2013年7月9日火曜日

近畿地方梅雨明け (End of the Rainy Season in Kinki)


 『ウィキペディア』の「タチアオイ」の説明に、「ちょうど梅雨入りの頃に咲き始め、梅雨明けと共に花期が終わる(花茎の頭頂部まで開花が進む)ことになぞらえて、「ツユアオイ(梅雨葵)」という別名も冠されている」とある。わが家のタチアオイが一昨日、上の写真のように頭頂部付近まで開花していたので、梅雨明け間近と思っていた矢先、昨日午前 11 時に、九州、四国、中国、近畿、東海は梅雨明けしたとみられると、各気象台からの発表があった。統計開始以来、近畿では3番目に早い梅雨明けだという。

In the explanation of "tachi-aoi (hollyhock)" in "Wikipedia" (Japanese edition), it is written, 'The flower season of this plant starts around the beginning of the rainy season and comes to an end (flowering progresses to the top of the stalk) around the end of the rainy season. Thus, this plant has another name, "Tsuyu-aoi (mallow in the rainy season)".' The day before yesterday, I saw a hollyhock in my yard blooming almost to the top as seen in the photo above. So, I thought the end of the rainy season is very close. At eleven o'clock, yesterday morning, the end of the rainy season in Kyushu, Shikoku, Chugoku, Kinki and Tokai was announced from the weather station in each district. It was also reported that, since the weather statistics were started, this is the third earliest end of the rainy season in Kinki district.

2013年7月8日月曜日

和歌山へのバス旅行 4 (Bus Trip to Wakayama -4-)

 以下は、あじさい曼荼羅園で撮った写真の続き。

Some more photos taken in Mandala Hydrangea Garden are shown below.

「ラブユーキッス」というアジサイの品種。
A variety of hydrangea called Love-you-kiss.

斜面一杯に咲くアジサイは、日陰と日向が交互にあって、美しく撮ることが難しい。
The hydrangeas blooming on the full surface of slopes are difficult to shot beautifully
because sunny and shaded places alternate there.

ハンゲショウ(半夏生)。花期に、葉の表面が先端近くまで白くなり、花期が過ぎると、緑色に戻る。地味な花に昆虫を引き寄せる自然の工夫だと、先日テレビで聞いた。
Chinese lizard's tail. In its flowering season, the upper surface of the leaves of this plant turns white except near the tip and goes back to green after the season. The other day, I learned on television
that this is an ingenious design of nature to attract insects to the sober flower.

「墨田の花火」というアジサイの品種。
A variety of hydrangea called Fireworks of Sumida.

デイリリー(ヘメロカリス)。
Daylily (Hemerocallis).

 梅雨の合間の、晴れてあまり暑くもない日に恵まれ、よいバス旅行だった。帰途に交通渋滞に会うこともなく、予定の午後 7 時半より 30 分ほど早く大阪へ帰着した。

It was luckily a day sunny but not too hot in the rainy season, and we had a good bus trip. Without encountering a traffic jam on the way back, we returned to Osaka about 30 minutes earlier than the scheduled time of 7:30 pm.

(完)
(End)

2013年7月6日土曜日

和歌山へのバス旅行 3 (Bus Trip to Wakayama -3-)

 午後は、園内面積約 2000 坪に約 120 種、約 1 万株のあじさいが咲くというあじさい曼荼羅園(まんだらえん)へ。同園は、和歌山県西牟婁郡の山岳寺院、救馬渓観音(すくまだにかんのん)の山頂付近にあり、正式に開園したのは 2002 年 6 月である。

In the afternoon, we visited Mandala Hydrangea Garden, which have about 120 species and ten thousand roots of hydrangea planted in about 6600 square meters area. The garden, located near the top of the mountain temple, Sukumadani-kan'non, Nishimuro District, Wakayama, was officially opened in June 2002.

林の間に沢山のアジサイが咲いている。
Many hydrangeas are blooming in the forest.

山頂からの眺め。
View from the top of the mountain temple.

ウズアジサイという品種。
A variety of hydrangea called Uzu-ajisai.

パリという品種。
A variety of hydrangea called Paris.

斜面に一杯のアジサイ。
Hydrangeas full on slopes.

(つづく)
(To be continued)

2013年7月4日木曜日

和歌山へのバス旅行 2 (Bus Trip to Wakayama -2-)

 昼食は、庭園の美しい和歌山の「あおい茶寮」で紀州料理を楽しむ。

For lunch, we had the cuisine of Kishu Wakayama at the restaurant Aoi Saryo with a beautiful garden.

「あおい茶寮」の門。
Gate of Aoi Saryo.

門の脇にある「父母状の碑」。若い男が父親殺しの大罪にも悔いない様子を聞いて、藩主・徳川頼宣が藩民のために、「父母に孝行に法度(はっと)を守り奢(おご)らずして面々家職を勤(つとめ)、正直を本とする…」という「訓論」を記し、漢文学者・李梅渓に
浄書させたもの。
Monument of the teaching on parents at the side of the gate. Hearing that the young man who killed his father does not regret the gross sin, the feudal lord, Tokugawa Yorinobu, prepared the document of teaching, Kun-ron, for the people in his district. It reads, "People should be dutiful to their parents, obey the laws, diligently do their own work, be honest, ..." He had the scholar of Chinese literature, Ri Baikei, make a clear copy of this document. The letters of this monument
were made from that copy.

江戸時代には、和歌山城の一角に位置した、400年以上前に造られた名庭園。
Garden of Aoi Saryo. During the Edo period, this garden, built over 400 years ago,
was located at a corner of Wakayama Castle.

