2005年7月6日水曜日

高校時代の写真 (Physics Class in My Senior High School Days)



Read in English.

 いまブログに高校2年生のときの交換日記を連載中だが、これはその頃の写真の一つである。ある日、物理の先生がわれわれのレッスン・クラスを近くの変電所の見学に連れて行き、見学後、その場で撮って下さったもの。私は2列目の左から3人目にいる。交換日記によく登場する親友の Jack は前列中央、Twelve は後列右から3人目、SNN 君は後列右から5人目、きょう先に掲載した日記に登場している KT さんは2列目右端にいる。前列右端は変電所の所長かと思われる。

 [以下、最初の掲載サイトでのコメント欄から転記]

Y 07/06/2005
 Ted さんより体の小さそうな男子も結構いますね。女の子たちのほうが、当時独特のおかっぱ頭で印象的ですが、女子高校生の絶対数が少なかったのでしょうね。白黒も明瞭に写るので、今まで取っておかれるとパソコンに取り込むことができてよいですね。

ポー 07/06/2005
 私が卒業した高校は Ted さんとは逆に前身が高女だったので女子が多かったです。共学にした際には男子校(旧制中学)と半々にしたとのことなのですが、現在に至るまで女子生徒のほうが多いようです。

Ted 07/07/2005
 Y さんへ:私はやせてはいましたが、背はこの頃までは高い方でした。大学生時代になると、なぜかどんどん抜かれて、私は平均的な身長にとどまりました。
 この写真には物理の授業を一緒に受けたメンバーが写っているので、2年生で物理を選択した女生徒が極端に少なかったということです。学校全体としては、男女数は大差ありませんでした。

Ted 07/07/2005
 ポーさんへ:この写真に女生徒が少ない理由は、上記の Y さんへの返信をご覧下さい。学校全体としては、男女ほぼ半々でした。

ポー 07/07/2005
 なるほど。2年生で既に分かれていたのですね。物理は女子に人気がないんですか。
Youth
07/06/2005

Ted 07/07/2005
 そうです。物理は女子に人気がなかったのは確かです。ただし、文系・理系などにクラス分けされていたのではなく、生徒一人一人の時間割が異なっていて(何人かはほとんど同じ時間割ということはありますが)、課目ごとに離合集散するシステムになっていました。したがって、この写真と同じメンバーが揃うのは物理の時間だけ、ということです。

瑠奈 12/16/2005
 Ted さん、丸いめがねだったのですね。でも、その当時みんな丸いめがねですよね^^似合ってますよ (*^∇'*)v

Ted 12/16/2005 15:23:22
 そうです。当時は皆、丸い眼鏡。角張った眼鏡をかけるようになったのは、就職してからです。

21問題、分かりました?


わが家の植木鉢に咲いたハイビスカス。
先にも紹介したが、こんどは一度に三つも花が咲いたので、
再度写真を撮った(2005年6月28日)。

 高校時代の交換日記から

(Ted)

1952年9月24日(水)晴れ

 生徒会長 OK 君が開校記念行事の運営に忙しくて、『菫台時報』の論説を書けないという。では、一体誰が書くか。
 秋の旅行が、また片山津か。片山津対和倉対宇奈月が12:10:10だったのに、そのまま決まってしまった。1/3にも満たないから、「上位の三つで決戦挙手を」といいたかったが、一人で意気込んでも仕方がないから止めた。これを決定した後、「いままでスポーツと自由ばかりでしたから、きょうは先生にお話をお願いします」とホームルーム委員のHT 君が一人で決めて、初めて HH らしい HH を持った。NW 君が先生がおられた頃の中国の話を要求したので、MY 先生はその話をされた。話は、中国の国際都市における英人や仏人の態度のことから、日本人がいかに敏活でなく、合理的な生活をしていないかにおよび、先生の好んで用いられる「わしに言わしゃ」という言葉で終った。

