2010年7月20日火曜日

2010年6月分記事へのエム・ワイ君の感想 (M.Y.'s Comments on June-2010 Articles; in Japanese only)

 M.Y. 君から "Ted's Coffeehouse 2" 2010年6月分への感想を7月17日づけで貰った。同君の了承を得て、ここに紹介する。青色の文字をクリックすると、言及されている記事が別ウインドウに開く。



1. ディラックとクマのプーさんと私 (Dirac, Winnie-the-Pooh and Me: Abstract in Japanese)

 「イギリスのノーベル賞物理学者ポール・ディラックの伝記によれば、彼は30歳も過ぎてから、間もなく結婚することになるマンシ(同じくノーベル賞物理学者であるユージン・ウイグナーの妹)の勧めた本を読んでいたが、その中に『クマのプーさん』があったという。この微笑ましい逸話が私にとって特に興味深い理由が他にもある」として、英文の本文でその理由を説明しています。筆者はディラックが読んでいたと同じ年頃に Winnie the Pooh の日本語版を幼かったお嬢さんに読み聞かせました。嬉しいことに、このお嬢さんが最近自分のブログに、『クマのプーさん』をいまも貴重な宝物の一つとして持っていると書いていることを筆者は知りました。

 お嬢さんがまだ幼かったころ、筆者は大阪の百貨店内の書店で、ある父親と娘さんを見かけました。彼らは英語の本を探していて、父親がすぐに見つけ、娘さんはそれを開いて、Winnie the Pooh の最初の文章を声に出して読み上げ、「これです!」といいました。父親はこれを娘さんに買い与えました。筆者はこれを見て、お嬢さんにゆくゆくはこのようにしてやりたいと思いましたが、そうはならず、代わりに、ディズニーの短編映画『くまのプーさんと蜂蜜』が上映されたときに、お嬢さんと一緒にそれを見ました。1991年に毎日新聞社が百貨店で催したアーネスト・シェパードの描いた『プー横丁にたった家』と『川べのゆかいな仲間たち』の絵本の原画展があり、奥様と一緒に見に行きました。このとき、小冊子『くまのプーさんの世界とアーネスト・シェパード』を買い、いまも持っているとのことです。

 この話を読んで、私は TV で見て強く感銘を受けた、美智子皇后の第26回国際児童図書評議会(IBDY)ニューデリー大会(1989年)での基調講演、「子どもの本を通しての平和…子ども時代の読書の思い出」を思い浮かべました。第二次世界大戦の末期、小学生として疎開していた時期、教科書以外にほとんど読む本がなかった時代に、父上が東京から持って来てくれる本はどんなに嬉しかったかということ、そして、「その中の一冊である日本の神話や伝説の本は、非常にぼんやりとではありましたが、私に自分が民族の歴史の先端で生きている感覚を与え、自分の帰属することを自覚させ、楽しい他国への理解を作りました」と述べ、次の物語を紹介されました。弟橘媛が日本武尊の東征に従い、走水の海が荒れた時、弟橘媛は「皇子はその使命を遂行し覆奏してほしい」といい、美しい歌——かつて、日本武尊が敵の謀りにあって草に火を放たれ逃げまどい、九死に一生を得たとき、火の中で私の安否を気遣って下さった君よ、という意味の歌——を歌い、海神を鎮めるため入水したのです。この他にも、いろいろ童話についての思い出が語られました。

2. 「ふと思いあたった」の謎:再改訂版 [The Mystery of Yukawa's "New Insight" (2nd Revision): Abstract in Japanese]

 「すでに二度にわたり、その謎についての考察を記した。今回、これまでに述べた二つの因子のどちらもが働いた結果であるとの結論に達した」として、英文の本文でその詳細を説明しています。『旅人』中の、「十月の始めのある晩、私はふと思いあたった。核力は、非常に短い到達距離しか持っていない。それは十兆分の二センチ程度である。このことは前からわかっていた。私の気づいたことは、この到達距離と核力に付随する新粒子の質量とは、たがいに逆比例するだろうということである。こんなことに、私は今までどうして気がつかなかったのだろう」という文章中、不思議に思われる最初と最後の部分が、『旅人』連載の協力者・澤野によって修正された可能性があるということです。

 湯川が書いた原稿では、「十月の始めに、私は考えついた。…私は今までどうして、このことを再度検討しなかったのだろうか」となっていたであろうと筆者は推定しています。この理由が、いままで本ブログに掲載された事実に基づいて、筋道立って説明され、最後に「湯川秀樹自身の自伝は英、仏、独語に翻訳されている。澤野によって修正された、誤った内容の訳本が世界的に有名になっているのは遺憾である。湯川スミが、ある晩ふと思いあたったことについて、彼女の自伝的著作で間接的に否定していることを周知させなければならない」と述べています。

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