2007年1月15日月曜日

湯川博士関連の問題に挑む日本のグループ

 新着のネイチュア誌に、2004年ノーベル物理学賞受賞のフランク・ウィルチェック博士が、私たち「湯川秀樹を研究する市民の会」が学んでいる湯川論文を引用して、最近の研究を紹介している("News & Views" 欄)。その研究は日本のIshiiら筑波大と東大のグループによるもの**である。ウィルチェック博士は来たる23日の湯川生誕100年記念日に京大で講演する予定になっており、その中でも、この話が出るのではないかと思われる。

 * F. Wilczeck, "Hard-core revelations." Nature, Vol. 445, p. 156 (2007).
 ** N. Ishii, S. Aoki and T. Hatsuda, preprint available at http://arxiv.org/abs/nucl-th/0611096 (2006).

 ウィルチェック博士が書いている記事のアブストラクトには、「原子核がどのようにして結びついているかについてのわれわれの理解は、いままでのところ、全く経験的なものである。強い核力の理論[訳注:量子色力学(QCD)]から出発する困難な計算が、物質の固い芯への道を与えるであろう」とある。

 記事の第1図(同様の図は、Ishiiらの論文中にも第1図として掲載されている)として、核子間ポテンシャルのグラフが載っていて、その説明が、この記事の概要をもう少し詳しく分からせてくれる。核子間ポテンシャルのグラフとは、二つの核子(中性子と陽子の総称)の間の距離を横軸にとり、縦軸に位置エネルギーをとって、両者の関係の曲線を示したものである。これを距離の大きい方から見ていくと、数フェルミ(1フェルミは10のマイナス13乗cm)の距離では、位置エネルギーは0付近から次第に勾配を大きくしながらマイナスの大きな値に変化する。位置エネルギーが低いほど、安定な状態なので、これは二つの核子の間に引力が働き、二つを近づける傾向があることを意味する。

 湯川博士の1935年の理論によれば、この力は、中間子として知られる粒子の交換によって生じる。この理論の誕生後、最も軽い中間子であるπ中間子(パイオン)は、最も遠距離での引力を説明するものであり、より近距離では、もっと重い中間子(ρ、ω、σ)がこれに取って代わることが分かって来た。しかし、ちょうど1フェルミ以下の距離では、様相が突然一変する。ここでは、曲線が近距離になるほど激しく上昇し、力は強い斥力となる。この斥力は、核子同士が溶け合うことを防いでいるのである。

 このようなポテンシャル曲線の形は、いままで経験的に知られていただけであるが、これを第1原理から計算する基礎は、1970年代に作り上げられた量子色力学によって備わっている。ただ、その計算はとても複雑で、容易にはできない。筑波大・東大のグループは、巧妙な計算法と目下利用できる最大最速のパラレルコンピュータを駆使して、このポテンシャルの経験的な形を再現する最初の計算を行なったのである。

 ウィルチェック博士は、「原子核を保っている力を理解しようとするわれわれの努力は、はなばなしい冒険となったが、その道程において最初の目的がむしろ路傍に置き去りにされていた。画期的な仕事とみなされることになると思われる Ishii らの論文は、この状況を変えるものである」というようなことばで、筑波大・東大のグループの計算を讚えている。

 なお、ウィルチェック博士は記事の冒頭において、核力の理解への努力が「われわれに、クォークと、強い核力を媒介する色つきグルーオンと、量子色力学というすばらしい理論を発見させた。この理論は、高エネルギーの最前線における実験的研究を主導し、"統一場の理論" の夢を鼓舞し、理論物理学を初期宇宙の研究にまで浸透させた」と記している。これらはすべて、湯川博士の中間子論と素粒子の理論的研究方法の確立という偉大な業績の影響といってもよさそうである。

×     ×     ×

 私は、中性子や陽子が素粒子でなく、実はそれぞれ三つのクォークからなるという内部構造を持ち、クォーク同士によるグルーオンという粒子の交換が核力の真の源だということになったのに、湯川博士の理論がなぜ中間子の存在をうまく予言し得たのか不思議に思っていた。しかし、クォークと反クォークからなるいろいろな中間子が現実に核子間を飛び交っているのであれば、中間子論はある程度よい近似だったことになるのであろう。

