2014年2月27日木曜日

暮らし二題 (Two Topics of Life)

[The text of this post is in Japanese only.]




ウォーキング見合わせ

 昨 2 月 26 日午前、東北から中国地方にかけての 10 府県で、大気中の汚染物質 PM 2.5 の濃度の比較的高い値が観測され、日平均濃度が国の指針を超えるおそれがあるとして、注意を喚起する情報が出された。当地、堺でも午後の空は 1 枚目の写真のように、晴天にもかかわらず灰色になり、ウォーキングを見合わせた。きょうは、朝から雨が降ったり止んだりしている。曇り空の灰色はにはムラがあって、PM 2.5 の濃度が高いときの空とは異なり、趣きがある(2 枚目の写真)。

記入もれ

 雨の中を、署名捺印して税務署へ送り返す確定申告の訂正書を投函に行った。先日、税務署から電話があり、何事かと思えば、送付した確定申告書に「記入もれがあります」とのことだった。新しく出来た「復興特別所得税額(基準所得税額×2.1%)」を算出して基準所得税額に加えたものを、支払うべき税額の合計にしなければならなかったのだ。しかし、その新しくなった点についての説明が、記入の手引書にはとくに注意を引くようには書いてなかった。「記入もれ」の人は多かったのではないだろうか。

2014年2月26日水曜日

荒山公園のウメ (Plum Blossoms in Kōzen Park)


入口付近から見た公園の風景
View of the park from its entrance.


ロウバイ(漢字では「蝋梅」と書くが、これはウメとは異なり、ウバイ科に属する)。
Winter sweet.


寒紅梅
Kankōbai.


白加賀
Shirokaga.


浮牡丹(うきぼたん)
Ukibotan.


道知辺(みちしるべ)
Michishirube.

 定年退職後、毎年のように堺市南区にある荒山(こうぜん)公園へウメの花を見に行っていたが、一昨年と昨年は行きそびれた。昨日しばらくぶりで訪れてみると、ロウバイの若木が何本も増やされていた。ウメは、まだツボミの固い品種もあるが、おおむね見頃だった。比較的温かい日でもあったので、梅林の中で妻とコンビニ弁当を食べながら、ゆっくり観賞して来た。

After retirement, I had been to Kōzen Park, Minami-ku, Sakai, to see plum blossoms almost every year. However, I did not do so last year and the year before last. Visiting there yesterday after a while, I found that many young trees of winter sweet had newly been planted. As for plum trees, some kinds had only small buds yet, but others were almost in full bloom. Since it was relatively warm, my wife and I bought box lunches at a convenience store and brought it there fully to enjoy the blossoms.

2014年2月24日月曜日

バス旅行「ターナー展と淡路ラン展」3 (Bus Trip "Turner Exhibition and Awaji Orchid Exhibition" -3-)








 「淡路ラン展」、詳しくいえば「淡路夢舞台ラン展 2014 —新しきランの世界—」の会場は、淡路市にある複合文化リゾート施設「淡路夢舞台」(2000 年に開催された国際園芸・造園博「ジャパンフローラ 2000」の会場。1 枚目の写真)内の温室「奇跡の星の植物館」(同写真の中央右寄りの建物)である。同展は 2014 年 1 月 25 日に始まり、3 月 9 日まで開催されている。

 毎年全国のラン展の最優秀賞を総なめにしている斎藤正博さんのラン「カトレア・トリアネ・オカダ」が、2 月 10 日までの展示予定だったところ、雪のため撤去の運搬予定が遅れ、見ることが出来たのは幸いだった(2 枚目の写真)。そのほか、珍しくまた美しいランがあまりにも沢山あり、目移りがして、的を絞って写すことが困難だった。一番下の写真は「ドラキュラ・レゼキアナ」という不気味な名のもの。その隣にあった「ドラキュラ・ギガス」は、サルの顔のような花をつけるということだが、いまは花をつけていなかった(こちらの写真参照)。

 天候にも恵まれ、よい日帰りの旅だった。(完)

"Awaji Orchid Exhibition," the detailed title of which is "Awaji Yumebutai Orchid Exhibition 2014: The New World of Orchid," is being held at the greenhouse in "Awaji Yumebutai" (the site of "Japan Flora 2000"; see the top photo). Starting on January 25, 2014, this exhibition is going to be held until March 9.