料理の一部。
Part of the cuisine.

「あおい茶寮」近くの道路から見た和歌山城の天守閣。
Tower of Wakayama Castle as seen from the road near Aoi Saryo.

(つづく)
(To be continued)

2013年7月1日月曜日

五色の子守歌

[This post is in Japanese only.]


きょう撮影したムクゲの花(記事に無関係)。

 13 年前に私が朝日紙への投稿で関わり、 2008 年に旧 Ted's Coffeehouse ブログサイトの記事にもしていた子守歌の題名が、このほど「五色の子守歌」と判明した。その経緯はあとで述べることにして、まず、ウェブ上では消滅してしまった上記の記事を引用する。(角ガッコ内は引用に当たっての追加。)
ある子守歌
2008年3月12日

 以前朝日新聞に、子守歌のルーツを知りたいという、ある婦人[尾道市在住、当時54歳]の投稿があり、それに対して私が、その歌は私の母もよく歌ってくれたという投稿をした。先日、それらの記事の切り抜きを見つけた(1990年5月9、18日、6月1日づけ)。子守歌の歌詞は次の通り。

  ねんねころころ浜の石
  ころころころんでどこへゆく
  波にもまれて淡路島
  かよう千鳥の浜へゆく
  わたしもゆきたい夢の島
  夢の島には五色浜
  花よりきれいな白い石
  星よりきれいな青い石
  なけば千鳥がとんでゆく
  なかずにゆきましょ夢の島

 投稿者の婦人がこれを歌って、知人に採譜して貰ったという譜面も印刷されていて、母が歌ってくれたのもその通りだったと思った。曲には、歌詞の下4、3両行のところで急に早いテンポになるハイカラさがある。

 私自身は歌詞はうろ覚えだったが、兄が小学校3年生で死亡したあとの、私が3、4歳の頃にも、寝床で聞かされたと記憶している。その頃の私は、風邪などでよく寝込んでいたので、夜の就寝前だけでなく、昼間でも、お話の本(国内外の童話を集めた読み聞かせ用の分厚い本が家にあった。小学校へ入る前には、それを自分で読んで楽しんでいた)を読んで貰うとか、歌を歌って貰うことをせがんだのだろう。

 この子守歌と一緒によく聞かされたのは、「わたしが女王様になったなら」で始まるオペラ風の歌だった。その歌には台詞も入っていて、何人かの女性がどのように優雅な暮らしをしたいかを歌ったあと、最後の一人が、周囲の人びとに幸せを与えながら、つましい暮らしをしたいと歌う趣向になっていたように覚えている。

 私の投稿は、記憶の中で子守歌とこの歌とが不可分のものになっていることを、ルーツ探しの参考になればと思って記したもので、「ルーツが早く明らかになることを祈ります」と結んでいる。

 私の投稿と同時に他の2編が掲載されていた。その一つは、母上の生年が私の母と同じ明治35年である婦人からのもので、母上より3歳年下の叔母が亡くなる前に、病院で付き添っていた夜中に歌って聞かせたところ、叔母がそれは『婦人の友』の懸賞歌だったと話してくれたと記している。もう一つは、当時80歳(明治40年生まれ、[海南市在住])の男性の投稿で、小学校で習い、忘れることのできない歌の一つ、と述べている。

 最初の投稿者からの礼状が、2週間後に掲載された。その中で、私の書いた「わたしが女王様になったなら」の歌を、子守歌の替え歌と誤解されているのが気になった。

 この記事を掲載した年の 7 月になって、私は同じ子守歌について『七十代万歳!』(現『八十代万歳!』)というブログサイトに、同じ歌についての記事「私だけの子守唄」(2006 年 2 月 15 日付け)を見つけ、コメントを記した。そのブログの著者・中谷久子さんが、私の一昨日のブログ記事のコメント欄に、「古い記事に、コメントを頂いていましたのに、昨日まで気付かなかったことを、記事に書きましたら、お仲間がこちらのブログを教えてくださいました。遅まきながら、5 年前のコメントにお礼申し上げます」と書いて下さった。

 中谷さんのブログサイトを訪れてみると、「5 年前に見落としたコメントが——五色の子守唄」という記事があった。中谷さんは、この記事の中で、2006 年の記事への c ちゃんさんという方からのコメントで子守歌の題名が分ったと書いておられた次第である。

 c ちゃんさんのコメンによれば、彼女は淡路島の生まれで、以前所属していたコーラスグループで五色の子守歌を歌っていたということである。コメントを書いた前日にも淡路島の五色浜へ行って来て、ブログにこの子守歌の歌詞を書いた縁で、中谷さんの「私だけの子守唄」の記事に気づいたそうだ。

 そういえば、歌詞には「淡路島」と「五色浜」の地名がちゃんと詠み込まれている。歌詞をうろ覚えだった私には、「夢の島」という言葉の印象が強くて、架空の海岸が詠まれているように思っていた。

 なお、淡路島テレビジョンの「菜の花コンサート」というウェブページ(2010 年 3 月 30 日付け。後日の注:その後リンク切れ)に、五色地域の人たちが所属するコーラスグループ「五色サルビアエコー」が、結成のきっかけとして 1990 年に 90 年ぶりに復活した子守唄、「五色浜の子守唄」を、この「菜の花コンサート」でも歌ったということが書いてあるのを見つけた。


 後日の追記:上記「菜の花コンサート」ページの日付け中、年を「2000 年」と誤記していたので訂正した。