 宏子が「21問題、分かりました?」とわれわれのそばへ来ていった。――と書けば、君は「夏空に輝く星」の登場人物がなぜこんなところに出て来るのかと不思議がるに違いない。ちょっと身近にいない名前だからと思って使った名前を実際に持っている人物が、意外に近くにいるとは、あれを書いているときには気づかなかった。オウムを肩に乗せた『宝島』の登場人物シルバーが持っている器具をつねに持って歩かなければならない KT さんがこういう名前だ(漢字は異なるかも知れないが)。[1]
 KT さん以外で物理を取っているただ一人の女生徒は、篭球クラブへ入っていて、おうような性格の、関西弁で話す人物(KZ 君が以前、大津から来たからだと教えてくれた)で、妙に低い声での英語の朗読は巧みだが、物理のプリントの難問題にしがみついて解こうとするようなところは見られない。だから、KT さんが、われわれがその問題を前にして話し合っているところへ来て尋ねるのも不思議ではない(以前にも同様のことを書いたようだ)。
 KT さんは奇麗な言葉遣いをしているらしいが、声が小さくて、Jack に聞かせて貰った携帯用ラジオを聞くように、少し耳を傾けなければならない [2]。Jack は彼女の問いに応じて21問題を解きかけた。彼は独り合点して式を書き続けていたので、ぼくが、どうしてそうなるのかと尋ね、「そんなのでは駄目だろう」と始めからやって見せたが、結局たどり着いたところは、Jack が導いたのと同じ形の式だった。どうしてもプリントの問題の後にあるような答にならない。

(Sam)

 学校へ行く前に一本の柱を四分する仕事をした。直径は五寸ぐらいだろう。ノコギリを三百五十回往復させて、やっと二つの新しい面を作ることが出来た。
 体操は残りの班とゲームをやった。ボールはゴムのもので、打つと変形してとても処理しにくくなって困った。先の二試合には勝っているので、こんども勝たなければ、と勝つことばかりに気をとられて硬くなり、凡打や凡失であたらチャンスを逸して六A対四で惜敗した。
 創立記念行事の立案は遅々として進まず、はなはだ心細いものがある。


 引用時の注

  1. 漢字は異なっていた。KT さんの父君は金沢大学の化学の教授だった。盲学校の教員をしていた私の母が、点字を打った紙を生徒が何度も手で読むと字がつぶれてくるのを防止するため、紙を硬化させる薬品を KT 教授に教えて貰いに行ったことがある。卒業数十年後に、高校の新聞部同窓会で KT さんに再会した。彼女はその後、脚の手術をして松葉杖は不要となり、福祉関係の勉強をして、その方面の仕事をしていたようだ。

  2. 当時、携帯用ラジオはまだ珍しく、あまり大きな音も出なかったようである。Jack に聞かせて貰ったのは、彼の兄のものだった。

2005年7月5日火曜日

芸術と科学の関係 (Relationships between Arts and Science)

 【概要 (Abstract in Japanese)】最近、新聞紙上で芸術と科学の両者にかかわる記事を目にすることが多い。たとえば、同志社大の京田辺キャンパスに今春「文理融合」をうたう文化情報学部が開設されたという記事があった。これは歓迎される傾向ではあるが、同学部の目標は芸術と科学の間に可能な多くの相互作用の一つの局面を扱うに過ぎない。私がネイチャー誌の書評ページから知ったいくつかの他の局面をここに紹介する。それらは、「ボヴァリー夫人の卵巣」という著書に見られる、小説に基づく生物学の研究、「21世紀の脳」の著者が抱く、科学は芸術によって補われるべきだという考え、そして、理論物理学の最前線を紹介した「歪んだ道」の書評が示唆する、芸術と科学の表現が互いに学び合えるという可能性である。
 【Read the main text in English.】

 [以下、最初の掲載サイトでのコメント欄から転記]

