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ロウバイ。2016 年 2 月 12 日、ウォーキング途中で撮影。
Blossoms of wintersweet; taken in the course of my walking execise on February 12, 2016.堀文子さんの新聞投稿 M・Y 君が私のブログ記事への感想を添付して送って来た先日のメールには、もう一つのものが添付されていた。彼は最近、田中整一著『虹の橋を渡りたい:画家・堀文子九十七歳の挑戦』(幻戯書房、2015)を図書館から借りて読んだところ、その中に、 2014 年 1 月、堀文子さんが東京新聞に投稿した、平和憲法擁護の観点から特定機密保護法に反対する文が引用されていたとして、そのコピーを送ってくれたのである。
私はその投稿記事が東京新聞のオンライン版で見られないだろうかと検索してみた。オンライン版の投稿記事は見つからなかったが、堀さんの甥御さんで画家の内海信彦氏がフェイスブック上にその記事の写真を掲載しているのを見つけた。そのフェイスブック記事を私のフェイスブックのタイムラインで、遅まきながらシェアした(投稿の題名は「政府の暴走止めよう」。こちらでご覧になれる)。すると、内海氏からすぐに、「どうもありがとうございます!」とのメッセージが寄せられた。私はそれに対して、「叔母上様を尊敬しております」と返事を書いた。
昨年 12 月 14 日に堀さんのインタビュー番組(10 月に放映)の再放送を NHK テレビで見て、画業もさることながら、政治に対しても鋭い批判の言葉を述べておられて、感服したのだった。堀さんの父君が歴史学者で、子供の時から世の流れを客観的に見る目を養われて来られたとのことであった。
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ほぼ満開のウメ。2016 年 2 月 12 日、ウォーキング途中で撮影。
Blossoms of Japanese apricot nearly in full bloom. The photo was taken
in the course of my walking execise on February 12, 2016.2016 年 1 月分記事への M・Y 君の感想 M・Y 君から "Ted's Coffeehouse 2" の表記期間の記事への感想を 2016 年 2 月 10 日付けで貰った。この期間に私は 2 編しか記事を書かなかったにもかかわらず、同君はその両方について長文の感想を書き送って来たので、そのまま掲載したのでは元記事よりも感想の方が多くのスペースを占めそうである。そこで今回は、私が主に感想の要点を拾って紹介することにする。
1.新年のごあいさつ
この記事に私は、李白の詩「早に白帝城を発す」の一部を引いて、「中国の猿声は高く澄んだ美しい音色だそうです。その音色にあやかって、世界の平和を求める声を発し続けたいものです」と書いた。これに関連して Y 君は、「安倍内閣はわが国を戦争のできる国へ進めようとしているように感じられてなりません」と記し、2 月 8 日に九条の会が首相の改憲積極発言に抗議する緊急アピール文を発表した報道(詳細はこちら参照)にふれている。さらに、2 月 7 日に行われた北朝鮮の事実上の長距離弾道ミサイル発射に対して、政府が過剰なまでの防備体制をとったことについて、昨年 7 月に強行決定された安全保障関連法を実施するための演習ではないか、との見解を述べ、「国民が知らず知らずのうちに海外で戦争する国になることを憂え」ている。表記の記事を飾る写真として、妻が昨年 12 月に登った猿投(さなげ)山頂上の標識の写真を載せたことについて、Y 君は妻の行動力を褒めてもいる。
2. 「鑑みる」の用法 2
この記事は、先の記事、「『鑑みる』の用法」のコメント欄で、2015 年 12 月 22 日から 2016 年 1 月 9 日までの間に神楽さんという方と交わした意見交換をもとに、「鑑みる」の用法について再考したものである。Y 君はこれについて、「貴重な資料であり興味深く拝見」した、神楽さんの意見を「謙虚に受け止め」、「よく議論を交わし、このようにまとめ上げられたとに感銘を受け」た、と記している。
