2011年7月4日月曜日

壮年の日の反逆:住民運動擁護の弁 1 (Rebellion in My Maturity: Defending Public Movements -1-)

Abstract: Anti-nuclear power campaign is now becoming active in Japan, and I remember that I posted my opinion under a pen name to defend public movements including that of anti-nuclear power, on the organ of our labor union against the director's words published in the circular of our institute (1977). I also coauthored a similar manuscript in a gentle tone published in the same circular. Those contributions are again recorded here after many years. (The main text is in Japanese only.)

 反原発運動が盛んになりつつあるいま、ふと思い出した。私の勤務していた研究機関の所長が所の機関紙に書いた「年頭所感」(1977年)について、私はまず同所労組の機関紙に、反原発を含む住民運動を擁護する反論をペンネームで投稿し、次いで、部門を異にする労組員3名との連名で、少し表現を和らげた形でながら、所の機関紙に同様の主旨の感想文を投稿したのだった。それらの機関紙を保存してあったので、ここに往時の投稿を何回かに分けて再録したい。

 所長の「年頭所感」について:問題の核心をそらした科学者らしくない発言
 所長は所の機関紙一月号の「年頭所感」の中で、環境、公害、原子力などの問題について、これらにおいては「科学的な理屈を抜きにしてムードだけがまかり通ることが多い」とか、「このような議論の多くは、攻めるに易く守るに難い安全性の問題の弱点を巧みについた一部学者の巧妙な戦術に一般大衆がおどらされていると思う」と述べておられます。前者は、自分たちのいのちと暮らしを守るために真剣に考え、たたかっている住民たちの運動を指し、後者は専門的な知識と分析に基づいてこれらの運動を支援する立場をとる良心的科学者の言動を指したものです。
 所長の発言こそは、事実を深く見つめて十分検討するということをされていない、まさにムード的な非難だと思います。文中では二、三の具体例を挙げて、一見科学的と見える批判を展開されていますが、いずれも問題の核心をとらえてはおらず、安全性重視の立場を非難する正当な理由とはなっていません。
 まず、「原子力アレルギー」についてですが、原子力発電では、電源開発調整審議会が産業界・電気事業会のみの視野に立って、高度経済成長政策の一環として試算した安易な計画に根本的な欠陥があることを見落としてはなりません。この電調審試案をうのみにした原子力委員会の「原子力開発利用計画」は、ウランの確認埋蔵量と可能採取量から考えられる核燃料不足、日本国民の蛋白食糧の重要な供給源である水産業に大きな打撃を与える海水汚染と温排水の影響、放射性廃棄物処分の困難など、多くの問題をかかえたまま、原子力発電計画を強硬推進しようとするものです。わが国の将来を真に科学的に考えようとするならば、このような無理押しの計画に対し、批判が出るのは当然で、これは決して「原子力アレルギー」ではありません。
 また、所長は原子力発電のささいな事故を大事故のように言いふらす人たちがいると書いておられますが、原子炉で本当の大事故が起これば、周辺の住民がヨウ素131などの被曝を受け、場合によっては生命の危険さえ受ける可能性が十分にあることから、そうした事態を未然に防ぐため,小さな事故でも普通の工場での事故より重視すべきであるのは当然であるとともに、本格的な事故も相次いで起こっているのです。たとえば、関電美浜原発一号炉は、運転開始7ヵ月後の1972年6月、約23%の蒸気発生器細管が使えなくなり、約6カ月間運転を停止しており、東電福島原発一号炉では73年、3〜4年に一度交換する燃料棒が1年半の使用で38本破損し、一次冷却水中に放射性物質を漏らしていたことが分かりました。(続く)(逆同人)[労組機関紙 No. 2189 (1977年2月3日)]

(続く)

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