2026年9月6日日曜日

今なお噛み締めるべきゲーテの言葉 (Goethe's Words We Should Still Reflect Upon Today)

[The main text of this post is in Japanese only.]
『イタリア紀行(下)』のカバー
Cover of Goethe's "Italian Journey (Vol. 3)" (Japanese translation)

 23年前に妻とイタリアへのグループ旅行に参加した後で読み始めながら、途中で投げ出してあったゲーテの『イタリア紀行』(相良守峯・訳、岩波文庫、全3巻、第1刷は1942年)の続きを最近読んでいる。その下巻、p. 68の1〜2行に次の言葉がある。
 政界に漂う暗雲が散ればよいがと願っている。近代の戦争は、それが続いている間は多くの人を不幸にし、済んでしまっても誰一人をも幸福にはしない。
 「政界に漂う暗雲」について巻末に注があり、「1787年の9月から10月にかけてなされたプロイセンのオランダに対する遠征を指す。ワイマル公カール・アウグストもこれに関与した」旨が説明されている。プロイセンとは当時の数あるドイツ諸国中の強力な一国で、文芸のパトロン(ゲーテの友人・保護者)として有名なカール・アウグストは、当時は多くのドイツ諸侯の領主がそうであったように、軍人としてのキャリアや名声を求めてプロイセンという大国の軍事行動に身を投じたのである[この部分はグーグル AI に対する質問への答えとして知った]。
——————————
 「人気ブログランキング」へ一票を!

2026年7月18日土曜日

題名『アナザーストーリーズ』の謎 (The Mystery behind the Title "Another Stories")

[The main text of this post is in Japanese only.]
イメージはNHKの関連番組紹介ページ https://www.nhk.jp/g/ts/VWRZ1WWNYP/ から
The image is from the NHK program information page: https://www.nhk.jp/g/ts/VWRZ1WWNYP/.

 NHK番組の『アナザーストーリーズ』という題名が以前から気になっていた。これについて、Google で尋ねてみると、再質問もした結果、納得のできる答えを得たので、その問答をここに紹介する。私の質問文は若干修正し、Google AI の回答中の引用文献は省略してある。また、回答中には随所に太字が使われていたが、ここでは、最後の結論の項中の太字だけを残した。



 問:NHK番組に『アナザーストーリーズ』という題名のものがあります。この題名は英文法的には間違いだと思いますが。

 答:英語の「another」の後に続く名詞は、文法上「単数形」が基本です。そのため「another stories」は一見すると文法上の間違いに思えます。
 しかし、この番組名は「別の複数の物語(another set of stories)」を意味する英語として許容されています。「another」は「an + other」が合わさった言葉ですが、日常会話やエンターテインメントの分野では、「複数形」の単語を修飾する使い方が定着しています。
 他にも、世界的に有名な作品のタイトル(例:映画『Another Stories』など)や日常会話でも、この表現が使われることがあります。したがって、間違いというよりも「慣用的な表現」として使われています。

 問:映画『Another Stories』は日本の作品のようです。英語圏で another + 複数名詞の著名な用例はありますか?

 答:英語圏において、数字などの修飾語を挟まずに another + 複数名詞(例:another stories)と直接つなげる表現は、文法的に明確な「間違い(誤用)」とみなされます。ネイティブスピーカーが日常会話やフォーマルな場でこれを使うことは基本的にありません。
 しかし、「特定の条件」を満たす場合、英語圏でも another の後ろに複数名詞が続く正しい用法が存在します。
1. another + 数詞 + 複数名詞(期間・金額・数量)
 another と複数名詞の間に具体的な数字や few などの数量を表す言葉を挟む場合、後ろに複数名詞を置くことができます。このとき、another は「もう一つの~」ではなく、「さらに~」「追加の~」という意味になります。
 • another two weeks(あと2週間)--Example: "The investigation will take another two weeks."(調査にはあと2週間かかる見込みだ。)
 • another ten dollars(あと10ドル)
 • another few days(あと数日)
 これらは「2週間という1つのひとかたまり(期間)」が「もう1つ追加される」というニュアンスになるため、another を使うことができます。
2. another + 集合名詞・単位(省略のニュアンス)
 「別の~の集まり」という意味で、本来あるはずの set of や group of などの単数名詞が省略され、結果的に複数名詞が続いているように見えるケースです。
 • another pair of shoes(もう一足の靴)--日常会話では省略されて another shoes と言ってしまう誤用が散見されますが、正しくは pair of が必要です。 
 結論:前述の通り、数字などを挟まない another stories や another pictures といった表現は、英語圏の著名な文学やメディアで「正しい表現」として使われることはありません。そのため、NHKの『アナザーストーリーズ』というタイトルは、英語圏の文法をそのまま持ち込んだものではなく、日本国内での響きの良さや「アナザー(別の)+ストーリーズ(複数の物語)」という意味を分かりやすく組み合わせた、日本独自の和製英語(造語)であると解釈するのが最も自然です。 

2026年6月28日日曜日

本ブログの紹介文 (Introductory Words to This Blog)

[The main text of this post is in Japanese only.]
本ブログの上部イメージ
Upper part image of this blog

 本ブログは『人気ブログランキング』サイト(文献1)に登録してある。参加カテゴリーは、「本、書籍」、「生活・文化(全般)」、「絵画」、「学問一般」、「物理学」の五つで、参加ブログの比較的少ない、後の三つのカテゴリーでのランキングは一桁台であるが、全体ランキングは、なんと四桁の数字である。ただし、これは更新頻度が最近極めて減っていることから考えて、不思議ではない。

 この度、上記のサイトでは各ブログについて、「このブログのここがポイント」という囲み記事が作られていることに気づいた。文章表現がいささか奇妙で、AI が作成したものらしく思われる。しかし、我がブログはこういうふうにまとめられるものかと、興味深く読んだので、ここに引用しておく。
自己表現と出身校のつながりを大切にした内容
作者の絵画活動や故郷の思い出、平和への願いを静かに綴る印象を与えます。写真や資料を通じて、個人の成長や芸術への情熱を伝え、伝統や未来を見つめる気持ちに温かさをもたらします。
 「出身校とのつながり」とあるのは、近年、出身高校同窓会関西支部の『一筆箋 関西そくさい便り』に掲載した文などをいくつも引用していることからきているだろう。「個人の成長」とあるのは、特に「抱いた大志に悔いなし (No Regrets for Unfulfilled Ambitions)」(文献2)の記事に関連していると思われる。「平和への願い」について最近特に書いた覚えはないが、上記記事の写真説明中にはその思いが出ており、また、古い記事には多く書いていたように思う。

