2013年8月11日日曜日

オリバー・ストーン監督「日本は道徳的な大国になっていない」と語る ("Japan Has Not Become the Moral Superpower," Says Director Stone)

[This post is in Japanese only.]


 私は最近、ブログ「平和の浜辺:福泉・鳳地域『憲法9条の会』」に、表記のオリバー・ストーン監督の言葉と、それに関連する日本政府の姿勢について述べている、作家・赤川次郎さんのエッセイと田上市長の「長崎平和宣言」を、それぞれ紹介した三つの記事を書いた。ここに、その三編をまとめて再録する。


「日本は道徳的な大国になっていない」:米映画監督オリバー・ストーン氏が指摘
2013 年 8 月 7 日

 米映画監督のオリバー・ストーン氏とアメリカン大学教授のピーター・カズニック氏は、8 月 6 日、原水爆禁止世界大会・ヒロシマデー集会で、「米国という帝国に、みんなが立ち上がる力になるプロジェクトを進めている」、「戦争を起こさせないために強くなり、たたかおう」と訴え、会場内から共感と連帯の拍手がわきあがった。8 月 7 日付け『しんぶん赤旗』が「原水爆禁止世界大会・広島:ストーン監督、被爆者と語る 戦争させない たたかいを」と題する記事で伝えている。

 カズニック氏が、ストーン氏と脚本を共同執筆したドキュメンタリー『もうひとつのアメリカ史』において、米国の戦後の軍事外交政策を正当化する「ウソ」を暴いたことなどを説明したこと、また、ストーン氏が「(戦後)ドイツは反省と謝罪の下で平和を守る国に変わったが、日本は米国の従属国のままで、経済大国だとしても道徳的な大国になっていない」と指摘したことなども、上記の記事は述べている。

 いま、国際政治の上での日本の道徳性を、かろうじて細い糸でつなぎ止めているものがあるとすれば、それは憲法9条の存在である。憲法9条を変えてしまえば、日本の道徳性は壊滅することになるだろう。そのような事態を招かないように、私たちは憲法9条をぜひ守り活かさなければならない。

 なお、『もうひとつのアメリカ史』(原題 The Untold History of the United States")の和訳は、「1 二つの世界大戦と原爆投下」(上掲のイメージは、同書のカバー)、「2 ケネディと世界存亡の危機」「3 帝国の緩やかな黄昏」の 3 巻として、2013 年に早川書房から発行されている。


国連勧告を無視する日本、戦争への道をひた走った姿そのまま:赤川次郎氏がエッセイで指摘
2013 年 8 月 9 日

 『図書』誌 2013 年 8 月号 p. 48〜50 の「人生の誤植」と題するエッセイで、赤川次郎さんは、若い頃に校正の仕事をしていたため、誤植を見つけるのが得意だという話から書き始めている。その中で注目すべきは、「本の誤植は訂正すれば済むが、『国家の誤植』は一旦誤れば莫大な犠牲を払わない限り訂正することはできない」とまとめている本論の部分である。

 その本論は、まず、「公の場での責任ある立場の人間の発言は、訂正して済むものではない」として、国連の拷問禁止委員会の席で上田大使が行なった非礼な「シャラップ!」発言、自民党の高市早苗議員の「原発事故で死者は出ていない」発言などを取り上げている。そして、「驚くのは、そのいずれも『反省』したり『撤回』したりすれば『なかったことになる』という日本でしか通用しない『常識』が、ジャーナリズムにまかり通っていることである」と指摘している。

 このエッセイが書かれたあとで出現した、麻生太郎副総理の「ナチスの手口に学べ」発言も、いま、その非常識な「常識」によって、なかったことにされようとしている。

 赤川さんは、さらに、次のように述べている。
国連は日本に冤罪の温床となる代用監獄の廃止などを何度も勧告して来た。死刑廃止に向けた取り組みも同様だが、日本はそのすべてを無視して来た。さらに国連は橋下市長の[慰安婦問題への]発言に対し、日本政府が反論することも求めたが、それにも「法的拘束力はない」から「従う義務はない」と決定した。[…]世界がどう言おうが、日本は日本のやり方を押し通すのだ、という姿勢は、戦前の国際連盟を一人脱退して戦争への道をひた走った軍国日本の姿そのままである。
これは、決して誇張でも、やぶにらみの意見でもなく、全くその通りの、危険な状況を直視した言葉だと思う。ここに述べられている日本の姿勢は、先に紹介した米映画監督、オリバー・ストーン氏の「日本は道徳的な大国になっていない」という言葉を裏書きする事実の一端でもある。


日本政府は被爆国の原点に返れ:長崎平和式典で田上市長が平和宣言
2013 年 8 月 10 日

 長崎が被爆から 68 年の原爆の日を迎えた 8 月 9 日、長崎市主催の平和式典が爆心地に近い平和公園で開かれ、田上富久長崎市長が「平和宣言」を発表した。その中で次のように、日本政府に対して被爆国としての原点に返るよう求めたことが注目される。
日本政府に、被爆国としての原点に返ることを求めます。
 今年4月、ジュネーブで開催された核不拡散条約(NPT)再検討会議準備委員会で提出された核兵器の非人道性を訴える共同声明に、80か国が賛同しました。南アフリカなどの提案国は、わが国にも賛同の署名を求めました。
 しかし、日本政府は署名せず、世界の期待を裏切りました。人類はいかなる状況においても核兵器を使うべきではない、という文言が受け入れられないとすれば、核兵器の使用を状況によっては認めるという姿勢を日本政府は示したことになります。これは二度と、世界の誰にも被爆の経験をさせないという、被爆国としての原点に反します。
 インドとの原子力協定交渉の再開についても同じです。
 NPT に加盟せず核保有したインドへの原子力協力は、核兵器保有国をこれ以上増やさないためのルールを定めた NPT を形骸化することになります。NPT を脱退して核保有をめざす北朝鮮などの動きを正当化する口実を与え、朝鮮半島の非核化の妨げにもなります。
 日本政府には、被爆国としての原点に返ることを求めます。
  非核三原則の法制化への取り組み、北東アジア非核兵器地帯検討の呼びかけなど、被爆国としてのリーダーシップを具体的な行動に移すことを求めます。
 ここに指摘された日本政府の最近の姿勢も、まさに、既報のオリバー・ストーン監督の言葉にある「日本は道徳的な大国になっていない」という事実の一端である。「平和宣言」の全文はこちらでご覧になれる。

0 件のコメント: