2014年8月12日火曜日

日本物理学会誌への投稿「鏡の謎について」に対するエム・ワイ君の感想 (M.Y's Comment on My Contribution to Butsuri, "On Mirror Puzzle")

[The main text of this post is in Japanese only.]


わが家の庭に次つぎに咲くハマユウの花。2014 年 8 月 6 日撮影。
Crnum flowers bloom one after another in my yard. The photo was taken August 6, 2014.

日本物理学会誌への投稿「鏡の謎について」に対するエム・ワイ君の感想

 前のブログ記事で紹介した私の日本物理学会誌への投稿「鏡の謎について」に対して、M・Y 君から感想を貰った。同君の了承を得て、ここに紹介する。



 これを機会に吉村浩一著『鏡の中の左利き』の巻末に貴君の書かれた「一物理屋のコメント」を再読しながら報文「鏡の謎について」を読みました。

 「一枚の平面鏡に非対称な物体を映すとき、物体と鏡像に、それぞれの固有座標系を適用すれば、物体と鏡像の間で、非対称性の特徴が逆になる」という「謎」に対する貴君の答えは、数学・物理学を勉強した人なら、なるほどと感心し、理解することが出来ましょう。「プラトン以来、若い日の朝永やファインマンの考察を経てなお、近年まで正解が出なかったが、哲学と呼ぶほどのものではない」という問題について、学界で重ねられている論争の様子がよくまとめられています。

 上記の「一物理屋のコメント」の一節「数学者の示唆(1):滝沢の教科書」には、次のように記されています(本報文にある、朝日新聞の記者が読者からの質問に対して最近まとめた「鏡の謎」への答えに関係するとものと思われますが)[注 1]。
[…]多摩市の主婦[…]が 20 年前に滝沢精二の大学生向け代数教科書に出会って、目からウロコが落ちるような気がしたとして引用していた[…]その答えは、滝沢の「一次変換」の章中、「ベクトル空間の向き」という節の一つの問題に対する解答として,巻末にのっている。問題は、「鉛直に立てられた鏡に向かうと、左右が逆になっていることはよく知られている。では、なぜ上下は逆にならないか」となっている。[…]答えを滝沢の本から直接引用する。
 鏡に映る時、実は左右も上下もそのままで、ただ前後だけが変わる。ところがわれわれの日常用語では前後を指定して初めて左右が定義されるもので、前後を逆にすれば、左右は逆になるとみなされている。これに反して上下の定義は前後の指定に関係しない。
 滝沢の答えは 3 軸決定の順を踏まえたものかと想像されるが、文面には、上下の決定を優先することが現れていない。[…]われわれが Tabata–Okuda の報文を書くにあたって、滝沢の説明から最もよいヒントを得たのであり、[…]
この意味からも私は、(幾何光学、立体幾何学の知識を持つ)数学・物理学を勉強した人なら理解できるだろうと感じた次第です。報文には、「[Psychonomic Bull. に投稿した論文の]私たちの答えは決定的なものといってよいと考えられる」と述べられています(投稿以来議論が交わされたようですが)。心理学者たちの中からも賛同者が出ていることは、大きな成果ですね。
物理学者・小亀氏も「鏡の謎」について論文を発表した。同氏は観測に二つの座標系を用いることは許されないとしている。
と記されています。これはどういうことでしょうか[注 2]。このことを意識してか[注 3]、貴君は結びに、
アインシュタインは、16 歳のときに光を追って光速で飛ぶ想像をしたことが、後に特殊相対論の構築に役立った」と述べており、異なる座標間の観測の比較は、許されないことではなく、逆に、重要な理解をもたらす操作なのである。
と断言しています。
いにしえの世に「鏡の謎」を出題した人物は、左右の概念の把握における人々の弱みを巧みについて、現代人をも翻弄したといえよう。
は名言であり、FS 小説の結びのようでもあります。

引用者の注

  1. 「鏡の謎について」中に記した 2006 年の朝日紙の記事は、「一物理屋のコメント」で紹介した 1985 年の朝日紙の記事とは全く無関係に書かれたもので、前者の記事を書いた記者は、いかにも不勉強と思われます。その記事は、「取材協力=東京都・杉並区立科学館・渡辺昇館長、東京大・滝川洋二客員教授」となっていますが、小亀説だけを知って書かれたかのように、同説そっくりです。すなわち、「鏡が逆転するのは前後だけ」というものです。これは、鏡に対して正面を向いている人の座標系を実物と鏡像の共有座標系とした見方にのみこだわって、「鏡の謎」の本質を理解することなく、その謎は「質問が間違っている」とするものです。私はこの記事を見てすぐに、朝日新聞大阪本社へ電話し、記事が一説にかたよっていることと、私たちが別の答えをアメリカの心理学誌に投稿し、掲載されたことを伝えました。電話に出た人は、いずれお考えを聞かせてほしいというような返事をしたと思いますが、その後連絡はありませんでした。
  2. 小亀説は、注 1 に述べたように、実物とその鏡像を比較するとき、鏡に対して正面を向いている人の座標系だけで左右をいうべきであるとするものなので、実物と鏡像のそれぞれに固有座標系をあてはめて比較するということは許されない、というのです。これは、たとえば、物体 A に対する B の相対運動を記述したいとき、A には A の座標系を、B には B の座標系を使ったのでは話にならない、という考えからきているかと思います。しかし、二つの座標系同士の関係を見れば、A に対する B の相対運動は分りますし、また、相対運動の記述と形態(特に上下・前後・左右に関わる形態)の記述は話が異なると思います。
  3. 「意識して」というより、一つの反論として書きました。「会員の声」欄の字数制限のため、言葉足らずのところがあったかも知れません。

0 件のコメント: