2004年11月16日火曜日

Autumn Leaves


Wolfgang is a physicist who retired from Max Planck Institute, Garching, Germany. He is a common friend of my former colleague, Kenji, and me; and he is now working at the National Institute of Fusion Study in Toki, Gifu, as a visiting scientist. Kenji and I wanted to show Wolfgang the beautiful scenery of autumn leaves in Kyoto.

So, the three of us met at JR Kyoto station at 10:00 a.m. and went to Takao and Arashiyama. Luckily it was rather fine today. It was a little early to see the full red color of maple leaves. However, it was also good to see the mixture of red, yellow and green colors. In spite of a weekday, there were many people at both the places we visited. The photo shown here was taken at Jingo Temple, Takao.

Wolfgang brought me a gift from Germany. It was a small book written in English, "Pinakothek der Moderne, Munich: Guide to the Collections" (Prestel, Munich, 2003). Pinakothek is the name of the art museums in Munich. There are Alte (Old) Pinakothek and Neue (New) Pinakothek. I visited the former when I went to Munich in 1989. They seem to have built a new building, Pinakothek der Moderne, as part of Neue Pinakothek.

Comments (Copied from the original site of this article)

J 11/17/2004 00:27
Hi, Ted,
The photograph is very beautiful. Red and yellow and green leaves are mixed. If you visit there next time, you may see the full red color of maples.

S 11/17/2004 07:42
紅葉狩りに行かれたのですね。きれいな写真です。Ted さんの水彩画も見てみたいものです。

Ted 11/17/2004 08:36
Hi J and S,
Thanks for your kind comments. I've added a new paragraph after you had read this story.

M☆ 11/17/2004 17:56
Wow! That's a good situation! I went to Lake Kawaguchi last week. There was also beautiful scenery with red leaves. This photo makes me feel relaxed. I felt happy. Thanks, Ted!

Ted 11/17/2004 19:51
Do you live near Lake Kawaguchi? Or did you make a trip of a few days there?

M☆ 11/18/2004 10:35
I live in Chiba Prefecture. It was a nice trip to go to the Lake Kawaghcuhi.

Ted11/18/2004 11:05
I see. Thanks.

2004年11月13日土曜日

京都議定書

 京都議定書とは、1997 年 12 月に京都において採択された、地球温暖化を防止するための国際条約である。さる 11 月 4 日、ロシアのウラジーミル・プーチン大統領が批准法案に署名したことから、来年2月にその発効が決まったことは喜ばしい。日本は 2002 年に批准したが、アメリカはブッシュ政権下で 2001 年に脱退を表明している。最大の温室効果ガス排出国であるアメリカの協力が得られないのは、きわめて困ったことである。

 京都議定書で日本に課せられた義務は、二酸化炭素を中心とした温室効果ガスの総排出量を、2008–2012 年の間に、基準年(1990)比で6%削減するというものである。しかし、2002 年度の総排出量は 1990 年比 7.6 %増、2003 年度の速報値は 8 %増となっており、これから数年のうちに約 14 %削減しなければならない、と報じられている [1]。たいへん厳しい状況だが、国民の生活にしわよせするのではなく、大企業等、大口の排出をこそ、大幅に減らすべきだと思う。

 後日の注記:以下のリンクはどちらもリンク切れとなった。
 文 献
  1. 東京新聞ウエブサイト 11 月 8 日付け「核心」記事
 関連サイト

2004年11月12日金曜日

宇宙の不思議

 最近、SNS エコーの「おとな科学相談室」グループ掲示板で、「宇宙の始まり」「宇宙はどんな運命をたどるのか」そして「宇宙の膨張」という話題について話し合われた。これらについて、より多くの方々の興味をかきたててみたいと思い、私がそこへ投稿した文をここに転載する。転載に当たり、若干の修正を施している。私は宇宙物理学が専門ではないので、多少の誤りがあっても、ご容赦願いたい。

宇宙の始まり

 宇宙は 120 ないし 140 億年前のビッグバンという現象によって誕生し、そのとき、時間と空間が一緒に生じたと考えられている。時間もそれによって生まれたのだから、「それ以前」というものはない、ということになる。たとえば、地球表面を南へ南へと旅して、南極へ行き着くと、それ以上南へは行けないように、時間をビッグバンまでさかのぼれば、それ以上、昔へは行けない状態になるのである。

