」ていたのです。しかし、竹西さんは、歌集の中での位置から、それが「晶子の歌作りの想像以上の苦しみと、詩を仰ぐ志の高さとの、孤独で苛酷なたたかいを具体的に示して切実」であることを知ったそうです。
 和歌の独立性が、いままでの多くの評論家から「歌集の中での歌の位置」を見るという基本的鑑賞態度を奪っていたのでしょう。このことに思いを致すならば、竹西さんの随筆は、研究において基本に立ち返ることの重要性を私たちに教えているものともいえましょう。

M☆ 01/04/2005 11:44
 「詠む」側と「読む」側の捉え方は必ずしも一致するわけではないだろうけど、やはり問題なのは「読む」側がどう感じ、どう取り組むかなのだろうなぁ…。学生時代国語の先生が、国語の問題に「答え」はないと言っていたのを思い出しました。「テキストへの反復接近」という表現は初めて聞きました。どういう意味なのかな?!

Ted 01/04/2005 16:43
 「国語の問題に『答え』はない」とおっしゃったのは、拡大して言えば、芸術はいろいろな鑑賞のされ方がある、ということになるでしょう。しかし、芸術の評論家は、自分に固有の見方をするのではなく、作品の背景や作者の意図を捉えたり、多くの人びとの受けとめ方の拡がりや平均値をも見極めたりする、というような難しい役割を負わされているといえるでしょう。
 「テキストへの反復接近」とは、和歌の場合については、「歌を繰り返して読む」ことと、竹西さんは書いています。その「過程で消えてしまうような反応」は客観性のないものであり、評論家としては「追う必要もない」のだそうです。

四方館 01/04/2005 11:55
 今日の毎日新聞で、利根川進氏が、「読解力」の大切さについて語っていましたね。昨年末に話題になった、到達度各国比較での低落傾向を受けての発言ですが。
 「読み」の問題は基本中の基本だし、基本とは生涯を通じて研鑽を求められることでもありますから、絶えざる問い直しのうちにあるともいえますね。
 Y さんの「直感」かそれとも「直観」かについては、著者は敢えて「直観」としていると思います。本質的なものへいかほどに肉薄しえているかでないと、その反応に客観性を担保できるかどうかを問うていくこと自体、どれほど必然的な価値があるかとなりますからね。
 「読み」の問題として「テキストへの反復接近」の重要性は、勿論そのとおりだと思いますが、私など門外漢からみれば、それこそ「読みの歴史」とでもいうべきような膨大な知識量、この蓄積の量がそれこそ問題で、いわゆる専門家である学者諸氏は何故にこうまで枝葉末節に拘っていらっしゃるかと、よくため息をつきたくなります。例えば、昨年亡くなった網野善彦さんの史学など、長い間、歴史学の本流からは無視されてきましたよね。学界という世界が魑魅魍魎化してしまいがちなのをなんとかして貰いたいですね。

Ted 01/04/2005 17:11
 利根川さんが到達度各国比較での低落傾向を受けて「読解力」をいわれたのは、算数や理科の力があったとしても、問題を正確に理解する国語の力がなければ、問題に正答できないので、国語の教育がたいへん重要、ということなのでしょう。
 「直感」か「直観」かについての私の解釈は、Y さんのコメントへの返事として書いておきました。
 文科系の学問に私は直接触れた経験がありませんが、枝葉末節への拘泥がありますか。たとえば、文学では、自然科学が素粒子、分子構造、DNAの塩基配列など、基本構成へ遡るのと同様に、作品の基本成分である単語の使い方まで細かく分析することは、ある程度必要であるように思えます。しかし、作品が総体として表出している思想の把握がより重要でしょう。「魑魅魍魎化」があるとすれば、改革されなければなりません。

