2012年6月17日日曜日

M・Y 君へ:故 Y・A さんのお別れ会のこと (To M. Y. – About Gathering for the Late Y. A.)

Abstract: My email message of June 14, 2012 sent to M. Y. is quoted. I have mainly written about my visit to Kanazawa to attend a gathering for the late Y. A., who had been a friend of mine from my childhood in Dalian. At the gathering, I heard for the first time that Y. A. had passed the bar examination but had been rejected in the final decision for "another reason." The reason was that she was in a black list because of her active participation in student movements. This old incident reminded me of a novella written by her mother in 1961, because it referred to a young man successful in the bar exam. (Main text is given in Japanese only.)


2012年6月14日

M・Y 君

 5月分ご感想をお送りいただき、ありがとうございます。戸塚洋二氏も外村彰氏も、ノーベル物理学賞受賞が期待されていながら、その朗報を聞くことなく亡くなられて、本当に惜しいことでしたね1

 『フランダースの犬』は、日本の少年少女がこの本をよく読んでいるというよりも、「オランダ、ベルギー運河の船旅22」中の、記念碑の一枚目の写真に対する説明に記したように、1975年に日本でテレビ・アニメとして放映されたことの影響が大きかったのです。記念碑が出来たのは2003年のことです2。私にとっても、敗戦後間もない頃、従姉の持っていた小学生向けの全集の一冊で読んだことのある懐かしい物語です。そのときは、ネロの見たかったルーベンスの絵を、将来自分の目で見ることがあろうとは思いもしませんでした。

 金沢で先月参加した、大連時代からの友人 Y・A さんの納骨の儀について、ブログに簡単にでも書こうと思いながら、いまだに書きそびれていました。納骨のあとのホテルでの昼食会(それは、すてきなお別れ会の形でした)で、Y・A さんの姉君から聞いた話に重いものがあったからです。Y・A さんは司法試験を受け、成績では合格の通知を受け取りながらも、最終判定では「その他」の理由で不合格になったそうです。

 「その他」の理由とは、彼女の父君が司法試験結果の開示を閲覧に行って知ったとのことですが、彼女が学生運動を積極的に行なっていたため、ブラックリストに載っていたということだったのです。Y・A さんが先頭に立ってビラまきをしている「証拠写真」が付けられていたそうです。彼女はその結果を、「正しいことをしておれば、そういうものです」と、平然と受け止めて生きていたとも、姉君は話していました。

 Y・A さんの母君の書かれた短篇小説の一つが、私が就職したあとの地方紙に掲載され、私の母がその切り抜きを送ってくれたことがありました。その中では、著者自身とその二人の娘さんたちが、登場人物(母親「美佐」とその娘たち「文子」と「正子」)のモデルになっていました。そして、「美佐」の甥が司法試験に合格して上京することになったという話が含まれていました。私の母も私も、この部分は私が就職して大阪へ来たたことが参考になっていると思っていたのですが、「司法試験」という言葉3には、実は、Y・A さんの理不尽な不合格判定に対する母君の無念さが込められていたかも知れないと気づいた次第です4

 ちなみに、Y・A さんと私が大連からの引き揚げ後、大学生になってから再会したのは、K・T さんの家でだったのですが、K・T さんと私は、納骨の儀とお別れ会にも揃って出席するという不思議なめぐり合わせとなりました5。まさに、「事実は小説よりも奇なり」です。

 次第に暑くなります。くれぐれもご自愛下さい。

 T・T6

1 M・Y 君からのメールに、外村彰氏についての私のブログ記事に関連して、戸塚洋二氏の告別式で小柴昌俊氏が、「あと18ヵ月、君が長生きをしていれば、国民みなが喜んだでしょう」と、その死を惜しんだことを述べてあった。戸塚氏は、スーパーカミオカンデでニュートリノ振動の証拠をつかみ、ニュートリノの質量がゼロでないことを世界で初めて示した実験の中心人物であった。
2このメールを書いたあとで、『フランダースの犬』の記念碑の出来た年を、本文で述べている写真説明に書き加えた。
3 小説中では「司法官試験」と書かれている。
4 Y・A さんの母君の小説は「花吹雪」と題するもので、1961年1月7日付け北国新聞に新年創作文芸入選作として、「牧 文枝」のペンネームで掲載された。小説は、Y・A さんがモデルの、学生運動に熱心な「正子」が大学四年生になる前後を描いていて、司法試験を受けた話はなく、私は Y・A さんが司法試験を受けていたということを今回初めて知った。学生運動を理由に司法試験を不合格にするのは、憲法14条違反の疑いがあろう。
5 今回のめぐり合わせだけについていえば、その背景に、昨年の記事「幼友だちが逝く」にも、K・T さんが登場していたことがあるのを見れば、いたって自然なのだが。
6 ここに掲載するにあたり、「花吹雪」の切り抜きを探し出して、第5パラグラフを正確化するなど、いくらかの修正をした。

2 件のコメント:

midoka さんのコメント...

先生は大連に居られたのですね。その時から、沢山の仲間に支えられてきたと感じられます(^^)

学生運動を理由に不合格になった話―――。
昔はそれが普通だったと聞きました。
でも、それだけで不合格になるなんて...。

いろいろと辛い経験もあったそうですが、だからこそ今話せることがあるのですね。

Ted さんのコメント...

会社の採用試験では、学生運動を理由に不合格ということはよくあったかもしれませんが、司法試験でそのようなことをしていたのでは、司法と行政の独立性が根底からくつがえされていることになり、大きな問題です。政治的な問題に対する裁判所の判断が、しばしば国民の期待を裏切る一因が、行政判断によるブラックリストの存在にあるといえるでしょう。