 後日の追記:元日のブログ記事には、毎年「平和への願い」を書いていたのだった。年賀状に実際に使った文を載せていたので、ブログ記事として「平和への願い」を特に書いたという気がしていなかった。

文献
  1. 『人気ブログランキング』、ウエブサイト https://blog.with2.net
  2. 「抱いた大志に悔いなし (No Regrets for Unfulfilled Ambitions)」、本ブログの記事(2024年5月29日)https://ideaisaac2.blogspot.com/2024/05/i-dont-regret-my-not-completely.html

2026年3月4日水曜日

「哲学における鏡像反転論」を読んで (On Reading "Mirror Reversal in Philosophy")

[The main text of this post is in Japanese only.]
本文の掲載誌『學士會会報』No. 977 (2026) の表紙
Cover of the Gakushikaiho No. 977 (2026) in which this article was published

 以下は『學士會会報』No. 977, pp. 90–91(「会員ひろば」欄)(2026) に掲載された拙文の転載である(一部修正)。

——————————

 本誌第 975 号 32 ページ掲載の加地大介氏による表記題名の文を拝読し、次のことをお知らせしたいと思いました。心理学分野において 1998 年以降に幾つもの鏡像反転の謎(なぜ鏡は左右を反転し、上下を反転しないか。以下で「鏡の謎」と略称)に関する文献が発表され、それらの中に、この謎に対する決定打と言える「新しい直交座標説」があることです(従来の直交座標説は、加地氏の文にある「反転しているのは前後」とするもので、一つの認識あるいは特定の一直交座標系の適用としては正しいのですが、それをもとに左右反転の認識を否定し去るのは間違いだと私も思います)。
 幾つもの文献が出る発端となったのは文献 1(以下で高野説と呼ぶ)でした。高野説は鏡の謎について、複雑な説明をしています(実は、同説は左右反転以外の認識をも併せて説明する、いわば「広義の鏡像問題」を扱っていましたが、そのことが不明瞭でした)。これに対して鏡の謎(「狭義の鏡像問題」)はもっと簡単に説明できるとする、文献 2 及び 3 が、文献 1 と同じ心理学専門誌に同時掲載されました(後者の筆頭著者は私。これを以下で多幡説と略称)。少し遅れて、同じ謎を一部分で扱った文献 4 が出版されました。さらに、文献 5 も高野説を批判しました(小亀説。従来の直交座標説に似る)。この段階で、『認知科学』誌が文献 6 の小特集を組みました。それは小亀、多幡、高野各自による自説紹介、他説批判、批判への回答を掲載したものです。そこでの多幡説は、高野説の取り扱い範囲と合わせるため、吉村と共著の文献 7 の内容を含めています。
 以上の経過中に現れた「新しい直交座標説」は、文献 2、3、4 が独立・共通に述べているものです。加地氏の円柱座標説は上下が反転しないで、水平方向が反転することを説明していますが、同じ水平方向のうち、なぜ前後でなく(この点は鏡の謎の表現にはないものではありますが)、左右が反転するのかの理由が不明確です。他方、「新しい直交座標説」では、左右自体が逆と認識され得る理由を以下の通り明確に述べています。
 鏡は鏡面に垂直な軸方向を逆に映し出す結果、あるモノとその鏡像の形は、右手と左手のような対掌体という形同士となります。対掌体の一方は、必ずしも直交座標軸のどれかの軸についてでなく、任意の方向について逆にしても他方の形になります。このことは、右手をどの方向から鏡に映しても、鏡の中の手が左手同様の指の付き方になっていることからも分かります。鏡映によるこのような形の変化を見るとき、私たちは無意識にながら、モノとその鏡像(以下、両者を共にモノと略称)のそれぞれに対して、固有の上下・前後・左右からなる直交座標系を当てはめているのです。この座標系において、3 軸のうち上下と前後はモノの外見的特徴から先に決まります(上下・前後の両方または一方が決められないモノには、固有の左右軸も決められません)。左右方向のどちらが左で、どちらが右かは、上下・前後の 2 軸に依存して最後に決まるので、鏡映で逆になったと認識される方向は、最後に決まる軸に押しつけられることになるのです。
 なお、鏡の謎を含む広義の鏡像問題の十分なご理解のためには文献 8 をお勧めします。

文献
  1. Takano, Y. Psychonomic Bulletin & Review, Vol. 5, pp. 37–55 (1998).
  2. Corballis, M. C. ibid., Vol. 7, pp. 163–169 (2000).
  3. Tabata, T. and Okuda, S. ibid., Vol. 7, pp. 170–173 (2000).
  4. McManus, C. Right Hand, Left Hand: The Origins of Asymmetry in Brains, Bodies, Atoms and Cultures (Wiedenfeld & Nicolson, London, 2002).
  5. 小亀淳. 『認知科学』, Vol. 12, pp. 320–337 (2005).
  6. 小特集-鏡映反転. 『認知科学』, Vol. 15, pp. 496-558 (2008).
  7. Yoshimura, H. and Tabata, T. Perception, Vol. 36, pp. 1049–1056 (2007).
  8. 吉村浩一. 『鏡の中の左利き:鏡像反転の謎』 (ナカニシヤ出版, 京都, 2004).
(京大・理博・理・昭33)
転載時の追記

 本文において「新しい直交座標説」と呼んだものを、高野は「左右軸劣後説」と名付けています[高野陽太郎『鏡映反転:紀元前からの難問を解く』(岩波、東京、2015)p. 204]。左右軸が後から決まることを特徴とするものではありますが、「劣」の文字が入ることを私は好みません。なお、左右軸が上下・前後が決まって初めて決まることを最初に述べた文献は意外に新しく、Miller, G. A., & Johnson-Laird, P. N. Language and Perception (Belknap Press of Harvard University Press, Cambridge, MA, 1976) p. 401 のようです。鏡の謎が長らく解けなかったのも無理はありません。
 鏡の謎について上下・前後・左右の直交座標系を使って説明する際に、私は一つの向きが逆になる意味で「反転」という言葉を使いたくなく、自らこの問題を論じる際には「逆になる」あるいは「逆転」という表現をします(英語では reversal が使われる)。3 次元直交座標系が出てくる文中で「反転」と言えば、右手座標系の一軸が逆向きになった結果、左手座標系になることを意味するからです(英語の inversion)。座標系のこの反転と同様に、実物とその鏡像は 3 次元的な反転関係にあると言えます。しかし、加地氏が一つの向きが逆になる意味で「反転」を使われていたので、本文中では私もやむなく、その意味で「反転」を使いました。
 なお、転載にあたっての変更点は、「鏡は鏡面に垂直な軸方向を...」の前(現第 4 段落先頭)で改行したこと、第 3 段落にある「円柱座標説」の前に「加地氏の」を付け加えたこと、第 4 段落で「モノとその鏡像のそれぞれ(以下、モノと略称)に対して」とあったところを「モノとその鏡像(以下、両者を共にモノと略称)のそれぞれに対して」に変えたこと、の 3 点です。
——————————
 「人気ブログランキング」へ一票を!