Y 01/04/2005 18:54
 Ted さんのレスの前半部分のみについて述べますね。そもそも、彼女はなんでそんなに「哲学的」になって、短歌に「絶対性」まで生半可に付与するために、「客観性」を重要としているんですか。「その歌を読んだときまでの自分の知識と経験、それに想像力のすべてがかかってい」て、「相対的なものでしかない」、その通りでございます。(でもこうして彼女が言葉にすると大変うそくさいですね。)短歌を味わうって、そういうこと「以上」の何か「絶対性」「客観性」の中に「参入」せねばならないものなのでしょうか。
 M☆さんの書かれている、「国語の問題に『答え』はない」、これが広く文学というもののある意味「すべて」ですよ。もちろん相対的で、主観的で、体験的に理解するもので、体験を超えるものは自己内主観性において想像によって感じ、理解し、味わって考えていくものです。
 四方館さんはとっくにおわかりの上でのコメントだと思いますが、たとえば、TRちゃんの短歌を私が読む(鑑賞する)とき、「しびれるー」「おお、これは決まってる」、そういう主観的感想、感慨、感動、それを最も尊重しないで、門外漢で(もいいんですけどね)哲学の絶対性や客観性でもって価値を上昇させて安心して、どうするんですか。そんなの芸術論ですか。疑問でたまりません。
 先人の鑑賞を多く読むのはいいんですけど、芸術としての短歌に、「無知のための誤読と独断は避けたい」って、その態度、なんですか。誤読とか独断とか、「個人的体験」として(場合によっては普遍性もあたえられつつ)詠まれた短歌を読む際に、起こりうるんですか。読んで感じたもの、正直に思ったこと、それがすべてではないですか。そんなに芸術の「主観性」の「値打ち」に彼女は鑑賞者、批評者として「自信」がないんでしょうか。
 文学と文芸評論は全然違うって、だいたい知っていたんですが、短歌の世界でもこうだとは。いや、こういう役割を負わねばならない職種の方が必要かもしれませんが、芸術=芸術…1=1という自己同一性を維持する力のない芸術鑑賞者、批評者というのは、いったいどういう自己認識をもっていらっしゃるのか、まったく、哲学を甘くみるんじゃない! てことです。
 ★Tedさんに対して言っていることではないんで、一応私、哲学の大学院出てますので、このコメント、信頼してくださいね。

Ted 01/04/2005 20:25
 始めに私の返信による誤解を二つ、正させていただきます。
 第一に、「哲学的直観に、誤植でなく言及していると思います」は、この中に引用の括弧はありません。つまり、哲学で使われる直観の語を、竹西さんはあえてここで使っている、という私の解釈を、私自身が哲学的直観という言葉を使って述べたのであり、竹西さんが哲学的という言葉を使っているのではありません。
 第二に、絶対性という語も引用の括弧なしで書きました。これは、「相対性」と、これの対語ではない「客観性」を結ぶために私が挿入したものなのです。「相対性」を主観性と言い換えて、これを「客観性」に変えるプロセスを竹西さんは述べている、といった方がよかったかと思います。
 ということで、Y さんの第1パラグラフの竹西さん批判は、私の文が与えた誤解によるものです。そして、その誤解が、不幸にして、第 3 パラグラフの「哲学の絶対性や客観性でもって価値を上昇させて安心して、どうするんですか」というご意見や、最終パラグラフの「哲学を甘くみるんじゃない!」というご意見にも影響していると思います。
 次に、第 6 パラグラフの「芸術の『主観性』の『値打ち』に彼女は『自信』がないんでしょうか」というご意見について一言。この随筆からは、一般読者の主観的な読みの値打ちについて竹西さんは肯定するか否定するかは分かりません。しかし、評論家である彼女自身としては、主観的鑑賞から出発しても、客観性を与えなければ、その鑑賞結果を評論として発表する価値は生じないと考えているといえるでしょう。評論においてのこの態度は、私は少なくとも一つのあり方ではないかと思います。

Y 01/04/2005 21:03
 Ted さんが「哲学的」なものだと、竹西さんの文章をそのように解釈されていて、竹西さんご自身はそうは明記されていない、ということはわかっているんです。大切な事はこれです。四方館さんのブログ、あのほとんどは、演劇などの芸術に対して「芸術的な表現」でもって、受け止めた感触や考えを述べておられますよね。一般に評論として発表する際にも、その際こそ、芸術に対して芸術的に答える、その「魂のこもったわざ」が必要です。客観性、というもので一般に発表する価値があると考えるのは、非常に「客観性」を甘くみている、ということで、これは多くの心理学研究などにもいえます。
 主観的な世界を客観的に観る(この漢字ですよね)、というのは大事ではないとは言わないのですが、「芸術を味わうこと」を人に語り、伝える際の上位価値には来ない、ということです。
 これは、Ted さんの取り組まれている科学にも言えることだと思うのです。「現時点での科学的成果」の客観性、絶対性(哲学用語じゃなくていいですよ)を本当に、真に証明しきることはできない、いずれ次の時代の「科学的成果」にとってかわられる可能性があり、科学は常にその意味で、限界があり、客観性を証明しきれない、けれども「現時点での価値は認められるし社会的貢献もできる」…これ、相対的な世界そのものですよね。

