2018年10月20日土曜日

チコちゃんが「鏡の謎」を取り上げる (Chiko picks up the "mirror puzzle")

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吉村浩一著『鏡の中の左利き』。
Left-Handers in Mirrors: The Mirror-Reversal Puzzle written by H. Yoshimura.

 NHK 総合テレビで土曜日午前 8 時 15 分から 45 分間放映されている番組『チコちゃんに叱られる!』が、2018 年 10 月 20 日の放映で、チコちゃんの質問の一つに、人類が悩み続けてきた難問「鏡の謎」を取り上げた。「鏡は左右を逆にするが、上下を逆にしないのはなぜか」という疑問である。答えは「分からない」だった。解説に登場する学者あるいは研究者は誰かと思ったら、この問題について私と共著論文を書いたことのある法政大学の心理学教授・吉村浩一氏で、分からない理由として心理も絡む複雑さを説明した。彼や私は、実はこの問題はほとんど解決できたと思っているのだが、国内に別の論を唱える学者がいることなどに配慮して、「まだ分かっていない」という解説をしたのかと思う。

 この問題に興味を持たれた方には、先のブログ記事「『鏡映反転』に一言」中でも紹介したが、吉村浩一著『鏡の中の左利き』(2004 年、ナカニシヤ出版、税抜き 2200 円)の一読をお勧めする。巻末に「一物理屋のコメント」と題して、不肖私も解説を記している(その解説はこちらでもご覧になれる)。なお、本ブログ・サイトのラベル "mirror puzzle" をクリックすると、本記事と「鏡の謎」についての他の 8 編の記事をまとめてご覧になれる。

 さらに、学問的なレベルで関心のある方は、『認知科学』Vol. 15, No. 3 (2008) pp. 496–558 掲載の『小特集——鏡映反転:「鏡の中では左右が反対に見える」のは何故か?』の各論文を個別にダウンロードしてご覧になることが出来る。各論文には英文で発表された原論文なども引用されている。その中の「第2部:多幡説 鏡像の左右逆転・非逆転:物理的局面からの解明」は、私が Tabata–Okuda 論文(同一専門誌に同時掲載された Corballis 論文と基本的に同じ説を述べている。両論文は当該専門誌の正規論文より短い形式のもので、「報文」と呼ぶ場合もある)とYoshimura–Tabata 論文 を基にして論じたものである。相異なる説としては、小亀説と高野説が展開されていて(小亀氏はその後故人となった)、各説について別の説の主張者たちからの批判が述べられ、それへの回答も付されている。読者の方々はどの説に軍配を挙げられるだろうか。


 (2018 年 10 月 21 日一部加筆・修正)

後日の追記

 吉村氏にメールを送って、このブログを読んで貰った。彼からの返信に、「研究室を訪れたチコちゃん担当ディレクターには、われわれの論文の考え方を最後まで説明しましたが、結局、固有座標系と共有座標系という考え方は理解して貰えなかったようです。今後は、解説にさらなる工夫が必要と、改めて思いました。しかし、定説がないという意味では、番組通りの流れでよかったとも思います。先生のブログでもそのように理解して頂いているようなので、安心しました」という旨のことが記されていた。

 固有座標系は、鏡像では左右がいつも逆になるという見方に対応し、共有座標系は、「鏡は前後を逆にするだけ」という見方や、立っている自分の前の床に置いてある鏡に映った像について「上下が逆」とする見方(この場合でも左右が逆ともいえるのである)に対応している、というだけのことなのだが...。

 吉村氏の著書の題名『鏡の中の左利き』は、右利きの人が利き手に関係のある何かをしている状態の鏡像を見れば、誰だって鏡像は左利きになっていると思うだろうことを意味している。これは、その鏡像を見ている自分の左右ではなく、鏡像自体の体で左右を判断しているからである。これが、鏡像に固有の座標系を使っているということ、つまり固有座標系の適用である。共有座標系の適用では、実物側と鏡像側に、同じ基準(座標系)を当てはめることになる。このように相異なる見方が存在することに気づかないで、「鏡像では左右が逆になる」「いや、鏡像では前後が逆になるだけである」といい合うのはナンセンスなのである。
(2018 年 10 月 22 日)

