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今年は秋に入っても高温の日々が続いたせいか、キンモクセイの開花が例年よりかなり遅かった。写真はわが家のキンモクセイの花。2019 年 10 月 22 日撮影。
This year, the high temperature days continued even at the beginning of fall, and the blooming of fragrant olive was much later than usual. The photo shows the flowers of fragrant olive in my yard,
taken on October 22, 2019.N・T 氏へのメール -6-:G. H. ハーディの本、真木君の思い出など2019 年 10 月 9 日
N・T さん
G. H. Hardy の A Mathematician's Apology には 1967 年版以降に Snow の Foreword がついているようです。先生のはもっと古い版ですか。Dyson の引用している Hardy の言葉[注 1]はどれかの章のトップにありそうだと思い(「あったはず」と思えるほどには内容を記憶していなくて、読了した本ながら、こういう表現になります)、パラパラと見て行くと、第 10 章のトップでした。
貴殿は私のウェブサイトに掲載していたエッセイ "Surely You're Joking, Mr. Tabata!" (新しい URL: http://ideaisaac.web.fc2.com/joking01.html#sec2。異動先 http://ideaisaac.web.fc2.com の全体はなお未整理です)をご覧になって、東北大へ招いていただいた折に、その末尾の描写が良かった旨を言って下さいました。そのエッセイ中で Hardy の本に触れていました。エッセイに書いた同窓会に参加するための新幹線の車中で一部を読み、会場へ行くと、高 1 で習った数学の女性の先生が来ておられました。ちょうど良いと思って、読んだばかりの 2 の平方根が無理数である証明にまつわる話をしようとしたら、「難しい話、せんといてたい!」と言われたのでした(「せんといてたい」は「しないで下さい」の金沢弁)。
L 氏がアメリカでテニュアを取得したとは良かったですね。彼の夫人のことは初めて聞きましたが、ひょっとすると先端研の建物の中で一度ぐらい姿を拝見していたかもしれません。ナターシャという名は『戦争と平和』のヒロインと同じですね。学生君の "ai rabu yu!" には笑わされました[注 2]。
真木君の思い出の追加を書こうと思いましたが、長くなりそうなので、次の機会にします。 T・T
2019 年 10 月 10 日
N・T さん
"Surely …" に書いてある同窓会「すみれ会」は、高校全体の関東在住者向けの会で、最近私が参加しているのは同期生だけのものです。私の出身高校の名は「菫台」と書いて「きんだい」と読みます。戦後 10 年間存在しただけで(私は中程の第 5 期生)、その後、金沢商業高校に転換されました。戦前の中等学校時代にも金沢商業学校だったのです。「金商・菫台同窓会」という、縦に長いつながりの会も別にあります。
一つ先にいただいたメールに関してですが、貴殿や真木君の研究対象にも電子の輸送問題というのがあったのですか。私の専門は 1930 年代頃に発行された Handbuch der Physik 中の一つの巻にある一つの章の題名、"Passage of fast electrons through matter" で表されるもので(私の場合の fast electrons は、その章ではまだほとんど述べられていなかった、運動エネルギーが MeV 領域のもの)、最近ではもっぱら Monte Carlo simulation で解決されている問題です。しかし、かつては実験、あるいは transport equation を解くという理論的方法で扱われたので、同じく「輸送問題」の一種ということになります。
上のパラグラフを書いていて、ふと、以前先生から「Bethe の論文を引用してありましたね」と言われたことを思い出しました。私の論文別刷りをいくつか差し上げていたようです。その Bethe の論文は、M. E. Rose および L. P. Smith と共著の "The multiple scattering of electrons"(1938)で、他の著者たちが、その後、より正確に扱った multiple scattering の理論よりも広範囲(厚い物質層を含む)の、diffusion に至る話もあって、私には興味深い論文です。なお、Bethe が Segré の編集した Experimental Nuclear Physics の Vol. 2, Part II に J. Ashkin と共著した "Passage of radiations through matter"(特にその "Section 2. Penetration of beta-rays through matter")は、私の仕事にとって最重要な教科書の一つでした。