Y 07/05/2005
 (1) 同志社大学の文化情報学部は、ここでのご紹介を読むと、確かに芸術と科学の関係についてのあくまで一側面を研究する趣旨のようですね。特に、科学は "data science" だけではないでしょうし、けれども情報文化に対応すべき時代の要請としてはこのような教育研究の趣旨に絞られるのでしょう。
 (2) Ted さんが挙げてくださった諸研究は、重要な観点が多く出されていると思いますが、"... is even prepared to believe that science is perhaps intrinsically incomplete and must be complemented by the kind of knowledge we gain from arts." という部分に象徴されるように、科学は芸術によって補完されねばならない、つまり芸術は科学に対して補完的であり、逆も成り立ちうる、という考え方は確かに妥当するのですが、両者の発生や成立、維持・促進されるプロセスや根拠については、両者を対置して考えるよりもっと複雑な、微妙な相互作用も多いと思うのですね。両者の同根性、ということは容易にはいえないのですが、もちろんそのことが基礎づけられるなら、生物学的な成立根拠や創造の動機としては同根、ということが第一にくるかとは思います。(その意味で、ボヴァリー夫人に関する書は面白いですね。)次には社会的な渇望にこたえて発生する、ということもくるでしょうね。
 (3) Davies の意見も面白いですが、芸術家と科学者が「事後的に」相互理解をおこなうという側面だけでなく、そもそもこの社会に両者がつねにすでに共存してきた事実に、より先験的な相互作用をみる、という側面ですすめる研究も有意義かと思います。
 長くなりましたが、科学と芸術の相互作用、相互理解に関して。科学の不完全な部分は、科学論によって指摘され、補完されるべきである部分が多く、科学はそれ全体として完全性、完結性が目指されるべきなのだろう、芸術も同じく、ということですね。他に奉仕するより、そのような意義のほうが優先されると思うのですね。けれども科学論はすでに一つの立派な文化論でもあり、そこに両者の相互作用をみることができる、などという意味で上の意見を述べました。

Ted 07/05/2005
 沢山のコメントをいただき、ありがとうございます。
(1) 確かに学部新設の要求が目下通りやすいのは、情報に関係した申請でしょう。
(2) 科学と芸術の発生には、社会的な渇望の前に、人間的な渇望もあると思います。
(3) 先験的な相互作用をみる、とはよいご提案です。私も「科学と芸術の相互作用」には、事後的なものだけでなく、個々の科学者・芸術家が育つ過程において、科学者の卵が芸術から学ぶことが後に役立つという作用や、またその逆の作用もあると思います。

小田菌 11/18/2005
 公益学という少し変わった学問を勉強しているものです。今年で4年生なので卒論に取り組んでいます。卒論のテーマは「公益的視点から見た科学」です。その研究のひとつに「科学と文芸の共生」という項目を設けようと思っていた矢先に、このブログに出会いました。沢山のお話ありがとうございます。参考にさせていただきます。

TEd 11/18/2005
 卒論のご参考になるとは望外の喜びです。よい論文が出来上がることを祈ります。
プラトテレス 06/18/2006
 自然科学を芸術表現活動によって深めることを目的とした『知の統合プロジェクト』の第一弾として東大安田講堂でフォーラムがあります。2006年8月30日「次世代文化フォーラム」。

雨中のアジサイ / 兄弟がいないということ


雨中のアジサイ

 写真は、一昨日のブログに記した千早赤坂村のレストラン「山燈花」の庭園。多彩なアジサイの花が雨の中でひときわ艶やかだった。

兄弟がいないということ

 高校時代の交換日記から

(Ted)