Y 君はついでに、この記事で思い出した、当用漢字と旧漢字の両字体使用にかかわる問題(異体字問題)を次のように述べている。 私たちの中高校時代に国語審議会が当用漢字を定め、漢字を制限し復雑な漢字は略字に変えた(例えば學→学)当用漢字を使うよう指導されましたが、どちらを使ってもよいという、おおらかな時代を経験しました。大学入試の国語の試験問題の中に漢字のテストがありましたが、この際も旧漢字、当用漢字いずれを使ってもよいと注記されていたことを覚えています。私の名前は本物の漢字が略字に変わった分類に属していたので、それ以来、当用漢字の略字を使って生活していたのですが、いつの間にか、公的に使う名前は戸籍の文字通りにすることとなって、不都合を感じています。というのは、昭和 40 年代に取得して当用漢字の略字で登録した運転免許証を身分証明書にしていますので、公的な書類が関係する時(銀行通帳など戸籍の字を使うようにと言われて変更した場合)、身分証明を求められると、字が違うじゃないかといわれ、時々不都合が生じています。おおらかな時代のつけが回ってきたようです。もちろん、免許更新の時に名前の変更手続きをすれば済む問題ですが。
これに関連した説明が、「印鑑証明書に異体字が含まれる氏名の人物が正字で法務局に登記されている場合の問題点的なもの」という長い題名のウェブページ(2013 年 8 月 19 日付け)にあり、「役所によって異体字の扱われ方は違う」などの実態が記されている。。
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わが家のロウバイ。この冬は格別早く、12月末から咲き始めた。2016 年 1 月7 日撮影。
Wintersweet in our home. This tree began to have blossoms exceptionally early this winter (from near the end of December). The photo was taken on January 7, 2016.「鑑みる」の用法 2 2011 年に書いた記事、『「鑑みる」の用法』がなぜか、私のこのブログの記事中、最もよくアクセスされている。そして、最近になって、神楽さんという方から丁寧なコメントを貰った。神楽さんは、私が間違いとした「〜を鑑み」を用例として挙げている辞書がいくつもあることを教えた下さった。それらは次の通りである。
神楽さんが記した辞書の用例
- 『現代国語例解辞典第二版』(1993)「現状を鑑みるに」
- 『岩波国語辞典第五版』 (1994)「時局を鑑みるに」(筆者の注:「先例に鑑みて」の用例も併記されている)
- 『明鏡国語辞典』(2002)「国際情勢を鑑みるに楽観視は許されない」
- 『精選版日本国語大辞典』(2006)「臣が忠義を鑑みて」(太平記)
- 『集英社国語辞典第三版』(2012)「時局を鑑みるに」
また、神楽さんは、インターネット上で私と同様の主張をしている記事は、「誰かに指摘された個人的経験を根拠にしている」という「危うい」ものと指摘し、そういう記事として次の三つを挙げている。
神楽さんが挙げたインターネット上の記事
- 『「に鑑みる」「を鑑みる」』
- 『日本語に対して敏感であれ』
- 『 Q ○○に鑑みる—国語は変移が定着したか?』
記事 2 は現在アクセス出来ないようである。記事 1 と 3 の著者たちの経験は、「昔、銀行員時代に稟議書の文章で「鑑みる」の用法について注意されたことがある」、「二十歳で ある大学の全学労組の書記長をやっていた時(1959)、団交の申し入れ書で皆さんと同じ表示をしたら、執行委員長の先生(ロシア語担当教授)に注意されて、直しました」というもので、どちらも古い経験である。
私がこの件についての記事を書くことになった契機も、最近は昔覚えたのと異なる用法がなされている、と思ったからだった。書くにあたって、念のために次の 1〜3 の辞書を参照したが、それらの用例は、たまたますべて、「に鑑み」だった。(4、5 は、この続編を書くにあたり、追加参照した。4 は、オンライン版で、先の記事を書く際にも参照したようにも思うが、記憶が不確かである。5 は、かつて長女が使って、今は私の本棚にあるが、今回初めて参照した。この用例は「を鑑み」だった。)
私が見た辞書の用例
- 『広辞苑第三版』(1983)「時局に鑑みて生産の増大をはかる」
- 『大辞泉第一版増補版』(1998)「時局に鑑みて決定する」
- 『新明解国語辞典第四版』(1997)「時局に鑑みる」
- 『大辞林第三版』(2006)「先例に鑑みて…」 「過去の失敗に鑑み…」
- 『岩波古語辞典』(1974) 「天道を恐れて、生れつきを鑑みて」(周易秘鈔。筆者の注:この文献は、桃山時代に写本が出来たと推定されている。こちら参照)
私が国語の学習をしたのは高校生時代がほとんど最後だから、1950 年代までの教育あるいは情報の影響ということになる。「神楽さんが挙げたインターネット上の記事」1、3 と私の記憶を合わせれば、「に鑑みる」が正しいと学んだ個人的経験は、必ずしも「危うい」として切り捨ててしまうべきものでもなく、古い教育または情報を反映しているという解釈が得られる可能性がある。
