2016年2月13日土曜日

2016 年 1 月分記事への M・Y 君の感想 (M.Y's Comments on My Blog Posts of January 2016)

[The main text of this post is in Japanese only.]


ほぼ満開のウメ。2016 年 2 月 12 日、ウォーキング途中で撮影。
Blossoms of Japanese apricot nearly in full bloom. The photo was taken
in the course of my walking execise on February 12, 2016.

2016 年 1 月分記事への M・Y 君の感想

 M・Y 君から "Ted's Coffeehouse 2" の表記期間の記事への感想を 2016 年 2 月 10 日付けで貰った。この期間に私は 2 編しか記事を書かなかったにもかかわらず、同君はその両方について長文の感想を書き送って来たので、そのまま掲載したのでは元記事よりも感想の方が多くのスペースを占めそうである。そこで今回は、私が主に感想の要点を拾って紹介することにする。

1.新年のごあいさつ

 この記事に私は、李白の詩「早に白帝城を発す」の一部を引いて、「中国の猿声は高く澄んだ美しい音色だそうです。その音色にあやかって、世界の平和を求める声を発し続けたいものです」と書いた。これに関連して Y 君は、「安倍内閣はわが国を戦争のできる国へ進めようとしているように感じられてなりません」と記し、2 月 8 日に九条の会が首相の改憲積極発言に抗議する緊急アピール文を発表した報道(詳細はこちら参照)にふれている。さらに、2 月 7 日に行われた北朝鮮の事実上の長距離弾道ミサイル発射に対して、政府が過剰なまでの防備体制をとったことについて、昨年 7 月に強行決定された安全保障関連法を実施するための演習ではないか、との見解を述べ、「国民が知らず知らずのうちに海外で戦争する国になることを憂え」ている。表記の記事を飾る写真として、妻が昨年 12 月に登った猿投(さなげ)山頂上の標識の写真を載せたことについて、Y 君は妻の行動力を褒めてもいる。

2. 「鑑みる」の用法 2

 この記事は、先の記事、「『鑑みる』の用法」のコメント欄で、2015 年 12 月 22 日から 2016 年 1 月 9 日までの間に神楽さんという方と交わした意見交換をもとに、「鑑みる」の用法について再考したものである。Y 君はこれについて、「貴重な資料であり興味深く拝見」した、神楽さんの意見を「謙虚に受け止め」、「よく議論を交わし、このようにまとめ上げられたとに感銘を受け」た、と記している。

 Y 君はついでに、この記事で思い出した、当用漢字と旧漢字の両字体使用にかかわる問題(異体字問題)を次のように述べている。
 私たちの中高校時代に国語審議会が当用漢字を定め、漢字を制限し復雑な漢字は略字に変えた(例えば學→学)当用漢字を使うよう指導されましたが、どちらを使ってもよいという、おおらかな時代を経験しました。大学入試の国語の試験問題の中に漢字のテストがありましたが、この際も旧漢字、当用漢字いずれを使ってもよいと注記されていたことを覚えています。私の名前は本物の漢字が略字に変わった分類に属していたので、それ以来、当用漢字の略字を使って生活していたのですが、いつの間にか、公的に使う名前は戸籍の文字通りにすることとなって、不都合を感じています。というのは、昭和 40 年代に取得して当用漢字の略字で登録した運転免許証を身分証明書にしていますので、公的な書類が関係する時(銀行通帳など戸籍の字を使うようにと言われて変更した場合)、身分証明を求められると、字が違うじゃないかといわれ、時々不都合が生じています。おおらかな時代のつけが回ってきたようです。もちろん、免許更新の時に名前の変更手続きをすれば済む問題ですが。
これに関連した説明が、「印鑑証明書に異体字が含まれる氏名の人物が正字で法務局に登記されている場合の問題点的なもの」という長い題名のウェブページ(2013 年 8 月 19 日付け)にあり、「役所によって異体字の扱われ方は違う」などの実態が記されている。。

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