The orchid, Cattleya trianae 'Okada', made by Masahiro Saito, who has been sweeping the highest awards of orchid exhibitions across the country every year, was scheduled to be presented until February 10. However, luckily for us, the transportation plan of removal has been delayed because of snow, and we were able to see it (the second photo). There were so many rare or beautiful orchids that it was quite difficult for me to choose good ones for photographing. The bottom photo shows the orchid of a spooky name dracula rezekiana. Next to it, there was dracula gigas. This species is known to have a flower like a monkey's face, but is not blooming now (see the photo here).

Blessed also with the weather, we had a nice one-day trip. (End)

2014年2月23日日曜日

バス旅行「ターナー展と淡路ラン展」2 (Bus Trip "Turner Exhibition and Awaji Orchid Exhibition" -2-)



  「ターナー展」を見たあと、われわれのバスは「淡路ラン展」が開催されている淡路市へ向かう。途中、ホテルセトレ神戸・舞子内のリストランテ・ミア・アルベルゴでイタリアンランチを楽しむ。 1 枚目の写真は、ホテルの正面奥から眺めた明石海峡大橋と淡路島。 2 枚目は、ミア・アルベルゴから見た舞子公園方面。六角形に見える緑色の建物は孫文記念館の一部、八角形の中国式楼閣「移情閣」である。1915 年築の現存する日本最古のコンクリートブロック造建造物として、国の重要文化財に指定されている。(つづく)

After we had seen "Turner Exhibition," our bus went toward Awaji City, where "Awaji Orchid Exhibition" is held. On the way, we enjoyed Italian lunch at Ristorante Mia Albergo in Hotel Setre, Maiko, Kobe. The upper of photos above shows the Akashi Kaikyō Bridge and Awaji Island viewed from the reception room of the hotel. The lower shows the Maiko Park area seen from Mia Albergo. The green building that looks to have the hexagonal form is part of Sun Yat-sen Memorial Hall called "Ijōkaku." It is a Chinese-style house of the octagonal shape built in 1915. Being Japan's oldest concrete block building existing now, it was designated as an important cultural property of the country. (To be continued)

2014年2月22日土曜日

バス旅行「ターナー展と淡路ラン展」1 (Bus Trip "Turner Exhibition and Awaji Orchid Exhibition" -1-)


  2 月 20 日、朝日旅行社催行の日帰りツアー「英国の巨匠『ターナー展』と淡路ラン展」に妻と参加した。17名の参加者の中で、男性は私一人だった。週日でも参加できる高齢者の中では女性のほうが一般に、より元気なことや、男性は概して花などにあまり興味がないことのためだろうか。

 『ターナー展(神戸)』は 1 月 11 日に始まり、 4 月 6 日まで神戸市立博物館で開催中である。 ロンドンのテート美術館が所蔵するイギリスの国民的画家ジョゼフ・マロード・ウィリアム・ターナー (1775–1851) の油彩画 30 点ほか計 110 余点が出品されていて、見応えがあった。始めに学芸員から、スライドを使用しての 30 分間の説明が聞けたのもよかった。

 学芸員さんはターナーの生涯の作品を表す四つのキーワードを挙げていた。その 1、2、4 番目は、それぞれ、「絵になる (picturesque) 風景」を探し出して描いていたこと、大自然の「崇高」な (sublime) かたちを描き出そうとしたこと、晩年の作品には現代の抽象画の趣さえあること (moderenity)、だったが、3 番目が何だったか忘れた。「TURNER その風景画には物語がある」という言葉が展覧会のチラシにあるのを見れば、劇性 (theatricality) というようなことだったかと思われる。絵に現れている具体的な特徴からは、光あるいは海(水)も挙げたいところだが。

 上掲の会場前の写真にある看板において、左は『チャイルド・ハロルドの巡礼—イタリア』、右は『ヴェネツィア、嘆きの橋』と題するターナーの絵のそれぞれ一部分が使われている。夏目漱石の小説『坊ちゃん』の中で、主人公とともに釣りに出かけた教頭の赤シャツと野だいこが、瀬戸内海に浮かぶ島の松を見て「ターナー島」と名付けている。このことから、松を描いたターナーのいくつかの作品中のどれかを漱石がロンドンで見た可能性があるとして、その有力な候補になっているのが前者である。