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2018年9月20日木曜日

水彩画『燕岳』 (My Watercolor "Mt. Tsubakuro")

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 来たる 2018 年 10 月 18 日(木)から 23 日(火)まで、堺市東区北野田の東文化会館で開催される『第32回・美交会展』(主催・堺の文化をすすめる市民の会)に出品する予定の水彩画を、9 月 18 日に完成した。ホルベイン不透明水彩絵具とホルベイン紙 F6 を使用した。文献 1 の表紙写真を写真に撮り、その下部をカットした形でパソコン画面に大きく表示したものを参考にして描いた。文献 1 の目次上部にある説明によれば、その表紙写真は、白籏史朗氏の撮影による、燕山荘北方から見た燕岳(つばくろだけ;長野県にあり、標高 2,763 m)である。文献 1 内の鳥瞰図と比較すると、左手前から右奥へかけて、斜面にそれぞれ多くの残雪を抱いてそびえる大きめの頂は、燕岳、北燕岳、奥北燕と分かる。

 パソコン上の写真では、元の写真より色彩が全体に明るくなっており、絵では前者、つまり複製写真の色調を採用した。写真説明から分かる方角と元の写真の色合いから推定すると、日が西に傾いた夕方近い光景と思われるが、そうと気づいたのは、明るめの着彩をかなり進めてからだった。そのため、絵中の空と遠景の山々には、夕方らしさが失われている。雪面の半影的な部分がわずかに赤味を帯びているのは、元の写真が夕景である影響かもしれない。

 同じ複製写真を参考にして、妻が知人・友人へ送る賀状の挿絵にするための簡単な水彩画(F1 サイズのスケッチブックにペンと透明水彩絵の具を使用)を昨年末に短時間で描いた(元日のブログ記事に掲載)。形が不正確で粗雑ながら、勢いのよさではそれも捨てたものではないと思うのは、独りよがりだろうか。

 追記:妻がグループ登山でこの山に赴いたのは 2004 年 10 月 22 日から 24 日にかけてで、23 日には燕山荘に宿泊した。その夕方、新潟県中越地震が発生し、大きな山荘ながらも、激しく揺れて怖かったそうだ。なお、上掲の写真を撮った後で絵を点検すると、デッサンにありながら着彩を忘れた 3 カ所の細部に気づき、その修正をして仕上げとした。(2018 年 9 月 26 日)

 文献
  1. 『週刊 続日本百名山』No. 2(朝日新聞社、2002)。

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2018年8月5日日曜日

2018 年 2 月 10 日〜7 月 18 日分記事への M・Y 君の感想 3 (M.Y's Comments on My Blog Posts from February 10 to July 18, 2018 -3-)

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わが家の庭で夏の花たちの共演、その 2。2018 年 8 月 2 日撮影。
Co-starring of summer flowers in my yard (2); taken on August 2, 2018.

2018 年 2 月 10 日〜7 月 18 日分記事への M・Y 君の感想 3

7.「花鳥風月」ではなくて「九条」:故・加藤周一氏の言葉(7月4日)

 「九条の会」発足当時の 9 名の呼びかけ人の 1 人で、その会で中心的な役割を果たした加藤周一さんの没後 5 周年に記念出版された『加藤周一最終講義』(かもがわ出版、2013 年)を、筆者がそろそろ処分しようかと書棚から取り出したところ、1 カ所にポストイットを添付してあることに気づきました。
 そこには、加藤さんが「九条の会」にかかわった理由が次のように述べられている。
前の戦争のとき、[...]どうして止められなかったのか。[...]はたして東京は焼け野原になった。もういっぺん焼け野原になるのを黙って待っているのですか。あるいは、できるだけの力をふるって、また戦争できるように日本の経済と制度を変えていこうという動きに対抗しようとするのか。それ[引用者注:対抗しようとする運動]が「九条の会」です。[...]書くだけではなくて、もう一歩踏みだした組織に初めてコミットしました。
 そして、昨今の「いよいよ憲法九条を変えて、軍備を大々的に強めようという考え方が前面に出て来て」いる情勢を憂えた老・加藤さんは、次のように力強く宣言している。
私はいま、少なくとも歩行できる程度の力が残っていれば、呼応したいと思います。私は時々新聞に書きますから、書く時は「花鳥風月」ではなくて、「九条」に触れる。そこには一種の倫理的な意味があると思います。
と、筆者は加藤さんの「九条」を守る強い意志を引用し、
安倍9条改憲への指向が、2005 年当時よりもさらに前のめりになっている現在、私たちにも、いまは「花鳥風月」ではなくて「九条」、の心構えが必要であろう。
と警告しています。

