2016年6月5日日曜日

幼少年時代の絵 7 (Drawings in My Childhood. 7)

[The main text of this post is in Japanese only.]


『校内一隅』(1947 年、12 歳)。
"The inside corner of the school" (1947, age 12).


『手』(1947 年、12 歳)。
"The hand" (1947, age 12).


『足』(1947 年、12 歳)。
"The foot" (1947, age 12).

 上掲のイメージは、いずれも小学校 6 年生の図画の時間に描いた作品で、『手』と『足』は 1 枚の画用紙の表と裏に描かれている。使用した画用紙は、『校内一隅』と『手・足』ともに 265 mm × 180 mm の大きさで、薄手のものである。

 『校内一隅』は廊下の端か、図画工作室の一隅か。正面に水道栓が並んでいて、その上に掲示板がある。この絵の裏面には四重丸の評価があり、『手』と『足』には何も評価がないが、どちらも上部の両端に画鋲で止めて飾られていた跡がある。

 『手』と『足』は粘土細工のためのデッサンだったかも知れない。粘土を各自が用意して持参する必要があったが、それほど大量の粘土がどこで得られるかが分からなくて困った記憶がある。おもちゃ屋で手に入る幼児の粘土細工遊び用のものでは、とても足りないと思った。しかし、結局どのようにして準備したのかは覚えていない。

 小学生時代の絵で手元にあるのは以上であるが、私は 1 組の N 君、3 組の T 君らとともに、卒業生が記念に学校に残す絵の作者に選ばれ、冬も近いある日、揃って兼六園へ写生に行った。私が選んだ写生の場所は、あつかましくも、兼六園の観光写真によく使われる徽軫(ことじ)灯篭を視野の右端に置いた霞が池の風景だった。描いていると、私より低学年と思われる他校の女児たち数名が寄ってきて、多勢を頼りに冷やかしの言葉をかけたりした。私は小用をたしに行く必要を感じていたので、彼女たちを絵と画材の見張り役に利用した。

 描き上げて学校へ戻ると、図画の先生がちょっと首をかしげてから絵筆をとって、上からベタベタと修正された。私の着彩は弱々しくて、そのままでは惜しいと思われたのだろう。T 君が修正結果を見て 「見違えるようになったね」といってくれたのは、喜んでよいのかどうか、迷うところであった。その絵は講堂へ向かう廊下の上部に飾られた。あれから 70 年近く経ったいま、同じ風景をもう一度描いてみたいと思っている。(つづく)

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