 なお、"Joseph Mallord William Turner paintings" という BBC のウェブサイトでは、ターナーの作品 392 点をスライドショーとして見ることが出来る。(つづく)

On February 20, my wife and I joined a one-day trip "Turner Exhibition and Awaji Orchid Exhibition" held by Asahi Sun Tours. Among the participants of 17 people, I was a single male. This might have happened possibly because of the following two reasons: Women are generally more active than men among elderly people who can join the trip on a weekday, and men are usually not so much interested in seeing flowers compared with women.

Turner Exhibition (Kobe) began on January 11 and is going to be held until April 6 at Kobe City Museum. A total of over 110 works of the representative painter of Britain, Joseph Mallord William Turner (1775-1851), including 30 oil paintings, came from the Tate in London, and the show was quite impressive. It was also good that, at the beginning, a curator gave us a talk of 30 minutes about Turner's works using slides.

The curator mentioned four keywords that represented Turner's works through his lifetime. Three of them were as follows: "picturesque" (Turner chose picturesque landscapes to paint), "sublime" (he wanted to express sublime form of nature) and "modernity" (his works in later years show abstractness in modern paintings). I forgot what was the remaining one key word. It was possibly something like "theatricality" as suggested by the words on the flyer of the show, "TURNER; his landscape paintings include stories," though I would also like to add the key word of "light" or "sea (water)," considering from the particular features that concretely appear in his pictures.

In the photo above of the exhibition site, the sign board on the left uses part of Turner's painting entitled Childe Harold's Pilgrimage – Italy, and the right side one, part of Venice, the Bridge of Sighs. In Natsume Sōseki's novel "Botchan", the main character went out fishing, together with the assistant principal "Red Shirt" and Nodaiko, and saw an island with a pine tree in the Seto Inland Sea to name it "Turner Island." So, Sōseki possibly saw one of Turner's paintings with a pine tree, and Childe Harold's Pilgrimage – Italy is the leading candidate for it.

By the way, we can view Turner's 392 works as a slide show at the BBC Website "Joseph Mallord William Turner paintings." (To be continued)

2014年2月19日水曜日

ドナウ川クルーズ 50 (Cruise on the Danube -50-)

 旅の 8 日目(10 月 25 日)午前、オーストリアのリンツ市内観光(続き)。

The morning of the eighth day (October 25) of the trip: sightseeing of Linz city in Austria (continued).


リンツ州庁舎の門と塔。
The gate and tower of Linz State Hall.


門の入口。
The entrance of the gate.


州庁舎の中庭。
Courtyard of the State Hall.


州庁舎前で近年発掘、修復されたバロック時代の石製アーチ型橋。
Stone arch bridge from the Baroque period in front of the State Hall.
It was recently excavated and restored.

(続く)
(To be continued)

「ドナウ川クルーズ」の記事はこちらでまとめてご覧になれます。
You can see all the articles of "Cruise on the Danube" here.

2014年2月17日月曜日

2014年1月分記事へのエム・ワイ君の感想 (M.Y's Comments on My Blog Posts of January 2014)

[The main text of this post is in Japanese only.]


ロウバイ。2014 年 1 月 31 日、ウォーキング途中で撮影。
Wintersweet. Taken in the course of my walking exercise on January 31, 2014.

2014年1月分記事へのエム・ワイ君の感想

 M・Y 君から "Ted's Coffeehouse 2" 2014 年 1 月分への感想を 2014 年 2 月 15 日付けで貰った。同君の了承を得て、ここに紹介する。(なお、2013 年 12 月分については、連載記事「ドナウ川クルーズ」が終わりそうで終わらないままだったので、M・Y 君からの感想を貰えなかった。同記事への感想は、連載完結後に貰えることと思う。)