さて、以下に真木君の思い出の追加を書きます。学生時代の彼はいつも朝早く登校して前の方の席に陣取り、必ず何か本を広げて読んでいました。試験前に級友同士が分からないところを尋ね合って準備している時、彼はいつも回答役でした。また、休み時間に級友たちが輪になって雑談している折に、彼はよく、話題から連想した言葉を高い声でパッと挟み、自分でも楽しそうに笑っていました。
いつも教え役だった彼に、私が一つだけ尋ねられた記憶があります。それは 2 年生の夏休みに交換した手紙の中ででした。夏休み前に習っていた代数学のテキスト中にあった「合い続く 3 つの整数の積が 6 の倍数であることを証明せよ」という問題が分からないということでした。私は意外に思い、「合い続く 3 つの整数の中には、2 の倍数と 3 の倍数が必ず含まれる。したがって、その積は 2 および 3 のそれぞれの倍数である。2 と 3 は互いに素であるから、問題の積は 2 と 3 の積である 6 の倍数である」という解答案を知らせました。真木君はそれで納得したようでしたが、のちになって、私の案は説明であって、証明になってはいないのではないかと、ちょっと気になりました。しかし、合い続く 3 つの整数をいくつかの場合に分けて、それぞれ、より小さい一つの整数を使って表し、順次検討して行くという、証明らしい方法はとても面倒に思われます。真木君はそういう方法を試みようとして、困っていたのかも知れません。
真木君についての思い出をもう一つ書こうとしたら、先生が名前をご存知かどうかをお尋ねしたい別の人のことを一緒に思い出しました。すでにかなり長くなりましたので、次回にします。
T・T
[注]
- N・T 氏のメールに、Dyson の著書 Maker of Patterns の題名が Hardy の次の言葉から来ていることが書いてあった。
A mathematician, like a painter or a poet, is a maker of patterns. If his patterns are more permanent than theirs, it is because they are made with ideas.
- N・T 氏のメールに、L 氏を彼の研究室の助教授として招いて間もなく、L 氏夫妻の歓迎会をした時のことが記してあった。学生一人ひとりに自己紹介をさせると、ある学生は、"ai ..., ai ..., ai ....」と言いながら次の言葉が出て来ず、あげくの果てに、L 夫人に向かって,"ai rabu yu!" と言ったそうである。
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わが家の庭のシュウメイギクの花の数がまたまた増えた。2019 年 10 月 20 日撮影。
More and more flowers of Japanese anemone bloomed in my yard; taken on October 20, 2019.N・T 氏へのメール -5-:英書のことなど2019 年 10 月 5 日
N・T さん
「物理学書の英語,英語の物理学書」中の疑問提示について、肯定的なお返事をいただき、ありがとうございました。
K 先生に電話した話から、無口な私ながら、Freeman Dyson の Disturbing the Universe という本が面白かったことや「"Dirac" とは何の単位かご存知ですか」などということを貴殿にお話したことを思い出しました("Dirac" の話は自分の無口ゆえの話題でした)。
Dyson の本はその後出た
Infinite in All Directions (1988)
Imagined World (The Jerusalem-Harvard Lectures) (1997)
The Scientist as Rebel (2006)
なども読み、どれも学ばされることが多かったですが、最初に読んだ Disturbing … が最も面白かったような気がしています。歳を取るとともに感激する気持ちが衰えるからでしょうか。
単位 "Dirac" については、2010 年に G. Farmelo の The Strangest Man: The Hidden Life of Paul Dirac, Quantum Genius (Faber and Faber, London, 2009) を読み始めた頃に英語のブログ記事を書きました。
https://ideaisaacjoking.blogspot.com/2010/01/unit-dirac.html