1952年9月23日(火)晴れ

 M 新聞 K 支局長だった(次の仮定が真ならばこの過去形は正しいだろうが、そうでなければ、現在形にしなければならない。けれども「である」と書けば次の言葉が書けない。昨日書いた h と v のような関係だ)Y・T 氏のお嬢さんが Green ではないのかね [1]。もしもそうならば、彼女は神戸から移って来たそうで、そこでは UW 君と同じ小学校にいたということだ。「弥次さんと京人形」に似た話だ。(完全に類似しているためには、小学校の頃の君が UW 君でなければならないが。)この話を聞かせてくれたのは、「弥次さんと京人形」の作者の Jack だ。
 Green の父君が Y・T 氏ならば、昨年の高文連新聞研究会で、「『菫台時報』の短評記事『曲言直言』は、長すぎて『直言』になっていない。1行1行の間に寸鉄人をえぐるような言葉でもって魅力を増すべきだ」といわれた人だ。それから、もしもそうならば、その姓から、Green が中学生時代にぼくに対して最近の君に与えたよりも少ない好感(と書いては失礼なようだが、――「いや、かえってその方がよい」と君はいうかも知れない――実際そうだった)を与えた女生徒だったことを思す。
 つまらないことを、それも仮定のもとに、たくさん書いてしまった。ただ、もしも仮定が正しければ、『思出の記』の中で蘆花が何度も使っていた「事実は小説よりも奇」という言葉が、なるほどそうだと思われる、ということを書きたかったのだ。

(Sam)

 Wood splitting をやる。かなりよいノコギリを借りてきたのだが、直径八寸ぐらいの柱材を両断するには、十五分も要した。根気の要る仕事だ。そして、経験による熟練も必要だ。

 白菊町の駅で岩本から出て来る YM 君を待って、二人で早道町XX へ行く。途中の駄菓子屋できょうの訪問にふさわしいと思われるものを求めて行った。小さな子が二人もいるのだということは知らなかったのだが。
 「兄弟がいない」ということについて、どう考えるかね。
* 小さい間はわがままができてよいかも知れないが、大きくなったとき、真の相談相手としてひじょうに大事なものであるという先生の意見だった、そして、先生はこのために人一倍苦労したと、つけ加えられた。先生の質問に答える発言と、話の途中での二三の質問をした以外は、出された柿山を口に入れながら、次つぎと続く先生のさまざまな話に聞き入った。先生の言葉を借りていえば、人格の形成と人生観の確立のための真の学問をしたことになるだろう。
 先生の家を出てから、「足が痛い、足が痛い」と YM 君がこぼした。われわれはあぐらの姿勢で三時間ばかりいたわけだ。


 (Tedの欄外注記)* 血のつながった「真の相談相手」がいるに越したことはないが、いなければ仕方がない。けれども、その代わりとなる人物を見出して、互いに信頼し理解し協力し合うならば、「いない」からといって、人一倍苦労しなければならないことはあるまい。こういえば、「そういう人物を見出すためにも苦労しなければならないのだ」といわれるかも知れない。なるほど、それは、たやすい仕事とはいえないだろうが、決して「人一倍の苦労」ではない。そのためには、ただ、自分自身を信頼出来る人間にする努力を惜しまなければよいのだ。

 引用時の注

  1. Sam は先の日記「海水浴」において、Green に好感を抱いたことを記していたが、その少し後の紛失した日記帳に、彼女が転校してしまうことを書いていたようだ。そうならば、ここに書いてある仮定が正しい場合、それは Y・T 氏の転勤に伴うものだったことになり、彼が M 新聞 K 支局長だったのは、この時点ですでに過去のことになる。

 [以下、最初の掲載サイトでのコメント欄から転記]

四方館 07/05/2005
 兄弟関係というのは、その親和力からくる依存性と、他者としての排他性との、対立的な二面性のなかで良くも悪くもいつまでも縺れあってゆくものですね。慎太郎と裕次郎、若乃花と貴乃花のように、二人兄弟ならばつねに反面教師的な存在となりましょうから、いかに対照的に生きるかを思春期に学びとるのが賢明なのでしょうが、いまのところこの二組の場合、成功と失敗の典型例となってしまっているようですネ。

Ted 07/05/2005
 私の長兄は生まれて間もなく死亡。小学校3年生で死亡した次兄が、その頃すでに志望していたと母がいっていた将来の進路を、図らずも私がとることになりました。次兄が生きておれば、そうならなかったかも知れません。

2005年7月4日月曜日

等乃伎神社 / ダラ! 明日休みや!


