2009年1月13日火曜日

真木和美君を偲ぶ (2)

 1960 年の春、私は大学院修士課程を修了して就職し、その秋に結婚した。結婚を知らせるための印刷した葉書に対して、真木君から、細かい文字で葉書いっぱいに横書きした返信を貰った(1960 年 11 月 17 日づけ)。真木君が原子核理論専攻の修士課程 2 回生のときである。ここに彼の返信を引用する。


 ご結婚おめでとう。お知らせ、心からうれしく思います。
 一年の仕事になんとなくしめくくりをつけてみたくなる、この秋の日、今の君の胸の中の喜びと期待はどんなでしょう。
 生活にも、研究にも、新しい意気込みでとりくんでいる様子、眼に見えるようです。
 もう学校では、いちょうの葉も散り、並木道の両側に黄色くつみ重なっています。今年は安保闘争以来、なにか落ち着かず、秋の学会が終わるまでは、勉強したような気がしません。いま、相対論的 2 体問題—–Bethe–Salpeter Eq. の解の性質—–についてしらべています。
 お元気で。今後ともよろしく。


 真木君が Bethe–Salpeter 方程式の解を研究していたことは記憶していたが、そのことを書いてあったのは、年賀状だったように思っていた。のちに真木君が結婚したことを知らせてきたとき、私はそれを祝う手紙の中で、ある間違った想像を書き、たいへん失礼をした。その辺りの便りを探しているが、まだ見つからない。

 ところで、Bethe–Salpeter 方程式は、Bethe–Salpeter–Nambu 方程式とも呼ばれる [1]。量子力学的 2 粒子系の束縛状態を、相対論的に共変な形式で記述する方程式で、そのような系の例としては、ポジトロニウム、電子・陽電子対の束縛状態、凝縮系における電子・正孔対の束縛状態(エキシトン)がある [2]。真木君は博士課程を湯川研究室で終了したのち、シカゴ大の南部さんの研究室で超伝導理論の研究を始めた。これらのことは、修士課程時代の原子核・素粒子物理学の観点からの Bethe–Salpeter 方程式の研究 [3, 4] が、その後の超伝導の物性研究においても役立ったのではないかと想像させる。

 実際、Google Scholar で検索してみると、真木君の超伝導の論文中に Bethe–Salpeter 方程式を使ったものが少なくとも 1 編 [5] あり、興味深く思われる。2008年ノーベル物理学賞を受賞した南部さんは、逆に、物性物理学を学んだあとで素粒子物理学に転向していて、両者ともに、転向後の分野で大いに成功したのである。

 後日の追記:Bethe–Salpeter 方程式で知られる Edwin Salpeter は、2008 年 11 月 26 日に亡くなった([6] 参照)。

  1. 岩波理化学事典, 第5版, p. 1251 (岩波書店, 1998).
  2. Bethe-Salpeter equation, Wikipedia, the free encyclopedia, (12 December 2008, at 12:34).
  3. M. Ida and K. Maki, On vertical representation of Bethe–Salpeter amplitudes, Progr. Theoret. Phys. (Kyoto), Vol. 26, p. 470 (1961).
  4. K. Maki, On the strength of the coupling constant and the stability of the vacuum, ibid. Vol. 28, p. 942 (1962).
  5. H. Sato and K. Maki, Bound states in a superconductor containing a magnetic impurity, ibid. Vol.44, p. 865 (1970).
  6. S. A. Teukolsky1 and I. Wasserman, Obituary: Edwin Salpeter (1924–2008), Nature Vol. 457, p. 275 (15 January 2009).

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