2012年2月13日月曜日

『クロイツェル・ソナタ』(The Kreutzer Sonata)


トルストイの作品に刺激されて R・F・X・プリネが1901年に描いた
「クロイツェル・ソナタ」
Tolstoy's novella inspired the 1901 painting Kreutzer Sonata
by René François Xavier Prinet
[Public domain], via Wikimedia Commons.

Abstract: I reread Leo Tolstoy's novella The Kreutzer Sonata. It was early days of my becoming a first-grade student of a senior high school that I read this work for the first time, and I did not remember Tolstoy's message presented in the work through Pozdnyshev's talk. I first thought that this forgetting was due to my difficulty at that time to understand the message. However, I finally noticed that it was possibly due to my disagreement to the idea that totally denied sensual love. Anyway, the tragedy told near the end of the novella is extremely impressive, and this can be said to be one of the best literary works about the tragedy caused by jealousy, together with William Shakespeare's The Tragedy of Othello, the Moor of Venice. My memory about the first listening to Beethoven's Kreutzer Sonata (Sonata No. 9 in A Major for piano and violin, Op. 47) is also described. (Main text is given in Japanese only.)

 レフ・トルストイの『イワン・イリイチの死』を読んだついでに、高校一年の初め頃に呼んだ記憶のある『クロイツェル・ソナタ』(1899) も読んだ(『新潮世界文学』版 [1] による)。この作品の題名は、作中の一場面にベートーヴェンのヴァイオリンソナタ第9番が出て来ることによる。『岩波文庫解説総目録』[2] には、この短編小説について、次の通りに紹介してある。

嫉妬にかられて妻を殺害した男の告白という凄惨な小説。殺人事件にまで発展した嫉妬心が、夫の心の中でどのように展開していったかをトルストイは克明・非情に描き出している。その間、恋愛・結婚・生殖など、すべて性問題に関する社会の堕落を痛烈に批判し、最後に絶対的童貞の理想を高唱する。


 この作品は「わたし」が汽車で乗り合わせた紳士ポズドヌイシェフが車中で語る形で展開している。そして、上記解説中の「恋愛・結婚・生殖など…高唱する」のも、ポズドヌイシェフの言葉として述べられているが、解説 [3] には、「説教家トルストイの意見が生のまま披瀝されている感がある」とある。実際、1890年に発行された『クロイツェル・ソナタへのエピローグ』中には、トルストイが『クロイツェル・ソナタ』で意図しているメッセージを明かして、「肉体的愛は人類の価値ある目標の追求の妨げになる」旨を述べている [4]。

 同じ文献 [4] には、1908年、トルストイの生誕80年にあたっての国際的祝祭の折に、イギリスの作家ギルバート・ケイス・チェスタートンがトルストイのこの考えは「人間であることを嫌うもの」と批判したことが述べられている。私も『クロイツェル・ソナタ』でトルストイが意図したメッセージは行き過ぎていて、同意出来ないので、読後にはそういう「理想」が述べられていたことなど、記憶に残らなかったほどである。再読を始めたときには、ポズドヌイシェフの語る「恋愛・結婚・生殖など」の論が初読において記憶に残らなかったのは、それらがまだ理解出来ない年齢だったからかと思ったが、必ずしもそうではないであろう。そうした論が説得性を欠いている反面、終盤での劇的場面の告白からきわめて激しい印象を受けたことが原因だろう。

 「嫉妬にかられて妻を殺害」するというテーマはウィリアム・シェイクスピアの『オセロ』でも扱われているが、これは奸悪なイアーゴウという人物の企みによって生じた嫉妬がもとになっている。他方、『クロイツェル・ソナタ』での嫉妬は、ヴァイオリンの上手な友人トルハチェフスキーと妻の親密さを見て、自らの心情に発したものであり、ポズドヌイシェフが裁判で無罪になったといっている点に疑問が湧かなくもない。文献 [3] によれば、俳優アンドレーエフ・ブルラークがかつて汽車の中で見知らぬ客から妻に裏切られた夫の苦しみについての告白を聞いたと、トルストイに話したことが執筆の動機になったということである。ともあれ、『オセロ』と『クロイツェル・ソナタ』は嫉妬に基づく悲劇を描いた文学の双璧であろう。

 この作品の中で実に効果的に使われているベートーヴェンのヴァイオリンソナタ第9番を私が最初に聞いたのは、学生時代に同じ下宿にいた二、三歳年長の N さん(いまは亡き彼もヴァイオリンが好きだったようだ)にレコードで聞かせて貰ったときである。彼は楽譜を広げて、「いまは、ここ、…ここ…、…ここ…」と親切に譜面を指差しながら聞かせてくれた。私は楽譜は読めないのだが、音の相対的な流れを目で同時に追いながらの鑑賞も面白いものだと思った。その感激とともに、トルストイの『クロイツェル・ソナタ』も想起していたに違いない。この小説の初読の記憶では、悲劇の直前の場面でこの曲が演奏されていたことになっていた。しかし、それは年月を経るうちに私の頭の中で改作されたものであった。

文 献

  1. 原卓也 訳, クロイツェル・ソナタ, 新潮世界文学 20:トルストイ V, p. 643 (新潮社, 1971).
  2. トルストイ/米川正夫 訳 クロイツェル・ソナタ, 岩波文庫解説総目録(中), 岩波文庫編集部編, p. 881 (1997).
  3. 木村浩, トルストイの作品, 新潮世界文学 20:トルストイ V, p. 879 (新潮社, 1971).
  4. The Kreutzer Sonata, Wikipedia: The Free Encyclopedia (26 January 2012 at 00:44).

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