Y 01/04/2005 21:16
 別の言い方しますと、芥川賞の審査員にも、パガニーニコンクールの審査員にも、その文学作品や音楽演奏に対して絶対性や客観性を付与して、審査しているわけではないんです。どれだけ多くの一般大衆にその芸術がうけいれられるかをはかっているわけでもない。だけれども審査してるし、評論も立派にしている。そのようなお仕事は私も必要だし、大変ですねと、認めているのです。
 客観性、絶対性とは何か、哲学の世界ではこれを究極の次元で考えつめていきますが、もう本当に厳しい思考の世界で、それですら、「真の」客観性、絶対性といったものは語りえないのです。(哲学に科学論というのは大いにあります。)
 私たち、人間なのだから、それでいいのです、ゆるされているんです。

Y 01/04/2005 22:16
 そもそも芸術のオリジナルな形ではなく、芸術の素晴らしさの紹介や再配布、という役割を担う芸術評論家という職業は、その綴るもの(評論)が元の芸術を味わうのとまた違っていてよいんですが、とにかく「もう一度芸術的に味わわせてもらった」と評論の読者が感じるものを綴らなくてはならない職業だと思うのです。でなければ、元の芸術、たとえば短歌そのものを読者が自分で探し出して読んだほうがよい、と思われませんか。評論家はその「元を味わう機会がなかなかない」一般人のために、評論でその芸術をひろめているんですよね。
 人文系の学術研究の、概念の学術解釈の歴史、歴史…と果てしなく拘泥して、がちがちになってしまう世界は、四方館さんのおっしゃるとおり、どうにかしなければならないと思います。

Ted 01/05/2005 08:52
 「芸術評論家という職業は、…『もう一度芸術的に味わわせてもらった』と評論の読者が感じるものを綴らなくてはならない」と、Y さんがおっしゃったのに似たことを竹西さんも書いています。斎藤茂吉、折口信夫、窪田空穂ら先人の鑑賞について、「考証どまりならぬ、情緒の生気も瑞々しい鑑賞で、ともに創作への道が開けている」という表現で賞賛しているのです。
 そしてまた、客観性について述べる先に、「歌の鑑賞で私が何よりも大事にしたいのは、自分がまずその歌に直観的に反応できるかどうか」(下線は Ted)だと書いています。このことは、彼女は、自分が発表する評論において客観性の付与が必要と考えながらも、それを必ずしも第一義とはしていないことを示しています。
 さらに、竹西さんが文末近くで「読みに限りはない」といっていることから、彼女も客観性が「真の」客観性ではありえないことを十分承知していると思われます。
 私が元の記事を書いたのは、芸術の鑑賞においても客観性を必要と考える人がいることを面白く思い、そのことを紹介したいと思ったからでした。したがって、竹西さんの和歌評論についての考え方の全貌を正しく伝える文にはなっていなかったことをお許し下さい。

哲也 01/04/2005 23:06
 他の方のコメントが、私にとっては、非常に難しく、何度か読み返してみたのですが、
よくわかりません。(陳謝)で、とりあえず、のんきなコメントで
申し訳ないのですが、一言だけ(^^)
>芸術分野の専門家が対象に取り組む仕方は、科学者の自然への取り組みに共通するものがある
というのは、ふむふむと思いました。というか、逆に、科学者の取り組み方に、芸術分野の専門家の方の取り組み方が似ているのが問題なのではないでしょうか。それほどまでに、科学的方法論というのは、蔓延しているのかもしれません。
 ぜんぜん検討違いのコメントで、申し訳ありませんでした。

Ted 01/05/2005 09:02
 哲也さんこそは、私が元記事の中心としたことにコメントして下さいました。ただ、私は、「似ているのが問題」とは思いません。似た取り組み方が当然あってよい、と思います。芸術も科学も共に、美や真実を追求する人間の営みなのですから。

M☆ 01/05/2005 14:50
 色々な意見があり、論じ方もあり、それを捉える十人十色の感じ方があり…。専門家の意見を通じて(私のような)素人がそうした機会に触れられるのありがたいことです(^_^)。わかりやすく説明してくれてありがとうございます! Y さんのコメント、四方館さんのコメント、それぞれにやはり私(素人)なりの感じ方があり、それらに触れられたことをこの場を借りて感謝致します(^_^)
 Ted さん、たくさんの返信ありがとうございます。また遊びに来ますね!