8. G・オーウェルの「絞首刑」など(7月7日)

 オウムの死刑囚 7 名が処刑されたというニュースが流れた翌日、筆者は十数年前に買った本の中で、たまたま、G・オーウェルの「絞首刑」を読みました。そこには、処刑される囚人を絞首台へ連れて行くのに立ち会った「わたし」が、その囚人が「途中の水たまりを軽く脇へよけた」のを見て、「まだ盛りにある一つの生命を絶つことの深い意味、言葉では言いつくせない誤りに気がついた」とありました。このことから、『今回の 7 名の処刑について、EU 加盟 28 カ国とアイスランド、ノルウェー、スイスが、「被害者やその家族には心から同情し、テロは厳しく非難するが、いかなる状況でも死刑執行には強く反対する。死刑は非人道的、残酷で犯罪の抑止効果もない」という共同声明を発表したそうだ。人が人を殺すことの肯定は、戦争の肯定につながる。わが国も死刑制度の廃止を真剣に検討すべきである』と、早々と論評された手腕に感心しました。

9. 金沢、2018 年夏 -1-、同 -2-、同 -3-(7月16日~18日)

 筆者の例年の行事であるお盆の金沢での墓参に、昨年と同じく長女ご夫妻同伴で行かれた旅の様子が、辻家庭園(前田家家老横山家迎賓館)観賞を中心に述べられています。同迎賓館本館の群青の間は四周の壁が絢爛豪華なコバルトブルー(群青)仕上げ。群青色は、現在再現の困難な青金石(ラズライト)を主成分とする石(ラピスラズリ)を色素とし、色鮮やかで、たいへん美しいものです。金沢のホテル 13 階テラスで撮った写真には、金沢駅へ出入りする列車の線路や駅西口近くに広がる市街が見え、端の 2 本のレールは 2015 年 3 月に開業した北陸新幹線用とのことで、東京方面から金沢に出かけるのも便利になったものだと感じました。筆者が元気に金沢の旅を楽しまれた様子を興味深く拝読しました。
(完)

2018年8月3日金曜日

2018 年 2 月 10 日〜7 月 18 日分記事への M・Y 君の感想 2 (M.Y's Comments on My Blog Posts from February 10 to July 18, 2018 -2-)

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わが家の庭で夏の花たちの共演。2 階から、2018 年 7 月 30 日撮影。
Co-starring of summer flowers in my yard; taken from the second floor on July 30, 2018.

