先般来、『新潮世界文学 16』(1972) に収まっているトルストイの自伝的小説『幼年時代』、『少年時代』、『青年時代』を読んでいる。『青年時代』の前半に、主人公「わたし」が大学の数学科を受験し合格した話がある。
入学試験は、受験生が一人ずつ、教授の持っている複数枚の問題カードから一枚を抜き取り、教授の前で答えるという方法で行なわれる。数学の教授は二人坐っていて、他の一人の受験生と主人公が同時に呼ばれ、二人はこっそりカードを取り替える。主人公が最初に抜き取ったのは苦手の「組み合わせ論」だったが、交換して得たのは、試験前にやってみたばかりの「ニュートンの二項定理」で、あざやかに答えることが出来た、とある。
これを読むと、トルストイは数学科で学んだのかと驚くが、実際には、彼はカザン大学で法律と東洋原語を学び始めて中退している(文献 1) 。『青年時代』が自伝的であっても、主人公が数学科へ入ったのは創作なのだ。
私は高校で「組み合わせ論」や「二項定理」を習ったが、後者はニュートンのものでなく、基本的なものである。それは、二項式 x + y のべき乗 (x + y)n の展開を表す公式のことで、べき n は正整数である。「ニュートンの二項定理」は、べきを実数の範囲に拡張したもので、二項定理はさらに複素数まで拡張出来る(文献 2)。
一般の二項定理を私が学んだのは大学生になってからのはずである。したがって、大学入試にニュートンの二項定理を出題するのは難し過ぎるように思われる。また、正整数べきの二項定理の準備として習う組み合わせ論よりもニュートンの二項定理をやさしいと主人公が思うのもいささか妙である。以上のことから、入試の数学問題の部分も、トルストイがどこかで見聞した数学用語を利用した創作のように思うのだが、いかがだろうか。
文 献
- "Leo Tolstoy," Wikipedia: The Free Encyclopedia (December 8, 2012 at 19:10).
- "Binomial theorem," Wikipedia: The Free Encyclopedia (November 25, 2012 at 04:39).
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