2013年9月23日月曜日

「鏡の謎」をめぐって:M・K 先生へ (About "Mirror Puzzle": To Prof. M. K.)

[The main text of this post is in Japanese only.]


黄色のヒガンバナ。2013 年 9 月 21 日、ウォーキング途中で撮影。
Yellow spider lily. The photo was taken on my way of walking
exercise on September 21, 2013.

「鏡の謎」をめぐって

 「鏡の謎」とは、古来いわれている「鏡はなぜ左右を逆にし、上下を逆にしないか」という疑問である。最近、名古屋工業大学名誉教授の M・K 先生(ご専門は化学)が、日本科学者会議大阪支部の哲学研究会で「『右と左』—対称、鏡、旋光性、らせん—」と題する講演をされることを知り、私も鏡においての「右と左」に興味を持っている(詳しくはこちら参照)ことをお知らせし、メールで若干の意見交換をして来た。以下は、きょう M・K 先生へ送ったメールである(ここへの引用に当たって、多少手を加えた)。

K 先生

 8 月 28 日付けメール、ありがとうございました。「特にレスポンス等、お相手していただかなくて結構です」とありましたのに甘えて、返信を差し上げることを遅らせているうちに、1ヵ月近くも経ちました。さる 20 日のご講演は好評だったことと拝察致します。

 先生のメールに対して、いくつかのコメントをさせていただきます。

 (1)「資料が残っているという点では、M. ガードナー氏が最初なのでしょうが…」
 Gardner の説は確かに、かなり進んだ説の最初ではありますが、古くは Plato、Lucretius から Kant などの考察の記録も、Richard Gregory 著 "Mirrors in Mind" (W. H. Freeman, 1996) に紹介されています。前二者の記述は、Gregory も、理解困難、意味不明瞭と述べているように、問題にならないようなものですが、Kant は enantiomorph に言及しています。

 (2)「鏡の反転の話題を扱って、1冊の本になったり、学術論文になったりすることが、私にとっては不思議」
 私も、Gardner の "The New Ambidextrous Universe (The third revised edition)" (W. H. Freeman, 1990) 中に、同書初版に Gardner が書いた「鏡の謎」についての説が 3 編の学術論文に取り上げられたとあるのを読んだときは、不思議に思いました。しかし、その後、複雑な説明をしている高野説が出て、私自身、これは放っておけないと思い、それに反論する学術論文を書くに至りました。論文『鏡像認知の論理』に特別賞が出たことへの感想は、それが「鏡の謎」について何らの進展をさせた論文でもないと思っていることによるもので、先生のお感じとは共通でないと思います。

 (3)「ペプチド化学者がペプチドの構造を示す時…左右が優先」
 このお話は、大変興味深く思いました。その場合でも、最後に決まる向きが鏡映で逆転するという点では、Tabata-Okuda 説の通りですが、左右が最後に決まることを「一般的」とは見ないで、「人体の場合やそれに擬して、上下・前後・左右軸を決める場合」とでも断る必要があることになりますね。

 (4)「立体化学の解説や軽い話題としてのコラムやエッセー、スピーチの妻程度がふさわしいんじゃないかなあ」、「私の思いでは、断定を避けて、…」
 これらのご感想は、「鏡の謎」を、従来いわれている曖昧な表現のままに受け止めれば、それでもよいかと思います。ただし、私が吉村氏の著書へのコメントに書きましたように「鏡の謎」の問題を定義し直しますと、「万人が納得する唯一の解があるべき!」と書かれた(認知科学といわないまでも)科学の問題になると思います。
 Gregory は上記の本に、いみじくも、"If one asks 'silly' questions, one generally gets back 'silly' answers. This has happened for many philosophers and also scientists reflecting on mirrors. It shows how important it is for science and philosophy to ask the right questions. But of course we can hardly know what are good questions until we know the answer. Isn't asking good questions the art of science?" と書いています。しかし、彼自身、「鏡の謎」を good question に書き換えることが出来ていませんでした。(故 J・K 先生は、私の再定義について、「初めに左右逆転ありき」だと非難されましたが、そもそも「鏡の謎」は「左右逆転」の理由を問うているのですから、なぜそういう問いが可能かを見出そうとしないで、同先生のように終始「左右逆転なかりき」の姿勢では、謎に正面からぶつかっていることにはなりません。)

 (5)「ベッドに仰向きに寝たきりの生活を余儀なくされている人物の…その人にとっての上下の定義」
 そういう状態の人物に限らず、「上下」をいうときには、当然(あるいは、厳密にいえば)、何についての、さらにはどういう状態での「上下」かを明確にする必要があります。ただ、鏡像問題での「上下」を英語でいうときは、"up–down" でなく "top–bottom" という表現を使い、また「前後」として "front–back" を使いますので、人体についての場合、状態までをいわなくても、"top–bottom" は自然に「頭の方と足の方」に対応します。人体以外の物体については、人体の立ち姿に準じて、その物体が通常置かれる状態での "top–bottom" を指すものという理解になります。

 以上、多少なりともご参考になれば幸いです。

 T. T.

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