2018 年 2 月 10 日〜7 月 18 日分記事への M・Y 君の感想 2

4. 東京、2018年 春(5月21日)
 さる 5 月 17 日に東京で開催された金沢菫台高校第5期生の集まりに参加するため、16 日に上京した。その晩、私の定宿・学士会館へ同期会の幹事君が会いに来てくれ、同会館の和食堂「二色」でコース料理を楽しみながら話し合った。[…略…]
 翌朝、学士会館においてあった冊子『ふらっと おさんぽ神保町:神保町レトロ建築さんぽ特集号』の地図を参考に、さくら通り付近を少し散策してから、同期会の会場へ向かった。会場は昨年と同じく、銀座 1 丁目「キラリト銀座」6 階にある「銀座の金沢」で、11名(うち女性 4 名)が集まった。遠路参加の私が乾杯の発声をさせられた。[…略…]参加者が昨年よりも 4 名増加したのは、高齢者の同窓会にしては珍しく喜ばしいことだった。[…略…]12 時から 15 時 20 分頃まで、郷土料理を食しながらたっぷり楽しみ、幹事ほか一同も記念写真の撮影を忘れてしまったまま解散した。
と高齢者の同窓会について、同窓生の近況や活動など(上掲の引用では省略)もよくまとめられた記録であり、興味深く拝見しました。最後は校歌(同窓会誌『金商菫台プレス』近着号に載っていたので、筆者がそのインターネット版のコピーを幹事君に送っておき、当日、ハードコピーを参加者分だけ用意して貰ったとのこと)の斉唱で閉めくくられました。歌詞が準備されていたので、皆が元気よく歌えて盛り上がったことと思います。

5. 気になる外来語カタカナ表記(6月13日)
 先日、NHK ニュースで中央アメリカ北部にある国の名を「グ・ア・テ・マ・ラ」のように発音し、字幕でも「グアテマラ」と表記していた。私の記憶では、この国は「グァテマラ」である。いつから「グアテマラ」になったのかと思ったが、先日買ったばかりの『広辞苑 第七版』の付録を眺めていると、内閣告示第 2 号による「外来語の表記」の項が目に入った。その中に
「グァ」は、外来音グァに対する仮名である。
として、まさに「グァテマラ」が例として挙げられている。そして、
一般的には、「グア」は「ガ」と書くことができる。
という注がある。「グアテマラ」化は、この内閣告示(1991 年に出されている)の注書きに由来するようだ。結構古いことなのだ。しかし、この注書きやこれに類似の注書きは、外来語を本来の外国語の発音から遠ざけ、日本人の英語発音を外国人に分かりにくくし、わが国の非国際性を増大させるものではないだろうか。「グア」と書いてもその音は「グァ」だと理解すればよいようなものの、先の NHK アナウンサーの例のように、「グ・ア」という型の発音が定着して来ているのである。
 [他の例、略]
 まだまだ書きたいが([その例の短い記述、略])、長くなるので、これくらいにしておく。
 外来語カタカナ表記について根気よく調べ、内閣告示第 2 号による「外来語の表記」に、気になる点の原因を見つけられました。「この注書きやこれに類似の注書きは、外来語を本来の外国語の発音から遠ざけ、日本人の英語発音を外国人に分かりにくくし、云々」は注目すべき見解でありましょう。例えば英語については、発音のみならず、アクセントも重要なことです。これらを総合して native の人にも何とかわかる方便であればよいと思います。

 最近、近所にお住まいの某・都立大学名誉教授から、『あとらす (ATLAS)』No. 38 (2018) を貰いました。同氏は「言葉雑記帳 第12:外国語のカタカナ表記をめぐって」を同誌に投稿していました。本記事と同種の表題でしたので、興味深く読みました。「表題をご覧になって、(またかよ、もういい加減にしてくれないか)と、うんざりされる向きもあろうかとは存じますが、このところまたしても気になっている外国語の名詞・固有名詞のカタカナ表記について、いくつかのことを書きとめさせていただくことにします」と前置きして、いろいろの例をあげ、自説を書いていました。例えば、市議選で「鎌倉駅にホームドアを」という主張が理解できなかったという話。「ホームドア」と聞けば、住家の入口・玄関が思い浮かぶ。「乗り場ドア」ではどうか。カタカナ表記ならば、「ホーム」でなく「フォーム」とすべきだ、と。[引用者の注:より正確には「プラットフォーム」]

6.「『鏡映反転』に一言」(6月23日)