ただし、古くは「に鑑みる」しか使われなかったかというと、これは、「神楽さんが記した辞書の用例」4 が『太平記』(『ウィキペディア』によれば、1370年頃)という、いかにも古いものであることによって否定される。さらに、「私が見た辞書の用例」5 の「を鑑み」の出典も古い。
以上を考え合わせると、ある時代から 1950 年代頃にかけて、古い「を」の用例を無視して、「に」が正しいとする教育がなされていたか、あるいはそういう情報が流れていた、という可能性が浮かび上がる。
しかし、私が国語教科書のどういう文のどういう箇所で「に鑑みる」を覚えたかという記憶は全くない。ただ一つ思い当たるのは、「昭和天皇の終戦放送(玉音放送)」として知られる「終戦の詔書(大東亜戦争終結ニ関スル詔勅)」の冒頭、「朕深く世界の大勢と帝国の現状とに鑑み、非常の措置を以て時局を収拾せむと欲し…」である。私はこの冒頭の語句をそっくり覚えていたのではないが、「現状とに鑑み」の部分は、詔書の末尾近くの「堪ヘ難きを堪ヘ忍び難きを忍び」と合わせて、記憶によく残っている。1945 年の敗戦当時に小学校 4 年生だった私は、必ずしも 8 月 15 日の放送を聞いて覚えたのではないにしても、その後、ラジオやテレビのドラマなどで繰り返し聞かされたこともあったためか、これらの部分が特に印象深い。
終戦当時に生きていた、のちの国語辞書編集者を含む大人たちの耳には、詔書の「に鑑み」の用例がもっとしっかり記憶されたことだろう。詔書で「鑑み」の直接の対象になっているのは「世界の大勢と帝国の現状」だが、すぐ後に、「私が見た辞書の用例」1〜3 のいずれにもある「時局」の語も出て来る。「『広辞苑』によれば」という言葉が新聞・雑誌などでよく見かけられることから分かるように、幅広い人々に利用されている『広辞苑』の、初版が出たのは 1955 年で、敗戦の年からそれほど遠いことではない(「十年一昔」の言葉もあるが、昨年が終戦から 70 年目だったのと比べての話である)。これはあくまでも仮説であるが、「終戦放送」と『広辞苑』のリレーによって「に鑑み」という用法が、終戦後から 1950 年代にかけて定着させられたものの、それがその後薄らぎつつある、というのが実態ではないだろうか。
なお、「神楽さんが挙げたインターネット上の記事」1 には、グーグルでブール方式の検索をした結果が紹介されている。それによれば、
- 「に鑑み -を鑑み」(「に鑑み」を含み、かつ、「を鑑み」を含まないコンテンツ検索結果)約999,000件
- 「を鑑み -に鑑み」(「を鑑み」を含み、かつ、「に鑑み」を含まないコンテンツ検索結果)約440,000件
ということで、「に鑑み」が「を鑑み」よりも 2 倍以上多く使われているらしいことが現れている。これは、2010 年 2 月 6 日の検索結果である。試しに今(2016 年 1 月 19 日)検索してみると、
- 「"に鑑み" -"を鑑み"」約662,000件
- 「"を鑑み" -"に鑑み"」約683,000件
となった。私の検索では引用符を使用して、検索をより正確にした(引用符を使用しない「に鑑み -を鑑み」の検索では、例えば「鑑み」の意味を説明するコンテンツのどこかに、離れて「に」があっても、数え込まれてしまう恐れがある)。したがって、上に引用した 2010 年の結果との厳密な比較は出来ないが、少なくとも現状では、「に鑑み」と「を鑑み」の使用頻度に大差はないか、「を鑑み」の方がやや優勢なようである。
本続編の結論は、われながら意外なところにたどり着いた。
この問題を再考する契機となった神楽さんのコメントに感謝する。
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今年の干支にちなんで、妻が昨年 12 月に登って来た猿投(さなげ)山頂上の標識。愛知県豊田市と瀬戸市にまたがっていて、標高 629 m。「景行天皇が伊勢の国へ招かれた折、可愛がっていた猿の悪戯があまりにひどかったので海に投げ捨てたが、その猿がこの山に隠れすむようになったということから、この名がついた」との説がある。
The sign board on the top of Mt. Sanage, the name of which is related to this year's zodiac, monkey. The photo was taken by my wife on December 6, 2015.新年おめでとうございます両岸の猿声 啼いて住(や)まざるに
軽舟 已に過ぐ 万重の山
——李白「早に白帝城を発す」
中国の猿声は高く澄んだ美しい音色だそうです。その音色にあやかって、世界の平和を求める声を発し続けたいものです。
皆様のご健康とご幸福をお祈りします。