読み返してみると、その冒頭に上記の、かつて貴殿(one of my colleagues かつ a competent physicist としてあります)に質問したことが書いてありました。ご笑覧いただければ幸いです。
私は 1935 年生まれなので、高校生になったのは 68.5 年前の 1951 年 4 月、約 70 年前はよい近似です(先生は何年のお生まれで、何年まで府大にいらっしゃったのでしたか)。駄弁、妄想も歓迎です。楽しみにしています。
T・T
2019 年 10 月 7 日
N・T さん
貴殿は私と一回りと 1 歳お若いのですね(これでご年齢を覚えやすくなりました)。貴殿が仙台へ戻られたのは私の定年退職の 1 年前だったのですね。私の名誉教授辞令も山田知事の名です。彼が事件を起こしたのは、その後まもなくの 2 期目の知事選においてでした(いつのことか忘れていたので、『ウィキペディア』で確認しました)。
From Eros to Gaia をご紹介したのでしたか。Dyson の本は先のメールに書きました以外にも、
The Sun, the Genome, and the Internet: Tools of Scientific Revolutions (1999)
The Scientist As Rebel (2006)
A Many-Colored Glass: Reflections on the Place of Life in the Universe (2010)
Dreams of Earth and Sky (2015)
も読んでいました。Makers of Patterns はまだ入手もしていませんが、面白そうですね。ハーディといえば、名著の一つと言われている A Mathematician's Apology を以前に読みました。(短いものです。本文の 1/3 強にも上る C. P. Snow の Foreword がついています。)
Farmelo による Dirac の伝記は分厚過ぎますね。ノーベル賞受賞あたりの話までくると、もう結構という気にさせられます。私は読んでいる途中でいくつもの間違い(主に文献リスト中の誤記など)を見つけて、ツイッター経由で著者に伝えました。そのうちに彼からメールが来て、近く 2nd printing を出すので、もう他に間違いはないだろうかと尋ねられました。まだ読了できていませんでしたが、その後見つけた少数の間違いを伝えたか、もうありませんと答えたか忘れました。実は、その後さらに読み続けると、なお 2、3 の間違いに気づきましたが、もう遅いだろうと思い、知らせませんでした。彼はノースウェスタン大学の理論物理学教授をやめて科学関係のノンフィクション作家になった人です。近くスチーブン・ホーキングの伝記も出版する予定だと、彼の Facebook ページで知りました。
シュリーファーといえば、バーディーン賞を受賞した私の同期生・真木君が先生の先生でしたね。彼を府大へ講義に招いて下さって、夕食を共にしたのも良い思い出となりました。私は彼と年賀状あるいはクリスマスカードをずっと交換していましたが、卒業後彼に会ったのは、彼が東北大教授になって間もない年の春の物理学会が阪大で開催された折(1968 年だと思います)と、府大へ来てくれた時の 2 度だけでした(カナダへの出張の帰途、アメリカで彼のところへ寄りたいと思いましたが、その頃あいにくヨーロッパへ出かけているという返事だったと思います)。私は大放研での研究による論文博士の取得が 1967 年で、その論文を Phys. Rev. に発表したので、彼はそれをちらりと見てくれていたようです。阪大でひょっこり出会った時、彼は「Phys. Rev. に載っていましたね。中性子の輸送問題でしたか」というようなことを言いました。実は、その論文が扱ったのは電子の後方散乱の実験でしたが、電子が原子核との散乱を繰り返して物質への入射時の方向性をほとんど失った状態を指す "diffusion" の語がアブストラクト中にあったため、中性子の輸送問題を連想したのでしょう。
先のメールに書き忘れましたが、私も最所フミの『日英語表現辞典』の方だけを、昨年末に買って、時折眺めています。
では、いずれまた。
T・T
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わが家の庭のシュウメイギクの花の数がさらに増えた。2019 年 10 月 19 日撮影。
Many more flowers of Japanese anemone bloomed in my yard; taken on October 19, 2019.N・T 氏へのメール -4-:物理学会誌への投稿文など2019 年 10 月 3 日
N・T さん
「忘れられた論文」を送っていただき、ありがとうございました。Chambers–斯波–福山理論が忘れられていたことを考究されたご論文ですが、論文引用一般について専門の異なる研究者たちにも教えられるところの多いお話と拝察しました。
