2011年11月18日金曜日

理論物理学者・歌人・石原純 (The Japanese Theoretical Physicist and Poet, Jun Ishiwara)



Read in English.

 『科学ジャーナリズムの先駆者:評伝 石原純』[1] という本の批評 [2] を読んだ。その最初には、次のように書かれている。

 「石原純」という名前は、多くの人にまずなじみがないことだろう。とすると、「科学ジャーナリズムの先駆者」という表題だけでは、やや誤解を招くかもしれない。

私はその名前に大いになじみのある、いまや数少ないかもしれない人の一人である。1936年に出版された『日本少國民文庫』が戦後改版して出され、私はそれを小学校6年から中学1年の頃に愛読した。その第7巻『世界のなぞ』(1948年、新潮社)の著者が石原純だった。私は、その本で原子や分子について知り、湯川秀樹のノーベル賞受賞(1949年)も影響して、物理学の道へ進むことになった。

 上に述べた書評は、次のように続く。

 著者が冒頭で記しているように、何より、第一級の理論物理学者であるからだ。20世紀初め、物理学に革命をもたらした相対論や量子論について、日本で最初の論文を発表し議論をリードした。

ここで私は『日本の物理学史 下 資料編』[3] に石原の欧文論文が一編収録されていたことを思い出し、書棚から取り出して見た。

 石原(1881〜1947)が一般的量子条件をウィルソン(W. Wilson)やゾンマーフェルド(A. Sommerfeld)とは独立に見出した論文。

という紹介があって、ドイツ語の論文 [4] が引用されている。同じ論文は、文献 5 にも同様に紹介されている。文献 3 には、石原が和文で書いた2編 [6, 7] も収録されている。

 次いで書評には、「歌人でもあり」とあり、少し飛んで、次の文がある。

 これだけの科学者の名があまり知られていないとは、不思議ですらある。
 妻子ある身での恋愛がスキャンダルになり、42歳で東北帝大教授を退職したこともあるのだろうか。以来、研究からは身を引き、科学を論じ、伝える側に回った。

石原の恋愛事件については、彼の歌人としての活動と合わせて、『ウィキペディア』[8] にやや詳しく記されている。

 書評は、「その生涯と主張は、今日の科学と科学者のあり方にも、大きな示唆を与えてくれる」と結ばれている。読んでみたい一冊である。

文献

  1. 西尾成子, "科学ジャーナリズムの先駆者:評伝石原純," 岩波 (2011).

  2. 辻篤子, "物理学のあり方論じた真の科学者,"『朝日新聞』(2011年11月13日).

  3. 日本物理学会編, "日本の物理学史," 下 資料編 (東海大学出版会, 1978).

  4. J. Ishiwara, "Die universelle Bedeutung des Wirkungsquantums,"『東京数学物理学会記事』, Ser. 2, Vol. 8, pp. 106–116 (1915).

  5. "Twentieth Century Physics," Vol. 1, L. M. Brown, A. Pais and B. Pippard 編 (Institute of Physics, 1995) 所収.

  6. 石原純, "アインスタイン印象記,"『アインスタインと相対性理論』石原純著 (改造社, 1921) pp. 137–160 所収.

  7. 石原純, "地震と科学教育,"『現代の自然科学』石原純著 (1924) pp. 133–152 所収

  8. "石原純,"『ウィキペディア:フリー百科事典』[2011年11月16日 (水) 16:10].

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