1. 「9条にノーベル平和賞を」の署名運動に協力しよう!
 2014 年元旦のNHKニュースは、安倍首相が年頭にあたっての「所感」を発表し、その中で、「『国のかたち』を表す憲法についても国民的な議論をさらに深めていくべきだ」として、憲法改正に向けた意欲を示している旨を報じた。自民党の無謀な改憲草案を見るならば、首相のこの意欲がいかに愚かしいものかを思わないではいられない。安倍政権の「戦争する国」づくりへの暴走を押しとどめるため、津津浦浦の各九条の会が中心になって、今年を憲法9条を守り生かそうの大合唱の年にしたいと思っていた矢先[…]「日本国憲法、特に第9条、を保持している日本国民にノーベル平和賞を」という署名運動が「憲法9条に平和賞を」実行委員会によって、change.org のウェブページを使って行なわれていることを知らされた。筆者は早速、署名と、ツイッター、フェイスブック、ブログサイト「平和の浜辺:福泉・鳳地域『憲法9条の会』」での宣伝をした。この署名運動をもっともっと広げるため、ここでも宣伝する次第である。本ブログ記事をご覧になった皆さんも、ぜひ署名と運動の拡大にご協力していただきたい。
 上記のように書き起こし、change.org の署名用ウエブページに書かれていることの要点を記しています。署名は、宛先が The Norwegian Nobel Committee, Mr. Thorbjorn Jagland (Chair of the Nobel Committee)、発信者は「憲法9条にノーベル平和賞を」実行委員会。その内容は、世界各国に平和憲法を広めるために、日本国憲法、特に第9条、を保持している日本国民にノーベル平和賞を授与してください、というものです。趣旨の中には、「もちろん、日本国民全員が現憲法に賛成しているわけではありません。しかし、今現在も、今この時も、憲法を変えてはいません。受賞に向けて、『世界の平和を願い戦争しないことは良い事であり、守り、広めていこう!!』という価値観の共有自体にも、意味があるのではないでしょうか。この改憲の危機に直面している今、世界の平和のために平和憲法を守り、活かし、広めていくための取組の一つとしてご理解・ご協力いただけましたら幸いです」と真摯な願いが表明されています。いま、ウェブページを見ますと、本年の受賞を目指し、2 月 1 日正午に合計 21433 の署名と 4251 件のコメント、それに推薦資格を有する推薦人の方々の推薦状をノーベル委員会に送付したことや、引き続き 2015 年度に向けて署名を募っていることが記されていました。すでに声を届けるという活動の火蓋が切られているのです。筆者のご活躍を期待いたします。私は上記の「安倍政権の『暴走』を押しとどめる」ことと「世界の平和を願い戦争しないという価値観の共有」とが、この運動のキーワードであると思います。以下に私の所見をまとめます。

 1 月 21 日にケネディ駐日米国大使が応じた朝日新聞のインタビューで、大使は安倍晋三首相の靖国参拝について改めて、「米国は地域の緊張が高まることを懸念しており、首相の決断には失望した」と述べています。また、同大使は、朝日紙 1 月 23 日付けオピニオン欄「これからの日米」の聞き手編集委員からの集団的自衛権についての質問に関連し、「日本は過去数十年、民主主義的価値に根差した平和国家であり、地域と世界に非常に建設的な貢献をすることを実証してきました。周辺諸国との間で信頼を構築することによって、日本はより自信をもってその役割を果たすことができます」と付け加えています。米国が集団的自衛権の行使を容認する姿勢を示しているのに反し、これが大方の諸外国の見方でないでしょうか。憲法9条については、今後ともケネディ大使が指摘している「地域と世界に非常に建設的な貢献をすることができる」ことを世界に向かって具体的に分りやすく説明する必要があるでしょう。残念ながら足元のわが国において、わが国の憲法はマッカーサー司令部に押し付けられたものであると確信している人がかなり多いようです。

 靖国参拝問題については、安倍首相の浅はかな暴挙の一つであると思っています。2 月 10 日の衆議院予算委員会でこの問題に関して、民主党の長妻氏の質問に答えて、「私が参拝した時、年老いたご夫人(別々の二人)が参拝しておられるのを見た。ここに来れば、愛する人に会えて心安らかなになるとお参りされている」というようなコメントをしていました。そのような方も大勢おられるとは思いますが、一国の首相たる人のコメントとしては、一面的で論理性に欠けていると感じました。