 ビッグバンは時空の特異点ともいわれ、時間のゼロ点はそこにある、といえよう。ただ、宇宙の方程式の基である相対性理論は、特異点付近の著しく小さな空間領域では、量子力学と融合されなければ、そのままでは使用できない。したがって、融合された理論がまだでき上がっていない現在、特異点付近のことはほとんど分かっていない。特異点という形にならない可能性さえもある。それでも、10 のマイナス 43 乗秒程度まで、ビッグバンに近づいた時間における様子は、推定ができているようだ。それ以前の期間は、プランク時代という名前がつけられているが、何が起こっていたかは論じられない未知の時代、ということになっている。

 宇宙は無の「ゆらぎ」である、と考える説があるようだ。たとえば、真空は全くの無ではなく、エネルギーさえ貰えば、粒子・反粒子対を発生する可能性を秘めている。必要なエネルギー E と、対発生が起こっている時間 t の積が、ハイゼンベルクの不確定性原理の許す範囲内におさまるならば、そのような無の「ゆらぎ」は起こり得る。そして、そうした「ゆらぎ」がビッグバンを起こした、ということのようだ。真空の「ゆらぎ」では、エネルギー E は偶発的に生じ(これが「ゆらぎ」ということである)それを得て発生した粒子対は、h/E(h はプランクの定数)という時間内に消滅する。ところが、宇宙が無の「ゆらぎ」で生じたと考える場合、長時間にわたって消滅しないことはどう説明するのか、私も理解できていない。どなたかご存じの方が教えて下されば幸いである。

宇宙の膨張と将来

 宇宙はビッグバン以来、膨張を続けている。従来、その膨張は次第に減速しているものと考えられていた。しかし、1998 年に行われた超新星の観測結果から、宇宙の膨張は目下加速していることが分かった。そして、このような形で宇宙を押し広げる力に対して、「暗黒エネルギー」という名前が与えられている。その正体は不明で、それを明かすことは、これからの宇宙物理学の大きな課題である。

 宇宙の将来としては、膨張しっぱなし、膨張が止んで一定の大きさにとどまる、膨張のあと収縮に向かい、膨張と収縮を繰り返す、などの可能性がある。現在なお膨張が加速しているという様子からは、収縮に向かうことが困難なように見える。他方、宇宙の全質量は、ちょうど膨張が停止して、収縮に向かうのに必要な量にかなり近い(99 %とかではなく、10 のマイナス 10 乗などといった数に比べれば、0.01 がオーダーとして 1 にかなり近いというような意味で、近い)ので、実はちょうど必要十分な量なのではないか、という推測もあるようだ。

宇宙の成分

 宇宙の加速膨張を発見した一人、R. P. Kirshner の著書 The Extravagant Universe (Princeton University Press, Princeton, 2002) に、「宇宙の成分割合」が円グラフで次のように示されている。

  可視バリオン < 1%
  暗黒バリオン <10%
  暗黒物質    30%
  暗黒エネルギー 60%

 「バリオン」は、陽子、中性子などの重い素粒子であり、「可視バリオン」は、星など、見える天体を構成している物質。「暗黒バリオン」は、光を出さない形で散在しているバリオン由来の物質を指す。

 「暗黒物質」の存在は、1933 年に Fritz Zwicky が、星雲クラスターの運動速度を観測して、そのクラスターを飛散させないで保つ重力が働いているためには、その質量が「見える物質」だけからなるよりも 10 倍程度大きくなければならないことを見出したことにより、推定された。(当時は "missing matter" と呼ばれた。)その後もこの推定を支持する多くの観測結果が、星雲だけでなく、星についても見つかっている。

 暗黒物質の正体の候補としては、褐色矮星、黒色矮性、それに、フォチーノ、グラビチーノ、グルイーノ、ウインプなどといった、目下は理論的に推定されているだけの素粒子などが考えられている。実際に何であるかを突き止めることは、これからの課題である。

 「暗黒エネルギー」は先にも述べたように、加速膨張の原因をなすものとして考えられている存在である。その正体としては、宇宙項、負の圧力、クィンテッセンスなどが候補に挙げられているが、これら自体どういうものか、よく分かっていないようだ。想像をたくましくして、いろいろなアイデアを語り合ってみるのも、面白いだろう。