2007年1月13日土曜日

中間子命名にハイゼンベルクの父が関与

 先に中間子を媒介として中性子と陽子が引き合う核力が生じるという湯川博士の中間子論を、ガモフが、二匹のイヌが一本の骨というエサを取りあって、両側からかみついて離れないという例えで説明している [1] ことを紹介した [2]。昨日、18年も前に買って「積ん読」になっていたガモフの別の本 [3] を何気なく開いてみたところ、同じ例えが、ガモフ自身の描いた漫画入りで述べられていた。そのほかに、次のような、中間子の命名にかかわるエピソードも記されている。

 湯川博士が存在を予言した、重さが電子と陽子の中間の粒子に対して、初めのうち「ユーコン(yukon)」や「重い電子」「軽い陽子」という名前が用いられていた("yukon" の "yu" は、"Yukawa" の "yu" であると同時に、湯川博士が論文中に、この粒子が作る場を "U" という記号で表わしたことにもよるだろう)。そのうち、ギリシャ語で「中間」を意味する "mesos" にちなんだ「メソトロン(mesotron)」が提唱されたが、古典言語の教授だったハイゼンベルクの父親が "tr" が入るのはおかしいと反対した。

 ギリシャ語で「琥珀(こはく)」を意味する "electra" には、もともと "tr" が入っているので、これにちなんだ "electron"(電子)はよいが、"mesos" には "tr" が入っていないので、この語から "mesotron" は作れないというわけである。そこで、フランスの物理学者が、フランス語で「家」を意味する「メゾン(maison)」とまぎらわしいとして反対したものの、最終的に "meson"(メソンあるいはメゾンと読む)に落ち着いたという。――ハイゼンベルクの父親が物理学史の片隅に登場するのが面白い。――

文献

  1. G. Gamow, "Mr. Tompkins Gets Serious: The Essential George Gamow, The Masterpiece Science Edition" (Pi Press, 2005).

  2. 素粒子間の力の例え, Ted's Coffeehouse (Nov. 30, 2006).

  3. G. Gamow, "The Great Physicists from Galileo to Einstein" (Dover, 1988; first published by Harper & Brothers in 1961 with the title "Biography of Physics").

2007年1月8日月曜日

「補習」会

 「湯川秀樹を研究する市民の会」が昨1月7日に持った「補習」会の熱心さは、私がけさ同会のメーリングリスト・メンバー宛に送った下記のメールで想像して貰えるだろう。



 皆さん、お早うございます。

 昨日は「補習」お疲れさまでした。

 「補習」の中で、(12) 式*中のm_U(_U は、U が下付きという意味)は、m_U の2乗でなければならないとの鋭いご指摘がありました。私は (14) 式の後に書かれている説明が、いまだに腑に落ちないので、その辺りについて何か分からないかと思って、いま Brown & Rechenberg 著 "The Origin of the Concept of Nuclear Forces" を見ていました。すると、(12) 式とその後の数行が原文のまま引用されていて、ちょっと驚きましたが、その前後の湯川の手書き原稿も掲載されていて、そこでは m_U にちゃんと2乗がついていました。したがって、2乗が抜けたのは出版社の誤植と分かります。**

 (14) 式の後に書かれている説明で私が腑に落ちないのは、昨日、C^12(^ は上付きの意味)の束縛エネルギーに相当するエネルギーが、1個の陽子の核内での運動エネルギーに変わっているという話になった点です。C^12 が他の原子核から何らかの反応で生成されるとき、束縛エネルギーにかかわる反応前後の原子核の静止エネルギーの差(質量差)は、C^12 を含む反応生成物の運動エネルギーとして放出されてしまっているはずです。そうだとすると、昨日の議論は成り立たず、湯川の書いている「原子核における陽子の束縛エネルギーが m_U c^2 と同程度ならば…」という説明が、依然として理解できないことになります。

 なお、昨日、(7) 式から (8) 式への移行の際に、p^2 のかかるDの1次の項が無視され、τ_3 のかかるDの1次の項が残されているのは不思議、ということになりました。これは、p^2 のかかる項同士の比較では、Dの1次の項は0次の項より明らかに小さいが、τ_3 のかかるDの1次の項が他の項と比べてどうかは必ずしも明瞭でない、ということで理解出来るのではないでしょうか。

 T.T.