 『きけわだつみのこえ―日本戦没学生の手記―』(岩波文庫)から、首相の戦死した軍人像とかけ離れていると思われる二つの例を挙げます。
 (1) 林 憲正、昭和 18 年 9 月、慶大卒。20 年 8 月 9 日、神風特別攻撃隊員として、本州東方海面にて戦死。海軍中尉。25歳
 4月30日 […]私は帝国海軍に対して反感こそ持て決して好意を持っていない。私は今から私自身のこころに対していう。私は私のプライドのためなら死にうるけれども帝国海軍のためには絶対に死にえないと。我が十三期の学徒出身搭乗員がいかに弾圧されているか。今戦争しているのは誰だ! 私の戦友であった同期の艦爆乗りの半数は既に死んでいる…。
 7月31日 出撃命令を今か今かと待ちながらただ独り防空壕に入ってこれを記している。父上母上初め兄弟姉妹その他親戚知人の皆様さようなら。お元気でやって下さい。私は今度は「アンデルセン」のおとぎの国へ行ってそこの王子様になります。そして小鳥や花や木々と語ります。大日本帝国よ永遠に栄えんことを。

 (2) 木村 久夫、京大経済学部学生、昭和 17 年 10 月入営。21 年 5 月 23 日シガポール、チャンギー刑務所において戦犯刑死。陸軍上等兵。28 歳
 私は何ら死に値する悪をしたことはない。悪を為したのは他の人々である。しかし今の場合弁解は成立しない。[…]私の軍隊生活において、将校連が例の通り大言壮語していた。私が婉曲ながらその思想に反対すると「お前は自由主義者だ」と一言の下に撥ね付けられたものだ。軍人社会で見られた罪悪は、枚挙すれば限りがない。それらは凡て忘却しよう。彼らもやはり日本人なのであるから。しかし一ついっておきたい事は彼らは全国民の前で腹を切る気持ちで謝罪し、余生を社会奉仕のために捧げなければならない事である。天皇の名を最も濫用、悪用したのも軍人であった。[…]
 ここに挙げた二人の軍人は、首相が考えている軍人像には入っていないものと思います。このような考えを抱き戦死または殉難死した軍人の存在を首相が認識するならば、国際的に失望感を抱かせながら敢えて靖国参拝に固執することはなかろうかと思います。

2. 映画『かぐや姫の物語』同『武士の献立』

 二つとも筆者の鑑賞後の感想が一筆書かれ、合わせて前者では高畑勲監督が、大きな影響を受けたカナダのアニメーション作家、フレデリック・バックに彼の死の直前に『かぐや姫の物語』を見せ、彼が「きれいだ、すばらしい。デッサンの軽やかさ、そして空白、描かれていない空間のすばらしさ」などと絶賛したことによって、恩返しが出来たというエピソードが加えられています。後者については、筆者は舞台となっている筆者の郷里・金沢の話を交え、筆者に文学的な影響を与えて早世した友人に思いをはせています。映画を見ていない人にも通読後に印象に残る解説だと思います。

2014年2月15日土曜日

またも雪景色 (Snow Scene Once Again)



 2 月 14 日から 15 日にかけて、先週と同様、本州南岸を進む「南岸低気圧」が太平洋側の広い範囲に雪をもたらし、関東甲信の内陸部では記録的な大雪となっている。昨日は、当地、堺でも昼頃まで雪が降っていた(上の写真は正午と午後 3 時頃に撮影)。ひと冬に三度も雪景色が見られるのは、この辺りでは珍しいことである。

From February 14 to 15, similarly to last week, "south coast low pressure" brought snow to a wide range of the Pacific Ocean side of Japan, and heavy snow records were marked in the inland of Kanto and Koshin Districts. Yesterday, it was also snowing until around noon here in Sakai (photos above were taken around noon and 3:00 pm). Seeing snow scene three times in a winter is quite rare in this area.