Ted 01/05/2005 17:40
 できるだけ幅広い方がたに、毎回何かを掴んで貰えるようなブログを書いて行きたいと思っています。コメントを再さい寄せて下さることを期待しています。

2005年1月3日月曜日

正月料理 (New Year Dishes)

Abstract: Yesterday our daughters' families visited us. A total of nine persons noisily enjoyed playing cards and eating New Year dishes, as shown in the photo, and had much laughter good for health.

 昨 2 日は、近年わが家で恒例となっている娘たち家族の来訪日である。この日、いつもは 2 人だけの家の中の人口が 4.5 倍にふくれ上がる。妻は朝から夕食用正月料理の追加製造に忙しかった。その労をたたえて、ここにでき上がった品じなのイメージを掲載する。

 写真の上左端にある重箱中の左半分は、黒くて写りが悪いが、妻の母伝来の、ひき肉を中指大にノリで巻いて揚げたもの。下左端の重箱中の右半分に見える淡褐色のものは、寒天に卵をといて浮かせた、俗称「べろべろ」という石川県の郷土料理で、私の子ども時代からの大好物。卵の浮き具合が微妙な模様を作りだす。下右から 2 番目の黒い丸器の 2/3 を占めているのは、妻のアイデア試作品、バナナのベーコン巻。

 夕食の前後には、長女の息子 2 人を中心に、「大富豪」という名のトランプ遊びなどに興じ、大いに笑い合う。笑いは百薬の長。

コメント(最初の掲載サイトから若干編集して転載)

poroko 01/03/2005 11:20
 屠蘇器もありますね。さすがです。北海道ではその習慣がないのかどうか解りませんが夫の実家ではお屠蘇を飲まないみたいです。ワインとビールです。

Ted 01/03/2005 15:51
 北海道は本州の各地から渡って行った人たちの子孫が多いでしょうから、共通の伝統的習慣はないのかも知れませんね。

テディ 01/03/2005 14:06
 It is no good when there are not New Year dishes in the New Year in Japan as expected.
(汗)変ですかこの英文…。今年の抱負の一つに英語の再勉強を加えたいです。
 しかし、日本のお正月はやはりおせち料理とお屠蘇、皆でわいわいとやるゲーム、これに尽きますねえ。

Ted 01/03/2005 15:46
 テディさんの英文、間違いはありませんが、ちょっと持って回った感じがします。
 In Japan, the New Year would not look like one without special dishes for it.
とでもいうのがベターかと思います。私の英語は、科学英語育ちといったようなもので、日常的話題には弱いのです。一緒に勉強しましょう。

未月 01/05/2005 10:50
 遅ればせながら、おめでとうございます。今年もどうぞよろしくお願いいたします。
 バナナのベーコン巻き、そそられます(笑)。組み合わせの妙で、酒の肴によいかもしれませんね。笑いは百楽の長。本当にそうですね。わが家もお正月、なぜか波田陽区のCDがブームとなり、末っ子はこれまたなぜかマツケンサンバに明け暮れ。1年のはじまりに、みんなでゲラゲラとすごくくだらないことで笑い合えるっていいな、と思っていたところです。

Ted 01/05/2005 12:00
 ベーコンで巻くのは、本当は野菜類の方がよいのでしょうが、いまは高値で。バナナはズルズル滑り出たりして、あまり評判がよくなかったです。「笑いは百楽の長」という言葉は、昔 Reader's Digest という雑誌の日本語版で、笑い話を集めた欄の題名だったと思います。