2026年1月1日木曜日

2026年初めのごあいさつ (Greetings for the New Year of 2026)

[The main text of this post is in Japanese only.]妻の年賀状の挿絵として、彼女が登った思い出の山の一つである八ヶ岳(標高2,530m)を私が描いたもの。『週刊 日本百名山』No. 2(朝日新聞社、2001)の表紙写真を参考にした。
A picture I made for my wife's New Year card, showing Mt. Yatsugatake,
one of the mountains she climbed.

新年おめでとうございます

 「帰馬放牛」という熟語は 戦争で使った馬や牛を野に帰し放つことから 二度と戦争はしないということも表しているそうです

 我が国は自衛の名の下に大幅な軍備拡張をすることをやめ 憲法第九条に沿ったこの熟語の順守をこそ続けて行かなければならないと思います

 皆様のご健康とご幸福をお祈りいたします

——————————
 「人気ブログランキング」へ一票を!

 

2025年9月4日木曜日

2025年の美交会展 (Bikokai Exhibition 2025)

[The main text of this post is in Japanese only.]写真1. 水彩画『赤石岳』。不透明水彩絵の具を使用。F6サイズ(409mm×318mm)。
Watercolor painting "Mt. Akaishi." Gouache. F6 size (409 mm x 318 mm).

 以下は私の出身高校(石川県立金沢菫台高校、現・石川県立金沢商業高校)の同窓会関西支部が発行する『一筆箋:関西そくさい便り』第4号(2025年8月発行)に掲載された私の文である。

×     ×     ×

 毎回その年に描いた趣味の水彩画作品の写真を投稿するつもりでしたが、昨年は本誌への投稿締切日のみでなく、原作を出品する予定の美交会展(素人・玄人を含む、油彩、水彩、切り絵、書、写真、工芸など美術多分野の会員によって、堺市内で毎年1回開催されている無審査の展覧会)にも、作品の完成が間に合いませんでした。その作品は、昨年9月になってようやく完成し、今年の展覧会に出しましたので、今回はそれをご覧に入れます(写真1)。

 この作品は、『最新版 週刊日本百名山、No.15』(朝日新聞出版、2008年)の表紙になっている赤石岳の写真(中山秀幸氏撮影)を参考にして描きました。赤石岳は赤石山脈の長野県と静岡県にまたがる標高3,120.5mの山です。上記の冊子は、この山を、「威厳と風格を兼ね備えた南アルプスの宗家」と紹介しています。山名の由来は、同冊子に引用してある深田久弥の『日本百名山』の文に、「この山の南面から発して東流する沢に、赤褐色の岩石が大崩壊して押し流された。そこでその沢が赤石沢と呼ばれ、それが頂の山の名になった」と述べられています。深田はまた、その山頂の姿について、「私の記憶にあるあらゆる頂上のなかで、赤石岳のそれほど立派なものはない」とも書いていて、この山は百名山中でも格別容姿の優れた山のようです。私の絵は、写真をコンピューター加工したものを真似る手法を使い、元の写真よりいくらか明るく描きました。
写真2. 今年の美交会展会場内の、私の水彩画と長女のキルト作品が取り上げられた特別展示場所。(展示設定直後の、観覧者のまだいない時間に撮影。手前の台上にある作品は別の会員のもの)。
The special exhibition area in this year's Bikokai Exhibition featured my watercolor paintings and my eldest daughter's patchwork quilts. (The photo was taken just after the exhibition was set up, when there were no visitors yet. The work on the platform in the foreground belongs to another member.)

 なお、美交会展では数年前の展覧会以来、毎回一人の会員の過去からの作品を集めた特別展示コーナーを設けています。私は、本誌前号に記しましたように、長女(私と一緒に美交会会員になっています)のパッチワークキルト作品と合わせた親子作品集を昨年作りました。その一冊を美交会会長に進呈してあったことも影響して、今回は、私と長女の作品が合わせて特別展示の対象に選ばれました。そこで、写真1の作品の他、私の過去の水彩画5点と、長女のキルト作品(壁掛けの5点と壁際の卓上に置いた小物2点)が、さる5月20日から25日まで堺市立文化会館内の2室を使って開催された美交会展の一部を飾りました(写真2)。4月17日に卒寿を迎えた私にとって、良い記念行事ともなりました。

2025年7月27日日曜日

親子作品集や高峰賞のことなど (About "Collected Works of Father and Daughter," the Takamine Prize, etc.)

[The main text of this post is in Japanese only.]
写真1. 親子作品集表紙
The front cover of "Pictures and Patchwork Quilts: Collected Works of Father and Daughter," published by me together with my first daughter

 以下は私の出身高校(石川県立金沢菫台高校、現・石川県立金沢商業高校)の同窓会関西支部が発行する『一筆箋:関西そくさい便り』第3号(2024年7月発行)に掲載された私の文である(転載が1年遅れとなった)。

×     ×     ×

 今回も、堺市内で毎年開催されている美術展「美交会展」に本年出品した水彩画の写真を載せて頂くつもりでした。しかし、不手際にも、新しいF6サイズの作品が展覧会に間に合わなくて、代わりにスケッチブックに描いてあった小さな水彩画(F0サイズ)3点を出品しました。従来の大きさの絵は、展覧会終了後もまだ着彩を少しずつ続けているという状況です。そこで、まずは、私が昨年米寿を迎えた記念に、長女と私とで今年の初めに作り上げた『絵画とキルト〜親子作品集〜』の表紙写真をご覧に入れ(写真1)、その冊子の紹介をします。同作品集はB5サイズ、66ページのもので、「かんたんプリント・カンプリ堺店」で少数部のみ印刷・製本して貰った非売品です。しかし、私のウエブサイト内のページ
  http://ideaisaac.web.fc2.com/picquilt.html
から、7分割されたPDFファイルの形でダウンロード・ご覧いただけます。第1部に私の水彩画28点、第2部に私の海外旅行でのスケッチ18点、第3部に私の国内の旅でのスケッチ34点、第4部に長女のパッチワーク・キルト作品16点を、それぞれ若干の説明とともに掲載してあります。