 前記 Kirshner の著書によれば、宇宙の膨張の歴史をもっとさかのぼって正確に観測し、暗黒エネルギーの正体にせまるため、ローレンス・バークレー研究所では、巨大な CCD 検出器を人工衛星に積み込んで、数千の超新星について測定をする長期的計画を立てているということである。Kirshner 自身は、もっと小規模な地上からの観測で、数百の超新星を短期間に調べる観測を行い、同じく暗黒エネルギーの正体にせまることを考えている、と述べている(目下進行中か)。

 暗黒物質と暗黒エネルギーについて、その正体が分かっていないのだから、私たちは、まだ宇宙の実に約 90 %の成分について、何も知らないということになる。ひととき大空を仰いで、地上の憂さを忘れ、宇宙の不思議に思いを馳せたい。

追記:宇宙の年齢の新観測結果

 「天文徒然草」(後日の注:その後リンク切れとなった)というホームページを作っている私の元同僚から、「宇宙の年齢は、最近の WMAP 衛星による背景放射の揺らぎの観測から、137 億年ということになっています」というコメントを貰った。

 WMAP(Wilkinson Microwave Anisotropy Probe の略)は、プリンストン大学と NASA のゴダード宇宙飛行センターの共同で作られ、2001 年 6 月に打ち上げられた。当初は MAP の名だったが、プリンストン大学の天体物理学者で、1964 年以来、宇宙マイクロ波背景放射の先駆者であった David Wilkinson を記念して、Wilkinson の名が後にかぶせられた[1]。

 WMAP の最初の 1 年間の観測結果をまとめた報告が、2003 年 2 月に発表された [2]。それによれば、宇宙の年齢は(137±2)億年となっている。
  1. B. Schwartzscild, Physics Today Vol. 56, No. 4, p. 21 (2003).
  2. WMAP Collaboration, 10.1088/0067-0049/208/2/20 (2013). [Note added later: The former reference of 2003 has been replaced by this latest publication of the same group, and the new value of the age of the universe is 13.772 ± 0.059 Gyr.]

コメント(最初の掲載サイトから転載)

T 11/12/2004 23:37
 直接に観測して解析する手段を持たないわれわれ個人としては、その観測結果を注目するだけですが、夜空を仰ぎ見ていろいろ思索することは楽しいですね。地上のいやなことを忘れて…。

Ted 11/13/2004 07:40
 宇宙のことを考えれば、地球上の争いなど、いかにも矮小です。

2004年11月9日火曜日

『ジェーン・エア』と私

 SNS エコーの「小説好きの方、来てね」というグループの掲示板に、Y さんの「私の一番好きな恋愛小説(近代文学だよ)」という投稿があった。私は、そこへ返信投稿をしたが、同じ内容の文に大幅な捕捉をしたものを以下に掲載する。



 Y さんの一番好きな恋愛小説がシャーロット・ブロンテの『ジェーン・エア』と知って、嬉しい。これは私が中学 1 年生のときに読んだ最初の本格的な文学作品である。それまでに、子ども向けに翻案された文学作品はいくつか読んでいたかも知れないが。

 富山県の宇波という漁村(いまは氷見市の一部となっている)に住んでいた伯母の家へ夏休みに遊びに行き、そこにしばらく滞在した折に、従姉が持っていたのを借りて読んだのだった。今年の夏、それ以来初めて、その従姉に会い、この思い出についても話したばかりである。

 ロチェスター家に謎の人物が隠れ住んでいるらしいところを不気味に思いながらも、ぐいぐい引き込まれるようにして一気に読んだ。読後すぐに題名も著者名も忘れてしまっていたが、比較的すぐに、それがシャーロット・ブロンテの『ジェーン・エア』だったことを知ったと思う。

 また、『ジェーン・エア』は、郷里の大学の英文科の学生だった、中学同期の女性の友人が、卒論の対象とした作品でもあった。彼女は当然原書で読んだのだろうが、私は、その機会に岩波文庫版で再読した。ジェーンを彼女に、ロチェスター氏を私自身にみたてながらだっただろうか。冬休みに彼女に会い、「『ジェーン・エア』を読んだよ」といったのだが、なぜか、とくに感想を話し合うことはしなかった。

 今年の春頃、NHK ラジオ第 2 放送の「原書で読む世界の名作」で、『ジェーン・エア』が取り上げられていた。テキストのペンギン短縮版を買って、ときどき聞いていたが、いまそのテキストをどこへしまい込んだか思い出せない。思えば『ジェーン・エア』とは、長いつき合いである。