2005年1月2日日曜日

賀状種明かし

 私は今年の年賀状に佐伯裕子の短歌

「鶏も高きに居れば鳳凰とならん」おかしな末吉を抽く
を引用した(「」も短歌に含まれる)。これは朝日新聞に連載の大岡信「折々のうた」(1999 年 11 月 24 日付け)に、佐伯の歌集『寂しい門』(1999)から紹介されていたものの孫引きである。私は「折々のうた」に干支の動物が登場する「うた」が紹介されたとき、切り抜いて将来の賀状への利用に備えている。「うた」は俳句をも含む。

 一回り前の酉年(1993 年)には、
鶏ねむる村の東西南北にぼあーんぼあーんと桃の花見ゆ——小中英之
を引き、「このような桃源郷を大切にする世の中でありたいものです」というコメントをそえた。

 あいにく干支の動物を詠んだ「うた」のない場合には、斎藤茂吉の『万葉秀歌』あたりから、新年にふさわしい歌を取ったりする。何年か以前に

新(あらた)しき年の始めの初春の今日降る雪のいや重(し)け吉事(よごと)
      ——大伴家持(万葉集・巻 20・4516)
を引用した。今年、同じ歌が雑誌『図書』1 月号の編集後記「こぼればなし」欄の文頭に引かれている。そして、文末には、リービ英雄によるその英訳がある。
Let good fortune
accumulate even more
like the snow that falls this day
   this first day,
at the beginning of a new year.
さる 11 月に出版されたリービ英雄著『英語でよむ万葉集』(岩波新書)を、私は先日購入したが、これには未収録だそうである。未収録といいながら、岩波書店発行『図書』の編集後記子は、その宣伝を忘れない。

 干支に因んだ「うた」がないときの、さらに別の手段は、干支の文字を含んだ作家や作品の文を使うことである。寅年には、寺田寅彦が何回か登場した。芥川竜之介や、加藤周一著『羊の歌』も役立つ。1998 年には寅彦の次の文を引用した。

 年賀はがきのあて名を一つ一つ書いてゆく間に、自分の過去の歴史がまるで絵巻物のように眼前に展べられる。
妻がかつて習った先生から、年末、妻と私二人宛に一枚のはがきが届いた。わが家では、妻独自の賀状も作っているが、妻の先生方の中のお二人からは、私が作る夫婦名義のバージョンの使用を要望されており、はがきはそのお一人からのものである。何ごとかと思えば、上記の寅彦の文の一部を詠み込んだ短歌を 2005 年の賀状に記したいので、孫引きをご了承ください、という丁重な依頼であった。

コメント(最初の掲載サイトから若干編集して転載)

いつを 01/09/2005 10:28
 「新しき年の初めの初春の今日降る雪のいや重け吉事」の句。私は昨年の 12 月 13 日鳥取県国府町の万葉記念館で、知りました。作者の大伴家持が赴任していた鳥取の国府で詠んだというもの。今年は、私の住んでいる水戸では、元旦に雪が降りましたのでぴったりです。もう一つあった、在原行平の「立ち別れ稲葉の山の峰に生ふる待つとし聞かばいま帰えりこむ」もよかったです。最近は年賀状も印刷が多く、一筆でも肉筆の言葉が欲しいですね。

Ted 01/09/2005 11:08
 コメントありがとうございました。『図書』の記事では、歌の引用から数行下ったところにようやく、大伴家持の名と彼がこの歌を作った状況の説明が記されていましたので、私の記事への引用に際して、家持の名を出し忘れていました。いまから挿入しておきます。私が賀状に引用したのは 1984 年でした。「立ち別れ…」の歌は百人一首に入っていますね。

2005年1月1日土曜日

「賀状来ぬ昔の恋はさりげなく」


 新年おめでとうございます。

 "Ted's Coffeehouse"へご来訪の皆様のご多幸をお祈り申し上げますとともに、本年もよろしくごひいき下さいますよう、お願いいたします。

 (写真は大みそかの午前、堺市で少しばかり積もった初雪)

高校時代の交換日記から

1952 年 1 月 1 日(火)雨

(Ted)

