2005年8月21日日曜日

団地の庭園:その2(写真)/ 内向きの掲示


団地の庭園:その2

 写真1枚目は、先日撮影した団地の庭園を前方へ出はずれたところから、逆向きに写したもの。2枚目は、この写真に、また Adobe Photoshop による加工を試みたもの。今回の加工条件は、メニュー Filter > Brush strokes > Dark strokes で、 Balance 10, Black intensity 0, White intensity 3 に設定。(後日の追記:加工したイメージは、見ていると目が疲れる気がするが、斜めの筆致風のところと、眼鏡の乱視の度が合わなくなっていることとの相乗作用だろうか。ところで、この斜め筆致は左利きのものであり、右利きの人間はそのまま真似が出来ない。)

内向きの掲示

 高校時代の交換日記から

(Ted)

1952年10月30日(木)晴れ

 与えられたすべてのものを、もっと十分に利用したい。

1952年10月31日(金)晴れのち曇り

 門あるいは玄関に黒板を立て掛け、それに文字が書いてあるというのは普通に見かける光景だ。先日も、崎浦小へ結核健康診断に行ったときに、「結核健康診断の方は、校舎右の運動場から直接講堂へお入り下さい」と、黒板に書いてあった。しかし、黒板が内側へ向いているのは、珍現象の一つだ。下校する生徒の足を一旦踏みとどまらせ、そして、その生徒が生徒会議員であった場合には、19番教室へ送り返すという役割を担った黒板が、そういう状態で立っていたのである。後期に入って、生徒議会は猛烈に活発になってきたようだ。

 22ホームの SM 議員リコール問題、これに関する NKY 企画委員長の22ホーム一同宛の書簡など、劇的事件もみられる。「この時勢に鑑みて、われわれ新聞部員は…」と叫んで奮い立つような情熱がぼく自身に欲しい。

[以下、最初の掲載サイトでのコメント欄から転記]

四方館 08/21/2005 22:29
 生徒会活動でリコール事件など起こるなんてなかなかの騒動ですね。私の高1の時は、ちょうど60年安保でしたから、6.15や6.19に向け高校生の政治的活動参加について、何度も全校集会が開かれ、熱い議論が闘わされていました。

Ted 08/22/2005 07:56
 この少し後だったかと思いますが、ある1年生議員が生徒会則にない「生徒議会解散(再選挙)」の発議をして、それが可決されるという事件もありました。その1年生議員は、後に NHK の研究所に所属し、いくつかの著書(私には反動的と思われる)も出した角間隆君でした。60年は私が就職した年。職場の周囲はほとんど田圃で、実験棟などの建設がまだ進行中。夢のある別世界へ来た感を抱いたものです。

2005年8月20日土曜日

P・ガリソンがファインマンとアインシュタインを比較 (Comparison between Feynman and Einstein by Peter Galison)


【Read in English.】

 【概要 (Abstract in Japanese)】ノーベル賞物理学者 R・ファインマンの書簡集が発行された。P・ガリソンは Nature 誌にその書評を書き、その中でファインマンと A・アインシュタインを比較し、いくつかの相違点を挙げながらも、2人とも自らの独自性を保ち続けた点では同じだとしている。ガリソンが引用しているファインマンの最初の妻・アーリンへの最後の手紙は、彼女の死後に書かれたもので、平明な中にファインマンの悲しみを強く訴えるものとなっている。(本文は上記リンク先の英文のみ。)

2005年8月19日金曜日

国際紙が日本に警告 (An International Newspaper's Warning to Japan)

【Read in English.】

 【概要 (Abstract in Japanese)】8月15日付けインターナショナル・ヘラルド・トリビューン紙は、日本の大衆の意見は近年右傾化していると指摘し、また、第2次世界大戦についての日本と他のアジア諸国との意見の相違は、日本をそれらの国ぐにから孤立させる恐れがあると警告する記事を掲載した。国際紙のこのような客観的な言葉には、日本の政治家だけでなく、国民の皆が耳を傾けるべきだろう。(本文は上記リンク先の英文のみ。)

[以下、最初の掲載サイトでのコメント欄から転記]

四方館 08/19/2005 10:35
 グローバリズムの世界となってしまって、その反作用というか、ナショナリズムが強まり表面化してきていると思われます。日本の社会状況では80年代にすでにソフトな(?)ファシズムが蔓延しつつあると警鐘する声がありましたが、戦後三世代に至りつつある現在、右傾化の潮流はさらに強まっていくのでしょう。

Ted 08/19/2005 16:48
 グローバリズムの反作用としてのナショナリズムの台頭ということもあるかも知れませんが、私には、アメリカに頼り過ぎる政府の政策と、これを容認する国民の姿勢が右傾化を進めているように思われます。

四方館 08/21/2005 18:41
 小泉首相は見栄も外聞もなく露骨にアメリカ追随をしますね。中曽根時代のロン・ヤス同衾ぶりに比べても、小泉とブッシュのそれは矜持の乏しいものに感じますが、その小泉流の空疎なスローガンに踊らされる国民性は、仰るように右傾化を加速したと思います。