 昨年の『一筆箋』では、私の投稿に因んで『菫台時報』掲載の私の高峰賞受賞記事を掲載して頂き、恐縮でした。これに関連して、高峰賞のことと同賞受賞先輩のお一人のことを少し記します。この賞はご存知の通り、金沢が生んだ偉大な科学者・国際人である高峰譲吉博士の功績を顕彰し、また科学教育の振興を図ることを目的として作られた「高峰譲吉博士顕彰会」が行っている事業の一つです。第1回高峰賞授与は1951年度に行われ、当時は石川県内の中学・高校生から、それぞれ理科・化学に優れた生徒各10名(正賞・準賞各5名)が選ばれていました。しかし、1971年度の第21回から、個人賞に加えて学校賞が制定され、代わりに高校生は対象から外されました。そして、理科好きで同賞受賞という中学生が金商高校へ進学してく来る可能性も極めて少ないでしょうから、この賞は今やわが同窓会には縁遠いものになったと思います(同窓生の家族が受賞という可能性はあるでしょうが)。
写真2. 上埜武夫博士
Dr. Takeo Ueno

写真3. 上埜博士が撮影した筆者
The present author taken by Dr. Ueno

 菫台時代に第1回高峰賞正賞を受賞された菫台3期の上埜武夫先輩は、私と近しかった方です。彼の当時の住まいは母校の隣にある盲学校の正門前付近でした。大連から引き揚げて来て住む家のなかった私たち母子は、私の中学生時代にその家の2階1室を間借りさせて貰っていたのです(私の生家もその付近でした)。その頃の年齢差二つは大きなものに思えて、一緒に遊ぶことはほとんどなかったのですが、菫台のグラウンドで一度キャッチボールをしたこと、映画『シベリア物語』を見に連れて行って貰ったこと、中3の夏休みの宿題で化学関係の分からなかった問題について教えて貰ったこと、高3の時の修学旅行で東京の宿に滞在した折に東大生だった彼が先生方に会いに来られ、私にも声をかけて貰ったこと、などの記憶があります。彼は東大工学部で学び、山陽パルプ(株)[現・日本製紙(株)]に就職、その後、静岡大学農学部教授をされました。長らく没交渉でしたが、互いに定年退職が近くなった頃に再会の機会があり、それ以来、親しくEメールや賀状の交換をしました。近年体調を崩され、音信不通・ご消息不明なのが残念です。彼の学位論文となった放射線関連の実験的研究と同様の問題を、そうとは知らないまま、私が後にコンピューター計算で扱う研究をしていたのも不思議なご縁です。写真2、3は、2010年4月初めに私が上京した折に彼に合い、靖国神社のソメイヨシノ標本木を案内して貰い、その前で撮り合った上埜先輩と私です。先輩にカメラを向けられた私は緊張している面持ちです。

2025年1月1日水曜日

2025年初めのごあいさつ (Greetings for the New Year of 2025)

[The main text of this post is in Japanese only.]妻の年賀状の挿絵として、彼女が登った思い出の山の一つである槍ヶ岳(標高3,180m)を私が描いたもの。『最新版 日本百名山』No. 2(朝日新聞社、2008)の表紙写真を参考にした。
A picture I made for my wife's New Year card, showing Mt. Yari,
one of the mountains she climbed.

新年おめでとうございます

壁に沿ひ真直ぐに進み行く
          ——山口誓子

戦争は人類進歩の上での逆行です 上の句に詠まれた蛇のように人類が真っすぐに進むには 政府は戦争の準備でなく 平和の準備をこそすべきでしょう

皆様のご健康とご幸福をお祈りします

——————————
 「人気ブログランキング」へ一票を!

 

2024年5月29日水曜日

抱いた大志に悔いなし (No Regrets for Unfulfilled Ambitions)

[The main text of this post is in Japanese only.]
写真は筆者(向かって左から 3 人目)が 1998 年にウクライナのハルキウ大学へ招かれた際のもの。当時私を歓迎してくれた人たちは、ロシアの軍事侵攻を受け、どうしているだろうかと心配している。
The photo was taken when the author (third from the left) was invited to Kharkiv University in Ukraine in 1998. I worry about how the people who welcomed me at that time are doing under Russia's military invasion.

 以下は私の出身高校(石川県立金沢菫台高校、現・石川県立金沢商業高校)の同窓会誌『金商菫台プレス』No. 64, pp. 26–27 (2024) に掲載された私の寄稿である。
×     ×     ×

 私が高校を卒業したのは、ちょうど 70 年前で、この節目の年に執筆依頼を頂いたことは光栄である。過去の寄稿を一部省略して振り返ると、創立 80 周年記念 20 号(1980 年)に「南東部カナダの夏」の題で国際学会出張の経験を、47 号(2007 年)に「集うこと十回」として新聞部同窓会のことを、それぞれ投稿し、関西支部発行の小冊子から「趣味の不透明水彩画」の文が 63 号(2023 年)に転載されている。以上から本誌読者の方々が察知される私の人物像は、在校時代に新聞部に属し、就職後は理系か文系か不明だが国際学会に参加するような研究に従事し、水彩画を趣味とする、ということぐらいだろう。

 そこで、在校時代の私の情報を追加してみよう。『金商菫台百年史』(2000 年)中の、菫台時代の生徒会誌『新樹』についての記事に、「二号、三号のころまでは、[...中略...]文学的要素が濃く、四号あたりから、[...中略...]多幡達夫の『不思議の国アリスにおける with の使用法』など、生徒の研究論文が見られます」とある。『新樹』四号は私が 2 年生の時の発行で、拙文の実際の題名に「における」以下の部分はなく、エッセイ的な内容だった。ただ、秋山校長の英語授業で習った同題名のルイス・キャロル作品の冒頭部分を、英文から受ける感じを含めて鑑賞した形だったので、研究論文という印象を与えたのだろう。『新樹』五号には、3 年の時のホームルーム担任で英語も習った坂井先生の勧めで「ヘンリィ・ライクロフトの手記」として、同題名の英文学作品の部分和訳と感想を書いた。同時に、前年夏休みの国語の宿題として提出した創作「夏空に輝く星」を載せるようにと、宿題を出された桑山先生に勧められ、一年余り前の稚拙なものを今更と思いながらも、「よい記念になるよ」とも言われて承諾した。同期生達の関心は、ヒロインのモデルが誰かに注がれたようだった。