 変わったことといっては何一つないのに、無理に変えようとするのだから、空虚な一日となってしまった。
 昨夕、KJ 君の家へ KB 君と行って、生物の宿題を貸してあったのを返して貰い、帰宅して障子を開けると、「早いお帰りだね!」と母にどなられた。ぞうきんで身体をふきまわしているうちに、頭が痛くなり、それがけさまで続いた。ラジオで初めて聞いた除夜の鐘は、重く垂れ下がっては来るが閉じてしまわないまぶたを、妙な哀愁で執拗に揺すったに過ぎなかった。
 北国新聞の第 10 ページに載っている創作は、「もしこの短編に何か教訓じみたものを探す読者があったら、それは年始状といふ新年にドッサリ来る郵便物の中には…(略)…。ある人の句に、賀状来ぬ昔の恋はさりげなく(注 1)」と結んである。この創作が題名としているものについて、少し書いておこう。[…(注 2)]
 夜、「赤と黒(下)」の文字を拾い、頭に 19 世紀フランスの像を描くとともに、高邁な思想に触れる悦びを味わう。第 32 章の始めに引かれている「あゝ! 何故これでなければならないのだ。何故ほかのものではいけないのだ。 ボーマルシェ」という 2 行へ来たときは、それが踏み心地よい白雪ででもあるかのように、もう一度踏みしめてみた。

 引用時の注
  1. この句の中の「来ぬ」は「来ない」の意味ではなく、「来た」の意味であり、「こぬ」ではなく、「きぬ」と読むのである。このとき以来、この句は私の頭にこびりついていたが、「賀状の来ない昔の恋は」と解釈したので、「さりげなく」に、「はかないものだったのだなあ」という間違った意味をこじつけていた。それが、定年退職も近くなった頃、ふとしたきっかけで、「昔の恋人から賀状が来たが、(配偶者へ気づかってであろう)さりげない内容になっている。(それでも、嬉しいものだ)」と、おそらく正しい解釈ができたのであった。これについては、私の英文創作[文献 1]の中でも述べている。そこには、この句を読んだのは大学生時代だったと書いたが、高校 1 年のときだったのだ。まだ「昔の恋人」というような人のいなかった年で、この句が頭にこびりついたのは不思議だ。
  2. ここに友人たちからの年賀状(創作の題名は「年賀状」だったらしい)についての感想が記されているが、省略する。
 文献
    "Vicky: A Novella" (1997). [参考]M. Y. "英文小説「Vicky」の解説" (2003).

後日の追記:M.Y.君からメールで下記の感想が寄せられた。

 【高校時代の日記、美しき青春です。「赤と黒」中のボーマルシェの啓蒙的な言葉に関する記述、高校時代に感銘を受けられたとは感心しました。実はボーマルシェについては、私は昨年 12 月オペラ「フィガロの結婚」をみるために、文庫版の同書を読んで、たいへん面白く思い、また、感銘を受けました。訳者の辰野隆の解説に「ボーマルシェはけた外れの変わり者でフランス革命前のごとき乱脈な世相からでなければ決して生まれぬ鬼才中の鬼才であった」とあり、スタンダールが『赤と黒』で引用するのもぴったりだと思った次第です。】

コメント(最初の掲載サイトから若干編集して転載)

RIN 01/01/2005 14:37
 明けましておめでとうございます。
 昔の日記を現代版日記ツール「ブログ」に掲載されるという試み、とても画期的な試みだと感じました。米国で流行していたブログ (Weblog) という新しいツールが、昨年頃から日本でも急速に流行し始めて、私の周囲でも日記を始めた友人が何人もいます。「手段」は変わっても昔から「人」はそれ程、変わっていないような気がしました。

Ted 01/01/2005 17:15
 私は、エコーとほとんど同時に、アメリカのブログの老舗、Blogger.com にもアカウントを取りました。そこでは、投稿の日付を 1999 年以降の任意の日に設定できます。Blogger.com の創業が多分 1999 年なのでしょう。もっと昔にさかのぼって日付を設定できるブログサイトがあれば、昔の日記のディジタル化にさらに便利なのですが。

*maho
01/01/2005 15:55
A HAPPY NEW YEAR!
How is your New year holiday? Hope you having good time. I ate mooch with daikon oroshi, yumyum.
I thought 来ぬ=kinu. You are bright with Japanese too, cool!