Ted 08/21/2005 22:03
 私は微力ながら、右傾化を押しとどめるための発言をして行きたいと思っています。

Y 08/24/2005 10:51
 私もそのように思います。今、日本で保存され公開されている歴史的文化財の一般の観光客・来訪者への案内・紹介の仕方も、歴史の中の失敗や罪の如何を、今も繰りかえし問い直すだけの判断力を、たとえば私のように歴史教養のうすい市民に提供してくれるには足りないように思います。では、文化財の美しさを味わったらよいのかといえば、文化財のつくられた意味を知らずに美しい、立派だと感じるのは表層的なように思えますし。
 私なりの視点から言いますと、現代でもいつでも、教科書、小説、ゲーム、なんであれ文化を新しく作り出す際には、人や社会に対する理解の倫理性、また、大衆に広めるものである限り、そのかくれた政治性さえ自覚されるべきだと思います。アジアの人たちも、日本文化をみるときに、そういった面のどこかに敏感に反応したくなるときがあって当然でしょう。

Ted 08/24/2005 13:27
 私のブログに先日大阪の四天王寺の写真を掲載しました。その際、その建物の歴史が分かるかと思って、四天王寺のウエブサイトを見ましたが、建物はいつ建てられたのか、現在までの間に何度か再建されているのかということが、さっぱり分からないサイトだったので、リンクすることを止めました。
 歴史をきちんと伝えないことで最たるものは靖国神社です。侵略戦争を美化さえしているのですから。

2005年8月18日木曜日

夏雲のある風景(写真)/ Ivory tower のみを求める


夏雲のある風景

 昨朝は一昨夜の雨のため少し涼しかったが、日が高くなり始めると、すぐに蒸し暑くなった。写真は、午前のウォーキングの途中で、きょうも夕立があるだろうか、と空を見上げて撮った一枚である。(午後2時過ぎに、激しい夕立が来た。)正面の建物は泉北下水処理場。手前の階段状の部分には、下水処理で出た汚泥をリサイクルして作ったレンガが利用されている。

Ivory tower のみを求める

 高校時代の交換日記から

(Ted)

1952年10月27日(月)雨

 人間とはいろいろなことを思わなければならない動物だ。「なで肩」という言葉をここへ書くことを躊躇する。「オフィリアに扮するに相応しいような」というのも…。「究理的な態度を何か深遠なものにして、こなしている」というのも…。それらのものを、ぼくはほとんど見くびっている。しかも、ほとんど尊敬している。――尊敬という言葉は不適当で、また、それを使わなければならないのは残念なことだ。しかし、それらを考えるときの愚かしさは、この言葉を使わなければならないという罰を負わされてよいほどのものだ。――Ivory tower のみを理性は求める。

1952年10月28日(火)雨

 臨時生徒議会を傍聴。TKG 君らが提案の応援団設置案可決。

1952年10月29日(水)曇り一時雨

 そんなことで、ちっぽけな名誉を得ようとして震えていたとは、浅薄な考えだった。[1]

 引用時の注

  1. 何のことだったか、記憶にない。

[以下、最初の掲載サイトでのコメント欄から転記]

Y 08/18/2005 19:47
 密かな恋というのは、躊躇や相手を思うときのみくびりに近い心とともに、自分にとっての尊敬がどうしようもなく混じる…。そういう在り方は、あるでしょうね。またそれらの躊躇なく、恋の相手を絶賛してやまない場合も、あると思います。私などは一貫して(?)後者のほうなんですけれどね。

Ted 08/18/2005 20:47
 さすがは Y さん、異性に対するみくびりや尊敬の混在を理解していただけましたか。

2005年8月17日水曜日

天王寺界隈(写真)/ 時どき急に明るくなる日光が…


天王寺界隈

 写真は、さる14日午後、四天王寺からの帰路、近鉄ビル2階テラスから撮影した天王寺界隈の風景。盆休みで大阪市内は車が少ないかと思ったが、そうでもない様子だった。

時どき急に明るくなる日光が…

 高校時代の交換日記から

(Ted)

1952年10月26日()晴れ

 東の空には、沢山の藍黒色の雲が浮遊して、その大部分を覆っている。街路を歩いていると、手の甲を乾燥させる冷たい空気が、絶え間なく木々の梢や電線やその他のあらゆる揺れたりなびいたり吹き飛ばされたりすることの可能なものを動かしているのが、いかにも寒ざむとした感じを与えて目に映る。しかし、家で読書をしていると、時どき急に明るくなる日光が、自分の周囲以外のどこかで非常に楽しい幸福な場所を作り出しているのではないかという僻んだ幻想を起こさせる。――そんなきょうの午後を、君はどこへ行って過ごしたのかね。* [1]

 母という字をずっとママンと読みながら、ようやく第6巻まで読んだ [2]。「二項式の平方は、その各項の平方と両項の相乗の二倍から成り立つといふことを、始めて計算に依って知った時には、その運算が正しかったにも拘らず、図形を作ってみるまでは全く信ずることが出来なかった」ということが書いてある。シャルメットで知識の獲得に毎日を捧げていたルソオの24歳のときのことだ。

(Sam の欄外注記)* 親友の YM 君のところへ行っていた。彼の家は能美郡山上村字岩本。白山さんに詣で、天狗壁を巡っていた。秋の風物を満喫した。この辺はすばらしい名勝だ。

 引用時の注

  1. Sam の家を訪れたが不在だったのだろう。
  2. ルソオ著・石川戯庵訳『懺悔録』 (岩波文庫、第1刷発行1930、第20刷発行1952) を読んでいたのである。現在の岩波文庫版は、ルソー著・桑原武夫訳『告白』となっている。