2014年2月13日木曜日

愛知・岐阜への旅 4:岐阜羽島の宿で (Trip to Aichi and Gifu. 4: At an Inn in Gifu-hashima)


 旅の 2 日目の夜は、「かんぽの宿・岐阜羽島」で泊まる。名古屋で映画を見たため、新幹線岐阜羽島駅へ来る宿の送迎バスの時間に間に合わなくなり、タクシーを利用した。新幹線が出来たばかりの頃には目立ってしょうがなかった駅前の大野伴睦夫妻像は、今回の旅では見えなかった。タクシーは田園の間の道をほとんど一直線に走ったあと、少し折れ曲がって宿に到着した。宿の窓からの翌朝のスケッチ(上掲のイメージ)も田園風景である(手前は宿の駐車場)。旅の 3 日目は、1、2 日目と異なり、気温が低くなって来たので、どこへも寄ることなく、早い時間に帰宅した。(完)

At the second night of the trip, we stayed at "Kampo Inn Gifu-hashima." Because we had watched a movie in Nagoya, we were late for the time of the shuttle bus of the inn at the Gifu-hashima Station of Shinkansen and took a taxi. When the railways for the bullet train had just been constructed, the statues of the politician Bamboku Ōno and his wife were too noticeable in front of the station, but we did not see them this time. The taxi from the station went through an almost straight road through rice paddies and finally took sideways for a short distance to arrive at the inn. The sketch (the image above) I made from the window of the inn next morning is also of rural scenery (the nearest portion is the parking lot of the inn). Unlike that of the first and second days, the temperature of the third day became rather low. So, we came home in an early hour without stopping by anywhere.

2014年2月11日火曜日

愛知・岐阜への旅 3:映画『小さいおうち』と失われたヒマラヤ美術館 (Trip to Aichi and Gifu. 3: The film Chiisai Ouchi (Little House) and Lost Himalaya Art Museum)


 旅の 2 日目、かんぽの宿「知多美浜」から同「岐阜羽島」へ移動した。途中、名古屋で時間があったが、あいにく月曜日で、美術館などは全て休館である。そこで、JR 名古屋駅前のミッドランドスクエアシネマで、山田洋次監督の映画『小さいおうち』を見た。原作は中島京子による同題名の直木賞受賞小説である。楽しめる筋の中に、背景の時代を通して今の時代を考えさせる方向へ人々を穏やかに導く山田監督の製作態度がすばらしいと思った。

On the second day of the trip, we moved from the Kampo Inn "Chita-mihama" to another one "Gifu-hashima," and had a spare time in Nagoya. Unfortunately, it was Monday, and museums were all closed. So, we watched the movie Chiisai Ouchi (Little House) directed by Yoji Yamada at Midland Square Cinema near the JR Nagoya Station. The movie is based on Kyoko Nakajima's Naoki-Prize winning novel of the same title. I think it wonderful that Yamada produced the film that, while enjoying the plot, people were gently led to compare the era of the story background with the present political situation in our country.


 名古屋駅の近くに、かつて、ヒマラヤ美術館という美術館があった。私は 1982 年に大連嶺前小学校での恩師・松本貞夫先生にそこへ連れて行って貰った。三岸節子の作品を中心に、三岸好太郎、杉本健吉、梅原龍三郎らの絵も集めてあり、感じのよい美術館だった。インターネットで調べると、運営していたヒマラヤ製菓が破産し、買収したムッターハムも破産し、2008年に解体されたと分った(こちら参照)。私が訪れたときのパンフレットには、杉本健吉の『西の京』という作品の写真があるが、それは今回、杉本美術館で見た。ヒマラヤ製菓の借金の担保として、ヒマラヤ美術館の有名な絵画が一部流出してしまったと伝えられているのは、まことに惜しいことである。

Near the JR Nagoya Station, there was once a museum of the name "Himalaya Art Museum." In 1982, Mr. Sadao Matsumoto, my teacher at Dalian Reizen Elementary School, took me there. In addition to many works of Setsuko Migishi, works by Kotaro Migishi, Kenkichi Sugimoto, Ryuzaburo Umehara and others were also collected there, and I got a good impression from that museum. By searching on the Internet, I found the following fact: Himalaya Confectionery, which had been operated the museum, went into bankruptcy, and a meat packer company, which bought the museum, also failed. Thus, the museum was dismantled in 2008. In the brochure I got when I visited there, a photo of the work Nishinokyo (West of Kyoto) by Kenkichi Sugimoto is printed. I saw this work at Sugimoto Art Museum. Quite regrettably, it is reported that some of the famous paintings in Himalaya Art Museum were lost as collateral for a loan of Himalaya Confectionery.