Ted 01/01/2005 17:34
Today I had my first visit of the year to a shrine. It was not to 大鳥大社 shrine, but to a smaller and nearer one, Kusabe-jinja.
You're right to think 来ぬ=kinu in this short poem (senryu or haiku). I had been wrongly thinking 来ぬ=konu for many years. So I'm not wise enough about Japanese, to say nothing of English.

poroko 01/01/2005 21:25
 「夏はきぬ」の来ぬですね。さりげなくでも匂わすような字句があれば細君は間違いなく気付いているでしょう。その奥様の態度もなにか「さりげなく」なのでしょうかね。
 何日分にでも書けるブログは複数存在するようですが、一旦投稿してから日付を変更する必要があったり、投稿時設定手順が増えたり少々面倒なようです。

Ted 01/02/2005 09:07
 そう、「さりげなく」なのでしょうね。などといって、わが家でもそうなのでしょうか。
 Echoo! で簡単に過去や未来の日付けを選べる機能を付加して貰えるとありがたいですね。未来というのは、Blogger.com で年末に新年の挨拶を 1 月 1 日づけのブログとして掲載して、親元へ帰った人がいたのを見ましたので、そのような目的に好都合か、ということです。

Nadja 01/01/2005 22:28
I wish this new year will be the happiest and best for you!
 昔の恋人から来る便りの子供の写真に、そっくりや~~ぎゃははは、と笑っているのは私です(笑)

Ted 01/02/2005 08:54
I wish the same to you!
 私のところへも、昔つきあっていた人や憧れていた人からの賀状はありますが(それで、「賀状こぬ」と詠んだと勘違いした句の作者に対して、誤りの優越感を持っていたのです!)、子供の写真がついていたことは、残念ながらありません(どちらも男の子しかいなかったなぁ)。

四方館 01/02/2005 01:20
 おもしろいもので、この記事のように、往年の日記など昔の文章に触れるほうが、現在の書かれたものを読むより、ずっとぬくもりを感じてしまうのはなぜでしょうね。これは Ted さんの記事にかかわらず、どなたの場合でもそうだと思うのですよ、きっと。その人の現在の姿—イメージ—がそれなりにあって、もちろんそれ自体、日頃の文章から此方が勝手に描いているに過ぎないものですが‥‥。時を隔てた、この場合 50 年以上も遡った過去の、その人の断片的なイメージがほのかに思い浮かんで、過去と現在が自然にオーバーラップしてくる。大袈裟にいえば、過去と現在が結ばれて、その人の来し方にまで想像がひろがってゆく…。その人の生そのものに触れてゆくような、あくまで想像のなかでのことですが、その生への感触がぬくもりの正体だと思いますが…。

Ted 01/02/2005 08:42
 「ぬくもりを感じて」いただき、恐縮です。高校生時代の日記は、未熟なところはあるものの、現在の私が書くものと、すでにかなり似ているようです。言い換えれば、その頃以来の私の進歩がそれほど大きくなかったということで、恥ずかしい次第です。

Y 01/02/2005 11:13
 四方館さん、その通りですね。Ted さんは昔の文章をそのまま残しておられて HP やブログに掲載されたり、また同窓生などのお話をブログでよくされるのですが、私は心地よいのです。私には子ども時代もなかった(空白)も同然なのですが、うらやましいと思わず、Ted さんの誠実さ(誠実な感性)がこのようにして長く人との関係でにじみでてきた人生を歩んでいらっしゃったのだなあと感じられるからです。
 私は空白、断絶、断絶、喪失…の人生ですので、Ted さんのぬくもりと対照的なのですよね。こんな人間なものですから、今更「築いていきたい」という言葉は使いません。「作っていきたい」という程度ですね。

四方館 01/02/2005 13:27
 Y さん、空白といえどもおそらくまったくなにもないということではない。断絶や喪失といっても、必ずそこにはなんらかの関係性があり、見えない糸もそこはかとなく感じられるものですよ。あなたの生も、私はきっと同じように築かれてきたものとして感じられる、と思っています。

Ted 01/02/2005 13:47
四方館さんのコメントに私も同感です。Y さんの子ども時代には辛いことが多かったのでしょうが、そこには今の Y さんのよさを育んだ何かがあったはずと思います。

Y 01/02/2005 13:48
 四方館さん、ありがとうございます。温かいお言葉…。そうですね、断絶や喪失にも、また「続く関係性」があり、見えない糸もありますね。この人生をもちろん肯定していますし、30歳まで生きてやっとわかったことが余りに多い、ということは、やはり何かを築いてきたのでしょうか。四方館さんからみられて、そのように思われるのでしたら、そうなのでしょう、と思うことができます。