2012年2月19日日曜日

2012年1月分記事へのエム・ワイ君の感想 (M.Y's Comments on My Blog Posts of January 2012)

[In Japanese only]

 M・Y 君から "Ted's Coffeehouse 2" 2012年1月分への感想を2012年2月18日付けで貰った。同君の了承を得て、ここに紹介する。青色の文字をクリックすると、言及されている記事が別ウインドウに開く。




1. 美しい日本語

 最近、「非常に〜である」という意味で「〜すぎる」といったり、「〜という得難い経験が出来る」という意味で「〜してしまえる」といったりすることが流行しているようだ。タレントか誰かがテレビでこのような表現を使い始めると、それがすぐに全国に普及し、誰もが使うようになる。
 昨日午後7時からのNHK・Eテレ「ウィーン・フィル ニューイヤーコンサート2012」という真面目な番組の中で、上記のような表現が二つとも使われていたのには唖然とした。…略…
 他方、昨日の朝日紙で久しぶりに、たいへん美しい日本語にも出会った。それは「震災わすれないために」と題した文化欄中の「叙事詩となって蘇る」という文で、ニューヨーク生まれのドナルド・キーン氏の筆になるものだから、皮肉である。

 私もこのニューイヤーコンサートを聴きました。招待された解説者の前に映されたテロップに「シュトラウスに詳しすぎる」とあったのは憶えていましたが、「〜してしまえる」については録画で確認しました。これは司会したアナウンサーがいった「市庁舎舞踏会で初めて公開されたものが、このコンサートで聞けてしまう」という言葉のことです。この「美しい日本語」は年頭のメッセージに相応しく、印象に残りました。

2.『評伝 野上弥生子』の2書評を比べる

 先般、野上弥生子に関連する文を書いたが、それに先だって、この作家の評伝に対する2編の書評を読んだ。1編は朝日紙に掲載されたもので、もう1編は赤旗紙に掲載されたものである。私は両書評から評伝自体についてかなり異なる印象を受けたので、ここにそれらの比較を述べてみたい。

という筆者の論評を興味深く読みました。筆者の指摘通り赤旗紙の方が揺れのない視点に立っていて、広く深い洞察の見られる書評でありましよう。私はずっと前に野上弥生子の『秀吉と利休』を読み、二人の巨人の劇的な葛藤、丹念な描写、独創的で格調高い歴史小説に大いに感銘を受け、続けて『真知子』を読みました。若干見方が異なる両書評を念頭に置いてこの評伝を読み、偉大な女流作家の生き方と人柄について知りたいと思います。

3.「進むことができる」の信号色

 「進むことができる」を示す信号は普通「青信号」と呼ばれているが、本当は緑色だとも聞く(「青信号」の英語は green light であるとも)。実際には何色かがふと気になった。普段は細部まで注意して見ることのない信号灯を注意深く見ると、この辺りでは、旧式の電球使用のもの(カバーが着色してある)と、LED(発光ダイオード)使用の新しいもの(光源に色がある)が混在している。

と筆者は、電球式歩行者用、電球式車両用、LED 式歩行者用、LED 式車両用の各信号機が「進むことができる」を点灯しているときに撮影した写真を示し、

電灯式歩行者用のものが、最も緑色がかっている気がするが、おおむね「青」といっても支障のないような色である。

と述べている。また、交通信号の色については、国際照明委員会 (CIE) が赤・緑・黄の3色としていること、わが国では、道路交通法施行令第2条に基づき、第2次世界大戦直後に、当初の緑から青信号に変更したこと、色覚障害(赤緑色覚異常)に配慮する観点からは、青に近い色がよい、など、交通信号の現状をよく観察、調査し、解説した興味深い記事です。

 その直後、朝日紙で色覚障害者でも認識出来る信号機が開発されたことが報道されました。その新聞は既に廃棄していたので、インターネットで確かめると、毎日紙の2月7日夕刊に類似の記事(開発された信号機の写真入り)を見つけました。――黄色と赤色を識別しずらい色覚異常の人も見やすいユニバーサル信号機が、東京都港区の芝郵便局前(色覚異常の専門外来がある東京慈恵会医大付属病院の近く)の交差点に試験設置される。九州産産業大の落合教授(環境デザイン)が世界ではじめて開発した。全日本交通安全協会が約一ヵ月間、実用化に向け、利用者の声を聞く――とあります。筆者の解説記事掲載のタイミングのよさに感心しました。*

* Ted の注:タイミングがよいというより、偶然の一致です。

2 件のコメント:

mii さんのコメント...

おはようございます。mixiの『みどか』です♪

「~過ぎて死ぬ」や「~が好き過ぎる」という表現は、おそらく、mixi等のネットスラングだったのではないかと思われます。

ネットスラングは、もはやマスコミでも使われる様になったので、その影響でしょうね。

私も時々使っちゃうんですよね......orz
でも『美しい日本語』が薄れると、少し切ない気がします。

Ted さんのコメント...

mii さん、コメントありがとうございます。なるほど、ネット・スラングが発生源ですか。以前私のブログで使っていたブログペットというサービス(その後サービス停止となりました)のペットは、ブログから集めた言葉で俳句を作って面白がらせてくれましたが、よく「〜すぎ」を使っていました。