新着のネイチュア誌に、2004年ノーベル物理学賞受賞のフランク・ウィルチェック博士が、私たち「湯川秀樹を研究する市民の会」が学んでいる湯川論文を引用して、最近の研究を紹介している("News & Views" 欄)。その研究は日本のIshiiら筑波大と東大のグループによるもの**である。ウィルチェック博士は来たる23日の湯川生誕100年記念日に京大で講演する予定になっており、その中でも、この話が出るのではないかと思われる。
* F. Wilczeck, "Hard-core revelations." Nature, Vol. 445, p. 156 (2007).
** N. Ishii, S. Aoki and T. Hatsuda, preprint available at http://arxiv.org/abs/nucl-th/0611096 (2006).
ウィルチェック博士が書いている記事のアブストラクトには、「原子核がどのようにして結びついているかについてのわれわれの理解は、いままでのところ、全く経験的なものである。強い核力の理論[訳注:量子色力学(QCD)]から出発する困難な計算が、物質の固い芯への道を与えるであろう」とある。
記事の第1図(同様の図は、Ishiiらの論文中にも第1図として掲載されている)として、核子間ポテンシャルのグラフが載っていて、その説明が、この記事の概要をもう少し詳しく分からせてくれる。核子間ポテンシャルのグラフとは、二つの核子(中性子と陽子の総称)の間の距離を横軸にとり、縦軸に位置エネルギーをとって、両者の関係の曲線を示したものである。これを距離の大きい方から見ていくと、数フェルミ(1フェルミは10のマイナス13乗cm)の距離では、位置エネルギーは0付近から次第に勾配を大きくしながらマイナスの大きな値に変化する。位置エネルギーが低いほど、安定な状態なので、これは二つの核子の間に引力が働き、二つを近づける傾向があることを意味する。
湯川博士の1935年の理論によれば、この力は、中間子として知られる粒子の交換によって生じる。この理論の誕生後、最も軽い中間子であるπ中間子(パイオン)は、最も遠距離での引力を説明するものであり、より近距離では、もっと重い中間子(ρ、ω、σ)がこれに取って代わることが分かって来た。しかし、ちょうど1フェルミ以下の距離では、様相が突然一変する。ここでは、曲線が近距離になるほど激しく上昇し、力は強い斥力となる。この斥力は、核子同士が溶け合うことを防いでいるのである。
このようなポテンシャル曲線の形は、いままで経験的に知られていただけであるが、これを第1原理から計算する基礎は、1970年代に作り上げられた量子色力学によって備わっている。ただ、その計算はとても複雑で、容易にはできない。筑波大・東大のグループは、巧妙な計算法と目下利用できる最大最速のパラレルコンピュータを駆使して、このポテンシャルの経験的な形を再現する最初の計算を行なったのである。
ウィルチェック博士は、「原子核を保っている力を理解しようとするわれわれの努力は、はなばなしい冒険となったが、その道程において最初の目的がむしろ路傍に置き去りにされていた。画期的な仕事とみなされることになると思われる Ishii らの論文は、この状況を変えるものである」というようなことばで、筑波大・東大のグループの計算を讚えている。
なお、ウィルチェック博士は記事の冒頭において、核力の理解への努力が「われわれに、クォークと、強い核力を媒介する色つきグルーオンと、量子色力学というすばらしい理論を発見させた。この理論は、高エネルギーの最前線における実験的研究を主導し、"統一場の理論" の夢を鼓舞し、理論物理学を初期宇宙の研究にまで浸透させた」と記している。これらはすべて、湯川博士の中間子論と素粒子の理論的研究方法の確立という偉大な業績の影響といってもよさそうである。
私は、中性子や陽子が素粒子でなく、実はそれぞれ三つのクォークからなるという内部構造を持ち、クォーク同士によるグルーオンという粒子の交換が核力の真の源だということになったのに、湯川博士の理論がなぜ中間子の存在をうまく予言し得たのか不思議に思っていた。しかし、クォークと反クォークからなるいろいろな中間子が現実に核子間を飛び交っているのであれば、中間子論はある程度よい近似だったことになるのであろう。
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