 ここで、上記の従姉のことを、少し述べておきたい。彼女、S 子は私より 4 歳年長で、当時、旧制富山女子師範から富山大学教育学部に編入学したばかりの、体操の部活動などもしている、すてきなお姉さんだった。夏休みの滞在を終えて帰途のバスに乗るとき、次はいつ会えるだろうかと思い、ふっと寂しさを感じたのだった。

 S 子は何年か前に小学校の先生を定年退職した。この夏訪問したとき、彼女は、退職後、富山新聞の「ときどきの日記」欄(朝日新聞の「ひととき」欄に相当)にしばしば投稿しているといって、掲載された随筆の切り抜き集を見せてくれた。そこに彼女の、昔通り文学好きの、すてきなお姉さんぶりを再び見ることが出来たのも嬉しかった。

コメント(最初の掲載サイトから転載)
Y 11/10/2004 21:32
 転載・加筆、ありがとうございます。なんだか、どきどきしながら、読みました。タイトルを見て、もちろんすぐに読みに来たかったのですが、とにかく生活もままならない悪体調なもので…。
 私の一番好きな恋愛小説『ジェーン・エア』に、Ted さんの人生の大切な人との関係が組み込まれているのですね。それは、私としても嬉しいことです。
 『ジェーン・エア』は長い小説ですが、絶対に素晴らしいと思える恋愛小説ですよね。
 これまでの人生で、私にとってのロチェスター氏は現れませんでしたし、私自身も何人の人とお付き合いしても、ジェーンがロチェスター氏としたような恋愛には恵まれませんでした。Ted さんは、あのジェーンとロチェスター氏を感じさせるような大切な人との関係があったのですから、それはとてもうらやましい、素敵なことですね。
 けれど、私は、『ジェーン・エア』が最愛の恋愛小説であるままで、だけどもそこからすっかり遠いところで、思いがけない恋愛…恋愛とも思ってないのですけど…愛の体験ばかりしているこの人生なので、もうきっと、小説とつながりさえもてないのだと思います。その実体験の端々は、私のブログにも出てきますよね。
 Ted さんがこのエコログで書かれているように、長い年数たって、また大切な人とのすてきな再会があり、人生を改めて懐かしく振り返ることができるなら、本当に、しみじみと人生の「まわりまわる」ような不思議な性質を実感できますよね。よいお話を、ありがとう。

Ted 11/11/2004 08:48
 Y さん、長文のコメントをありがとう。

2004年11月8日月曜日

テッド・ウィリアムズ

 私の先般の記事のコメント欄(後日の注:この記事を最初に掲載したブログサイトのもの)で、私と類似のニックネームの「てっど」さんから、「テッドはテディーべアーの由来のセオドア・ルーズベルト大統領のニックネーム」と教えて貰った。実は私の頭には、少年時代にスポーツ選手の伝記集の中で読んだテッド・ウィリアムズしかなかったのである。

 セオドア(テッド)・サミュエル・ウィリアムズは、野球の殿堂入りをした大リーグの強打者で、1939 年から 1960 年まで、アメリカン・リーグのボストン・レッドソックスで活躍した。1941 年に打率 0.406 を記録、首位打者 6 度、長打率王 9 度、打点王 6 度、全安打数 2654、うち本塁打 521、生涯打率 0.344、生涯長打率 0.634、アメリカン・リーグ最高殊勲選手 2 度、オールスターゲーム出場 18 試合などの記録を残している。この中には、イチローがひそかに次の目標としている数字も含まれているだろう。

 上記の記録は、The Official Ted Williams Website から取った。

 後日の追記

 私が少年時代に伝記集で読んだのは、テッド・ウィリアムズでなく、ルー・ゲーリックだったと思い出した。では、私はテッド・ウィリアムズを何で知ったのだろう。雑誌「少年クラブ」か、あるいは新聞記事か。

 この記事を最初に掲載したブログサイトのコメント欄に、「てっど」さんから「セオドアのニックネームが全般的に Ted なんですね。文法チックというか、山田君とか山形君が、"ヤマサン" と呼ばれやすいのとは、ちょっと感覚が違いますね」との書き込みを貰った。私は、「そうです。William が Bill、Robert が Bob か Rob、Richard が Dick などと、愛称が決まっています。愛称は必ずしも名前よりも短くはなく、John の 愛称が Johnny というのもあります」と答えた。