 追加の情報からは全くの文系人間と思われそうだが、実は私は高峰賞(「転載時の注」参照)を受賞し、京大理学部へ進学した。進学先の決め手となったのは、日本最初のノーベル賞受賞者・湯川秀樹博士の下で素粒子論物理学を学び、博士と同様な成果を挙げたいという大志を抱いたことだ。高峰賞を貰った後、親友たちから「次はノーベル賞!」と言われもした。しかし、大学 4 年で専攻を決める際、諸事情を勘案し、素粒子論でなく、実験原子核物理学を選んだ。修士課程修了後、専攻分野の恩師・木村毅一博士が作った大阪府立放射線中央研究所に就職し、電子の後方散乱の実験で理学博士を取得、1990 年、同研究所が大阪府立大(現・大阪公立大)に統合された折に、私の職名は総括研究員から教授に変わった。1999 年に名誉教授の称号を得て定年退職し、以後は自分のウェブサイトに研究所名をつけて、ささやかな活動を続けている。

 抱いた大志はそのままの形では実現しなかったが、50 年前後を経てなおよく引用されている論文をいくつか発表したという、まずまずの研究生活が出来、悔いることは全くない。また、湯川博士を尊敬し続けたお陰で、2007 年の同博士生誕百年に向けて大阪科学館で活動した「湯川秀樹を研究する市民の会」のアドバイザーの一人として、物理好きの一般市民の方々と共に博士のノーベル賞論文を学ぶ機会を持ち、2010 年に姫路在住京大同窓生の会で「湯川の仕事に対する中国古典の影響」という講演をしたなどの思い出も出来た。金商高在校生や若い同窓生の方々にも、大いに大志を抱いて貰いたい。それがよい人生につながるだろうから。

転載時の注:高峰賞は、金沢が生んだ偉大な科学者・国際人である高峰譲吉博士の功績を顕彰し、併せて科学教育の振興を図ることを目的として 1945 年春に設立された「高峰譲吉博士顕彰会」が行っている事業の一つ。第 1 回高峰賞授与は 1951 年度に行われ、当時は石川県内の中学・高校生から、それぞれ理科・化学の優秀な生徒各 10 名(正賞・副賞各 5 名)が選ばれていた。1971 年度の第 21 回から、個人賞に加え学校賞が制定され、代わりに高校生は対象から外された。(金沢市のウェブサイトを参考にした。)

——————————
 「人気ブログランキング」へ一票を!

2024年1月1日月曜日

2024年初めのごあいさつ (Greetings for the New Year of 2024)

[The main text of this post is in Japanese only.]
妻の年賀状の挿絵として、彼女が登った思い出の山の一つである赤石岳
(標高3,120m)を私が描いたもの。
『最新版 日本百名山』No. 15(朝日新聞社、2008)の表紙写真を参考にした。
A picture I made for my wife's New Year card, showing Mt. Akaishidake,
one of the mountains she climbed.

新年おめでとうございます

ゆっくりと浮力をつけてゆく凧に
の字が見ゆ字は生きて見ゆ
               ——岡井 隆

歳を重ねても上昇する気持ちを失いたくないものと思います
そして世界中の空が凧揚げにふさわしい平和な状態であることを願うものです

皆様のご健康とご幸福をお祈りします

——————————
 「人気ブログランキング」へ一票を!

 

2023年6月11日日曜日

水彩画『白山』 (My Watercolor "Mt. Haku")

不透明水彩画「白山」
My gouache painting, "Mt. Haku"

 上掲のイメージは、堺市内で毎年開催されている美術展「美交会展」の本年度展(2003年5月30日〜6月4日)に出品した不透明水彩画である。白山は、石川県出身者には親しみのある山で、私の出身高校である旧・石川県立金沢菫台高校(現・石川県立金沢商業高校)の校歌2番1行に「朝日に映ゆる白山や」と詠まれてもいる。しかし、私自身は近くまで行ったこともない。描くに当たっては、『最新版週刊日本百名山No.44』(朝日新聞出版、2008年)の表紙写真(吉澤康暢氏による)を参考にした。その説明によれば、大汝峰から南東に剣ヶ峰(左手前、直下に翠ヶ池を擁する)と主峰・御前峰(右奥)を望む風景である。方角や陰影から、まさに「朝日に映ゆる白山」と分かる。写真をコンピューター加工したものを真似る手法を使い、元の写真より大幅に明るく描いた。

This is a gouache painting, "Mt. Haku," which I presented at this year's art exhibition of "Bikokaiten," which we have annually in Sakai City. Mt. Haku is a mountain that people from Ishikawa Prefecture are familiar with. The school song of the former Shikindai Senior High School (presently Ishikawa Prefectural Kanazawa Commercial High School), which I graduated from, includes the phrase "Mt. Haku shining in the morning sun." But I've never been anywhere near it myself. When drawing, I referred to the cover photo (by Yasunobu Yoshizawa) of "100 Famous Mountains in Japan Weekly, Latest Edition, No. 44" (Asahi Shimbun Publishing, 2008). According to the explanation attached to the photo, it is a view from Ōnanjimine to the southeast, namely, Kengamine (front left, with Midorigaike Pond directly below) and the highest peak, Gozengamine (back right). From the direction of the view and shadows, we find that the scenery is just "Mt. Haku shining in the morning sun." Using the technique of mimicking a computer-modified version of the photo, I made the painting significantly brighter than the original photo.

2023年1月13日金曜日

夢と記憶の妙 (Mystery of the Dream and the Memory)

[See the English version of this post.]E. U. コンドン、G. H. ショートレイ著「原子スペクトルの理論」、Amazon のウェブサイトから
"The Theory of Atomic Spectra" by E. U. Condon & George H. Shortley, taken from the Web site of Amazon
(I made links to the book title as an Amazon Associate and earn from qualifying purchases.)

 覚醒時には何十年も思い出したことのなかった一冊の本に関する記憶が、突然、夢の中に出て来た。Condon–Shortley(コンドン と ショートレイ)という2人の共著者の名前としてである。目覚めてから考えても、その本の題名は覚えていなかったが、多分、物性物理学関係の本だろうと思った。著者名でインターネット検索してみると、"The Theory of Atomic Spectra"(原子スペクトルの理論)という1935年発行の名著だと分かった[注1]。物理学を二つの分野に大別すれば、物性物理学と素粒子・原子核物理学分野になり、原子スペクトルは確かに前者に属する。

 私の大学生時代は戦後比較的まもない混乱期で、物理学の各分野の名著が海賊版でいくつも出版されていた。そして、それらを出版業者から取り次ぐアルバイトをしていた 1 年先輩の学生が、私たちの講義を受ける教室へもよく宣伝に来ていた。この本の海賊版についても彼が、「今度 Condon–Shortley が出ます。 原子スペクトルの理論についての名著です」というように宣伝したのが、頭のどこかにこびりついていたのだろう。原子スペクトルに関する講義の中でも、教官が「これについては、Condon–Shortley の本に詳しく書いてあります」と話したかも知れない。また、同期生の誰かが「Condon–Shortley(の海賊版)を買おうかどうしようか迷っている」と言っていたのも聞いたかもしれない。

 私が大学で専攻したのは「原子核」で、「原子」スペクトルについては関心がなかったので、その本を読みたいと思ったことはなく、その本のことを思い出したことも卒業以来 65 年余り全くなかった。それにもかかわらず、著者名だけながら、夢の中で思い出すとは、まことに奇妙で不思議なことである。


 注
  1. 発行所のウェブサイトに次のように書いてある:最初に出版されたとき、"Nature" 誌の批評家は次のように述べている。「人類の既存の知識が巧みに統合してあり、何年にもわたって今後の研究の出発点となるとともに、研究者たちにインスピレーションを与え続けると思われる、強力かつ完全な、第一級の本であるという印象を受ける。」(英文から筆者が意訳。
    https://www.cambridge.org/jp/academic/subjects/physics/atomic-physics-molecular-physics-and-chemical-physics/theory-atomic-spectra)

2023年1月1日日曜日

2023年初めのごあいさつ (Greetings for the New Year of 2023)

[The main text of this post is in Japanese only.]
妻の年賀状の挿絵として、彼女が登った思い出の山の一つである白山[主峰・御前岬(右奥、標高2,702m)と、直下に翠ヶ池を擁する剣ヶ峰(左手前)]を私が描いたもの。『最新版 日本百名山』No. 44(朝日新聞社、2008)の表紙写真を
参考にした。
A picture I made for my wife's New Year card, showing Mt. Haku,
one of the mountains she climbed.

新年おめでとうございます

亀は歩みは眠る長閑かな ——尾崎紅葉

この句がどういう状況で詠まれたかを知りませんが 真の長閑さは世界中から戦争がなくなってこそ得られると思います そのための努力が亀の歩みのようであっても 大切にしたいものです

皆様のご健康とご幸福をお祈りします

——————————
 「人気ブログランキング」へ一票を!

 

2022年12月17日土曜日

失礼な言葉「勇気を与えたい」(Rude Japanese phrase "yuki o ataetai")

[The main text of this post is in Japanese only.]
失礼です。

 近年、スポーツ選手たちがよく使っている「(自分が活躍することによって、皆さんに)勇気を与えたい」という言葉が気になる。子供たちを前にしての発言ならばよいが、災害などにあった一般の人々をも対象にしている場合が多い。文献 [1] の「与える」の説明には
自分の物を他人に渡し、その人のものとする。やる。▽現在では上の者が恩恵的な意味で授ける場合に使う。
とある。最近、「〜してあげる」という言葉が「上から目線」だと感じる人が増えているようだが(これについては別途記事にしてみたい)、「与えたい」こそは「上から目線」なのである。「勇気を差し上げたい」とでも言って貰いたい。

 なお、文献 [2] に「与える」の使い方について、『デジタル大辞泉』(小学館)を引用しての親切な説明がある。


 文献
  1. 西尾実ほか編、岩波国語辞典第5版 (1994)
  2. 井上明美、第32回「感動を与える」、Web日本語:日本語マナーの歳時記 (2013) [https://www.web-nihongo.com/j_manner/jm_p032/]
(2022年12月17日一部追記)

2022年12月16日金曜日

過剰な「させていただく」(Excessive Japanese expression "sasete itadaku")

[The main text of this post is in Japanese only.]
誰に使役されているつもりなのか

 「〜させていただく」という言葉は、相手からの依頼、許可、厚意、恩恵などがあって「〜する」場合の丁寧表現としては妥当である(文献 [1])。そういう条件下でない場合に使うのは、いかにも過剰な表現であるが、最近、あまりにもよく耳にする。「させる」は使役の助動詞である。自発的に行なっていることについて、「〜させていただいております」というのを聞くと、「誰に使役されているつもりなのか。日本国憲法が主権在民主義の憲法であることをお忘れか」と問いかけたくなる。謙譲が行き過ぎれば、卑屈となる。過剰な「〜させていただいております」を使う人たちには、「卑屈」の意味も分かるまいから、文献 [2] からその意味を引用しておく。「自分をいやしめて服従・妥協しようとする、いくじのない態度」である。

 文献
  1. 井上明美、第10回「させていただきます」1、Web日本語:日本語マナーの歳時記 (2011) [https://www.web-nihongo.com/j_manner/jm_p010/]
  2. 西尾実ほか編、岩波国語辞典第5版 (1994)

2022年12月15日木曜日

「〜になります」の間違った使い方 (Wrong usage of the Japanese phrase "... ni narimasu")

[The main text of this post is in Japanese only.]
「これがコーヒーに成るのですか。じゃ、今は何なのですか。」

 「〜です」の丁寧な表現のつもりで「〜になります」という言い方が始まって久しい。私の幼友達だった故・Aさんは、高校の国語の先生だった。十数年前に会った時、次のような話をしていた。
 最近、喫茶店でコーヒーを注文すると、持って来た店員が「コーヒーになります」と言うので、わたしは、「これがコーヒーに成るのですか。じゃ、今は何なのですか」と言ってやるの。すると、店員はキョトンとしてるよ。
丁寧言葉のつもりでの「〜になります」は、この例のように、飲食店やコンビニのアルバイト店員が使い始めたらしく、バイト敬語とも呼ばれているそうだ。しかし、最近はテレビを見ていると、大学の教官でさえも使っているから驚く。文献 [1] を読んで学んで貰いたい。


 文献
  1. 「になります」は敬語ではない! 正しい用法を例文で解説、記事ブログ (2020) [https://記事作成代行.jp/ninarimasu/]

2022年12月14日水曜日

嫌いな言葉「スピード感を持って」(The phrase I dislike, "with a sense of speed")

[The main text of this post is in Japanese only.]
必ずしも迅速に行うことにはならない。

 「スピード感を持って」という言葉は、すでに安倍元首相・菅前首相の時代から、首相をはじめとする政治家たちの発言によく使われるとして批判されて来ている [1, 2]。しかしながら、政治家たちは今なお盛んにこの言葉を使っている。「感をもって」では、必ずしも実際に迅速に行うことにはならない。それをもって、迅速に進まなかったことの言い訳にしようという魂胆があるかのようである。また、カタカナ語を使うことが格好よいとでも思っているかのようである。政治家たるものは、「迅速に進めます」と、簡潔・正確な日本語でその決意をいい切るべきである。

 文献
  1. 道浦俊彦「スピード感をもって」、読売テレビ 道浦俊彦TIME (2020) [https://www.ytv.co.jp/michiura_time/contents/202004/5on9aksin1r4q5ra.html]
  2. 青沼陽一郎『「スピード感をもって」とは? 国語力疑わしい菅首相』、JBpress (2021) [https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/64286]

2022年12月10日土曜日

「~づらい」と「~にくい」 (Japanese words, "... zurai" and "... nikui")

[The main text of this post is in Japanese only.]
『広辞苑』第七版の「づらい」の項のある部分。

 最近テレビを見ていると、「~づらい」という言い方がしょっちゅう出てくる。似た意味での「~にくい」を聞くことは滅多にない。これは最近著しくなった傾向のように思われる。私は1935年生まれで、自分では「~づらい」を使ったことがない。濁音にラ行の音が続く「~づらい」は、日本語の中ではよくない意味を持つ、あまり美しくない言葉(同類に「ずるい」、「だらしない」、「焦らす」など)に属するような気がして、「聞きづらい」と言いたくなる。これは新しい傾向に「慣れにくい」高齢者のひがみだろうか。

 また、「~づらい」は感情に関わる形容詞「辛い」から来ている(上掲のイメージ参照)ので、感情を持たない主語に対して使うのは奇妙に思われる。例えば、「これこれの事態は起こりづらい」というような使い方である。

 さらに、客観的な情勢があって「~することが困難である」場合に、「~しづらい」と言えば、その情勢を作り出した政治なり社会的状況なりが免罪されて、問題が単に個人的に「~することが困難な気がしている」ことに矮小化されてしまう恐れがある。したがって、こういう場合に、私は「~づらい」を絶対に使いたくない。

 論じれば長くなるが、表記の二つの表現について書いたものは、すでにインターネット上に多数ある。その中の3編のみを、読者のご参考までに以下に引用して、終わりとする。以後「~づらい ~にくい」で検索すれば、この記事も末席に仲間入りすることになろうか。なお、文頭に掲げたイメージにある『広辞苑』第七版の「づらい」の項は、残念ながら「~づらい」と「~にくい」の意味の異同を考える参考には、あまりならない。


2022年12月14日最終改稿

2022年6月14日火曜日

水彩画『北岳』 (My Watercolor "Mt. Kitadake")

[The main text of this post is in Japanese only.]
水彩画『北岳』
My watercolor "Mt. Kitadake"

 私の出身高校は 10 年間「金沢菫台高校」の名だったが、その前の旧制中学時代には「金沢商業」で、後には「金沢商業高校」となった。そこで、同窓会は「金商菫台同窓会」の名を持つ。先日、その関西支部から、総会、懇親会、年会費徴収を廃止し、「一筆箋・関西そくさい便り(仮題)」を小冊子にまとめて会員に送付することで、会員交流のツールにしたいとして、議案書等の書類と返信用ハガキが送られて来た。コロナ禍が続いた影響である。ハガキ表面下部に議案への賛否回答欄があり、裏面が「一筆箋 . . . 」原稿記入欄になっているが、書類によれば、絵・写真などもよく、文章の長短も気にすることなく送って欲しいとのことだ。そこで、返信用ハガキとは別便の封書で、私が最近「美交会展」に出品した絵の写真とそれに関する文を投函した。以下は、その文を若干修正したものである。


 私は堺市内で毎年 1 回開催されているアンデパンダン方式の美術展「美交会展」に、不透明水彩画 1 点を出品することを趣味の一つにしている。この展覧会の開催時期は昨年まで秋だったので、作品を 7、8 月頃にゆっくり準備していた。現場での写生でなく、写真を参考にして細かく描くため、F6 サイズ(410 mm × 318 mm)という小さな作品ながら、制作に 1 ヵ月程度かかる。

 ところが、今年は開催期間が 6 月 7 日から 12 日までと急に変更になり、あわてて 4 月から取り掛かった。かねがね写実的な描き方から脱皮したいと思っていたので、「細部ポスター化手法」(私的命名。実は写真をコンピューター加工した結果の真似)を新しく試みた。その結果、例年より長い制作期間を要し、画材屋に額装を依頼する時間的余裕がなくなり、家に飾ってあった過去の作品の額に代入して出品することとなった。

 ここ数年は、山岳写真家たちが撮った日本百名山の写真の中から気に入ったものを選び、それをもとに描いている。妻が 2011 年に百名山の全山登頂を達成しており(妻の山行の日々、私はもっぱら留守番をしていた)、その苦労をせめて作画で味わいたいという思いと、彼女の思い出を助けたいとの考えもあってのことだ。

 上掲の写真は、今回の出品作『北岳』である。『朝日ビジュアルシリーズ 最新版日本百名山 No. 13 北岳 間ノ岳』(朝日新聞出版、2008 年)の表紙に使われている、中西俊明氏の写真をもとにした。ロシア軍のウクライナ侵攻や長引くコロナ禍による最近の暗い気持ちを吹き飛ばそうと、中西氏の写真よりも色彩をぐっと明るく変えた。画材としては、ホルベイン不透明水彩絵具とホルベイン ウォーターフォード水彩紙を使っている。

 着彩をしながら、「近くで見ると、色の塊の奇妙な並びのようだが、遠くから見れば、立体感が出ている」と思っていた。このたび美交会展の世話人代表役につくことになった H・T 氏からも、「遠くから見るのが良いという絵になっている」と評されたのは嬉しかった。
——————————
 「人気ブログランキング」へ一票を!

