2004年11月12日金曜日

宇宙の不思議

 最近、SNS エコーの「おとな科学相談室」グループ掲示板で、「宇宙の始まり」「宇宙はどんな運命をたどるのか」そして「宇宙の膨張」という話題について話し合われた。これらについて、より多くの方々の興味をかきたててみたいと思い、私がそこへ投稿した文をここに転載する。転載に当たり、若干の修正を施している。私は宇宙物理学が専門ではないので、多少の誤りがあっても、ご容赦願いたい。

宇宙の始まり

 宇宙は 120 ないし 140 億年前のビッグバンという現象によって誕生し、そのとき、時間と空間が一緒に生じたと考えられている。時間もそれによって生まれたのだから、「それ以前」というものはない、ということになる。たとえば、地球表面を南へ南へと旅して、南極へ行き着くと、それ以上南へは行けないように、時間をビッグバンまでさかのぼれば、それ以上、昔へは行けない状態になるのである。

 ビッグバンは時空の特異点ともいわれ、時間のゼロ点はそこにある、といえよう。ただ、宇宙の方程式の基である相対性理論は、特異点付近の著しく小さな空間領域では、量子力学と融合されなければ、そのままでは使用できない。したがって、融合された理論がまだでき上がっていない現在、特異点付近のことはほとんど分かっていない。特異点という形にならない可能性さえもある。それでも、10 のマイナス 43 乗秒程度まで、ビッグバンに近づいた時間における様子は、推定ができているようだ。それ以前の期間は、プランク時代という名前がつけられているが、何が起こっていたかは論じられない未知の時代、ということになっている。

 宇宙は無の「ゆらぎ」である、と考える説があるようだ。たとえば、真空は全くの無ではなく、エネルギーさえ貰えば、粒子・反粒子対を発生する可能性を秘めている。必要なエネルギー E と、対発生が起こっている時間 t の積が、ハイゼンベルクの不確定性原理の許す範囲内におさまるならば、そのような無の「ゆらぎ」は起こり得る。そして、そうした「ゆらぎ」がビッグバンを起こした、ということのようだ。真空の「ゆらぎ」では、エネルギー E は偶発的に生じ(これが「ゆらぎ」ということである)それを得て発生した粒子対は、h/Eh はプランクの定数)という時間内に消滅する。ところが、宇宙が無の「ゆらぎ」で生じたと考える場合、長時間にわたって消滅しないことはどう説明するのか、私も理解できていない。どなたかご存じの方が教えて下されば幸いである。

宇宙の膨張と将来

 宇宙はビッグバン以来、膨張を続けている。従来、その膨張は次第に減速しているものと考えられていた。しかし、1998 年に行われた超新星の観測結果から、宇宙の膨張は目下加速していることが分かった。そして、このような形で宇宙を押し広げる力に対して、「暗黒エネルギー」という名前が与えられている。その正体は不明で、それを明かすことは、これからの宇宙物理学の大きな課題である。

 宇宙の将来としては、膨張しっぱなし、膨張が止んで一定の大きさにとどまる、膨張のあと収縮に向かい、膨張と収縮を繰り返す、などの可能性がある。現在なお膨張が加速しているという様子からは、収縮に向かうことが困難なように見える。他方、宇宙の全質量は、ちょうど膨張が停止して、収縮に向かうのに必要な量にかなり近い(99 %とかではなく、10 のマイナス 10 乗などといった数に比べれば、0.01 がオーダーとして 1 にかなり近いというような意味で、近い)ので、実はちょうど必要十分な量なのではないか、という推測もあるようだ。

宇宙の成分

 宇宙の加速膨張を発見した一人、R. P. Kirshner の著書 The Extravagant Universe (Princeton University Press, Princeton, 2002) に、「宇宙の成分割合」が円グラフで次のように示されている。

  可視バリオン < 1%
  暗黒バリオン <10%
  暗黒物質    30%
  暗黒エネルギー 60%

 「バリオン」は、陽子、中性子などの重い素粒子であり、「可視バリオン」は、星など、見える天体を構成している物質。「暗黒バリオン」は、光を出さない形で散在しているバリオン由来の物質を指す。

 「暗黒物質」の存在は、1933 年に Fritz Zwicky が、星雲クラスターの運動速度を観測して、そのクラスターを飛散させないで保つ重力が働いているためには、その質量が「見える物質」だけからなるよりも 10 倍程度大きくなければならないことを見出したことにより、推定された。(当時は "missing matter" と呼ばれた。)その後もこの推定を支持する多くの観測結果が、星雲だけでなく、星についても見つかっている。

 暗黒物質の正体の候補としては、褐色矮星、黒色矮性、それに、フォチーノ、グラビチーノ、グルイーノ、ウインプなどといった、目下は理論的に推定されているだけの素粒子などが考えられている。実際に何であるかを突き止めることは、これからの課題である。

 「暗黒エネルギー」は先にも述べたように、加速膨張の原因をなすものとして考えられている存在である。その正体としては、宇宙項、負の圧力、クィンテッセンスなどが候補に挙げられているが、これら自体どういうものか、よく分かっていないようだ。想像をたくましくして、いろいろなアイデアを語り合ってみるのも、面白いだろう。

 前記 Kirshner の著書によれば、宇宙の膨張の歴史をもっとさかのぼって正確に観測し、暗黒エネルギーの正体にせまるため、ローレンス・バークレー研究所では、巨大な CCD 検出器を人工衛星に積み込んで、数千の超新星について測定をする長期的計画を立てているということである。Kirshner 自身は、もっと小規模な地上からの観測で、数百の超新星を短期間に調べる観測を行い、同じく暗黒エネルギーの正体にせまることを考えている、と述べている(目下進行中か)。

 暗黒物質と暗黒エネルギーについて、その正体が分かっていないのだから、私たちは、まだ宇宙の実に約 90 %の成分について、何も知らないということになる。ひととき大空を仰いで、地上の憂さを忘れ、宇宙の不思議に思いを馳せたい。

追記:宇宙の年齢の新観測結果

 「天文徒然草」(後日の注:その後リンク切れとなった)というホームページを作っている私の元同僚から、「宇宙の年齢は、最近の WMAP 衛星による背景放射の揺らぎの観測から、137 億年ということになっています」というコメントを貰った。

 WMAP(Wilkinson Microwave Anisotropy Probe の略)は、プリンストン大学と NASA のゴダード宇宙飛行センターの共同で作られ、2001 年 6 月に打ち上げられた。当初は MAP の名だったが、プリンストン大学の天体物理学者で、1964 年以来、宇宙マイクロ波背景放射の先駆者であった David Wilkinson を記念して、Wilkinson の名が後にかぶせられた[1]。

 WMAP の最初の 1 年間の観測結果をまとめた報告が、2003 年 2 月に発表された [2]。それによれば、宇宙の年齢は(137±2)億年となっている。
  1. B. Schwartzscild, Physics Today Vol. 56, No. 4, p. 21 (2003).
  2. WMAP Collaboration, 10.1088/0067-0049/208/2/20 (2013). [Note added later: The former reference of 2003 has been replaced by this latest publication of the same group, and the new value of the age of the universe is 13.772 ± 0.059 Gyr.]

コメント(最初の掲載サイトから転載)

T 11/12/2004 23:37
 直接に観測して解析する手段を持たないわれわれ個人としては、その観測結果を注目するだけですが、夜空を仰ぎ見ていろいろ思索することは楽しいですね。地上のいやなことを忘れて…。

Ted 11/13/2004 07:40
 宇宙のことを考えれば、地球上の争いなど、いかにも矮小です。

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