等乃伎神社

  写真は、昨日のブログにも書いた、わが家から西へ向かうウォーキングをする場合の目的地である高石市の等乃伎神社(6月28日に写す)。この辺りの町名は富木と書いて、神社の名と同じく「とのき」と読む。

ダラ! 明日休みや!

 高校時代の交換日記から

(Ted)

1952年9月22日(月)晴れ時どき雨

 あゝ、駄目だ。「話の泉」の中の、何という漢字が最も多く使われているか、という出題への答が問題とした定期刊行物 [1]、ぼくはそれを… [2] ――こんなのは、まずい弁解だ。SN 君の家からの帰りに野田で乗ったバスの運転手がわれわれに話したことを思い出す。彼は社会の矛盾をわれわれに話そうとした。そして、彼自身がその真っただ中にいるのだった。彼は愉快そうに話したが、「ぼくなんかも意志が弱かったから、こんなことになっているのだ」とつけ加えた。――社会の矛盾と個人の矛盾の関わり…。個人の矛盾は外力による意志の歪みに発する。外力は、つねに隙を見てわれわれの意志をだらしなく延ばさせ、意気地なく縮ませ、正邪の判断なく捩じらせ、堅実さなく曲げさせ、あるいは確固たるところなくひしゃげさせようとしている。――こうした考察は十二分だ。ただ必要なのは…。

 v は h によって与えられている。h が h0 から h1 になると、v が v0 から v1 になるが、v が変化すると、h の変化の様子も変わって来る。不思議な関数だ。*

 校歌がついに歌われる! 昼食時間に音楽室へ呼ばれて、あたかも自分が真っ先に見ようと思ったものが、すでに誰かの見た後だったときに味わうような感じを経験した。合唱クラブ員の力強い合唱だ。黒板に書かれた歌詞だけを見て歌っている。TK 先生も SG 先生も IT 先生も、その他多くの先生方も聴いておられた。「トップ記事、トップ記事。しかし、誰がどのように書くか」と思いながら、ぼう然と聞いていた。聞くというより、ただ、旋律と音律と調和のある声の中にたたずんでいた。どんな歌詞だったか覚えていない。

(欄外注記)* 物理のプリントにあった問題に関することだが、この問題は積分を使わなければ解けないのだそうだ。

(Sam)

 「明日は簿記練習帳を持って来て下さい。」「明日までに生徒会費を納入して下さい。」「明日この続きをやろう。」「明日英語あるかいや?」こういう言葉が繰り返され、そのたびに笑った。「ダラ!
[3] 明日休みや!」といって。
 3年生の何かのため、H が六限になった。今学期の H は遊んでばかりいる。ホーム委員長は野球部員なので、運動が大好き。何かと理由をつけてバレーボールやバスケットボールを使用して遊ぶことになる。ロングホームの使用について、もっと真剣に考えられてもよいのではないかと思うが、一般ピープルが現状に大満足なのだから、しょうがない。


 引用時の注

  1. 新聞。

  2. ここで10行余りを消してある。消した上に後日(10月4日と記して)学校新聞の校正刷りの訪問記事「門をたたく」の一部を斜めに切って貼ってある。もと日展審査員・都賀田勇馬氏を捕まえ損ね、仕方なく高校の近くの少年鑑別所の所長を訪問したのだったが、意外に興味深い話を聞くことが出来たようだ。「ここでは、どんな仕事をなさっていますか」の問いに対して、「ここを少年刑務所のように思っている人が多いようだが、犯罪者を入れておく刑務所とは全く違うのだ。少年法によって家庭裁判所から送られた少年を審判するまでの間、その期間中一時収容して監護する。そして、医学、心理学、教育学、社会学、その他の専門的な知識で、それらの…」という答の文字が見える。

  3. 「ダラ」は金沢弁でバカのこと。翌日は秋分の日で休み。