2022年2月12日土曜日

抽象画と物理データの偶然の類似性 (Accidental Similarity between Abstract Painting and Physics Data)

[See here for the English version.]
図 1. 個展案内葉書に印刷されていた吉原彩子さんの作品 “DUET”
Copyright © 2015 by Saiko Yoshihara

 私の友人・吉原彩子さんは、私と大連の小学校での同期生であり、新象作家協会に所属するセミプロの画家である。彼女は 2015 年 12 月 3 日から 20 日まで岩手県花巻市で個展を開催した。そのイベントの案内葉書には、一つの抽象画作品のイメージがあった(図 1)。この絵で、彼女はジャクソン・ポロックが使用したのに似たドリップ技法を部分的に採用しているようだ。黒い点々は地震災害の影響を示しているかのようである。彼女は 2011 年に東日本大震災で被災した土地に住んでいるのである。しかし、この作品は、災害を克服するための脳と新しい生命のイメージも含んでいると見える。絵の明るく優しい色調は、未来への希望を発散している。私はこの絵がとても気に入った。

 私はこの絵の、ある特徴に驚いた。それは左下から右上にかけての一連の黒い点々である。これらは、私が物理学の論文中の図にプロットした実験データに似ているのである。まず、電子の外挿飛程(物質層を通過する電子の透過度の目安)についての論文[文献1]の図を思い出した。それは、外挿飛程と電子エネルギーの関係(簡単に「飛程・エネルギー関係」と呼ぶ)を、物質がアルミニウムと銅の場合について対数目盛で示したものである。私は横軸の全領域を 2 分割して図を描いた(注 1 参照)。すなわち、下部と上部に異なる横軸の目盛を使用して、二つの部分を一つのグラフに結合したのである。その結果、素人の方が関係の全体的な傾向を一目で把握することが困難な形になっている。

 そこで、類似性を分かりやすくするため、元の図の二つのコピーを組み合わせて新しいグラフを作成した。図 2 では、横軸は考慮した領域全体に自然な形で広がっている。図 2 の幅と高さの比率は、図 1 中の絵と同じにした。これで、彼女の作品の一連の点と、図 2 の左下から右上へ伸びる 2 本の隣接する曲線に沿った点の並びの類似性をはっきりと見ることができる。

図 2. 両対数スケールで表した、アルミニウムと銅の中での電子の飛程・エネルギー関係。点は実験データ、曲線は私たちが提唱した経験式

 彩子さんの絵には、さらに、右に行くにつれて最上部の点々から大きく外れる他の点々の並びもある。この傾向は、原子番号が大きい場合の電子の飛程・エネルギー関係にも見られるが、ずれ方は絵の場合のように大きくはない。このことを考えていて、電子の後方散乱についての私の別の論文[文献2]中にあるグラフを思い出した。そのグラフについても、幅と高さの比率が彼女の絵と等しくなるように変更を加えて、図 3 に再現した。これは、電子の後方散乱係数(入射表面から逆戻りして出て来る電子の数と入射電子数の比)を、吸収体物質の原子番号を入射電子のエネルギーで割った値の関数として示している。異なる物質についてのデータは、彼女の複数の点々の並びと同様に、次第にずれて行く曲線上にある。

図3. 電子の後方散乱係数の、原子番号を入射電子エネルギーで割った値に対する依存性。いろいろな記号の点は実験データで、黒塗りの記号は私自身の実験結果、
曲線はデータを滑らかにつないだもの

 私の論文の図を見たこともない彩子さんが、なぜそれらの物理データのように配置された点々を描いたのだろうか。彼女の点々や、私の図の実験データの並びが表す曲線は、「S 字型曲線」あるいは「ロジスティック曲線」と呼ばれ、自然現象でよく見られるものである。また、大きな画布の上で、筆を持った右手を左下から右上に向かって自然に動かすと、その流れの一つは、そのような曲線を生み出すと思われる。こう考えると、このような類似性が生じるのは、それほど妙ことでもない。

  1. 文献 1 と 2 の論文を発表した頃には、パソコンがまだなかった。そこで、B4 サイズのトレーシングペーパーに図を手描きしたのである。
参考文献
  1. T. Tabata, R. Ito, and S. Okabe, “Generalized semiempirical equations for the extrapolated range of electrons,” Nucl. Instrum. Methods 103, 85 (1972). [私の最もよく引用されている論文の一つ]
  2. T. Tabata, “Backscattering of electrons from 3.2 to 14 MeV,” Phys. Rev. 162, 336 (1967).[私の学位論文]
改訂版への注
  1. この記事は最初、2015 年 11 月 14 日にこちらに英文で掲載したもので、私のブログ記事中、最もよく閲覧されているものの一つである(約 1690 ビュー)。今回、 干の変更を加え、また、文章を改善した英文改訂版を作成し、同時にこの邦文版も作った。
  2. 改訂版を作成している時、ここで使用した彩子さんの絵は、『吉原彩子画集:Dairen & Fukushima』(自費出版、2015 年)に完全な形で、“DUET” という題名とともに掲載されていることを知った[画集のサブタイトル中の “Dairen” は、大連(Dalian)の日本語読みローマ字表記]。絵の正しい向きは、図 1 のものを反時計回りに 90 度回転した形だった。また、元の作品は四つの側面共にもう少し広がっていた。ただし、本エッセイで言及した類似性は、私のグラフも反時計回りに 90 度回転して比較することによって、絵の本来の形についても当てはまる。その場合、最後の段落で、「S 字型曲線」と「ロジスティック曲線」の前に「回転した」という言葉を付け、「左下から右上へ」という表現を「左上から右下へ」に変更しさえすればよい。
  3. “Fukushima” の語は東日本大震災の関連では、福島第一原子力発電所事故を象徴するものである。したがって、彩子さんの画集の副題は当時の彼女の絵がその事故の影響を大きく受けたことを意味しているように見える。しかし、彼女が大連と福島を並べたのは、彼女の居住地が、かつては大連であり、生まれたその地から引き揚げによって離れたのちは、主に福島県であったからであろう。
  4. 作品の題名 “DUET” は、震災には無関係であり、私のその作品についての感想は画家の意図以外のものだった。ただ、その題名は、本エッセイで彼女の作品と私のグラフが相並んだことを考えると、妙に予見性を備えたものだったと言える。
——————————
 「人気ブログランキング」へ一票を!