私が定年退職後に物理学会誌声欄に投稿したのは、「鏡の謎について」(2007) と「物理学書の英語,英語の物理学書」(2013) の2編ですが、ご覧いただいたかどうかを覚えていません。もしもご興味があればお送りします。
小学校 6 年生の時に描いた寺の一部の絵は、私のブログの「幌尻岳」の一つ前にある記事(https://ideaisaac2.blogspot.com/2019/08/n-letter-to-n.html)でご覧になったもので、郷里・金沢の天徳院という寺の鐘楼堂です。鐘楼堂だったということが分からなくて、この夏、郷里へ墓参に行ったついでに天徳院を訪れて調べて来たことを高校時代の友人に手紙で書き送り、その手紙を記事にした次第です。
古いものの保存といえば、私の絵については小学校 2、3 年生の頃からのものが部分的に残っています。私の小学校入学は金沢より北の小さな市、七尾で、3 年生だった終戦前年に父が死亡して、母の両親のいた大連へ移り、戦後引き揚げて金沢に戻りました。これらの引越しに耐えて残ったものです。それらを紹介した記事を
https://ideaisaac2.blogspot.com/search/label/drawings%20in%20my%20childhood
にまとめてあります(上記の天徳院の絵はダブって登場します。最下部に「前の投稿」の文字が出ますが、13件ですべてで、「前の投稿」はありません)。
その中の「幼少年時代の絵 12:最近のスケッチを添えて」と題する記事の末尾とその記事への「後日の注記」に、「私と同じ職場にしばらくいた、私より十数歳も若い低温物理学の教授」として、貴殿が「イーゼルペイント」の名をご存知だったということで登場されます(いま振り返ってざっと眺めるまで忘れていました)。注記にある私の記憶に間違いがありましたらご教示下さい。「断捨離」といって、不要なものを捨てることが勧められていますが、自分が書いたり描いたりしたものは、やたらに「断捨離」しない方がよいと思います。
T・T
2019 年 10 月 4 日
N・T さん
「物理学書の英語,英語の物理学書」を添付します。ご想像の通り、この後半(§3)には「科学啓蒙書を英文で読む」に似た、専門書を英文で読む勧めを書いています。前半(§2)の初めには八木浩輔先生らが Cambridge University Press から出版をされた際の編集者のアドバイスに疑問を呈していますが、その疑問提示がよかったかどうかには、いささか自信がありません。
K 先生といえば、私が K 先生に電話をした話を府大のグラウンドをご一緒に歩きながらお伝えしたのが、貴殿と親しくなったきっかけではなかったでしょうか。その記念すべき事象に関連する「音読のすすめ」のコピーを持っていなかったので、今日、J-STAGE サイトからダウンロードし、再読しました。同じ欄の私の文よりも短い中に、有用な情報がより多く詰まっていると思いました。K 先生に電話したのは、「音読のすすめ」の文献欄中にあった Dirac の本を買ったところ、小さい本にも関わらず、ずいぶん高価だったので、書店の間違いではないかと思い、間違いだろうと主張する根拠が K 先生から得られないかと考えてのことでした。K 先生は図書館にあったのを読んだので、その本の値段は分からないと言われ、高価な本をお勧めする結果になりご迷惑をおかけしましたと、丁重なお言葉もいただきました。——貴殿にお話ししただけで、どこにも書いたことがなく、忘れかけていたエピソードで、ここに初めて文にした次第です。
日本物理学会誌の論文も CiNii ではなく、J-STAGE から入手できるように作業中なのかと思われます。同サイトの同誌の巻号一覧のページ
https://www.jstage.jst.go.jp/browse/butsuri/62/0/_contents/-char/ja
を見ると、巻数は全部並べてありますが、各巻中の号数はまだごく部分的にしかありません。
英語辞典での「非人情」の説明案ということですが、漱石の非人情に関する考えを探るエッセイが未完のままで、まだ、そこまで考察が及びません。
貴殿の一つ前のメールに A・L 氏の名がありましたが、私は在任中の最終年度にウクライナのハリコフ大学へごく短期間招かれることになり、氏からウクライナのことを若干教えて貰いました。クリミヤ地方でできるワイン(名を忘れました)が美味しいという情報も多いに役立ちました。あらかじめ、そのワインについて聞いているということを先方(教授は英語ができなくて、助手とのやりとりでした)にメールで伝えたところ、到着初夜から、そのワインを存分にご馳走になりました。L 氏はいまどうしていますか。
とりあえず、いただいたメールに関連のことを記しました。
T・T
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わが家の庭のシュウメイギクの花の数が増えた。2019 年 10 月 18 日撮影。