2014年2月9日日曜日

雪の日本列島 (Snowfall over Japanese Islands)


 急速に発達した南岸低気圧の影響で、昨 2 月 8 日から日本列島は広い範囲で雪が降り、関東・東北方面では記録的な大雪となっている。当地、堺でも 8 日朝、雪景色が見られた(写真)が、積雪に悩まされている地域に比べれば、積もったといえないほどの少量だった。

Under the influence of the low pressure that developed rapidly at the south coast, it has been snowing in a wide range of Japanese islands since yesterday (February 8), making heavy snow records in the Kanto and Tohoku districts. Yesterday morning, snow was also observed here in Sakai (the photo above). However, it was so small an amount that it could not be said to have "piled up" compared to the area where people were bothered by snow.

2014年2月8日土曜日

愛知・岐阜への旅 2:初日の宿で (Trip to Aichi and Gifu. 2: At the Inn of the First Day)


 旅の初日、2 月 2 日に宿泊した「かんぽの宿・知多美浜」で、翌朝、窓から外を見ると、霧が濃くたちこめていた(上掲のスケッチ)。右前方には伊勢湾が広がっているのだが、このときは、ほとんど見えなかった。名古屋付近を走る列車にも濃霧のため遅れが出ていると、テレビのニュースが伝えていた。

On February 2, the first day of the trip, we stayed at "Kampo Inn Chita-mihama." Looking out from the window next morning, we found a mist lying thick over the sight (see the sketch above). Ise Bay should be seen on the right beyond, but we could not see it at that time. Television news told that trains running around Nagoya were delayed because of the dense fog.

2014年2月6日木曜日

愛知・岐阜への旅 1:杉本美術館 (Trip to Aichi and Gifu. 1: Sugimoto Art Museum)


 2 月 2〜4 日、「かんぽの宿」を利用して、妻と愛知・岐阜方面への旅行をした。初日には、「かんぽの宿・知多美浜」の送迎バスの来る名鉄・知多奥田駅の一つ手前、美浜緑苑駅で一旦降りて、杉本美術館を訪れた。リーフレットには、駅から徒歩 5 分とあるが、実際には、新しい住宅地の間を歩いて、15 分ほどかかった。

 杉本美術館には、名古屋生まれの画家・杉本健吉の初期から晩年までの約 5,000 点が納められている。これらの作品は、杉本が「絵はパブリックなもの」という信念をもっていたため、売らないで所蔵していた自作品を名古屋鉄道が設立した財団法人杉本美術館へ寄贈したものである。美術館は本館と別館からなり、900 円の入館料に 100 円を加えると、本館内の休憩室で、抹茶と菓子のサービスを楽しめる。

 2014 年 1 月 1 日から 4 月 15 日まで、『杉本健吉没後 10 年記念作品展 III (1951~2004):生涯現役』と『僕を描く僕がいる』が同時開催中である。愛犬トムを配した何枚もの絵や若い頃から晩年までの自画像などに見られるユーモラスな描き方がとくに気に入った。


From February 2 to 4, I went on a trip with my wife to Aichi and Gifu Prefectures by using "Kampo Inns." On the first day, we dropped at Mihama-ryokuen of Nagoya Railway Line before going to Chita-okuda, where we were to be picked up by the shuttle bus of "Kampo Inn Chita-mihama," and visited Sugimoto Art Museum. They write in the leaflet of the museum that it is a 5-minute walk from the station, but, in fact, we had to walk about 15 minutes passing through a new residential area.

Sugimoto Art Museum has a collection of about 5000 works by Kenkichi Sugimoto, from his early years to later years. Sugimoto, born in Nagoya, had the belief, "Pictures are public things," and did not sell those works but donated them to the museum. The museum consists of the main building and an annex. Adding 100 yen to the admission of 900 yen, we get the service of green tea and a sweet in the break room of the main building.

From January 1 to April 15, 2014, the museum is showing the exhibition 10th Anniversary of the Death of Kenkichi Sugimoto (1951-2004) III: Being active throughout his life, together with the simultaneous one Here is I who draw me. I especially liked his humorous style which was seen in some pictures including his pet dog Tom and self-portraits from his young to later ages.