 * いわゆる中間子論第1論文[H. Yukawa, "On the interaction of elementary particles. I." Proc. Phys.-Math. Soc. Japan Vol. 17, pp. 48-57 (1935) ]中の式。
 **『湯川秀樹自選集2 素粒子の謎』に掲載の片山泰久訳「素粒子の相互作用について I」では、この式は正しい形で示されている。

2007年1月1日月曜日

2007年の初めに

 以下はこの正月に際して、私からの賀状に印刷したり、メールでの新年の挨拶に書いたりした文である。


新年おめでとうございます

  今よりは世界ひとつにとことはに平和を守るほかに道なし
               ――湯川秀樹『歌集 深山木』

 今年生誕百年にあたる湯川博士が、未知の広野に挑んだ探求心と核兵器廃絶にかけた情熱を学びたいものです。

 皆様のご多幸をお祈り申し上げます。

2006年12月11日月曜日

交換力の本質

 「湯川秀樹を研究する市民の会」では、湯川博士が中性子と陽子を結びつける媒介として中間子を思いついたことを、素人にも分かりやすく説明する方法がないかという話が出ている。しかし、大学で実験原子核物理学を専攻した私でさえ、そもそも「粒子を交換するとなぜ引力が生じるか」という理由を知らないで、そういうものと丸呑みにしていた。

 さる12月8日、梅田へ出たついでに本屋へ寄り、益川敏英博士の著書 [1] を立ち読みしたところ、その理由を説明したところがあった。キャッチボールによる説明( [2] 参照)に代えられるほどの素人向きの説明ではないが、感激してその本を買ってしまった。

 まず、この本の初めの方に、「2つの量子力学的な状態に、混合の効果が加わると、低いエネルギー準位はより低く、高いエネルギー準位はより高くなる」ことが簡単な波動方程式とその解(行列の積の求め方と2次方程式の解を知っていれば導き出せる)を使って説明してある。そして、粒子の交換で生じる交換力の本質は、この「準位の混合」にあるというのである。

 ここでは、上記のような混合の効果が生じることについては理解できたものと仮定して、陽子と中性子が中間子を交換して引き合っていることを、益川博士の本よりも少しばかり丁寧に説明してみよう。

 陽子と中性子の系Aと、この系の陽子が正電荷のパイ中間子(π+)を放出して中性子になった状態、すなわち、中性子2つとπ+の系Bとを考える。どちらの系のエネルギーも静止質量エネルギーが主要な成分であり、陽子と中性子の質量はほぼ等しいので、系Aのエネルギーは系Bのエネルギーより低い(系Bの余分のエネルギーは、ハイゼンベルクの不確定性原理の許す短時間内でいわば借金しているのである)。また、中性子の1つがπ+を吸収して陽子になるとき、系Bが系Aに変わる。このごく短時間のA→B→Aの過程は、AとBの2つの状態の混合と見ることができる。

 そこで、系Aのエネルギーは、混合による上記の効果によって、混合前よりも低くなる。つまり、陽子と中性子がπ+を交換しやすい近距離にあって、π+が放出されている状態と混在すれば、その交換が困難な遠距離にあるときよりもエネルギーが下がる。エネルギーの低い、より安定な状態が可能であれば、陽子と中性子の系はその状態へ移行するので、2つの粒子は互いに近づくことになる。これは、陽子と中性子の間に引力が働いて結びつくことにほかならない。

 追記:上記「2つの状態の混合効果」についての、益川博士の著書よりほんの少し詳しい説明をPDFにして、下記のウェブページからダウンロードできるようにした。

 http://www.geocities.jp/...

 後日の注:上記の PDF はその後場所を移動し、現在下記の URL でアクセスできる。また、下記の文献 2 のリンク先も変わったので、今回訂正した。これらの訂正が遅れて、多数の読者にご迷惑をかけたかもしれないことをお詫びする。
 http://ideaisaac.web.fc2.com/yfolder/2states.pdf

文献

  1. 益川敏英, いま、もう一つの素粒子論入門 (丸善, 1998).

  2. 素粒子間の力の例え, Ted's Coffeehouse (2006年11月30日).

(2006年12月11日)