Many flowers of Japanese anemone bloomed in my yard; taken on October 18, 2019.N・T 氏へのメール -3-:趣味のことなど2019 年 10 月 1 日
N・T 様
8 月 25 日付けのメールで、「漱石関係の記事を集めた URL は、修正が完了したことをお知らせしたあとにでもご覧いただければ」と書きながら、また、修正は早くに完了しながらも、雑事に紛れて、お知らせが遅れてしまいました。下記の URL で、私のブログ中の漱石について書いた文をまとめてご覧になれます。
https://ideaisaac2.blogspot.com/search/label/Sōseki
全部で 26 件あり(連載の 1 回分も 1 件と数えて)、早い方の 6 件は、最初にまとまって出る 20 件の末尾右下にある「前の投稿」という文字をクリックすると出て来ます。漱石について触れてあるのが記事のごく一部でしかないものもありますが、悪しからずご了承ください。
上記の雑事の一つは、来たる 10 月 21 日から 25 日まで堺市役所本館エントランスホールで開催される無審査の美術展に出品する水彩画に取り組んでいたことで、9 月 16 日に完成し、それに関する記事を
https://ideaisaac2.blogspot.com/2019/09/my-watercolor-mt-poroshiri.html
に書いております。それと前後して、昨年の台風 21 号による屋根や樋の破損(屋根はスレートが何枚も剥がれましたが、下地がしっかりしていて雨漏りするまでには至りませんでした)の修理を依頼してあったのがようやく実施されることになり、業者が何日も出入りするという事態もあった次第です。
とりあえず、漱石関係記事修正終了のお知らせまで。
T・T
2019 年 10 月 2 日
N・T 様
長文のご返信、ありがとうございました。絵や文について褒めて下さいましたが、いずれも恥ずかしいもので、恐縮です。
絵は子供の頃に描くことが好きでしたが、勤務中はずっと遠ざかっていて、定年退職後も少し遅れて 2003 年から再開しました。といっても、「幌尻岳」と同じサイズの水彩画は 1 年に 1、2 枚(近年はもっぱら 1 枚だけ)しか描きません。それらの絵のイメージは
https://ideaisaac2.blogspot.com/search/label/watercolor
で、まとめてご覧いただけます(同じ絵についてダブって書いている記事もあります)。写真を見て描くと、細部にとらわれ過ぎて、写真の真似にしかならず、そこから脱却したいと思いながら、なかなか出来ません。
「非人情」の「英訳」を "hi-ninjo" とするご提案は、なるほどと思いました。先生も那美さんが浴場へ入って来た場面が印象的だったとは嬉しいです。子規や内田百間などもお読みのようで、先生のご趣味の広さに感服しました。
シェークスピアのお話がありましたが、私は少しばかりシェークスピア・ファンでもあります。大放研時代にカナダのハミルトンで開催された国際会議に参加した折、エクスカーションとして、近くの(といっても、バスで 1 時間以上走ったでしょうか)Stratford という、シェークスピア生誕の地に因んで名付けられた市で『オセロ』の上演を夜に見る催しがあり、それに参加したことがきっかけとなりました(日本からの他の会議参加者はほとんどその催しには行っていなかったようです)。
その後、ロンドン・シェークスピア・グループの日本公演が大阪でも行われることに気づき、セリフが十分には聞き取れないにも関わらず、1980 年の『ベニスの商人』、1986 年の『ハムレット』を見に行きました。同じ頃に、NHK 教育テレビで BBC 制作の『シェークスピア劇場』が数年にわたって放映され、そのテキストを全巻揃えましたが、これは、あまり見たり読んだりは出来ませんでした。
なお、「研究論文の引用に関して英国人が総じてフェアーであること」を書かれたという、物理学会誌のご論文は、「忘れられた論文 : 金属における量子干渉効果を予言した Chambers–斯波–福山理論をめぐって」日本物理学会誌 62 (6), 449 (2007) ですね。CiNii での検索で書誌情報は出て来ましたが、本文へのリンクはありませんでした。私が物理学会誌に投稿した文は、すべて「会員の声」欄掲載のもので、以前は掲載から 1、2 年経ったものは CiNii で公開されていましたが、今はやはり本文へのリンクがありません[注 1]。
いずれまた、趣味の話などでの交流ができれば幸いです。
T・T
[注]- 日本物理学会誌に掲載の論文や記事は CiNii に代わって J-Stage サイトで掲載作業進行中であることが、その後分かった。同サイトの『日本物理学会誌』巻号一覧ページはこちら。
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