 筆者は先般、表記の題名で『大阪民主新報』紙に投稿文を送ったが、掲載されなかったとして、下記のようなその投稿文をブログ上で紹介したものです。
 6 月 3 日付本紙「今週の一冊」欄に、高野陽太郎著『鏡映反転』が絶賛されていましたが、これには異議があります。私はその本の中で批判されている「左右軸劣後説」の提唱者の 1 人です。高野氏の最初の論文に対する反論として提唱されたこの説に、国際的な専門誌上では軍配が上がり、これに対する高野氏の再反論は却下されたという経過があります。
 「左右軸劣後説」は鏡像の左右逆転を単一の原理で説明する明快なものですが、高野氏の批判は誤解に基づいます。氏がその後、別の専門誌に発表した実験も、被験者が何を基準として左右を判断しているかが曖昧で、受け入れられない面があります。
 [以下略]
 私は市図書室に『鏡映反転』を借りる予約をしました。第 6 章に「他説を反証する」として、「鏡像と重なる」という説明、物理的回転説、左右軸劣後説の 3 説についての批判が述べられているそうです。(つづく)

2018年8月2日木曜日

2018 年 2 月 10 日〜7 月 18 日分記事への M・Y 君の感想 1 (M.Y's Comments on My Blog Posts from February 10 to July 18, 2018 -1-)

[The main text of this post is in Japanese only.]


わが家の植木鉢に花咲いたパイナップルリリー。2018 年 7 月 3 日撮影。
Pineapple lilies blossoming in the flowerpot of my house; taken on July 3, 2018.

2018 年 2 月 10 日〜7 月 18 日分記事への M・Y 君の感想 1

 M・Y 君から "Ted's Coffeehouse 2" の表記期間の記事への感想を 2018 年 8 月 1 日付けで貰った。同君の了承を得て、ここに紹介する。(M・Y 君の感想には「筆者」の語が多く出てくる。この語は文を書いている自分自身を指す場合にも用いられるが、ここでは感想の対象になっているブログの筆者 T・T を指していることに留意されたい。)



1. 孔子の政治観と現日本の政治(20018 年 2 月 10 日)
 昨 2 月 9 日に放送された「NHK 高校講座・国語総合」の講義は、「論語:政治を考える」というテーマだった(講師:東京都立戸山高等学校教諭・渡辺恭子)。『論語』中の「子貢問政。子曰『足食、足兵、民信之矣。』...」という章を学び、「孔子が重視した為政者の心構え」について考えるものである。
と述べ、「学習メモ」にある『論語』のこの章の現代語訳を少し書き直して、その内容を簡潔に分りやすく紹介しています。そして最後に、
いま、日本の政権は、防衛費の極端な増大を行い、平和憲法を変えようとし、疑惑にはまともに答えようともしない。まさに、孔子の考えの逆を行っているといわなければならない。
と時宜を得た警告を発しています。筆者の見識と文章力はさすがだと感心しました。

2. サクラのわが標本木、開花 1 日後(3 月 21 日)

 個人的に標準木を決めて、毎年近所のサクラの開花を観察し、春の訪れを感じられるとは、優雅なことと思っています。昨年の貴ブログによると昨年のサクラ開花は 3 月 30 日頃で、今年は 3 月 20 日と、かなり早かったようです。いまの猛暑と考え合わせると、地球の温暖化が確実に進んでいるといえそうです。

3. 政池氏へ:著書恵贈に対する礼状(4 月 5 日)

 政池さんから著書を貰ったことに対する下記のような礼状を紹介し、脚注 1 に荒勝文策博士の業績を中心とするその著書の要点をまとめ、また、脚注 2 に筆者の提供した資料に言及しています。
政池明様
 本日、ご著書『荒勝文策と原子核物理学の黎明』[注 1]が届きました。ご恵贈に感謝いたしますとともに、膨大な資料を読みこなして整然とした 400 ページを超える立派な正史にまとめ上げられたご力量に敬服いたします。ご序文中に不肖私にまで謝辞を述べて頂き[注 2]、恐縮しています。まだ部分的にしか拝読していませんが、どこを開いても興味深い内容が読みやすい文で綴られていると思いました。[…略…]本書が広く普及・活用されることを願っています。[…略…]なんらかの機会を利用して、またお目にかかることができれば幸いです。
 以上、とりあえず、余談を含めて、お礼をしたためました。
 T・T
[以下、脚注を省略]
(つづく)